【オリジナル作品】
◎おっさん、異世界へ女体化転生する
◎TS化したおっさん、女騎士となる
女として今生(こんじょう)に生を受けておよそ二五年。
平凡な女騎士として働きだし、八年の歳月を重ねている。
前世は異世界の男だったらしく、その記憶は意外に濃厚。
だからといって、特別な権能がある訳でもないのだけど。
白米と味噌汁とぬか漬けと焼き魚とが時折無性に恋しくなる。
麦飯や芋羊羹くらいならば再現出来そうだから、今度やってみよう。
生卵は……無理か。
しかし、なんで性別が異なってしまったのかね?
もっと美人だったらよかったのかもしれないが。
顔はまあそこそこといった感じで、特に可もなく不可もなく。
はしばみ色の瞳に褪(あ)せた金髪。
乳はけっこうあって持ち重りする程。
同性によく揉まれるのが難点である。
剣を振っていると、正直邪魔くさい。
怪力とまではいかぬが、剣を長時間振るうには問題ない腕力が今のわたしに与えられていた。
この年の春に近衛隊の平隊員に抜擢されたけど、なにかの間違いじゃないかという気はする。
武官というよりも文官に近い気質だし、剣の腕ならば下っ端から数えた方が早い。
うちは化物がみっしりと詰まった武辺の国なのだし、わたしのような半端者にはつらい面が無くもないけどそれなりにやっている。
……やれているよね?
わたしにも度胸はそれなりにある筈だが、勇猛極まるノルドの戦士みたいな連中が揃う祖国の軍団で、この卑小なる自分自身になにほどのことが出来ようか。
鎖かたびらをまとって大剣かつぎ、戦場を走り回る勇猛果敢な女騎士たちにびっくらこいたのも既に懐かしい光景。
わたし自身がいつの間にか似たようなことを出来るようになるとは、まるで想像がつかなかった。
それで も大将首が取れるとは、思いもよらぬことだ。
経験した戦場は三つ。
大きなものが一つに、そこそこのものが二つである。
首級は幾つかあげたものの、さほど大した首は無かったように思える。
他の騎士たちが修羅過ぎて、わたしの戦いなど霞んで見えるくらいだ。
うちは平々凡々な平民の家系で、武力に長じたご先祖様も居はしない。
それでもなんとかいくさ人たちの跡を追えていられるのは、なにかしらの上位存在のご加護かもしれない。
毎日拝んでおこう。
で。
そんなこんなばたばたする日常の落ち着いてきた本日。
それなりに慣れてきた近衛隊平隊員生活に終止符が打たれることになったとは、お釈迦様でも気づかれまい。
わたしの今生での人生は、起伏が激し過ぎるのではなかろうか。
どうも先々月から護衛を務めてきた第六王子様に一目惚れされていたらしく、このまま側妃にするか、どこぞの伯爵辺りの養女にした上で正妻にするかといったところまで話が進んでいるそうな。
けっこう重厚な雰囲気の調度品の並ぶ執務室で、歴戦の陸戦将校たる上司が淡々とわたしにのたまった。
アッチョンブリケ!
そんなの聞いていません、隊長。
刀傷のある顔でにやけないでください。
こわいです。
「今話しただろ。お前はどちらにせよ王子様の嫁さんになることが閣議で決定されている。おめでとう、王様もほぼ即決で承認されているから大手を振って結婚式が出来るぞ。これも戦働きのお陰だな。お前の武勲がこの結果を生み出したのだ。誇るがいい。取り敢えずは婚約者からだ。」
のらりくらりのぬらりひょんみたいな隊長が通常運転系の表情でそう言った。
わからん。
この人の考えはよくわからん。
普段ぬぼーとしている割に、いざ戦闘となったらめちゃくちゃ強い。
謎技術で敵をばったばったと倒すのだ。
剣の動きがまるでわからない。
そんな隊長に刀傷を負わせられる相手がいたことも驚きだ。
どんな戦士だったのだろうか?
王様の考えは更にわからない。
世継ぎでないとはいえ、わたしのような生粋の平民を王族に嫁がせるとは。
なにを考えておられるのか?
あの方は隊長よりもずっとずっと強い。
戦場で何人も簡単に倒すのをたまたま見かけたが、よくわからない内に敵が倒れていた。
これも謎である。
王様のさりげない一撃を喰らった敵兵は、なにがなんだかよくわからないような顔をしながら次々に地へ伏していった。
あの境地に至るには、どれほどの修練が必要なのだろう?
そう言えば、おさわりしてきた隊長に裏拳をかましたのは近衛隊入隊初日だったな。
ついつい反射的にやらかしたが、鼻血を噴出させながらも爽やかに微笑む隊長は誠に変だった。
その場にいた副隊長たちが平然としていたしおとがめも一切無かったので、ほっとしたのはここだけの話だ。
女騎士の集まりでこの話をしたら、全員隊長にやられていたらしい。
よくぞやった、と皆に誉められて微妙な気持ちになったのは記憶に新しい。
あれで愛妻家で子煩悩というのだから、世の中よくわからない。
たまたま出会った隊長の美人な奥さんにおさわりの件を伝えたら、その翌日顔を腫らした隊長が出勤してきて近衛隊に所属する全員にけらけら笑われていた。
王様に何故か呼ばれてそのことを詳細に報告したら、めっちゃ受けた。
同席されていた王妃様や王太子様も笑われていたし、よかったのかな?
あれだけ戦闘に強い人も奥さんには簡単にやられるんですねとの感想を述べたら、周囲の人たちに大笑いされた。
解せぬ。
元男としては男に抱かれるなぞ気持ち悪い限りだが、さりとて百合に走るのもなんだかって感じはある。
女同士の着替えや入浴でも特に嬉しくなることはないし、性欲自体が抑制されている感覚は常にあった。
うーん。
「お前はそういう風に考え過ぎるのが悪い癖だ。戦場(いくさば)ではそれが命取りになるぞ。」
「あの。」
「なんだ。」
「結婚するって戦場に行くみたいなものなんですか?」
「おう。いっぱい死んどるぞ。」
「えっ?」
「大抵病死となっているがな。」
「ええ……。」
「やらかさなかったら、大丈夫だと思う。たぶんだがな。」
「あの、今からお断りすることは出来ないのでしょうか?」
「あのなあ。」
「少しでも可能性があるのでしたら……。」
「お前、王様や大臣たちの決定に逆らうことが出来るか?」
「無理です。」
「そもそもお前、王子様がとっても可愛いって言ってたじゃないか。」
「それとこれとは別ですよ。」
「お前、それを現在進行形で舞い上がっている王子様に言えるのか?」
「無理です。」
「なら、決定だな。オレの方からあちらに話はしておく。もう下がっていいぞ。」
「はい。」
「そう気を落とすな。或いは、脂ぎったぶよぶよのおっさん貴族や商人の愛人にでもなった方がよかったか?」
「勘弁してください。」
なんにせよ、どんな形にせよ、わたしが結婚することは確定した。
むう。
両親や弟妹にはまだ話せる段階でない。
話したらびっくりするだろーなー。
とぼとぼと王城の回廊を歩いていたら、中庭付近で顔馴染みの女中さんに遭遇した。
いや。
彼女は待っていたのだろう。
相変わらず、一分の隙も見て取れない。
相当やるのだろう。
わたしはそのまま、我が婚約者の居室に案内された。
室内の装飾は華美でなく、質実剛健な雰囲気のものでまとめられている。
居心地のいい部屋だ。
若様そのものみたいだと思える程である。
父親よりも母親の容姿を引き継いだ眉目秀麗な第六王子様が、微笑みながらわたしを出迎えてくださった。
「よく来たな、我が妻よ。『炎の騎士』なる勇将よ。」
「まだ若様の妻ではありませんし、その称号は我が身に余るものです。」
あまり持ち上げないでくれますかね。
この可愛くてちょこっとやんちゃな王子様は、どうにもわたしに対する評価が高過ぎるし甘過ぎる。
美化し過ぎです、若様。
「お主はもっとお主自身の良質さを自覚するがいい。『炎の騎士』の称号も、善良なる人々を守らんがために盗賊野盗傭兵崩れどもを根絶せんと働くその心がけ故に与えられたものではないか。ますますお主に惚れそうだ。」
……。
わからん。
それらのどこに惚れる要素があるのか、わたしにはちっともわからん。
異世界ジョークなのだろうか?
女の敵はすべて討ち果たすべきだと考えているし、少しでもこの世の中をよくしたいという気持ちは常にある。
だがしかしおかし。
女にしては比較的背高で美人でもなく愛想笑いが下手で、特に武勇にすぐれる訳でもない半端者がこのわたし。
戦場では雑兵を幾人も屠(ほふ)ったけれども、そんなことは評価にあたいするものでない。
我が国では当たり前のことだからである。
こそこそ逃げる連中を追撃して討ち果たしたこともあるが、そんなのは数に入らないだろう。
……いかんいかん。
どうも今生では物騒な考え方が当たり前になりつつある。
目の前の王子様が興味津々でわたしを見つめているので気になった。
なんじゃらほい。
せがまれるままに語ったよもやま話が思いの外に受けたのかもしれない。
わからないな。
この可愛い男の子の父親たる王は、先だっての戦でも自ら剣を持って陣頭指揮した猛者だ。
気分は戦国武将である。
本陣に敵の選抜部隊らしき集団が急襲してきた時も至極冷静に対応していたのは、流石は我らが主君というべきか。
わたしは絶叫しながら突撃してぶんぶん剣を振り回しつつ暴れまわったけど、王様の目にはどう映っていたのだろうか?
撹乱くらいしか出来なかったが。
近衛隊の活躍もさることながら、王様の剣が速くて驚愕した。
何人も普通に斬っていて驚いた。
わたしは精々二人斬れただけだ。
なんであんなに強いのだろうか?
隊長に聞いたら、王様だからだ、という答が返ってきた。
禅問答かよ。
国の頂点が代々そういった武闘派であり、それ故に王子様も王女様も武官も文官さえも武断的な傾向にある。
苦手なんだよなー、体育会系や筋肉系の人たちは。
内心でうんうん唸っていると、王子様がわたしに話しかけてきた。
「なんだ、お主、聞いておらぬのか。」
「なんの話でしょうか?」
「お主の見事な剣捌きによって、逃走する王や王弟や腰巾着な貴族どもらが次々に斬り刻まれたことをだ。」
「えっ? わたしはそんなお偉いさんたちなど斬っていませんよ。斬ったのは雑兵ばかりです。」
「それはあくまでも表向きの話だ。連中は巧妙に偽装していたのだが、看破されずともことごとく斬り倒されるとは普段の行いがよほど酷かったに違いない。しかしまあ、お主にまで情報統制しておるとは、隠蔽を徹底するのも良し悪しであるな。」
「え……えっ?」
あいつら、お偉いさんたちだったの?
剣もろくに使えないような、へたれのへっぽこどもが?
「この僕がお主への褒賞だ。誇れ。」
「もったいないことでございます。」
「なんの。我々は、とうに相思相愛の仲ではないか。誰とも知れぬおなごと政略結婚させられるよりも遥かに満足出来る結果になって、僕自身も実に嬉しく思う。」
「ありがたき幸せにござりまする。」
あー、これは外堀を完全に埋められたな。
しかし、あの貧相な連中が敵さんの中心的人物たちだったとはねえ。
えらく頑強な兵士が複数いたのはそのせいだったのか?
随分強い雑兵だなあ、とは思っていたが、まさかまさかの結果である。
しかし、相思相愛とは……。
いつの間にそう思われていたのか。
王子様としばし歓談した後、女中さんの先導で部屋を出る。
「若様とご結婚なされるということは、貴方様を貴種に育て上げることと同義に御座います。即席になりますけれども、追々教育してゆけばそのうちそれなりにはなることでしょう。」
薄暗くなりつつある回廊で、彼女は身体の大半を闇に浸しながらそう言った。
「え、ええ、そうなりますね。」
一体、どこの誰が教育担当になるのだろうか?
なんちゃって王族になるのだな、わたし。
……。
うわー、ないわー。
でもやらないといけないんだよな。
若様とは一五歳も歳が離れているけど、まあその、頑張っていきたい。
いいのかなー、こんなに年上女房でも。
ついつい、そんなことを考えてしまう。
「私どもが、貴方様を必ずやどの国の接待もなし得る方に育て上げます。」
彼女の瞳がぎらぎらと輝いている。
「よ、よろしくお願いいたします。」
「ええ、こちらこそ。」
そして彼女は武芸の国の女らしく、鮫のように嗤った。