地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル】

◎駅にて鉛の弾を喰らったおっさんは異世界に転移しました
◎何者の思惑によって異世界へ渡ったのか不明なまま、おっさんは召喚師として生きてゆくことになります
◎そして召喚したのは……ウマ?




ウマと召喚師

 

 

 

いつものように職場から帰宅するため、駅に立ち寄った。

既に夜半に差し掛かろうとする時間帯。

人も社会も、キンキンに冷えたセカイ。

やりきれない倦怠感が体を包み込んだ。

ぼんやりと生き続け、四〇年弱過ぎた。

何時までこの日々が続くのだろう。

電車が遅延していると駅のスピーカーから声が聞こえてきて、気だるい気持ちがいやまして来る。

構内の喫茶店はとっくに閉まっているし、さてどうしようか。

梟(ふくろう)の意匠があしらわれた、こじゃれたブックカバーを装着した文庫本でも読もうか。

ささくれた気持ちを少しでも癒そう。

そう思った時。

遠くから喧騒が聞こえてきた。

発砲音のようなものさえ聞こえてくる。

そんな、バカな。

有り得ないことだ。

気づいた時には、若い男が黒い鉄の塊を振り回し走っていた。

私を見た彼がこちらへ走ってくる。

警察官たちが遠目に見えた。

足がすくんで動けない。

逃げなくてはならないのに。

映画やドラマの収録でも無いのに。

非現実感ばかりが加速して、判断力がどんどん麻痺していった。

 

「見つけたぜえ!」

 

目の血走った男が眼前で拳銃を構える。

人違いだと言う間もなく、パンパンパンパンと乾いた音が四つ聞こえた。

嗚呼、陸上部にいた頃に聞き慣れた音だ。

熱心な部員でなかったが、よく撃ったものだ。

あの時のみんなは今頃どうしているだろうか?

ぐらり、と体が傾(かし)いで倒れてしまう。

あれ?

おかしいな?

何故倒れたのだろうか?

流れてゆく血が見えた。

誰の血だ?

……私の血か?

そうか、私は撃たれたのか。

揉み合う男たちがぼんやり見える。

そして、私は意識を失った。

 

 

セカイガ、アンテンスル。

 

 

気づいたら、どこかの屋敷の中庭にいた。

石造りの殺風景な、実用本位のしっかりしたものという雰囲気だ。

篝火(かがりび)が四隅で焚かれ、なにか催しをしているみたいにも見える。

栗毛色の髪をなびかせた、高そうな紅いドレスを着た美貌の女性がやわらかな声音で私に話しかけてきた。

何故、彼女は日本語を話せるのだろう?

ここは日本なのか?

いつの間に運ばれたのか?

放送局の悪戯企画なのか?

弾によって穴を開けられた筈だが、それは確認出来ない。

治療されたのか?

それとも……。

彼女の回りには剣を腰にはいた騎士のような人が五人。

どう見ても本物っぽい。

全員仕立てのよい服を着ている。

いずれも強そうな感じ。

まるで、演劇の舞台だ。

私は名を名乗り、そして互いに情報交換を始める。

彼女はこの街の領主だとか。

 

私がこの屋敷へ『落とされた』のは偶然らしい。

本当か?

準備万端に見えたが。

神託があったので、周辺の街などでも同様に準備していたのだと女領主は語った。

仮に騙られたとしても、情報が少なすぎて判断出来ない。

様子見するしかないか。

 

この世界では、異世界から来た我々はワタリと呼ばれるそうだ。

私はなんのためにこの世界へ渡ってきたのだろうか?

私の適性は召喚師だそうな。

魔物を呼び出して戦わせるのか?

 

 

そのままの流れで、私は召喚師として最初の儀式を行うことになった。

はて、期待される程の人材ではないと思うのだがな。

期待外れに終わらないとよいのだが。

領主は人の使い方をよく知っている。

元上司たちとは格段に役者が違うな。

 

「召喚、開始します。」

 

手の先に力を込めると、ナニかが放出されてゆく。

ぐったりし出した頃、地面がピカピカ光り始めた。

おお、と周囲の人々から声が漏れてくる。

円形の魔方陣が浮かび上がってきて、明滅を繰り返しつつくるくる回り出した。

まるでメリーゴーラウンドみたいだ。

やがて、その光が収束して人の形に変化してゆく。

 

「ウマです! よろしくお願いします!」

 

どう見ても陸上部の女の子みたいな娘が、元気よく自己紹介してくれた。

スポーツブラみたいな胸部を覆う紺色の短い衣類に、スパッツみたいな腰を覆う同色の衣類。

黒いスニーカーを履いていた。

左胸辺りに『宇摩屋』と白糸で刺繍されている。

髪はショートカット。

くりくりしたお目目。

背は私と同じくらいだから、一七五センチぐらいか。

すらりと引き締まった体で、しなやかな感じがする。

膨らみの主張にドギマギする。

まごうことなき、陸上女子だ。

彼女もまたワタリになるのか?

自身をウマだと主張する少女。

周りの人間たちもウマだウマだと言っている。

……あっれえ?

ウマ?

何処が?

私が人間に見えているだけなのか?

なにがなんだか、よくわからない。

私と彼らとでは認識が異なるのか?

 

「よいウマを手に入れられたな、ワタリ殿。」

 

領主がにこにこしていた。

どうやら、たばかられている訳でもないらしい。

 

ウマ、と自称する宇摩屋さんの背中へ乗ることになった。

鞍を彼女の背中に付けるようにと領主から勧められたが、そんなことはとても出来ぬわい!

薄着の彼女に密着する。

これはこれでヤバいな。

ヤバいヤバいヤバいぞ!

 

「しっかり掴まっていてくださいね! では行きます!」

 

そして、彼女は走り始めた。

速い。

まさに韋駄天という感じだ。

本領発揮てなとこか。

長距離走の選手だったのか?

彼女の意識は自分自身をウマとしていて、違和感が無いようだ。

周りの人々もすべて、彼女をウマとして認識している。

ウマとヒトの違いってなんだろうか?

 

夜の街をひとっ走りして帰ってくると、回りの人々の表情は満足そうに見えた。

若者たちがどこからともなく現れ、領主に報告している。

おそらく、基準点に達したのだろう。

私が最初とは思えないし、これまで現れた人が複数存在するのではなかろうか?

その人々は一体全体どうなったのか?

…………。

ま、その辺はぼちぼち探ろう。

怪しくなってきたら、彼女とトンズラすればいい。

情報収集を最優先事項とするべきだ。

 

宇摩屋さんを馬小屋へ連れてゆくように言われたが、それはとんでもないぜよ!

彼女を馬小屋に入れるだなんて!

すると、領主に言われた。

 

「ワタリ殿はウマ思いなのだな。」

 

同意する周囲の屈強な男たち。

騎士たちからも高評価を得られたみたいに思える。

評価基準が今一つわからんな。

同じ部屋で寝泊まりすることになった。

ウマは体を拭いてあげると喜ぶという。

絞った布で彼女の全身をくまなく拭く。

宇摩屋さんからは大変喜ばれたが、なんだか複雑な気分だった。

貰ったブラシで髪の毛をすいてあげると、これもまた喜ばれる。

おっさんとしては、おっかなびっくりな感じがした。

やさしく、やさしく、やらねばならない。

一心同体、少女隊だ。

なんとなくだが、彼女との絆が深まったかに思える。

あ、着替えはどうしよう?

町娘が着るような服でもないかと侍女に聞いたら、変わり者でも見るような目付きをされた。

少し堪(こた)えたが、会社でのあの仕打ちに比べたらなんでもない。

あんな恰好でいつもうろうろされたら、私が精神的にヤられるのだよ。

わっかるかなあ?

わっかんねえだろうなあ。

結局、要望は叶えられた。

変態のように思われているだろうけど。

宇摩屋さんが普通に着てくれたので、それはそれでよかったと思う。

 

 

朝が来た。

怪しいことはなにもなかった。

なにもなかったんだってばよ。

宇摩屋さんに密着されたけど。

この娘、人懐っこ過ぎるわい。

町娘仕様の彼女と共に、黒パンとスープと林檎の朝食を摂った。

宇摩屋さんが人間の食事を採っても、私が変わり者扱いされる程度で済む。

林檎は馬も食べるので、問題は無い。

ならば、それを続けよう。

 

やや寝不足のまま、昨夜と同じ中庭で二体目の召喚獣を呼び出す儀式に取り掛かる。

領主の希望があったからだ。

昨夜からずっと監視の目にさらされているが、気にしない気にしない。

 

では、召喚開始だ。

 

昨日同様体の中からナニかがごっそり抜かれる感覚と共に、前回と同じく魔方陣がピカピカ光ってくるくる回り、やがて光が収束して人の形をしたナニかへと変化する。

 

「フクロウです。よろしく。」

 

スクール水着を装着した、小柄で髪の長い女の子が出現した。

その顔は無表情で、なにを考えているのかよくわからないな。

水着の胸元には白い布が貼られ、『鵜飼』とゴシック体で鮮やかに書かれている。

 

 

そして、回りの人々はよいフクロウを呼ばれたなと私を褒めるのだった。

裸足の少女を背負った、アラフォーのおっさんを。

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