【オリジナル】
暗黒系上司の手を逃れ
異世界転生した男を待っていたのは
また地獄だった
人間側と果てしなき抗争を繰り広げる魔族
その破壊の渦の中に住み着いた欲望と暴力
数百年に及ぶ戦争が生み出したソドムの街
悪徳と野心
頽廃と混沌とを
コンクリートミキサーにかけてブチまけた
ここは対人間戦線の最前線
次回、『元四天王、菓子職人になるってよ』
来世も転生者と地獄に付き合ってもらおう
※いつも誤字報告をいただきまして、ありがとうございます。
「しょーりゅーはっ!」
●山昇●覇っぽい技を放って、生き埋めになった状態からようやく復活出来た。
大量の土砂が周囲に降り注ぐ。
小宇宙っぽいナニカを練習したり、復活の護符を用意しておいて実によかった。
「戦況はどうなっている!?」
私の問いにこたえる者はいない。
瓦礫(がれき)が散乱している。
酷い破壊の跡だけが残っていた。
魔族側の軍勢も人間側の軍勢も一切見当たらない。
血や臓物のにおいもしない。
争いの音がどこからも聞こえない。
おかしい。
なにかがおかしい。
…………。
陛下は?
魔王陛下は?
王城を見上げる。
わからない。
兎に角、走って向こうまで行こう。
剣も槍も見つからないので、割れて転がっていた木製の破城槌(はじょうつい)を担いで走る。
頑健極まる造りで難攻不落とうたわれた王城は目立った破壊跡こそ無かったものの、沈黙に満たされた無人空間となっていた。
そこには軍人も使用人も見当たらない。
幾つもある部屋はいずれも扉を破壊され、中のものをごっそり持ち出されていた。
扉そのものを持ち去られた部屋さえ複数ある。
なんともはや。
ため息をつきながら謁見の間に向かう。
かつて華やかだった謁見の間は、暴力が激しく渦巻いた結果だけを残していた。
あちこちが炭化している。
むごい。
その一言に尽きた。
どうやら、陛下は勇者たちと交戦して破れたらしい。
おそらくは、この散々踏みにじられた後で幾らかは誰かに回収されたっぽい炭が陛下なのだろう。
あの強大だった魔力は、もうどこにも感じられない。
煤(すす)まみれの場所から外へ移動した。
最前線の視察に行った時のことを思い出す。
突然どこからともなく放たれた広範囲攻撃呪文によって大量発生した土砂で生き埋めとなり(もしかしたら、それは長々距離型呪文だったのかもしれない)、そのため、私は最終決戦に間に合わなかった間抜けとなってしまった。
……死に損ないか。
よかったのか、悪かったのか。
もしあれを放ったのが味方だったら、笑い話にもならないな。
夕陽が沈もうとしている。
黒々とした影が周囲を覆い尽くそうとしていた。
どことなく、もの悲しい。
陛下に埋め込まれた、裏切り者への確実な片道切符となる『死の針』の術式が解除されているのを確認出来た。
魔王陛下は死んだことが確定する。
陛下の死が唯一の解除手段だから。
……よし。
義理は果たしたし、生き残りはとっくにどこかへ逃げおおせたことだろう。
或いは残党としてどこぞで継戦しているのかもしれないし、もしくは再起をはかってどこかの山中に潜伏しているのかもしれない。
だが、大規模で組織的な戦闘はもう出来まい。
戦える魔族は全員ここに集められたのだから。
魔王陛下の死はあらゆる束縛を無効化し、独立の気風が強い氏族は既に領地へ帰還したことだろう(それはもしかすると、島津が関ヶ原で脱出した時のような感じだったかもしれない)。
生き延びた氏族(どれくらいの規模かはよくわからないが)の戦いは彼ら自身のものであって、魔族そのものの戦いではない。
複数の氏族がいがみあっていたのは事実だし、陛下の力でなんとか結束していたように見せかけていたに過ぎない。
魔族が今後も激しく戦うことは出来ないだろう。
そんな力は、もうどこにもない。
魔王陛下の復活場所は先週私が破壊しておいた。
陛下のやり方は魔族を全滅させる方式だ。
一兵残らず我のために死ね、といった考え方には賛同しかねる。
そこには発展性や未来が存在しない。
いかに強力無比な存在とて、復活する方法を失っては蘇れない。
当の本人には裏切り者扱いされたかもしれないが、『死の針』による束縛と精神的苦痛を日々受けながら働くことは非常に厭なことだ。
それに、私自身魔王軍でつまはじきにされていたきらいがある。
体のいい雑用係だったしな。
しばしば罵倒されたし、根拠のない批判も日常的に浴びていた。
殺されかけたことが何度もある。
とある氏族をかばった時は、何度も何度も刺客を送り込まれた。
勿論全員返り討ちにしたが。
厭な思い出ばかり浮かんでくる。
つまり、私が人間と戦う必然性はこれっぽっちも無いということだ。
旗頭になる気は毛頭ないし、そんなことを望む魔族もいないだろう。
嗚呼、ようやくこれで念願のスローライフを送ることが出来そうである。
異世界に転生しておよそ二〇年。
働きづめでずっと戦い続けてきた人生だったが(休暇? なにそれおいしい?)、こういった余生が待っているとは思わなかった。
陛下、どうぞ成仏なさってください。
城跡に向かってお経を唱え、私は辺境の街へと向かった。
よーし、のんびり生きるぞ!
隠し資産は念のために分散して埋めてあるし、贅沢しなければそれなりに暮らせるくらいは用意してある。
もう連日連夜働くのは厭で御座る。
私の外見は人間にしか見えない。
素っ裸にしてもなかなかわからないだろう。
魔族的に言うと劣等種らしいが。
そのお陰で彼らにはよく馬鹿にされた。
半端者と陰口を叩かれることもざらだった。
今思い出してもむかむかする。
魔族領ではいつも仮面を被って活動していたから、『仮面の男』と皆に呼ばれていた。
魔族で私の素顔を知っていたのは、亡くなった両親と魔王陛下だけだ。
潜入工作と諜報活動が私の主な仕事だったけれども、功績は殆ど認められなかった。
なんでやねん。
なんちゃって四天王とも言われていたし、人数合わせとも言われていた。
更に腹が立ってきたぞ。
最近の主な功績としてはヨルハ要塞攻略戦やメルキテル平野会戦を情報戦で勝利に導いたのに、雀の涙ほどの報償金しかもらえなかった。
他の四天王の功績は多大に認められたが、私は存在そのものを疎ましく思われていたのか、賄賂を周囲に贈らなかったのがいけなかったのか、文句しか言われない存在でしかなかった。
社内で一生懸命貢献して一定以上の成果を出したにもかかわらず、上司や周囲から一切認められないようなものであった。
前世を思い出す。
嗚呼、やだやだ。
部下もなく、たった一人でこつこつ日陰で戦い続ける存在。
それが私だった。
人間と普通に会話したり、彼ら相手にぺこぺこ出来るのは私だけ。
「人間どもに媚びおって!」と憤(いきどお)っていた四天王筆頭は、どんな最期を迎えたのだろう?
案外、今も不正規戦で戦っていたりして。
『死の針』の発動条件が魔王陛下の意思による段階的方式で本当によかった。
自動発動型だったら、陛下の復活場所を破壊しようとした時点で死んでいた。
護符は私が使ってしまったけれど、まあ、魔族のためにずっとずっと貢献してきたんだ。
まあ…………いいんじゃないかな。
私が仮死状態になっていた間に、一体どれくらいの時間が経過したのだろう?
取り敢えずは、レムリスの街で情報収集だ。
夕暮れの中を人里へ向かって走る。
魔族のにおいはどこにも感じられなかった。
……あれ?
レムリスの街ってこんなに賑やかだったっけ?
街を覆う壁が高くなり、えらく立派な造りになっている。
めちゃめちゃボロかったのに。
南門の衛兵に冒険者の印を見せたら、有効期限がとっくに切れているとの注意を受けた。
組合で再発行してもらうことを確約し、街へ入ることを一時的に許可してもらう。
街は、記憶よりも数段賑わいを増した場所に変化していた。
魔族に対する最前線の街としてあんなにぎすぎすしていたのに、みんなそれを忘れたかのような顔だ。
私は年単位で生き埋めになっていたのか?
先ずは冒険者組合へ行こう。
焼きたての串焼きを三本買ってむしゃむしゃ食べ、鮮やかになった街並みを見ながらのんびり歩いた。
組合は閑古鳥が鳴いていた。
冒険者が一人もいないとは驚きだ。
以前は随分とせわしなかったのに。
暇そうにしていた話好きっぽい受付のおばちゃんと世間話をしてわかったことは、魔王陛下が倒されて既に五年ほど経過している事実だった。
勇者は陛下と相討ちになり、生きて帰ってきた彼の仲間はこの五年の間に行方不明となったり馬車にはねられたり病気で死んだりしたそうだ。
今現在、誰の存在も確認出来ないという。
勇者たちと共に戦った冒険者や義勇兵は大半が戦死し、生き残った者も多くが怪我や呪いの後遺症に悩まされているとか。
魔族の残党はメルキテル平野に陣を敷いて再度勝利しようと目論んだらしいが、温存されていた国軍最強の近衛軍によって分断され、各個撃破された上に散々打ち負かされたという。
その後、魔族の敗残兵が村や街道沿いなどに現れては暴れ回り、その度に人間たちに討伐されたのだとか。
あまりになにも知らなかったので、おばちゃんにあきれられてしまった。
「なんだいあんた、そんなことも知らないのかい?」
「ずっと山にこもって修行していましたので。」
「そりゃ世間知らずにもなるね。」
「おっしゃる通りです。」
「平和になったら、冒険者なんてもんは仕事がなくなる一方さ。魔族も魔物もいなくなるし、それはそれでいいことなんだけど、冒険者組合としてはさみしくなってゆくばかりさね。とりあえずは印を再発行してあげるけどね、あんたもさっさと別の仕事を探した方がいいよ。」
「ありがとうございます。」
後は市場で商人たちと世間話でもしよう。
そこになんらかの示唆があると思いたい。
さて、スローライフに向けて頑張らないとな。
私の第二の人生はこれからだ。