地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル】
◎勇者様は今世に於いても勇者様
◎平穏に生きたいと思っているのについついやらかしちゃう
◎魔物は本当に悪なのか





転生した元勇者は組合職員となって平穏に暮らしたい

 

 

 

 

私の前世は勇者で、そのまた前世は普通の事務職員だった。

地下鉄工事に伴う地盤沈下は、帰宅途中の私の命をあっけなく奪った。

その後異世界とやらで幼女として目覚め、剣の才能を開花させた後はとある王国の鉄砲玉としてあちこち転戦させられた。

訳がわからない内に王宮に呼び出され、あれよあれよという間にごっつい騎士たちに取り囲まれ、人類の敵らしき魔物たちと戦う破目に陥ったのだ。

魔物は見つけ次第殺すこととされ、被害が出る前に駆逐するようにと厳命された。

魔物は、本当に人間と敵対していたのだろうか?

あの正々堂々と我々に真っ向勝負を挑む彼らは。

仲間と連携して、我々に抗(あらが)う彼らは。

督戦隊の面々から四六時中見張られ、常に洗脳めいた言葉を投げかけられ、なにがなにやらな感じで三年ほど戦い続けた。

騎士たちの入れ替わりは激しく、殆どが失われる事態となっても数日後には完全に補充された。

知り合いを作る間さえない日々。

剣を振るい続けて死を作る日々。

ごくたまに与えられる、ほんのり甘く煉瓦のように硬い、『菓子』と称されるモノを口にする時が僅かな喜び。

嗚呼、カステラをお腹いっぱい食べたい。

 

そして、運命の日。

龍と敵対した我々は、あっけなく炎の息に包まれ絶命した。

嗚呼、これでようやく平穏な死の世界に逝くことが出来る。

 

 

 

 

そう思っていたのに。

運命はなんて気まぐれなんだろう。

 

 

 

 

「あ、あの、クレアさん。依頼を達成しました。」

 

若い冒険者が私に話しかけてきて、依頼票を机上に置いた。

ここはメルキア共和国の首都ローラシルにある冒険者組合。

私は組合の事務職員をしていて、たまに受付嬢をしている。

今度は勇者になんてならない!

絶対にだ!

なりそうになったら、逃げてやる!

 

一昨年前に生まれ故郷の村を出て、紆余曲折を経てこの職にありつけた。

脂ぎったオヤジ系変態商人の愛人にならずに済んで、まっことよかった。

ありがたやありがたや。

今世では平穏な生き方をせねば!

なんとしても!

剣を毎日振るう生き方よりも、筆記具を振るう日々の方がずーっといい。

地味な生活こそ、私の望む生き方。

 

受付嬢業務はどちらかというとその主義に反するのだが、組合の奥でひっそり事務仕事にいそしむことは時として中断される。

大輪の花々の中に交ざるのは正直苦痛だ。

派手系や可愛い系やお胸が大きい系やふわふわ系などの美人受付嬢が群雄割拠する受付にて、その熾烈な戦いに加わる利点など殆ど無い。

無いのだけど、時折組合長から受付嬢をやってくれと頼まれる。

なしてさ。

ま、やれと言われたら殺りますが。

……間違えた、やりますか。

やらないか。

……これは違うか。

 

「お疲れ様です、トムソンさん。」

 

ニコッと笑いつつ依頼者の署名を確認し、五枚の大銅貨を青年に渡す。

このセカイは過酷で、一枚の銀貨のために人の命が失われることもざらだ。

冒険者講習の講師をたまに行う身としては教え子全員に生き残って欲しい。

そのために力が少々入り過ぎることさえあるけれども、多少は勘弁してもらいたい。

ところで、冒険者の昇級試験の実技担当として私を駆り出さないで欲しい。

手加減するのは案外難しいんだから。

やんちゃな冒険者にはお仕置きしないといけないけど、その手段として私を指名するのは更に困る。

トムソンさんみたいな人ばかりだといいのに。

堅実且つ確実な仕事人の彼を指名する依頼人はけっこう多い。

地道な仕事も嫌がらずにやってくれる人材は大切にしないと。

 

「これは追加報酬です。」

 

大銅貨を一枚、トムソンさんに手渡す。

 

「いいんですか?」

 

何故か赤い顔をした彼が私に問いかける。

 

「ええ、仕事が完璧だったと、依頼人のトニオさんが絶讚していました。組合長から許可を取っているので一切問題はありません。」

「そうですか。」

「そうですよ。」

「ありがとうございます。」

「トムソンさん、これからも頑張ってくださいね。」

「はい、身命を賭して!」

「大げさですね、そこまでしなくても大丈夫です。」

「任せてください!」

「ええ、期待しています。」

 

はにかんだ笑みを浮かべ、彼は組合を出ていった。

 

もうそろそろ退勤時間になる。

今夜はなにを食べようかしら。

ヘンシェル精肉店で熱々なコロッケを買うのもいいわね。

あのホクホクサクサクは実に素晴らしい。

カッセル製菓店に寄って、カステラを買って帰ろうかな。

あのふわふわしっとりはなにものにもかえがたい。

このまま平穏に人生を過ごしたいものね。

そう思いながら、私は次に現れた冒険者へ笑顔を向けた。

 

 

 

 

あたしは至近距離で見た。

クレアのおそるべき力を。

 

実力だけはある意識高い系のゴロツキみたいな冒険者がいて、その男はいくら注意されても平気の平左だったし、組合の屋内に於いて新人冒険者に何度も何度も絡んで大変うざい奴だと思っていた。

あたしも何回か注意したけれど、聞く耳すら持たない感じだった。

あんにゃろめ。

いやらしい目付きで触ってきた時、思わず足で攻撃してしまった。

しまったと思ったのだけど、ヤツはひょいと蹴りを避けて見せた。

ニヤリと笑うゲス野郎。

そこんとこも厭らしい。

 

あれは、クレアが初めて渋々受付嬢をしてくれた時のこと。

新人の女の子に絡むチンピラに彼女が近づいて注意した時、そのお馬鹿はへらへらした顔で彼女の胸を触ろうとした。

その直後のほんの一瞬。

元武闘家のあたしでさえ驚くほどの速さでクレアはそのチンピラ系冒険者へ何連擊も浴びせていた。

軽やかに叩きつけられる拳と手刀と蹴り。

あんな技、見たことない。

八発までは見えたけど、それを上回る連擊をアレは喰らったに違いない。

彼女、何者なの?

あんな動きはあたしでも出来やしないわ。

 

思い出す度、手の震えが止まらない。

絶対逆らわないようにしなくっちゃ。

 

 

 

 

私の名はロレンツォ。

ローラシルにある冒険者組合の組合長をしている。

今日はクレアに受付を頼んだが、そつなく対応してくれて本当に助かる。

受付嬢の中には冒険者と関係している者もいるし、特定の人物に対して過剰な便宜を図る娘さえいる。

明確に守秘義務を破るような娘は懲罰対象だし、倫理規程違反を行った娘も同様だ。

あまりに酷い娘はいなくなったが、ダメ男のせいで道を踏み外す者がいるのも確か。

ローラシル最強のクレアが受付にいるだけで様々な不正を未然に防げるのだから、なんともありがたいことだ。

彼女の目と耳から逃れられる者は、この冒険者組合に存在しないんじゃないかな。

彼女が受付業務に関わっている間、事務作業が多少滞るのは致し方あるまい。

……いや、それは不味いな。

クレアはカンカンに怒る娘でないが、なにも言わないまま静かに微笑む姿はこわい。

脳内警報がじゃんじゃん鳴る程だ。

さっさと書類業務を終わらせよう。

絶対、怒らせないようにしないと。

 

昨年魔物が大量発生した時の彼女の対応はまるで伝説の勇者だった。

ローラシルに住む者たちへの適切な避難誘導、緊張感に満ちた防衛隊の面々へ見事な激励を行って鼓舞し、両手に剣を持っての果敢な遊撃まで複数回やり遂げてみせた。

手慣れて洗練されたそれは彼女が何度も何度も行ってきたコトに思われたけれど、彼女の身辺調査を詳細に行った結果は平凡な村娘という評価以外だと眉唾物の話しか出てこなかった。

大猪を一撃で倒したとか傭兵崩れの盗賊を何人も拿捕(だほ)したとかいう話も聞くが、どこまで本当のことやら。

……意外と真実だったりしてな。

彼女が斬ったと確認出来る魔物の遺骸六体を大統領や議員たち立ち会いのもとで検分した時、これらは全て一撃で倒されていると複数の傭兵及び解体に長けたヘンシェル精肉店店主のハインケルとミケルセン博士が断言した。

斯様(かよう)な業(わざ)は相当過酷な訓練をしないと不可能であると、歴戦の傭兵隊隊長のマウリツィオからもお墨付きをいただいた。

一撃で絶命させるなど、練達の騎士でも難しいというのに。

まさか、彼女の実力は近衛騎士級だとでもいうのか?

そんなことがあるのだろうか?

彼女は一体何者なのだろうか?

結果、大統領による緊急命令でこの事実は厳重に秘匿(ひとく)されることが即時決定された。

一組合職員が近衛騎士級の剣士だなどと発表されたら、周辺国の笑い者だ。

しかも若い娘ときた。

到底、信じられまい。

私だって、信じない。

いや。

信じたくないだけか。

 

彼女の普段を見ていると、如何に平穏に暮らそうかと腐心しているように見える。

たまさか失敗しているが。

冒険者講習で太刀打ち出来る者が誰もいない状況なのに、彼女がなんとも思っていない様子には苦笑するしかないけれどな。

まともな冒険者で彼女を侮(あなど)る者は誰もいない。

まともな受付嬢で彼女を軽く見る者は一人も存在しない。

その事実をクレアが知るのは、いつの日になるだろうか。

 

彼女はこのローラシルを救った実質的英雄だ。

私に出来る範囲で、彼女のささやかな願いを叶えるとしよう。

周りの受付嬢や冒険者が彼女をどう見ているか本人はよくわかっていないようだし、いらないことを言う必要性は一切ない。

彼女は有能な組合職員。

それでいいじゃないか。

 

 

 

 

 


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