【オリジナル】
今回の話は、狮鸢LionGlede氏の『《爱·死亡·机器人》第三季的第九集』(微博に投稿された原画的四分四〇秒的作品)より創意を得ました。
世界に怪異がそれなりにいた頃の話。
彼はとある傭兵隊にて荷物持ちを担当していた。
その若者の相棒は年老いたロバ。
古い荷車をひいてぽくぽく歩く。
馬に騎乗する傭兵に随伴するのが彼の仕事で、野営地では調理もする。
料理が不味いと蹴り飛ばされるのも日常茶飯事だ。
随伴するといっても、気まぐれな騎兵たちが馬を走らせれば簡単に追い付ける筈もない。
彼はそんな時でも慌てず騒がず、自分自身の歩調で彼らの向かう先へと進むのであった。
たとえ、後で理不尽な暴力を散々振るわれることがわかっていても。
傷だらけの身体に幾つか同様のものが増えるだけ。
そう思って、彼は日々を過ごしていた。
とある村でいくばくかの食料を正当な値段で買った彼は、古老から話しかけられる。
老人は、村外れにある湖に決して近づいてはならないと警告した。
遠回りせよ、とも。
愚直な彼は傭兵隊の隊長にすぐ報告する。
隊長はそれを一笑に付し、迷信と断じた。
なんとも馬鹿げたことを、といった口調で彼の言葉を荒々しくさえぎり殴った。
それは自分たちを湖へと近づけたくない、村人の狡猾な悪知恵だとさえ言った。
血のついた籠手をぼろ切れで拭い、隊長は言葉を重ねる。
馬に水を与えねばならない。
馬を洗ってやらねばならない。
我々は休憩しなければならない。
理由は幾らでも口から流れ出る。
隊長は元々口八丁手八丁の男だ。
彼に勝てる道理などあろうはずもない。
それであっさりと説得を諦めた。
それが、彼の処世術でもあった。
話の途中で殴打されたからでもあるが。
彼を置き去りにするかの如く、傭兵たちは馬を飛ばして湖へと向かった。
決定的な負け戦をしたことの無い騎兵たちは、迷信を打破するつもりだ。
本当の意味で恐怖を味わったことが無い故に、そうした判断に繋がった。
伐採がろくにされたことすら無さそうな白樺の林の中に、美しい湖がある。
その湖畔にある木々へ馬をつなぎ止め、傭兵たちはそれぞれ休息し始める。
湖へ石を投げる者さえいた。
彼が傭兵たちに追いつくには、まだしばらく時間がかかるものと思われる。
『ソレ』はなんの前触れもなく現れた。
湖の上に麗しき娘が立っている。
最初、男たちは気づかなかった。
彼女は傭兵たちのいる湖畔へと近づいてくる。
なにか歌っていた。
傭兵たちは娘を見てニヤニヤしだす。
どう見ても怪しい筈なのに、まったく疑う様子も無いままに男たちは彼女の元へと歩きだした。
その中には隊長もいる。
歴戦のいかつい戦士の顔はだらしなくゆるみきっていて、警戒心がその表情には表れていない。
それは、湖畔にいるすべての男に当てはまることでもあった。
まるで理性が吹き飛んでいるかのような表情を、傭兵の誰も彼もが浮かべている。
それらの様を見て、妖しい娘はニヤリと嗤(わら)った。
そして高らかに歌いだす。
男たちはふらふらと湖に足を入れながらも、歩みを止めようとはしなかった。
日が暮れようとしている。
夕陽が殆ど沈んでしまった頃。
やっと合流地点たる湖近くにある白樺の林を見つけた彼は、辺りが不気味なまでに静かだと気づく。
おかしい。
明らかにおかしい。
死線を何度かくぐった彼には、この状況が異質に思えた。
あの騒々しい傭兵たちがおとなしいのは、給与が払われる時と敵に夜襲や奇襲をかける時くらいだ。
なのに、普段から頻繁に放たれる複数の大声すら聞こえてこない。
焚き火の灯りがひとつも見えなかった。
あり得ない。
彼よりも大分前に湖へ着いた筈なのに。
頭の中で警鐘がじゃんじゃか鳴り響く。
あちらではなにかしらの異常事態が発生しているに違いない。
近づくべきか否か、彼は躊躇した。
本能はずっとずっと警報を発している。
さあ、逃げろ逃げろ、となにかが彼に囁いていた。
逃げたら、追いかけられて殺されるよ。
なにかが彼に囁きかける。
若者は当然の如く迷った。
しばしためらった後、彼は先程通ってきた道を引き返し始めた。
日はとっぷり暮れて真っ暗け。
きっと誰も追いかけて来ないだろうと、心の内で確信しながら。
もう、殴られない。
もう、蹴られない。
もう、罵詈雑言を浴びせかけられない。
そうした歓喜に身をぶるぶる震わせて。
林の中からじっと彼を見つめる二つの光に全然気づかないまま。
彼とロバは夜道をゆっくり歩いてゆく。