~結芽錯綜記~   作:ひろつかさ(旧・白寅Ⅰ号)

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第八話「導きの剣」

一、

 

「邪魔、してくれたな」

 恵実は柄頭を結芽の胸に押し当てながら、その赤く裂けた荒魂の体を結芽に見せた。

「梅こそ白状じゃん、あの時私の助けもなしに、一人で任務に向かうなんてさぁ」

 より強く鵐目を押し当てるが、その鋭い視線が恵実に走った。

「恵実さん、結芽さん」

「鶴は黙ってて、これは梅と私の決着だから」

 二人のにらみ合いに、彼女は静かに一歩引いた。

「あんたさ、墓の前からいきなり現れたんだよ。まるで見殺しにした私を笑うように」

「へぇ、私笑ってたんだ」

「死んだ時もそんな顔だったんだろうさ」

「ははは」

「はは、バカ」

 恵実は御刀を下ろしながら、結芽の背丈に合わせるように膝を突いた。

「お母さんはもう死んでんだよ、荒魂になって、こうして残留思念が私を動かしているに過ぎないんだよ」

「うん」

「だからね、私をお母さんだなんて思っちゃいけないよ。パパやママが見捨てても、あなたを守ってくれる人はいっぱいいるんだから」

「うん」

「結芽、お願い、私を一人で行かせて」

 荒れた顔に優しく、記憶の奥底に消えていた母の顔がそこにあった。

 だからこそ、結芽は引くに引けなかった。

「でもダメ、私も戦う」

「私はね、あんたにひどいことしたんだよ。あんたをほっといて、復讐するって言って、結芽のことを守らないで、生き返ったあんたを殴って、あんたに嘘ついて、終いにはあんたを一人で仇と戦わせた。だから」

「それでもね、結芽はお母さんが生きててくれて嬉しかった」

「え」

「私、全部なくなったと思ったの、でも私の周りにいた人たちは、ずっと結芽を大事に思っていてくれた。そんな人が一人生きていて、私のことを心の底から思ってくれていたことが、結芽にとっては一番の幸せなの」

 結芽は優しく母を抱きしめた。

「だから、最後まで一緒に居させて」

「結芽」

 恵実は涙を流しながら、少し笑って見せた。

「ひどい子、誰に似たのかしら」

 涙を拭い、額を合わせるといつもの気丈な彼女の目がそこにあった。

「絶対にあんたを死なせたりしないから」

「知っている」

「まぁ、あんたなら一人でどうにかできるのだろうけどね」

「あ、わかっちゃった」

「まったく、十四で私より剣の腕が立つのじゃあ、私に立つ瀬がないよ」

 結芽の屈託のない笑顔に、恵実の肩の力が下りた。

「もう終わったんじゃない」

 その聞き覚えのある声に、三人は後ろに振り返った。

「かなねぇ」

「あーあ」

「まったく」

「ごめん、バレちゃった」

 可奈美、舞衣、姫和、紗耶香、エレン、薫の六人が草むらから姿を現した。

「まったく可奈美さんは」

「すいません鶴さん」

「でも、どうしてここに」

「水臭いよ結芽ちゃん、ピンチの時は必ず来るって約束したでしょ」

「うん」

 鶴の手を借りて立ち上がった恵実は、呆れたのか小さくため息をついた。

「まさか、特祭隊から最強クラスの刀使六人が応援とは」

「ほんと、厄介な先輩たちだよ」

 恵実は一同の前に立ち、静かに頭を下げた。

「ご迷惑をおかけします。でも、刀使としてのお役目を完遂すべくお願いします」

 それに六人は黙ってうなずいた。

 

二、

 

 真庭紗南は状況を本部のモニターで確認しながら、黙って両手を握っていた。

「あいつも長かったな」

「結月先輩、私は無力です。あいつの先輩として、娘さえも守ってやれなかった」

 相楽は彼女の肩を叩き、首を横に振った。

「それは私も同じだ。結芽の体にあった真実を教えてやれなかった。そして守れなかった。だからこそ、あいつの最後を見届けなくてはいけない」

 ドローンに気付いた恵実が静かに御刀を天に掲げた。

「同田貫か、そういえば以前の御刀も同田貫だったな」

 S装備を着けた六人は、続いて結芽と鶴にも装着した。

 結芽と鶴の物は六人と違って、シンプルであるがより武具らしい、

 実用的なデザインに抑えられていた。

 そして、防刃使用の黒い羽織が着せられた。

「かっこよくなってる」

「何でもグランパに朱音様が苦言を呈したそうデース」

「ま、これはあまりにも無骨だからね」

「お母さんは着用しないの」

「もう体が荒魂だから、あまり意味がないのよ」

 人数の増えたことを確認した金一は、指を三回鳴らした。

「ショータイム、篠子の用意してくれた刀はここで消化できそうだ」

至る場所から、アリ頭を着けた刀を持つ荒魂たちが姿を現した。

 周囲に警戒を張りながら、八人は背中合わせになった。

「結芽ちゃんと恵実さんは上へ」

 舞衣の言葉を聞き、二人は階段へと斬り込んだ。

 その二人の前衛を張るように、鶴が三匹を一気に叩き斬った。

「これならまだ普通の荒魂の方が怖いね」

 鶴は以前のように破壊衝動に襲われることはなく、

しかし技の切れは以前にも増して威力を上げている。

「さすが鶴」

「どういたしまして」

 階段の下にいる彼女たちも百体以上いる荒魂に臆せず、

「薫」

「キェーーーーーーーーーー」

 紗耶香の引き付けた十数体が、大太刀に吹き飛ばされた。

「相手は烏合の衆です。落ち着いて対処してください」

 それどころか連携の真っただ中に突っ込む荒魂たちは、次々とその数を減らしていった。

 

そして三人は社のある山上へと再び足を踏み入れた。

「おまたせ」

「待ちわびたよ」

 鶴はその身を翻し、当たり前のように田中藤次に相対した。

「隊員の仇はとらせてもらう」

「どうぞ」

 藤次は鞘を口で抜きはらうと、その大帽子に薄い直刃の大刀が光り輝いた。

 鶴も藤次に向かって切っ先を隠し、御刀を構えた。

 写しを張った結芽と恵実は、直刀を肩に抱えたままの金一に切っ先を向けた。

「なるほど、二人がかりか」

 目を赤く光らせる金一の刃が結芽に走った。

 しかし、結芽は受けつつ、金一の押す力を利用して彼の隙を誘った。

 だが振り下ろされた恵実の一撃は受け止められ、

 当たり前のように二人を振り払った。

 そして迅移のごとき縮地の一撃が結芽の突きと払いをいなす、

 間隙を与えない二人の剣を何食わぬ顔で流していく。

「懐かしいな恵実、昔はこうしてよく稽古したな」

「そうだったか、すっかり忘れたよ」

「お前は俺の妹弟子で、おれは兄弟子」

「同じ道場、同じ師の下で学んだ。だが、力を求めた貴様は」

「そう、ノロに手を出したのさ」

 恵実の金剛身と八幡力を組み合わせた一撃が石畳を切り裂き、

 そのまま逆袈裟を斬りにかかると、流されつつ上段からの重い一撃で

 鍔迫り合いになった。

「縮地に、金剛身と八幡力を受け止めるあの技は」

「刀をよく見な」

「あの剣」

「自慢の御刀だ。俺は神代クラスの御刀を支配している」

「でも、どんなにノロを取り込んでも、男は刀使になれない」

そして恵実と間合いを強引に離した金一は、

直刀の肌に彫られた龍の刻印を見せつけた。

「男が刀使になるたった一つの方法、それはノロを身に宿し、御刀の力を無理やり支配する。密教から伝わる悪魔祓いの方法さ」

「密迹身、御刀の神通力を無理矢理自分のものにする力だ」

「結芽にもわかる、ノロを体に宿すのは禁術だって」

 金一は額から赤く穿たれた角を出し、その瞳を赤く輝かせた。

 

 

 

 

三、

 

 森を駆け下りながら、藤次の赤い影を追う。

(以前に聞いた密迹身では、自在に腕の写シを宙に飛ばして攻撃してきた)

 突然に間合を詰める藤次に冷静に対処しながら、

 間合いを一定に保持し続けた。

(なら、奴は動きを先読みする何かがある)

 鶴は丹念に藤次の動きを観察しながら、攻めと防御の入れ替えを加速していく。

「どうしましたか、もっと勢いのある方だと思いましたが」

 前方に押し出され、背中が木に当たったことで、

 完全に隙ができてしまった。

「物足りないですが、仕方ないですね」

 だが、藤次の突きは外れ、その右脇を斬られ、

 すぐさま向きを変えた刃が、藤次の右腕を斬り落とした。

 また一歩踏み込んで、首を撫で切り、

 そしてとどめの突きがその胸に突き刺さった。

 藤次の赤い写シが消えた。

「そんな、馬鹿な」

「あなたは技の貯蔵庫を持っている。それは人並みの量じゃない。それで剣を読む心眼の代わりにしていたのだろう。だが、あなたは相手が技を出せない瞬間では、技を読むことはできない。結芽が神速を越えた一太刀を、お前に浴びせたから分かったのさ」

「正解だ、さすがはあなたも禍人」

「残念ですね、ノロは全部吐き出してしまったんですよ」

「っはは、ははは、結局は生身か」

 鶴は物も言わず、切っ先を喉下の急所に突き刺すと、藤次はノロとなって溶けだした。

「所詮、ノロの力を借りても、紛いものの力だ」

 

 

 

「そろそろ分かったろう、藤次の奴は技の図鑑、篠子はどこへでも飛ぶ腕、そして俺はこのノリのいい足だ」

 二人ともそれはとうに理解していた。

 だが、息一つ荒立てず、その身を少しずつ荒魂化する金一は、まさに化け物と呼べる存在であった。

「まだ楽しませてくれるだろう、な」

 息切れを起こす二人を見ながら、静かに笑った。

「どうも、恵実よ、お前は器には役不足、娘は言語道断だ」

 その時、恵実の写しがはがれた瞬間に、二太刀目が彼女の生身を斬った。

「こんなものか」

「ぐ」

 倒れ込んだ恵実は力なく石畳に倒れた。

「お母さんを」

 持てる技の全てを使って金一を追う、

 あのノロの力を使った時に近い。しかし結芽の剣はより素早さを帯びている。

(そっか)

 金一が刃を受け止めにかかった瞬間、僅かながら八幡力を使い

 直刀を弾き、金一の左手を突き裂いた。

 金一の表情に一瞬の焦りが浮かんだ。

(結芽の剣はまだ先に進む)

 結芽の顔から曇りが晴れ、以前の快活な彼女の顔がそこにあった。

「嘘だ、ろ」

 金一の四段の突きを一歩引いていなし、代わりに三段突きで押しながら

 彼の剣を払いのける。

 彼は逃げるように間合いを離し、飛び込むが彼の正面の一撃を流し、再び左拳を叩いて使い物にならなくした。

 そして間合いを離すと平晴眼ではなく、やや左に寄った正眼の構えで金一と再び相対した。

 息こそ荒げないが、金一は自我をコントロールできなくなっていた。

「くそ、力だけ寄越せ」

「そんな紛い物の力は、どんな代償を払って得たところで、本物の力じゃない。お前を祓う私がそれを教えてやる」

「それはこっちの台詞だ」

 金一が踏み出す一寸前、既に結芽の剣は金一の右腕を断ち、三段の突きが彼の急所を正確に突いた。

 しばらく金一は静かに立っていたが、砕かれた左手で結芽を掴んだ。

「なら、お前を連れていく、全ての力の源、タギツヒメのもとへ」

 金一の狂った瞳が結芽を見た時、その荒魂の腕が彼女を隠世の門に引きずり込んだ。

「嫌だ、私は、私は」

 遠ざかる景色の向こうに母の姿が霞んでいく。

 そして世界は闇に包まれた。

 

四、

 

 静かに息を吐く、生きている。

「目を覚ましてください、燕さん」

 そこはひたすらに霧が青く包み込む森と湖。

 結芽は周りを見渡し、その声の主を見つけ出した。

「夜見」

 あの頃と変わらぬ姿だが、以前のような冷たさが感じられない。

 結芽は立ち上がって夜見の頬に手を触れた。

「夜見だよね」

「そうですよ」

「ここは」

「現世と隠世の間にある、魂の安らぎ場です」

 目の前の湖から聞こえてくる苦悶の声に思わず身構えた。

 湖面に浮かぶ金一は、既に体の至る場所がひび割れ、

 その肉体からノロが流れ出していた。

「大丈夫です。あの方は既に結芽さんの突きで命脈を断たれています。たとえ回復できたとしても、この隠世と現世の狭間では禍人は生きていくことはできません」

「なら結芽も」

 体の至る場所を触れても異常はなかった。

「あなたは、もう禍人ではありません。ノロの中に残った僅かばかりの珠鋼で命を繋ぎました」

「ソハヤノツルギの片割れ」

「私の本当の名は厳島宮けい、あなたの体を離れて、ようやく思い出しました」

 その美しい顔立ちに、誰かの面影を感じたが、それが誰であるかは分からない。

「待って、私にノロはないって」

「はい、体内のノロ、つまりは私自身を貴女の命として捧げました。ここに居る私はその残留思念です」

「そんなことも、あるんだな」

 金一は霞む空を見上げながら、口を開いた。

「ノロは珠鋼と違い、現世のあらゆるものを飲み込む。特に人の無念や叶わぬ思い、そして」

「後悔か、なるほどな。俺はノロに飲まれていただけか」

「金一、お母さんの兄弟子だったなら、なぜあんな真似をした」

「妬んだのさ、誰も救わなかった自分も、幸せそうにしている恵実も、俺は戦う術を知っていても自分の大切な一人を荒魂から救えなかった。それから、力を求めてノロを飲み、世話になった青子屋を守ったが、青子屋は俺と同じ奴を生み出していただけだった。だから、潰したんだ。その後だった、恵実が子供生んだって知ったのは」

 霧の向こうから、ぽつぽつと雨が降り出した。

「こいつは、荒魂になった人間の事も知らないで、荒魂に殺される人が増えることを知らないで、幸せそうにお前さんを抱いていた。だから、全部俺と同じようにしてしまえと、そうすれば俺は楽になると、でも、それがどうした」

「哀れだね、ほんと」

「あいつを器にして大荒魂を復活させるなんて言ったが、俺はそんなこと微塵も信じちゃいなかった。意地でお前さんをここに連れてきたが、俺はもう死ぬしかない」

「なら、お母さんの復讐は終わった。あんたの世迷言もつゆに消えた。私は刀使としての誇りを守り抜いた」

「立派だ」

 金一は目を閉じると、バラバラに土くれとなって

 水底へと沈んでいった。

 夜見は涙を流す結芽に、なぜ泣くのかと尋ねた。

「金一も、多くの荒魂になった人も、果たすことのできなかった、多くの思いを抱えて斬られ、死ぬ。結芽も荒魂にならないために誰かに斬られた。刀使は禍人を救うことはできない、だから祓うしかない。でも、私は誰にも死んでほしくなかった。だから、お母さん、死んでほしくないよ」

 泣き崩れる結芽を黙って受け止めた夜見は、静かに語り掛けた。

「いつか、そういう日が来てしまうのです。どんなに幸福でも、不幸な人でも、いつかは死が訪れてしまう。そのいつかは、誰にも分からない。でも、それぞれ最後なんて考えたくない。私も最後まで、これからも恩師のために生きることを胸に誓っていた。だから、結芽。あなたも最後まで、あなたの想いを失わないで、そのつながれた命で貴方らしくいてくれれば、死んだ多くの人は報われます」

 そして夜見はやさしく微笑んだ。

「大丈夫、あなたなら大丈夫」

「うん」

 結芽は強く彼女を抱きしめた。

「夜見、また会えてよかった。ねぇ」

「はい」

「一緒に帰ろう。真希や寿々花、高津のおばちゃんも元気にしている。紫様なんかタギツヒメを封印しちゃったくらい元気だよ、だから、ね」

 夜見は穏やかな顔で、首を横に振った。

「私はここでまだノロになった人たちを迎え、守らなくてはいけません。いつか現世に帰る多くの魂たちのために」

「そんな」

「私は紛い物の刀使でした。だからこそ、私は刀使として今のお役目を全うしたいのです」

 俯く結芽をそっと抱きしめながら、彼女の頭を撫でた。

「分かった。でも、絶対に帰ってきて、みんなのもとに帰ってきて、約束して」

「はい、約束します」

「ん、指切り」

 約束の指切りをし、結芽は涙を拭った。

 そして夜見は結芽の後ろを指さした。

「この川沿いをまっすぐ行けば、現世に帰れます」

「お別れ、だね」

「お元気で、高津先生にも、紫様も、皆様にも、よろしくとお伝えください」

「うん、結芽が絶対に伝えるよ」

 そしてけいも、結芽に別れを言った。

「ありがとう、私忘れないから」

「はい、私もあなたに出会えて本当に良かった。そして私を、多くの人たちを、過去の人にしないであげてください」

「うん、この命大事にする」

 

 

 しばらく歩いてから振り返り、

 また歩いてから振り返って、

 そんなことを繰り返していると霧の中に二人が消えていく、

 結芽は笑顔を絶やさず、二人に見えるように大きく手を振った。

 そして完全に姿が消えた。

「さようなら」

 結芽は真っすぐ、川に沿って駆け出した。

 しかし、それはすぐにゆっくりになって、

 彼女は大きく泣き出した。

 それでも、足は一歩ずつ、一歩ずつ前へと向かっていった。

 

 

 

五、

 

「あ」

 小さく、しかし少しずつ見開く目に、彼女を見つめる人たちの顔があった。

「た、だいま」

 目の前の獅童真希は、ただ静かに頷いた。

「あのね、真希」

「ああ、どうした」

「向こうで、夜見にあったよ、向こうでも、立派な刀使だよ、誰にも真似できないくらいに」

「そっか」

「夜見って、とっても、やさしいんだよ」

「そうだね」

「ねぇ、おかぁさんは」

 獅童の暗くなった顔を見ながら、結芽はまっすぐ彼女を見つめ続けていた。

「結芽は大丈夫だから、お願い」

「恵実さんは君が消えた後に、自ら急所を突いて、ノロになったよ」

「そう、だったんだ」

 結芽は獅童に寄り添い、泣いていいかと尋ねた。

「ああ、好きなだけ泣くといい」

 そして、彼女の声は外まで響き渡った。心の底に響くような声であった。

 

 

 

 

真庭と相楽、そして神尾と鶴は病院のフロントで静かに座っていた。

そしてカルテを見ながら、相楽は口を開いた。

「結芽が八幡の大社に姿を現したときは驚いたものだ。まるで私に迎えに越させたようだった」

「黒、いや結芽くんの体内のノロが完全消滅しているとは、本人の言う通りノロの意思が彼女を救ったのか」

 真庭は続いて出した書類を神尾に渡した。

「結芽の言ったノロの意思と名乗った厳島宮けいのことを調べさせた。太平戦争中、広島市内の刀使として勤務、その最中爆撃の被害にあい、家族を救いに行くと言って市内の中心に向かって行方不明。そのさい持っていた光世作の御刀も行方不明になったそうです」

「ノロになった刀使ですか、でもそれが結芽さんを引き留めた」

「いや鶴、おれは託されたと思っている」

「託す」

「ノロの意思は、決してタギツヒメのような生まれ得る自我だけではなく、ノロになった多くの意思も含まれているのだと、我々に伝えたかったと思う。俺は十年間、ずっと禍人を追ってきた。ひどい悪人もいれば、普通に暮らしていた子どもや老人もいた。そして恵実のように復讐を願って、命乞いをしてきた奴もいた。俺も、禍人たちを忘れてもらいたくないね」

「少佐、やはりあなたはとんでもないお人よしです」

「おい鶴、おれは鬼のカミって呼ばれていたんだぞ」

「本当ですか」

「神尾少佐」

「なんですか、真庭本部長」

「本当に約束を守ってくれるのですね」

「勿論です。我々の持つ禍人の情報、そして調査のパイプライン、人員も、特別祭祀機動隊にお譲りします。我々防衛省はあなた方と共にあると、保証しますよ」

 その言葉を聞くや、真庭は神尾に真っすぐに向き合った。

「今回の一件の全てにおいて、刀剣類管理局真庭紗南本部長は、ここに深く謝意を申させていただきます」

 真庭の深々と下げた頭に、神尾もとっさに頭を下げた。

「ど、どうぞ頭を上げてください」

「こちらも恵実と結芽がお世話になりました」

 相楽も深々と頭を下げ、神尾は照れくさそうに鶴の顔を見やった。

「こまったなぁ」

 二人が顔を上げてから静かに話を続けた。

「私たちは本来、荒魂を鎮める皆様に一件を隠し、あまつやドッキリの形で事態に気付かせようとした。禍人は表ざたにできなかった。青子屋の残党は一掃される。それでも、禍人は我々の目には見えぬ存在。だからこそ、刀使の皆様方に真剣に向き合っていただきたい。少なくとも恵実も同じ考えでしたよ」

「もちろんです。我々も全力を賭して、今後の対策に全力を投じます」

「いいえ、本当にありがとう」

 

 

 

 

 

六、

 

「え、綾小路に出戻り」

「そんな顔するな、証明書は破棄されてしまったし、いくら自衛隊に居たとはいえ、警察官しいては刀使としての再教育が必要だ。まぁ名目上はそういうことだが、学校に入れば以前の生活だ」

「でも御刀」

「折神家のご厚意でソハヤノツルギウツスナリは、綾乃小路預かりになった」

「ほんと」

 相楽の頷きに嬉しくなって、なんども飛んだ。

「待って、結芽はまた一年生から」

「さすがに中等三年からだ、それに中等部でも、高等部でも御前試合には出られるのだぞ」

「やった、かなねぇと戦えるんだ」

「まだ来年の春だ」

「ならそれまでに、もっと強くなるから」

 結芽の屈託のない笑顔に相楽は胸をなでおろした。

 

 それから、結芽は正式に刀剣類管理局に出向、所属も正式に機動隊と管理局の預かりとなった。

 遊撃隊への参入は保留で、まずは一年間、綾乃小路で中等教育を受けることとなった。

 特殊作戦第二課は人員と施設共々、管理局の預かりとなった。

 そのため神尾少佐は陸上自衛隊都内対荒魂部隊の駐屯地に派遣された。

「私を置いていく気ですか」

 神尾は鶴にプロポーズし、とにかく付き合うこととなったが、

 鶴は恩師である羽島江麻学長の依頼で、美濃関の剣術師範として岐阜に行ってしまう。

 結果、遠距離恋愛のスタートは知古の人々にしばしば話の肴にされた。

神尾としては何とかしたいと、周囲へ笑い半分に話をしている。

とにかくも、禍人は途絶えたわけではないが、ノロを裏取引で流していた頭目の日枝金一と田中藤次、大日方篠子は斬り祓われ、事態は一応の収束を見ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七、

 

 あれから半年、山里は白く包まれながら、眼下の田園も遠く、雪の世界に埋もれている。

 ここは十条家宅。

 結芽はコタツで居眠りする可奈美を右隣に挟み、

 正面の姫和に目を向けた。

「みかんもう一個食べていい」

「結芽、もう幾つ目だと思っている」

「まだ六個」

「我慢しろ、明日の分もなくなるぞ」

「ええ、いいじゃん、また買ってこればいいじゃん」

「そのまま食べ続けると、春になるころには燕ではなくペンギンになっているぞ、少しは自重しろ」

 そう言いながらミカンを一つ手に取った。

「ねぇ、ひよりねぇ」

「なんだ」

「なんでひよりねぇはお母さんのこと知っていたの」

「それは、昔、母を頼って訪ねて来たんだ。母の後輩だった恵実さんは、自分の事をすべて話した。母には嘘はつけないと、荒魂化した人の存在も、恵実さんの話から聞き知った。ただ、その頃には母はもう病床にあって、恵実さんにはこの家を使ってくれと言ったが、あの人は翌早朝に出て行ってしまった。一つの置き土産を置いてな」

 姫和は傍らの小さな箪笥から、細長い桜木細工の小箱を結芽のもとに差し出した。

 その中には三羽の燕が彫金された、小柄が入っていた。

「娘であるお前に返す」

「ありがとう」

 姫和は照れくさげに蜜柑を剥き、その半分を結芽へ渡した。

「いいの」

「半分だけだ」

「私もちょうだい、ひよりちゃん」

 驚いた姫和は、可奈美がまだ眠っていることに気が付いた。

「可奈美、お前は夢の中でも蜜柑を食っているのか」

「ほんと、おかしなの」

「まったく、呆れる」

 二人は静かに笑いあった。

 

 

 

おわり

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