地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル作品】

◎異世界から帰ってきたアラフォーなおっさんは、お見合いをすることになりました
◎帰ってきたのは元の世界と思っていたら、なにやら少し異なるみたいに思われて……



お見合い

 

 

 

 

異世界の三〇年は、元の世界の三〇日だった。

四五歳の私が交通事故による衝撃かなにかで異世界へ飛ばされ、一五歳相当と肉体的に若返ったけれども戦闘奴隷として戦い続けて三〇年。

後方の危機は幾度となく存在したものの童貞は堅固に守られ続け、どうにかこうにか無事に我が故郷へと戻れた。

女っ気のない日常でしたがなにか?

 

久々の現代的な食事は涙なしに食べられたものでなく、その有り様は複数の行方不明者騒動でてんやわんやのマスメディアや日本の人々の耳目を幾らか集めたらしい。

記憶喪失で誤魔化したが、某国による拉致被害者ではないかとの疑いから外務省の人とか内閣調査室の担当者に散々質問された。

失踪以前と帰宅以後の体格の違いから薬物投与が疑われたけれども、なんとか誤魔化した。

すみません、説明など出来ませんから。

ちなみに、何故か私に接するのは女性ばかりだった。

 

職場の田舎系中型商業施設はてっきり首になるものと観念していたのだが、案に相違して簡単に復職することが出来た。

ボイラーを制御したり、屋内外を清掃したりなどの裏方が主な仕事なり。

女性社員がいつの間にか増えていて、知らない筈の人たちから知り合いみたいな振る舞いをされて違和感が発生した。

 

地元に於ける私の全国的宣伝効果は八桁くらいの金額に相当するらしいと、妙に距離感の近い新人美人女子アナから教えてもらった。

知らない間に、私は人寄せパンダとなっていた。

酔狂な観光客までいるらしい。

一過性のものだろうけどなあ。

国際ホテルや駅舎周辺の小さなビジネスホテルや旅館に至るまで、予約客によって当分満室状態なのだとか。

わざわざ時間とお金をかけてまで事件現場にやって来たり、被害者宅へ押し掛ける人が複数存在するという。

聞いた時は冗談だと思ったが、警察官に取り押さえられた見知らぬ侵入者たちを実際に何度も見るに至って身震いした。

 

「ああいう人たちって、どこからともなく現れるんですよね。ほら、廃墟だって侵入禁止の札が掛けられているのに平然と入っちゃう人がいるでしょ。本人たちからするとわくわくする冒険の延長線上のつもりかも知れないんですけど、あれ、犯罪なんです。逮捕されちゃいますから、やったらダメですよ。」

 

騒動後、にこやかに警備担当の愛宕さんが言った。

相方の高雄さんも無言で頷く。

どちらもすこぶる美人さんだ。

私の警備担当決定戦は県警を巻き込む程の騒ぎになったと微笑みながら教えてくれたが、それって守秘義務違反になりませんかのう?

お嫁さんにしてくれていいんですよと言われたが、アラフォー童貞なおっさんをからかわないで欲しいぞなもし。

 

 

違和感が複数あったのでネットを使って調べてみたら、この世界は私が元々存在した世界の並行世界みたいに思われた。

折角、帰ってきたと思ったのに……まあ、そんなに悪くはないか。

違和感の原因となった理由のひとつとして、深刻過ぎる少子化が挙げられた。

元の世界はそこまで酷くない。

……その筈だ。

で、この世界では二〇年ほど以前から婚姻率が滅茶苦茶下がり始め、それは最初この国では、バブル経済の崩壊などに伴う年収低下から発する自然的な現象と思われていた。

風俗店がどんどん店仕舞いに追い込まれたのもその頃からで、桃色映像作品もその勢いを年々激しく後退させていったそうだ。

格段に酷くなってきたのが五年ほど前からで、適齢期の男性の婚姻率が一パーセント未満に落ち込んだのだという。

結婚関連企業の多くが倒産に追い込まれ、恋愛漫画の人気は落ちまくった。

某小説投稿サイトでも現在、恋愛小説系は不人気らしい。

先進国は軒並み婚姻率が低下の傾向にあり、新興国も年々追随の様相を見せ始めているとか。

戦争や紛争が著しく減っていることは素晴らしいのだけど、平均寿命の低い国では婚姻や出産の低下は見逃せない大問題だ。

女性に関心を持たない男性が当たり前になってきていて、彼らには性欲すらも存在しなくなってきているらしい。

三次元の女性に絶望して二次元の女性を愛した男性たちも更に解脱したかの如くになり、清らかなお坊さんのごとき男性が増加の傾向にあるそうな。

おそろしいことに、女性側の何割かにもそうした傾向が見られるという。

小学六年生で結婚出来るようにするとか重婚を正式に認めるだとか、与汰話に聞こえる話まで真面目に国会で討議されたり詮議されているとか。

どこまで本当のことやら。

ちなみに、学童の数は二〇年前に比べて二割ほどとか。

国家崩壊の危機である。

日本の人口は現在八〇〇〇万強で、山間部では自治体として成立していない場所さえ存在するとか。

実際、放棄された集落が二桁にのぼっているらしい。

一学年が二〇人ほどという学校もちらほらあるし、定員割れが酷すぎて合併や廃校を含む統廃合は全国区で進みつつある。

鳴らされ続けるマスメディアの派手な警鐘に国民はまたかとうんざりし、バブル期やそれ以前の意識高い系の人々の言葉は中身が伴わないために若い世代へ届かない。

空回りと悪循環との袋小路は、やがて訪れる衰退への序章なのかも知れない。

焦った政府は次々と手を打っているが、妙手などそうそう存在する筈もない。

有ったなら、どこかの国がカンフル剤として即時に使用しているだろうから。

 

 

そんなある日の、朝方のことだ。

独り身おっさんの貴重なる休日。

母がお見合いしろと私に言った。

庭の手入れをしていた私はその話に首をかしげる。

こんなおっさんと結婚する女性なんているのかね?

既に昭和じゃないのにな。

見合いそのものをしたことが無いので、まあ試しにやってみるのも悪くないだろう。

次の休みの日に国際ホテルのバンケットルームで昼食を摂ることが、その場で決定された。

相変わらずの電光石火だ。

 

見合い用の服を買ってきなさいと言われ、汽車に乗って大きな街へ向かう。

ちょっといい服を買っておくか。

国からお金をもらって、少しばかり懐が潤沢なのも余裕を生み出していた。

ごとんごとんと車輌に揺られる。

その内高層ビル群が見えてくる。

異世界から戻ってきて、初めての大きな地方都市だ。

懐かしくて、そして新しい空気。

異世界の王都よりも、ずっとずっと賑やかな場所だ。

あの傲岸不遜極まった王も、最期は呆気なかったな。

 

駅舎の中は沢山の人が行き交っていて、経済的に不振ながらも懸命に生きていく人々の息吹を感じさせた。

あの異世界の殺伐とした世界よりも、やはりこちらの方がずっといい。

毎日血にまみれなくていいのだから。

煉瓦のように堅いパンに野菜クズの欠片しか無い薄味スープなぞ、もう真っ平御免だ。

若い売り子から手渡された新鮮な生ジュースを飲んで、ついつい笑いそうになる。

冷たくて甘い!

これが如何に稀少なことか!

向こうでは貴族でもなかなか味わえないような高級品を、ごくごく当たり前に銅貨数枚相当の安価で口に出来るのだ。

あっちじゃ、金貨を使ってもどこまで再現出来るか。

雪山に氷室を作るなら、似たようなことは出来るか?

冷暖房は効いているし、他の街へ行くにも盗賊の襲撃に怯えなくて済む。

これが贅沢でなくして、なにを贅沢だというのかね。

やはり、異世界よりもこちらがいい。

 

なんだか多くの女性から見つめられている気がする。

ああ、そうだ。

テレビや新聞や雑誌などに私が出ていたからだろう。

小さな田舎町でこっそり生きてきたが、なあにあれから三ヵ月は経過している。

直に視線は廃れるだろうさ。

こんなおっさんに需要など存在しないだろうしな。

 

駅前百貨店の紳士服売場で吊るしのスーツを見繕い、ズボンの丈直しをしてもらってシャツやネクタイも買っておく。

今後、なにかの機会に着ないでもないだろうから。

異世界から戻ってきた時に謝罪会見をしなくてはならないとかで慌てて作った紺色のスーツは急な間に合わせの品たる雰囲気がびんびんだったため、今回は灰色系のスーツを購入した。

不意に、マスメディアの傲慢な人々の表情を思い出す。

あの新聞社と放送局の高圧的な幹部連中は絶対許さん。

勝手に騒ぎ立てた人々にまで謝らなくてはならないことへ理不尽さを感じたが、日本の通例ではそれが当たり前になっている。

居丈高なあんたたちに謝るつもりは、毛頭ないぞ。

それに、なんで日本国民全員に謝らないといけないんだ?

心配?

誰が?

あんたらが?

冗談だろう?

迷惑をかけた人々に謝るついでだと思い、私は何度も何度も何度も何度も人々の前で頭を下げた。

謝るだけならタダだと自分自身に言い聞かせつつ。

あまりにも失礼な質問をした奴がいたのでついつい殺気を放ってしまったら、そいつは悲鳴をあげながら失禁した。

その中年男性は大手新聞社でも名うてのめんどくさい記者だったそうだが、彼の恥ずかしい様子は『偶然』数秒間全国報道されてしまった。

そしてそれはネット上の動画として拡散され、何度も何度も何度も何度も繰り返し再生された。

その大手新聞社による猛烈な抗議は何度も何度も動画を再生不能に至らしめたが、現在進行形でどこからともなくあちこちにて発生しているようだ。

可哀想に。

その後、同情的な人々によるマスメディア批判が発生し、それを見て私は溜飲を下げた。

世の中、変な人ばかりじゃないらしい。

それと、例の新人女子アナが時々やって来るのは何故だろうかとついつい考えてしまう。

密着取材と称し、本当におっさんに密着するのはよくないと思う。

 

何故か勢い込んで担当してくれた若い女性店員がぺたぺたとやたらに触ってくるのには閉口したけれども、彼女に悪気はないのだと思いたい。

シャツ一着と靴下一足をおまけしてくれたのは素直に有り難かったので、ちゃらにしておこう。

 

男性が街に殆ど見当たらない。

たまに見かけると、大抵魅力的な雰囲気の女性たちと一緒だった。

なんだあれ?

買い物の後、世界的に店舗を有する珈琲屋の駅前支店でチャイラテを飲んでいたら、何故か相席していいかと活発そうな女子中学生たちから話しかけられた。

他にも充分席は空いているのに変だ。

……わかった!

彼女たちはおじさんマニアなのだな!

若いにも拘わらず随分渋い趣味嗜好だ。

気軽に触ってくるので閉口したけれど。

ガールズトークってなんじゃらほいな。

これこれ、おじさんの膝の上へ普通に乗っかかってくるんじゃありませんよ。

おふざけはあきまへんえ。

処女だけど頑張るって、おぜうさんはなにを頑張るつもりなんですかいのう。

他愛ない話をして、彼女たちと別れた。

 

 

お見合い当日。

自宅から車で二〇分程の距離にある国際ホテルへ車で向かった。

お相手の名前は確か早川さんだったか。

詳細を聞いておけばよかった気もするが、今も茶目っ気溢れる母が秘密とのたまったのでまあそれも悪くないかと今日のかすかな楽しみにしている。

会えばわかろうなのだ。

 

ホテルは土曜日の昼頃だからか割合に人があちこちにいて、そこそこの賑わいを見せている。

女性従業員の案内を受けながら、二階のバンケットルームへと向かった。

 

え?

三〇代半ばに見える色っぽいこ婦人に地元中学校の制服を着た女の子が二人と、小学生の中学年らしき女の子が一人。

子供はどの子も実に可愛いな。

美人三姉妹といったところか。

見た目の若々しい、こちらのお母さんの再婚相手に私がなるのだろうか?

全員微笑んでいる。

どこか似ている雰囲気。

親子だなという感じだ。

いきなり三人の子持ちとは、とも思ったが頑張って仲よくなってゆこうか。

 

「来年から重婚が可能になるのよ。よかったわね。」

 

母は囁くようにそう言った。

 

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