地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル】

『ニンジャと司教の再出発! レトロゲー迷宮に殴り込み』を参考にして、ウィザードリィ風世界観の話にしてみました。





おやすみなさい、夢も見ぬままに

 

 

 

 

通称、『蔵』。

探索者の酒場で燻(くすぶ)っている、予備役兵的存在的我々の呼称がそれである。

私の職業はサムライで、階位は一のまるっきり初心者。

唱えられる呪文は二つあって、一つが『おやすみなさい、夢も見ぬままに』。

眠りをもたらす魔法だ。

もう一つは『ささやかなほむら』で、これは初歩的攻撃呪文として詠唱可能。

呪文が唱えられるのは合計二回なので、戦況に合わせて使う必要がある。

後者は小さな炎を飛ばす魔法で、野営の時にも重宝しそうだ。

 

私の前世は別世界だったらしく、この世界とは異なる知識が頭の中にある。

だからといって、チートやら成り上がりやらは出来ない感じがするけれど。

 

私の仕事は仲間の武具やら道具やらを無料で預り、それの番人をすること。

地下迷宮探索など、一回もしたことがない。

この迷宮都市で私と同様の憂き目にあっているのは、一人二人どころじゃない。

ちらりと見るだけで三〇人ほどのうらぶれた連中が、昼から安酒を浴びるように呑んでいる。

その殆どがむさい男なので、やる気がじわりじわりと削がれてゆく。

私の隣にいる斥候の少女は、先程から私に絡み続けていた。

ぺちぺちと気安く胸板を叩いており、たまに太腿を撫でたりつねったりしてくる。

栗毛色の髪に青い瞳。

活発な感じの村娘だ。

彼女はここから歩いて北へ一〇日ほどかかる村から、青雲の志(こころざし)を持ってはるばるこの街までやって来たらしい。

この半年ほどで、私は彼女自身や村に関する詳しい情報を得たのだった。

村の名産である林檎は冬場になるとこの迷宮都市にも届くので、彼女から村人へ連絡が取れない訳ではない。

だが、『蔵』と呼ばれる存在を不本意ながら続けている彼女にとって、村の人々と連絡を取ることは非常にむつかしいようだ。

結局、若い身空で昼から管(くだ)をまくしかない。

この世界では一五歳以上が成人と見なされるので問題ない筈だが、前世の知識がある私にとってはあまり好ましく見えない風景だ。

とはいえ、辺りは似たような感じだ。

酒精度が低いので、それが救いといえばそうなのかもしれぬ。

水をがぶ飲みするよりは安全なのだし。

様々な理由で平均寿命が短いようだから、この世界の人々は生き急ぐようになってしまうのだ。

おそらくは。

おっさん系探索者の方が、身につまされる情景かもしれない。

前世でおっさんだった私は、こちらでは若返っているようだ。

その辺の理屈がよくわからない。

なにかしらの思惑が働いているのかもしれない。

若い女給はそばを通る度に、私のあちこちを当たり前のように触ってゆく。

もしかして、誘っているのか?

いや、単にふざけているのか。

数人に粉をかけているみたいに見えるが、誰も彼女の誘いに応じていない。

そもそも誘っていないのかも。

二〇歳過ぎに見える彼女は見目も悪くないが、こちらの世界では違う扱いになっているのかね。

あれこれ考えていたら、女給が後ろから抱きついてきた。

バックアタック!

不意討ちだ!

彼女は豊かな胸部装甲の存在を、存分に私の背中へ知らしめてゆく。

なんのつもりだ?

悪ふざけか?

左手の甲を撫でられ、横からじっと見つめられる。

落ち着かない気持ちになってきた。

 

「いい加減にしろよ、このアマ。」

 

ドスの利いた声が隣から聞こえてきた。

それを発したのは我が勇ましき同僚だ。

鬱陶しそうに胸元強調系女給をよそへ追いやる、うら若き斥候の少女。

彼女はその後、私の膝の上を椅子代わりにしてえらくふざけまくった。

余程精神的負荷がたまっているものと愚考する。

どこかで発散出来たらよいのだが。

 

 

 

仲間は結局、帰って来なかった。

日が暮れたので酔い潰れた斥候の少女を抱き抱え、馬小屋へ向かう。

藁(わら)にくるまって、今宵も星空を見ながら寝ることにしよう。

 

 

 

今日も今日とて、探索者の酒場で座り心地の悪い椅子の上。

斥候の少女は煉瓦のように硬いパンを水でふやかしつつ、もしゃもしゃと咀嚼(そしゃく)しつつ、私を通常通りにばしばし叩いて愚痴三昧。

このパン、武器として使えないかな。

投げつけたら、小鬼くらい倒せるか?

嗚呼、武器が欲しい。

はなはだ情けないことに、私は丸腰なのだ。

それは、この酒場にたむろする連中全員に言えることだが。

少女の打撃は何気に痛い。

この子、けっこう腕っぷしがあるんじゃないかな?

農家育ちだから、けっこう腕力があると思われる。

戦士でもやっていけたんじゃなかろうか?

そう思っていたら、彼女の愚痴から事実が知れた。

我がパーティの主導者が、彼女の職業を強制的に決めたという。

無垢だった彼女はそれを従順に受け入れたが、同僚の私と一緒にいる内にどんどんやさぐれていった。

私は特になにか言ったことなどない。

ないのだが、斥候の職に就いた彼女は待ち続けている内に周囲の状況からいろいろと察するに至ったみたいである。

情報を集めて統合し判断する仕事が斥候。

それ故に、早い時期からあれこれこれそれと疑っていたようだ。

そんな彼女は一ヵ月もしない間に、ずいぶんと厭世(えんせい)的な人物になってしまった。

まあ、私自身、あまり人のことは言えないのだが。

酒場の中もそうだ。

情報を扱う奴ほど顔色が悪く、僧職はひたすら信じる神に祈り、戦士系や魔法職は意外と楽観的な風に思える。

思えるだけで内心はわからない。

 

 

 

今日も仲間は帰って来なかった。

彼らが帰って来なくなって既に三日。

前世なら、そろそろ捜索願いを出そうかという頃合いである。

酒場に誰か来る度、探索者予備軍は出入口に鋭い目を向けた。

訪れた面々が仲間を求める探索者たちの時、その新しい仲間になれないことがわかっていても我々は絶望的な気持ちに陥る。

何故ならば、現在お出掛け中の面々が全滅したり『契約』を解約しない限り、我々に迷宮探索といった自由行動など出来ないからだ。

こうした『縛り』があるため、我々は延々と仲間を待ち続ける破目になる。

命が安全なのはわかっているけれども、それとこれとは別問題なのである。

この状況が改善する見込みはあるのだろうか?

まあ、おそらく、仲間はまだ生きているものと楽観的に考える。

そうさ。

そうに決まっている。

そうでなかったら、やりきれないじゃないか。

 

 

 

酒場で薄味のスープに頑健なパンを浸して頬張りながら、斥候の少女が今日も散々愚痴る。

器用なものだ。

と、不意に、私自身を押さえつけていた見えない圧力のごとき存在が突然皆無になったような心持ちを覚えた。

急に自由意思が戻ったような気になる。

カチャリと切り替えがあったみたいな。

椅子から立ち上がった私を見て、斥候娘はぽかんとこちらを見つめていた。

 

「さあ、行こう。」

「ど、どこへよ。」

「迷宮だ。」

「迷宮? あたしたちは勝手な真似なんて出来ないでしょ!?」

「出来る。今しがた、仲間たちは全滅したらしい。」

「えっ?」

 

私は彼女の手を取り、酒場の出入口を通り抜けた。

青空の広がる街は輝いているようだ。

そこから見えるは、迷宮への出入口。

あそこだ。

丘の中腹にぽっかり穴が開いている。

これから、あの地下迷宮へ行くのだ。

現在、我々が出来るなにかを使って。

先ずは『商店』で武具や道具を揃え、それから探索である。

幸い、懐は比較的温かい。

預り金が割と潤沢なのだ。

資金力がある内に行動だ。

冷める前に使ってしまう。

我々が成長する糧にする。

だらだら使う暇など無い。

さあ、行こう。

冒険の世界へ。

 

「君に期待している。」

「えっ? あ、うん。」

 

顔を近づけると、少女が顔を赤らめる。

そうか。

彼女も期待しているのか。

あの迷宮に。

私も威力を確かめたい。

敵に唱えてみたいのだ。

おやすみなさい、夢も見ぬままに、と。

 

 

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