一、
二体の荒魂が倒れた翌日の鎌倉、
回収班が巨体の残骸を運び出す光景を一目見るべく
観光客や地元民が群がっている。
その中を一人の男がのらりと分け入った。
「そこのお嬢さん、あれは荒魂かい、随分大きいね」
「あら外国人さん、そうね、あの大きさが湘南の方にも出たってね、大騒ぎよ」
「しかし、バラバラだね」
「そりゃそうよ、だって刀使の巫女が倒したんだから」
「刀使の巫女ですか」
「自衛隊よりも強いわよ、なんだって荒魂を一刀両断ですから」
男は夏に似合う白いジャケットに麦藁帽を被り、やや荒れ気味の肌が奇妙に動いた。
「おばさん、新聞おくれ」
軒先で一面を読むと、ゆっくりと駅に向かいだした。
「やはり、恵実さんがいらっしゃる。それに、くくく」
その手には細長い皮ケースが手にあった。
時を変わって、今は深夜二時。
「黒、一太刀で決めろ」
ここは大阪府堺市市街の路地、六角棒を片手にとある住宅の前に立った覆面姿の男は
しばし周囲を見渡し、ゆっくりと門のノブに手を掛けた。
「駒込史郎、何をしている」
男は振り返って、それは誰なのかと尋ねた。
「自分の名前は名乗るためにあるのでしょ」
「いいや、名乗る必要はない。ここで死ぬのだから」
階段を降りる駒込の姿を見ると、結芽は足で隠していた御刀の切っ先を、彼へと向けた。
飛び上がった駒込は、その棍棒を右手で高く振り上げた。
その一直線の動きを避けながら、続いて振られる横なぎも避けた。
(単純じゃないの)
結芽がしっかりとした足取りで斬りにかかろうとしたその時、
振りかぶる勢いを生かしながら、神速の突きが彼女に走った。
避ける術のない結芽は振り上げた御刀の柄を眼前に下げ、
その重々しい突きを受けた。
柄の割れる音が響いたのも気にせず、結芽は即座に急所を突き、男はノロとなって溶けていった。
「こちら長、合流地点に向かえ」
「梅、諒解」
鞘に納めようとすると御刀は鍔鳴りを起こして、外れた目釘が地面に落ちた。
神戸長田区にある小さな旅館『姫鶴』は、古くから刀使御用達の旅館であり、
素朴で安価でありながら、数日を要する任務に対応できるようにとの、主人の心づかいがいきている。
鶴の紹介で結芽と神尾、そして鶴がここに泊まっていた。
「これはもう柄が駄目ですね。目釘が落ちたのもそれゆえでしょう」
広げられた御刀を手入れする結芽を見ながら、
鶴は駒込によって叩き割られた柄を手にした。
「もったいないですけど、目貫は使い物になりませんね。でも、縁から刀身側の金具には問題はありませんから、柄師に新調をお願いするといいでしょう。結芽さんは鞘の扱いが丁寧ですから、十分に事足りるでしょうね」
「結芽が折神家の職人さんたちに、ニッカリ青江の拵えを作ってもらったようにかな」
「え」
「前の扱い手さんが、自分に合わせて金色の太刀拵えにしていたから、結芽の理心流の作法に合わなくて、紫様が拵えの新調を許してくれたんだ。結芽好みのかわいい拵えにね」
「うん、あのね、それってどんな風な拵え」
「うん、鞘にはウサギさんや猫ちゃん、それにハートや桜を書いてもらって、鍔はクマさんの形にしてもらったんだ。金色の金具にはいっぱいお花を彫ってもらったよ」
「頭を抱える職人さんたちの顔が見えるよ、私だって拵えの新調なんてさせてもらえなかったのに」
神尾は小さく咳をした。
「とにかく黒、ここは関西の拵師に預けよう」
「え、東京に帰るのじゃないの」
「まだ一つ、大事な用事が残っているんだ」
首を傾げた結芽は、持ってきた白木の柄に茎を留め、白鞘にゆっくりと御刀を納めた。
二、
大阪は心斎橋あたりにある、小さな刀剣店。
店にはたったひと振りの数打ち物の刀が飾られているだけであり、
客はおらず、ただひっそりとした暗い店内に銀髪の女が古書を読んでいる。
「ほう、これは数打ち物の刀に見えるが、これは一文字派への特注の一振りだな、室町の終わりかな」
女主人はその穏やかに透き通るような瞳を、刀の方に向けた。
そこには、髪は荒く四方に走らせ、その割には髭を丁寧に剃り上げ、
のらりくらりとした気風とは別に、赤茶色の瞳が刀を見つめている。
「よく、こんなものが手に入ったな」
「骨董屋で無愛想に傘立てに差してあったわ、朽ちた拵えでね。刃は引かれていたから、主人が模擬刀か何かと勘違いしたのでしょうね」
「なまくらって呼んだら、四肢がバラバラになりそうだ」
「それにしても、珍しいわね。あなたがここに来るなんてね、金一」
年季の入った古いスーツの袖をまくり、ポケットからタバコの箱が顔を出していた。
「まぁな、篠子さんの顔を見に」
「嘘お付き、大方、新しい錆刀を探してくれと言うのでしょ」
「はは、バレてたか」
「止しときな、今時の錆刀なんて大したものはない」
「おいおい、それじゃあ」
「赤羽刀にしときな」
「ほぅ」
篠子は彼を奥に案内すると、そこにはいくつもの封印がなされた箱が積み重なっていた。
そして彼の前に一つの箱を差し出した。
「一番古い赤羽刀でね、刀の来歴も飛びぬけて古い」
「おいおい、大丈夫なのかよ」
「何せ一千年もノロに封じられていたんだからね、江戸時代に荒魂が倒された地で発見されて、ずっとその地の名家に伝わっていたものが、値段をつけられないって最近、私に売りに来たのさ」
封印を切ると、箱の中には一振りの直刀が姿を現した。
その刀から伝わる力の強さに、金一は自然とはにかんだ。
「大当たりだ」
「なら、蘇生させたこいつをあんたにやろう」
「ただじゃないな」
箱をとじると、篠子は別のさらに小さな箱を持ち出した。
「五日前、私が実験台にアンプルを渡していた奴が、刀使に斬られた」
「ふぅん」
「奴は既に三件の家に強盗に入って、少なくとも十二人は殺していた。それで尻尾を掴まれるなら奴のヘマだから気にしない。でも、今度のは奴が荒魂化していることを知っていて始末したみたいなのさ、これは以前ノロを渡していた中国マフィアの殺し屋も同じだった」
「狙いをあんたに定めているのか」
「もしかしたらね、私が興味あるのはその二人を斬った奴さ」
小さな箱から出てきた写真の数々に驚きながら、少し笑った。
「恵実か」
「あと、こいつが恵実の娘だ」
「はは、生きてたか」
「金一」
「冗談だ。でも、これであんたの望みは叶うな」
「お前が言い出したことだろうに、まぁ十年前の志なんぞ、誰が大切にしているものかねぇ」
「物好きだね」
篠子の黒い瞳が、時折赤く輝いた。
彼女は静かに笑っていた。
とある小さな霊園に、恵実は花束を手にする梅が、忘れ去られただろう一つの墓の前に座った。
墓石には『近衛武道館事件慰霊碑』と書かれていた。
「あなた、お義母さん、師匠、ただいま」
花を添えると、静かに手を合わせた。
「恵実か」
その聞き知った声に、おそるおそる振り向いた。
「相楽先輩」
梅はしばし彼女に向き合ったが、目を離しその場を逃げようとした。
「待て」
相楽の怒りに満ちた顔が、自分に何を言わんとしているのか理解できた。
「結芽をお前の復讐に巻き込むな」
「それは結芽自身が決めることです。私は一人ででもあの三人を殺す」
「それが亡くなった結城さんへの顔向けか」
梅の真っ赤な瞳が、相楽を睨みつけた。
「結芽を救えなかったのは、お互い様です」
そう吐き捨てるように言うと、梅はそこを立ち去っていった。
三、
翌日、結芽は調査の合間を縫って、一人古巣である綾小路武芸学舎を訪れていた。
「結芽」
振り返った先に相楽学長が立っていた。
「遅―いっ、結芽は約束の十分前から待っていたんだよ」
「今はその十分後だろ」
「へへ、そうだよ」
「まったく、変わらないな」
やや物悲し気な気風ではあるものの、表に出して言う人でないこともあってか、結芽は何事もなかったように話を進めた。
「結芽のソハヤノツルギウツスナリはどこ」
「以前はここにいたのだぞ、刀匠課程に預けてある」
教室棟の隣に立つ館は刀匠課程を学び、製作と研究をしていく棟であり、
棟には名の知られた近畿の刀匠たちも指導と製作のために、ここを拠点にしている。
三階右奥の拵師が工房を並べる廊下を二人は静かに歩む。
そしてたどり着いた工房の扉を叩いた。
「はい、どちら様でしょう」
出てきた痩せがちの男子生徒が相楽であることに気付くと、慌てて扉を開けた。
「高畑先生、学長がいらっしゃいました」
中に案内されると、背筋の固まったような目の真っすぐな男が二人に向いた。
「どうぞいらっしゃいましたね」
「はい、今日は彼女の御刀の事で」
「ソハヤノツルギウツスナリですね、どうぞ」
生徒の用意した椅子に腰を掛けると、高畑は御刀を納めたケースと拵えが一式揃え置いた台を、結芽の前に置いた。
「燕さんでしたね、お久しぶりですね」
「五日前ですけどね」
「では、柄の方は完成しています」
「随分と早いですね」
「ええ、丁度大きな依頼が済んで手隙でありましたから、それにソハヤノツルギウツスナリとなれば神君家康公の御刀、私としては全力を傾けたくなるものです」
高畑は御刀を白鞘から取り出し、結芽に手伝ってもらいながら新たな柄に差し込んだ。
そして微調整を済まし、目釘を入れると御刀を結芽に差し出した。
柄は白鮫皮に平巻出で巻かれ、上品な小豆色に亀と鶴の目貫、
鵐目にはあの獏の彫金がなされた以前のものが使われていた。
結芽は手にすると、そのあまりの手への親和性に驚いた。
「凄い、手が吸い付くみたい」
「五日前、あなたの握り手の癖を確認させてもらいました。以前の拵えは実戦用に用意したものだったのでしょうが、燕さんに合わせたものではないので完ぺきとは言えない状態でした。今回、貴女のお手に合わせて柄の形状、巻き方、そして長さからくるバランスを調整しました」
「これなら、どんな荒魂にだって負けない」
そして、結芽は鍔が変わっていることに気が付いた。
「燕だ」
やや小さめの丸鍔に二匹の燕が彫金され、無骨でありながら、穏やかな鍔である。
「その鍔は以前、刀使を引退された子が綾小路に御刀を返上するに際して、好きに使ってくれと拵えと共に譲りうけたものです。お名前にあやかってお付けしました」
「とってもいいと思う」
「では、実戦で使ってみましょう」
「え、もう」
「使ってみない事には、本当に体にあったかどうかは分かりませんからね。学長、お願いできますか」
「ええ、すぐに」
道場にはどういうわけか五箇伝それぞれの制服を着用する生徒たちが居り、
結芽は不思議に思いながらも、坐して正面に一礼し、
腰に差すと、ゆっくりと居合の動作から確認を始めた。
(気持ち軽くなっただけなのに、切っ先が真っすぐ私を引っ張る)
相楽は彼女たちに話をしながら、共に結芽の型の演武を見ている。
「あの御刀、瀬戸内智恵さんの御刀を写した妙純傳持ソハヤノツルキウツスナリでは、それにあの子は燕結芽」
綾小路の制服を着る、木寅ミルヤは結芽の御刀の動きを目で追った。
「まさかここでお目にかかれるとは」
「え、ミルヤさん、あれはちぃねぇと同じ御刀なの」
美濃関の安桜美炎は驚いき聞いた。
「正確には鎌倉時代の三池典太光世が作刀したと言われる、征夷大将軍坂上田村麻呂の佩刀ソハヤノツルキを写した御刀ですよ。神君徳川家康公の御刀としても名高く、数百年もの間、家康公以外の使い手を選んでこなかったという伝説があります」
「それじゃあ私が行くべきかしら、御刀どうしに縁があるみたいだしね」
「でもちぃねぇ、燕さんって元親衛隊だよ、とっても強いんだよ」
「心配要らないわ、それに舞草の一員としてあの子には借りがあるしね。よろしいですか相楽学長」
「ああ、いいだろう」
結芽を呼び止めると、試合の立ち合いについて長船の瀬戸内智恵と話し、
相楽が審判となって立ち合いを行うこととなった。
「双方礼、抜刀、写シ!」
ソハヤノツルギウツスナリがやや震えるように感じた結芽は、
相手の御刀が縁のあるものだと理解した。
「備え!」
智恵の御刀は刃長一尺四分ほど、
小烏造りの諸刃の切っ先は、その御刀の古さをその身で伝えている。
「初め!」
結芽からの上段からの斬りつけをいなし、すぐさま走る突きを流しながら、
右後ろに転身する。
そこに迅移で背中に回った結芽の太刀が走るが、すぐさま峰で受けるふりをして
左前方に避け、動きを確認しながら間合いを離しつつ、
霞の構えで即応の一太刀を受け止めた。
(待ってた)
智恵の返しが下りる瞬間、結芽は振り下ろされる腕を斬りにかかった。
(斬られる)
その結芽の横一閃はあまりに素早く、智恵の眼前を通り抜けていった。
そして返しの太刀が結芽の写シを斬った。
「そこまでっ」
結芽は静かに立ち上がり、元の位置に戻り礼をした。
「どうもありゃあ、譲ってもらったな」
「うん、ふっき―の言う通りだと思う」
「御刀の差はない、体格に差こそあれ、立ち合いは燕結芽の一方的な戦いだった。ただ、拵えの良さに彼女自身が着いていけず、そのまま斬られただけだった」
「つまり、あの燕ってやつは全力で戦ってない」
結芽は静かに御刀を抜くと、光に透かし輝かせた。
その傍らに背の高い智恵が共に御刀を見た。
「あなたの御刀もソハヤノツルキなのよね」
「え、そうだよ」
「私の御刀もソハヤノツルキなの」
智恵が並び見せるソハヤノツルキに、結芽のソハヤノツルギウツスナリが震えた。
「あなたの御刀は、私のソハヤノツルキを名工光世が写した御刀」
「だから、ウツスナリなんだ」
「そうは言っても、写しが作られたのは七百年も昔だから、私たちには気が遠くなるような話よ」
二人が二振りのソハヤノツルキを並べる光景を見て、ミルヤは少し涙ぐんだ。
「ミルヤさん、だ、大丈夫」
「心配要らないわ六角清香さん、少し感動してしまっただけ、まさかこの目で二振りが並び立つ光景が見られるなんて」
それから、彼女らと順番に立ち合いながら、
時が経っていった。
四、
「いいのか、神戸まで送るぞ」
「ううん、それに大阪で調べごとがあるから、合流しなくちゃいけないの」
「分かった、体は大事にするんだぞ。何かあったら私を呼べ、なんとかして見せる」
「はい」
相楽は心配であったが、携帯を持ち、
駅まで送れば大丈夫だろうと結芽の言葉を信じた。
結芽は切符を購入し、ホームのベンチに座ると鞘鐺を靴の上に置くように、
刀袋に包まれたソハヤノツルギを胸元に置いた。
そして相楽から渡されたお菓子の封を開け、食べ始めた。
「お隣に失礼」
髪を荒立たせている男は自身も手に刀袋を持っていた。
しばらく黙ってお菓子を食べている結芽に、男が静かに声を掛けた。
「お嬢ちゃん、刀使なのかい」
しばらく咀嚼しながら、うんとぶっきらぼうに返事を返した。
「君は有名人だよね。たしか燕結芽、だったね」
「そうだけど、おじさん誰」
「おじさんはね金一って言うんだ、金のはじめと書いて金一」
「じゃあそんな金一おじさんが、なぜ結芽の名前を知っているの」
「燕の家系に一人の天才がいるって有名になっただろう、もうお墓に名前が刻まれているけどね」
結芽の口が止まった。
「よく知っているね、おじさん」
「そう、物知りな足長おじさんだ。ここにいるのは幽霊かな、それとも荒魂かな」
御刀を手にベンチから離れた結芽は、
反対側のホームを見つめる金一に警戒した。
二人しかいないプラットホームに次の電車の案内が鳴った。
「まぁそんなに怯えるな」
「結芽のことを知っている人なんて、そんなにいない。調べるような真似をしたら、別だけど」
「俺が何のために調べていると」
「ノロを取引するルートを邪魔する奴だから」
「ちがうな、おれはもう取引に関わってない」
「じゃあ、荒魂化した刀使を調べるため」
「あたり、一緒に来てもらえないかな」
「何で、おじさんには結芽と一緒に来てほしいな」
結芽は刀袋の結びを解いた。
「うれしいね、女の子からデートのお誘いだ。でも君は知りたいはずだ。君が正体不明の不治の病にかかった原因、そして最後まで迎えに来てくれなかった、君の本当のお母さんのことを」
「知っているの」
「誰も教えてくれないんじゃないのか」
車上の相楽に確かにそれを訪ね、相楽は言葉を濁して真実を言わなかった。
「俺は君と戦う気はない。ただ、多くの真実を知る人に会ってほしい。それだけだ」
結芽は構えを解いて、刀袋の紐を結び付けた。
「案内して」
夜の心斎橋は大勢の人込みにごった返している。
その路地に入った、小さな灯りをつけた店は、
『刀剣 青子』と書かれた小さな表札が壁にかけられている。
「ここだぜ」
店に入ると、奥で古書を読みふける一人の女性が結芽を手招きした。
既に御刀は刀袋から出され、その気になればすぐに抜きはらえた。
「いらっしゃい、まさか本当に来てくれるとはね」
「あなた達は何を知っているの」
「あなたの過去のあらかたを」
やや埃っぽいものの、手入れの行き届いた部屋には、
御刀を納めた無数の箱が高く積み上げられている。
奥から茶を持ってきた篠子は、金一が店の表に居ることを確認し、
結芽に対するように座った。
「懐かしいわね、その鍔」
篠子は金色に輝く二羽の燕を見ながら、ゆっくりと挨拶を始めた。
「私はこの店の主人をしています。大日方篠子です。はじめまして燕結芽さん」
「単刀直入に聞く、あなたは私の何」
「仇よ、あなたのお父様を殺した」
「!」
「そして私は幼い赤ん坊であるあなたと、私の友人であったあなたのお母さんに、ノロを打ち込みました」
篠子はしごく平然と結芽に言い放った。
「私は」
「あなたは原因不明の不治の病に体を蝕まれた。そして命を絶たれてしまった。その病は、あなたの体内のノロそのものよ、私は貴女とあなたのお母さんを荒魂化の調査のためにノロを打ち込み、生かした。そして、あなた達親子が敵討ちに来て、その力を推し量る予定であったのだけど、特祭隊の精鋭部隊である親衛隊に入ったと聞いた時は、私が相手するまでもなく全てが証明されたわ」
御刀を抜きつけた結芽は、切っ先を篠子の喉先で止めた。
「青子屋、あんたたちが」
「青子屋は私が潰したの、そしてあなたのお父様は知りすぎたのよ」
「さ、最後に一つ聞く、お母さんはどこ」
「知らないわ、もしかしたら、あなたの側に居るのかもしれないわね、もう」
「殺す」
その時、店の裏口から衝撃が起こり、箱が一斉に崩れ落ちた。
結芽はその暗い中で視界を失った。
五、
「出てこい、大日方篠子いや、青子屋篠子」
半壊した入り口を踏みつけながら、梅が赤い瞳を輝かせていた。
「あら、おしさしぶりね恵実、でもあなたに同田貫は似合わないわ」
「何度も斬らなきゃ死なない体質のあんたらに、言われたくはない」
単衣についた埃を払い、壊れた箱から二振りの脇差を取り出した。
そして体を赤い色の写シが包み込んだ。
暗闇から突如飛びだした結芽が篠子を突いた。
だが篠子は首から血を流しながら、結芽をにらみつけた。
(くるっ)
どこからか腹を殴られた結芽は、間合いを引き下げられたのも構わず、再び間合いに飛び込んだ。
が、篠子の離れる赤い写シが刀を伴い結芽に飛び込み、
仕方なく梅の隣へと逃げ込んだ。
「梅、あいつ」
「邪魔をするな」
梅は結芽を外へと放り込んだ。
「これは私の戦いだ」
「あらやだ、あの子がどんな子かわかっているの」
「お前らの理想の苗床にはしない」
「どうかしら」
その重たく強烈な梅の太刀が、飛び込んでくる腕を、脇差ごと叩き斬った。
「八幡力、全快」
飛び込んだ梅は上段から斬りつけるが、右ひざを押す力が彼女の態勢を崩した。
彼女の膝には赤い写シに包まれた腕が、後ろへと押し込んでいる。
「ほら、こっち」
篠子は上段から叩き込む。
しかし払いでその一撃をはじくと、梅は切っ先を右後ろに移し、一気に写シの腕ごと篠子の胴を切り裂いた。
そして、袈裟斬りで生身の首を飛ばした。
そして倒れた体の喉下に切っ先を打ち付けると、身体がノロとなって溶けていった。
「まず、一人目だ」
「梅」
結芽は梅の名前を呼んだが、彼女が答えることはなかった。
後から来た神尾と彦は、二人を回収し、神戸の旅館に向かっていた。
車内は一転、静まり返っていた。
「黒」
「ある男が結芽の全部を知っているっていったの、だから警報を送って奴らのアジトを掴もうとしたわけ」
「だが、青子屋は十三年前に内部抗争で崩壊していた。組長の娘がノロの取引を継続していると、情報をもらったが」
「あの篠子って人だね」
「最近もノロを国内外に流していた。そして取引の代理組織は、俺と彦が調べて、警察と特祭隊に情報を流した。だが、本人はあそこで潜伏していたとはな、あの青子って店は刀剣愛好家には一見さんお断りの店だったそうだ」
「黒、その男の名前、わかりますか」
「うん、はっきり名乗ってた、金一って」
梅は突然、結芽の襟を掴みかかった。
「あいつ、結芽のことを、いいか、黒、もしもう一度、金一に会ったら逃げろ」
「なんで、たかが禍人じゃん」
「あいつは、お前みたいな奴とは比べ物にならないくらいに強い、次に会ったら、死ぬぞ」
梅のすがるような目に、結芽はただ頷くしかなかった。
現場見分に来ていた綾小路の刀使たちは、その散らばる刀を回収しながら、驚きを隠せないでいた。
「水科さん、これを見てください」
彼女は封印の解かれた十数振りの御刀に注視した。
「そんな、こんなに大量の赤羽刀がこんなところに」
その錆刀のどれもが有名な刀工の作ばかりであり、
一振り一振り、御刀としての能力は健在であった。
「いったい、なぜこんなに大量の御刀を集めていたの」
後の調査により、大半が民間で伝承されてきた赤羽刀であり、刀使の始まりを実証する一振りも発見された。
だが、奈良の山中にある集落で長らく伝承にあった、
荒魂から出た直刀は、その赤羽刀の中から見つけることはできなかった。
翌日、誰からも忘れ去られていた『刀剣 青子』は閉店した。