~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第参拾肆話「愛するあなたへ送る」

【ウ世-SECOND-W-AW1】

 

「やっと始まったばかりなのに、なんでこんなことばかりなの」

 かつて金一が沈んだ池を覗くと、奥底の見えない深い青の世界が広がっていた。

 その中に水面に写る自分の姿が見えた。

「向こうの私は天岩戸を破壊した、そしてあなたはここに記憶もそのままにしてやってきた。でも、向こうの私は破壊の代償に魂を失った。記憶だけがヤタガラスを通して私へと来た」

「夜見おねぇさんはどうして」

「寂しさです。自分のいた場所でも、自分を頼ってくれた人にも、この上ない心の寂しさがあった。それを一心に受け止め続けて、彼女は人格と記憶がなくなり、本当の意味で孤独となるのを拒否した。その意思がノロと結び付けられ」

「禍神になった」

「私は大馬鹿です。少し立ち止まって、もう一度出会いたいと願えば再び出会うこともできたでしょうに、失うことに縋るなんて」

 夜見のうな垂れた背が静かに泣いていた。

 

 

 [ハ世-FIRST-W9]

 

「封印壁第七から第九まで開城。これより三十分間の援護射撃を開始し、以降は二種警戒態勢に移行する」

 六人を乗せたハンヴィーが進み出ると、厳重な扉が開放され、その先にはさらに壁が立つ。

「対酒呑童子特化北部絶対防衛線天橋立都市要塞か、舌噛みそう」

「免許なんて、葉菜おねぇさん持ってたんだ」

「まぁ、こういう事態になっていろいろ入用でしたから」

 最後の壁を越えると、その先はのどかな田園地域が山のふもとまで続いている。

「あれから三か月、ここが放棄されて二年半か」

 そう言いながら、美炎は銃座から流れる景色を横目に真っ直ぐ大江山を見た。

「美炎ちゃん、第二次攻勢の時はどこにいたんだっけ」

「陽動で鎌倉の大イタチ型と戦闘、倒したけど復旧は先日になった」

「そうだったね、あとこれ」

 手渡されたタブレット端末を手にすると、彼女は熱心に読み始めた。

「天都風土未記の解読、終わったんだ」

 そこには二人目の禍神の誕生、それから隠世が落ちてきたこと、生き残った人々が戦うこと、そしてヤタガラスが降りてくることが書かれていた。

「八咫の大鳥、現世に降臨す、しからば偽りの禍神を還す。そして、正しきそのものは現世の道を示さん。傷癒えた大鳥は世の理を正す。しからば世を百有余年の再生へ弾ません」

「ヤター!」

 車の後ろから来た八咫は美炎の肩に乗った。

「ちょっと、驚かせないでよ……」

 美炎はヤタの姿をまじまじと見て、顔を出した可奈美にタブレットを返した。

「可奈美、これ読んだよね」

「うん」

「どう思う?」

 腕に乗った八咫の背中をやさしく撫でた。

「姫和ちゃんはまだ信じきれないみたい。でも、ヤタガラスは確かに降りてきた。本物かわからない子を連れて」

「ヤタ?」

 

 荒魂が踏み鳴らした道路はコンクリートは剥げているものの、なんとか通れるといった体である。

「そろそろかな?」

「安桜さん! ミニミはどうですか?」

「特5.56mm弾、たっぷりもらってきたからどこへでも!」

「諒解です! じゃあ入ります」

 山の中に入った瞬間、周囲に散乱する鹿型、鬼型の頭部が道路周辺を埋め尽くした。

「ここからは10式三個小隊さえ撤退した地域ですから」

 前方から赤黒い影が見え、鬼型の四足歩行荒魂が密集して迫ってくる。

「鈴本、速度はそのままでね。さてと」

 機銃座の後ろにあるビニールシートを引き剥がすと、MMKが二機置かれている。その一つを手に、美炎はS装備の同調装置を稼働させ、レーダーに映る群に片っ端からロックをかけていく。

「ざっと千四百体か、この一波で二機ともカンバンになるか、ヤタ! 中に入ってて!」

 頭上を飛んでいたヤタを無理やり姫和の袂に放り込んだ。

「わ! わ! 暴れるな! 私はあまり鳥は!」

 美炎はMMKを両手に持ち、正面にむけて両腕を突き出した。

「撃っ!」

 発射されたミサイルは一斉に前方の波へと飛んでいき、一気に爆炎を上げた。道のかなり先まで噴煙に包まれているが葉菜は構わず炎の中を分け入り、荒魂の残骸が音を立ててハンヴィーの進行を妨害する。

「たとえ生き残りがいてもこの車の重量なら一発です! ポジティブに行きましょう」

 打ち終えた二機のMMKを放り捨てると、据え付けられたミニミ軽機関銃を構えた。首横のレーダーにははっきりと新たな群が迫っていることを告げていた。

「ねぇ葉菜おねぇさん、これどこまで続くの」

「ざっと一キロ、ミーティング通りです」

 美炎は迷いなく引き金を引くと、はじける荒魂の琥珀の輝きが見えた。

 

 約三十分かけて、ようやく天に高くそびえる塔の見える場所まで来た。

「やっとついた」

「でも、本当にたどり着けるなんて」

「三か月前の戦いのおかげだ、あの時地道にノロを回収したおかげで絶対量が低下しているんだ」

「行こう!」

 可奈美と姫和は元来た道を振り向き、御刀を抜いた。

「さっきの奴らが来てる。先に行ってくれ」

 葉菜はただ任せると言って前を向いた。

「燕結芽」

「なに、ひよねぇ」

「あいつを私は救えなかった。だから」

「任せて」

 結芽は山道を歩きながら、振り返ることもしない。

 頂上近くに立つと、塔は根を張るように山に深々と突き刺さっていた。

 そしてそれを守るように大鹿が四体立ちはだかった。

「じゃ、私はここで倒す」

 紗耶香は進み出て、迷わず正面の一体を斬り、注意を引き付けた。

「先へ」

 美炎の一斬りで閉ざされた空間に入ると、そこは天へ高く続く空洞であり、螺旋の道があの隠世の空間まで高く続いていた。

 だが、このロビーらしき空間には九本の刀が突き刺さっていた。

「イドF85まで開放……神居……」

 刀を包むようにノロが沸き上がり、それは刀を持つ人型になろうとしている。

「二人とも走って」

 結芽と葉菜が駆けだした瞬間、神居の炎が人型を振り払うように放たれた。

 その衝撃波で壁に叩きつけられた隙に、二人は螺旋の道を駆け出した。

「御刀を使う荒魂、か」

 二人の姿が見えなくなったところで、九体の人型荒魂は仮面を付けた温かみのあるが冷たい姿になった。

「人の魂を弄ぶな……」

 美炎は迷わず正面の一体を袈裟切に伏させ、喉下に欠けた切っ先を突き立てると、肉体はノロとなって崩壊した。背中から俊足の居合が流れたが美炎は刃を反してその頭を真っ二つに斬った。割れた仮面の下には人の顔があった。

「……舞衣……」

 震える手に力を籠め、留めの一突きを刺した。

「舞衣はもう、いない」

 美炎は涙をにじませながら、もう一体を急所ごと斬り捨てた。

 だが、それを狙った俊足の一撃が背中に入った。

「ちぃ」

 その一体の持つ御刀の間合いの外から突きを何度も繰り出し、振り上げて面を斬ったが浅かった。

 だが、そこに現れた顔に美炎の構えが乱れた。

「ちぃねぇ」

 生気のない表情だが、記憶の底から暖かな表情が幾重にも重なった。

 しかし、荒魂は容赦なく胴を二度斬って、美炎の写シを剥がした。

「コード65578241……ID・F……0!」

 左眼帯のレンズシャーターが解放され、その下から橙に輝く黄金の目が姿を現した。

「限定二分の解除、神居完全開放」

 その膨大な炎が清光の刃に吸収されていく、それに恐怖した八体が飛び込んできた。

「神居、零式」

 階段を上がっていた二人は、下から突き上げてくる強烈な熱風を浴びた。下方は目を開けていられない炎に包まれていた。

「F0、絞り開放の神居完全開放!」

 二人は駆け上がっていくと、そこには下と同じく刀が三本突き刺さっていた。

「結芽さん、上へ」

「でも!」

「どうか! お願いします……」

 今までになかった寂し気な表情が結芽に向けられた。

「もう、終わりにしたいんです。あなたが道を切り開いてくれるなら、私は悪魔に魂だって売れます。たとえ、これから世界が本当に滅びても」

「ふざけないでよ! 結芽はまだ生きてるし、まだ大人にだってなりたいの! 葉菜おねぇさんのそのお願い、結芽は聞けないからね!」

 結芽とヤタは黙って階段の続きを走っていった。

 葉菜の前には人型の三体の荒魂が立ちはだかっていた。

「籠手切正宗……どうか、私にも未来を見せて!」

 

 辿り着いた結芽は広間の高い空に、隠世の黒い空が浮かんでいるのを見上げた。

 その中に明らかに黒ではない、桜と深紅の輝きが見えた。

「結芽だ」

 親衛隊時代の服に、髪結びも失って長く流れている。そして額に長く伸びる赤い角が彼女の禍々しさを一層引き立てた。

 その赤い瞳が結芽に向いた。

「ヤタ……いや、八咫烏さん」

「はい、わかっていますよ」

 小さな体は結芽を越えるほどの巨体となり、その四つの翼を広げて後光が輝いた。

「会いに来たよ」

「もう一人の……結芽」

 八咫烏は飛び上がり、隠世と現世の間で一点の光の渦となり二人を飲み込んだ。

 そこはどこまでも闇の広がる、隠世の世界であった。

「また、闇だ。そうやって、そうやって結芽を一人にする。少しでも早く私を忘れるために」

「違うよ、魂はめぐるの、あなたが生きたいと願うほどに、それは新しい肉体の中で光り輝く」

「じゃあ誰か私の手をとってよ! 私を導いてよ! 死んでいく私に大人もみんなも、くれたのは死ぬ事実だけ! しかも口で言いもしない! 私の好きにさせる!」

 鬼結芽の手に赤錆びた南无薬師瑠璃光如来景光の姿があった。

「真希おねぇさんも、寿々花おねぇさんも、夜見おねぇさんも、紫様も、千鳥のおねぇさんも自分の守れるものしか守れない! 私に嘘しかつかない! 私はいつも、いつも! 正直で! 誰にも嘘をつかなかった! 自分にも皆にも!」

 鬼結芽はゆったりと、うな垂れた顔を左右に振りながら結芽へと迫った。

「ねぇ、助けてよ。結芽いい子にしてたよ」

「うん、うんと甘えたかった。けど、誰かの重荷になりたくなかった」

「喋るな!」

 俊足の抜き打ちが景光の刃を弾き、突きと払いが写し鏡のように走り、結芽は体を返しながら籠手に狙いを定めた途端に、鬼結芽はその隙を狙って結芽の首筋に突きを走らせた。刃を添えて、景光をあらぬ方へ流すと慣れた足取りでソハヤノツルキの刃を回して、鬼結芽の打突を冷静に受け止めて見せた。

「自分が誰かの心のうちにあればと願えば、それは誰かへの呪いに変わる。パパとママがそうして苦しめば」

「悪いっ? 私が、そう願って……何が悪い!」

「願えば願うほど、自分が嫌いになる」

 鬼結芽の体は前へ投げ出され、振り返った先で結芽は無構えで立っていた。

「結芽はたった一つだけ嘘をついたよ」

「やめてっ!」

 三段の突きは逆袈裟の刃で勢いを失い、鬼結芽の頭の上でピタリと切っ先が止まった。

「最後まで私が大っ嫌いだった」

 崩れ落ちるように、景光を落として涙を流した。

「結芽を一人っきりにしてくれればいいのに、なんで、なんで結芽なんかと一緒にいてくれるの……それじゃ……死にたくないって思っちゃうよ」

「ごめん、こんな結芽で、わがままで、やせ我慢ばっかりして、なのに本当の気持ちを言わないでいた。でも、もう嘘をつかないで、たった今ついた嘘は本当は」

「みんな大好きだから、だから傷つけたくない」

 その言葉を聞いた結芽はそっと手を掲げた。

「ヤタガラスさん!」

 光の中にそっと姿を現した八咫烏が結芽の手に止まり、二人の結芽の間に八つの白い輝きが走り抜けた。

「その気持ちを忘れないで! 私の記憶と! 私の大事な人たちと! これからも生きていける! さぁ手をとって」

 鬼結芽はその手を取ると、頭から角が消え、泣き跡がほほにくっきりと現れた。

「いい? 真希おねぇさんにはやさしく! かなねぇには元気に! みんなに笑顔を!」

「あなたはいったい……」

「結芽だよ、あなた自身の燕結芽」

 懸架装置からソハヤノツルキウツスナリを結芽へと手渡した。

「ありがとう」

「なんで、私、やっと素直になれたばっかで」

「すぐにわかるから」

 八咫烏が結芽の姿に重なり、一つの閃光となって門の奥の奥へと消えていった。

「燕結芽さん」

「ヤタガラスさん」

「ここでお別れです。世界は荒廃したままですが、人という命は私たち神に意思を与えるほどの不思議な力を秘めた生命です。生きている限り、再生し、道を歩み続けていけるでしょう」

「さようなら! ヤタガラスさん! 元気でね、もう一人の……わたし」

 空に隠世の門が開き、黒い空を吸い込んでいく。彼女たちはその黄金に輝く後光を負った四枚の羽を見上げ、相手していた荒魂たちは膝を突いて攻撃をやめてしまった。

 塔は形状を失い、ノロとなって山に降り注ぐ、やがて羽根が消えてなくなると八つの花弁の紋章が浮き上がり、門は閉じていく。

「落ちる!」

 葉菜は結芽によって腕をとられ、互いに手を繋ないだ。

「大丈夫だよ!」

 起き上がった美炎は小さな隠世の門から白く輝く鳥に掴まり、舞い降りてくる二人の姿を見つけた。彼女の前に降り立つと、白い鳥は姿を消し、一振りの赤羽刀となった。

「結芽さん! あの子は」

 手にとった錆だらけの南无薬師瑠璃光如来景光が、鈍く輝いた。

「行ったよ、ただのさびしがりな私だった」

 結芽の穏やかな表情を見て、心が和らいだ。

 と、あの装置を手に美炎は結芽の前に立った。

「あ、安桜さん!」

 コードを入力し、スイッチを入れると、結芽の腕から封印環が外れ落ちた。

「帰ろう、結芽」

 今までにない美炎の優しい顔に、結芽は大きく頷いて笑顔を見せた。

「まったく……」

 呆れつつ、葉菜は静かに鞘へ収めた。

 

 

 

 雲は静かに青く澄んだ空を泳いでいく

 誰かの思いを乗せてどこまでも、遠い、遠い場所へ

 私の思いを乗せてくれるなら

 もう一度だけ私に伝えて

 

 さようならに愛を、あなたに夢を

 

 時は遥かに遠く過ぎた夢を追いかける

 あなたの思いを乗せてどこからか、青い、青い空より

 私の願いを乗せてくれるなら

 もう一度だけあなたに伝えたい

 

 さようならに夢を、あなたに愛を

 

 ありがとう。言えなかった言葉は彼方のあなたへ送る。

 

 

 

                      

 結芽錯綜記 完

 

 

 

 

 




 あとがき


 最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。
 ラストの四話でひどいとっ散らかりようだと思ったでしょうが、おおむね書きたいことは全部第三十話まででやってしまったので、エヴァQのから得たアイディアを用いて刀使ノ巫女の世界観の歪みを描いてみようと試みました。
 そして見事に前半で力尽きました。ほんとに力不足です。

 ではOVAととじとも本編、そしてあるか二期?を楽しみに、結芽のフィギュアは出ないのかとツイートするとします。それでは、また別の作品でお会いしましょう。

 あ、いっそ自分で作ってしまいますか…

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