地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル作品】

◎『神様』によって幸せな一日を得た男の話




幸せな一日

 

 

男は二週間ぶりの休日を爽やかな目覚めで迎えた。

いつもならば、半日くらいぐだぐだするのだけど。

夢枕に神様が立たれたお陰だな。

彼は大変嬉しい気持ちになった。

男は今朝、神様の出てくる夢を見たのだ。

今日一日は、男のちょっとした『お願い』が叶う日らしい。

男は半信半疑だったが、夢ならではの縁起ものだと考えた。

今日はなんだかよい一日になりそうだぞ。

孤独な中年男はにんまりと静かに笑った。

 

洗濯機をぐりんぐりん回しながら、男は非常食の乾パンをかじった。

食糧品の貯蔵品は既に底を尽きかけている。

買い出しに行かないとな。

彼はぼんやりとそう思う。

洗濯機の二巡目が始まった頃、男は一巡目の洗濯物を干して近場のコンビニエンスストアへと向かった。

取り敢えず、そこが独自商標として出している牛乳とパンを買おうか。

コンビニエンスストアは男以外の客がいない状態だった。

丁度忙しい時間帯の狭間らしい。

餡パンとメロンパンと牛乳を買い物籠に入れ、男は早速店員へ『お願い』してみることにした。

 

「あの、廃棄品の弁当やパンなどをいただくことは出来ますか?」

 

本来は出来ないことを尋ねてみる。

 

「少々お待ちください。」

 

中年男性店員はなんでもないような口振りで店のバックヤードに入り、買い物籠二杯分の弁当やパンなどを持ってきた。

コロッケ弁当と雲呑(ワンタン)入りの中華弁当を温めてもらい、なるべく早く食べるように言われた男は四つの買い物袋を持って帰宅する。

しかも、レシートを何気なく見ると牛乳が値引きされていた。

これは嬉しいことだ。

 

弁当を二個食べ、洗濯物を干す。

パンは冷蔵室と冷凍室で保存だ。

男は満たされた気持ちであった。

さあ、これからなにをしようか?

折角、神様が今日一日の幸せを保証してくれたのだ。

普段やっていないことをやってみよう。

 

 

男は、開店したばかりのパチンコ屋に寄ってみた。

手洗い以外は利用したことがない場所。

男は賭け事全般が苦手なのだ。

彼は近くの中年男性店員へ尋ねてみることにする。

 

「あの、すみません。」

「はい、なんでしょう?」

「一番出る台はどれでしょう?」

「こちらになります。」

 

店員に案内され、男は台の前に座る。

始めてみると最初の内は玉が消えゆくのみだったけれども、その内出玉開放状態になってゆく。

段々飽きてきた男は手頃なところで止めることにしたかったが、なかなか止まらない。

焦れ始めた頃に打ち止めだと言われ、男はホッとした。

換金してもらうと、六万少々儲けた。

嬉しいことだ。

男は昼飯を奮発することにした。

 

ターミナル駅行きの電車に乗って、賑わう地域へと向かう。

さて、なにを食べようかな?

駅を降りたら、なにをするでもなくぼんやりとしている女性が見えた。

髪の長い、きれいなご婦人。

二〇代前半に見える感じだ。

男は産まれて初めてのナンパをしてみることにした。

なに、失うものなどなにもない。

 

「あの。」

「はい?」

「一緒に食事をしませんか?」

「ええ、いいですよ。」

 

にっこり笑って、女性は答える。

あまりの呆気なさに男は驚いた。

彼女も丁度昼食を摂ろうと思っていたところらしい。

話し合いの結果、駅周辺にあるホテルでフランス料理を食べることになった。

臨時収入があったのだ、変わった場所を訪れてみようじゃないか。

男はそう思った。

訪れた店はちょっとした高級感を売りにしているようで、洒落た服など着ていない彼は戸惑ったが特になにも言われなかった。

舌を噛みそうな料理だらけの品書きに呆然としていたら、彼女が今日のコース料理にしようと提案してきた。

それは男が普段口にする昼食の五倍くらいの値段だったが、彼も食べてみたかったのでそうすることにした。

前菜のテリーヌ、コンソメ、海の幸のグラタン、合鴨の胸肉のローストと凝った料理が次々出てきたけれども、男にはなにがなんやらだった。

旨いことは確かだが、こんな料理ばかり食べていては庶民感覚など遥かに遠のくだろうなと男は感じる。

あぶく銭を消費するには打ってつけかも知れないが。

パリパリで歯応えよく旨いバケットはお代わり自由で、男はそこが一番気に入った。

マーガリンではなく、バターが付いてくるのもはなはだよかった。

一本かそれ以上食べ、男は女に笑われる。

それは厭な感じの笑いではなかったため、男は彼女に惚れそうになってしまう。

デザートのアイスクリームがおまけとして増量されており、そこも気に入った。

 

食後、男は彼女に時間を貰えますかと尋ねた。

女は大丈夫だと言った。

彼女は独身で、恋人は現在いないときっぱり断言した。

腕を組むことまで了承してもらい、男は有頂天になった。

 

彼女の買い物に付き合い、ぶらぶらと二人で街を歩く。

途中で人気の高いケーキ屋に寄り、二人は店内のイートインにて苺のショートケーキとモンブランとエスプレッソとカプチーノを堪能した。

会話力の無い男だが、女の方がいろいろと話しかけてくれ、気まずい時間は一切訪れなかった。

男は彼女に感謝の言葉を述べる。

 

「今日は本当にありがとうございます。」

「私も楽しいですよ。どきどきふわふわしていますから。」

「あはは、まるで恋人気分ですね。あ、調子に乗ってすみません。」

「いえいえ、全然気にしませんから大丈夫ですよ。」

「そう言っていただけると嬉しいです。貴女みたいに素敵な人が僕の恋人だったらいいのに。」

 

男は『お願い』の効力が今日一日だと思っているので、さらりとそう言った。

 

「いいですよ。貴方の恋人になりましょう。」

「では今日一日よろしくお願いいたします。」

「ええ、是非ともよろしくお願いしますね。」

 

女の目が一瞬ピカピカと輝いたけれども、鈍い男は自分自身の発言に照れてうつむいていたのでそれに気づくことが無かった。

 

 

夕食の時間となり、男は女に焼肉屋へ行きませんかと提案する。

彼女はあっさりと男の提案を受け入れた。

まだ一日は終わっていないということか。

男は幸せな気持ちで彼女を見つめる。

女も男をやさしい目で見つめてきた。

女が旨い焼肉屋を知っていると言うので、彼はそれに従うこととした。

男は彼女と手を繋ぐのが当たり前な気さえし始めていて、いかんぞいかんぞと浮わつく心を必死に抑えている。

電車の中で膝を撫でられながら、男は今までされたことのない経験に戸惑っていた。

恋人はこんなことを普段しているのかと。

二つ離れた駅で降りると、女はより一層大胆になったかに見えた。

彼女の指が男の表面を這い、やさしく撫で回す。

まるで心を許しあった恋人同士であるかの如く。

むらむらしつつ、気のせいだろうと男は考える。

彼女の悪戯心なのだろうさと。

今日一日限定の幸せなのだと。

いい人に巡り会えたことを彼は感謝した。

 

廃れかけた駅前横丁みたいなところにその一見ひなびた焼肉屋はあり、隠れ家的な雰囲気さえ醸し出していた。

肉の焼ける旨そうな匂いが、換気扇からどんどん流れてくる。

ここはいい店に違いない。

男は内心ドキドキしながら色褪せた暖簾(のれん)をくぐり、引き戸を開けた。

後ろにいる女の表情に気づかぬまま。

 

その時、間違いなく男は幸せだった。

 

 





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