【原作:八男って、それはないでしょう!】
◎主人公のヴェンデリンの兄たるクルトがもしも転生者だったら? という想定のもとに書いてみました
気がついたら、バウマイスター騎士爵という僻地(へきち)に領地を持つ貴族家の長男となっていた。
会社の業務で疲れきって部屋で倒れるようにして眠ったまでは覚えているが、その後がどうなったのかまるでわからない。
なんだろう、まさか、急死したのかね。
どうも異世界とやらに転生したらしい。
おっさんが少年になるとはこれいかに。
当家はヘルムート王国の貧乏貴族で、 所領だけはやたらに広いが全然開発出来ていないという。
これなんて罰ゲーム?
バウマイスター騎士爵領では魔物の生息域たる魔の森が広がり、未開拓地だらけでなにこれ管理出来ないわいバカじゃないの的な場所である。
おまけに金も人も無い。
……ご先祖様はおおたわけなのだろうか?
領地の広さだけなら百万石級かそれ以上なのかもしれないが、人口は大名どころか小名(しょうみょう)じゃないのかこれ。
領地の規模と必要人員が全然噛み合っていないぞ。
しかも純粋な軍事力が無い。
普段は農民とか職人とか狩人とかの屯田兵(とんでんへい)ばかりだ。
まるで、戦国時代の農村のようである。
名ばかり貴族なのだ、我々バウマイスター騎士爵家は。
なんてこった。
隣のブライヒレーダー辺境伯領に行くのだって、滅茶苦茶遠い。
なめとんのか。
行ってみたいと言ったら、親爺から延々説教された。
解せぬ。
それに、王都などはるか彼方だ。
ないない尽くしで笑ってしまう。
ま、前世では職場で毎日殴られたり蹴られたりしていたから、それよりはずっとずっとましな状況と言える。
出来る範囲で頑張ってみようか。
親爺は何年も前に先代のブライヒレーダー辺境伯から命じられるがままに魔の森へ向かうための兵力を提供し、彼らの大半が帰らぬ人になった。
おいおいおいおい、戦国時代かよ。
お陰で領内人口における成人男性の割合は危機的状況に陥った。
親爺がそれに対して辺境伯に文句を言わなかった(言えなかった)のは、そこそこの補償金をもらったことと先代辺境伯自身が森で戦死したためかもしれない。
前世で貸した金が返ってこないのはザラだったけれども、今世もなんだか世知辛い感じがびんびんする。
貧乏から早々に抜け出す工夫をしないと、にっちもさっちもいかないと予想される。
なんとかせねば。
やるならやらねば。
水脈をダウジングで探し、救荒作物が無いかどうか調べる。
とにもかくにも、この領地をどうやったら少しでも富ませることが出来るか探る。
それが今世のここにおける俺の役割なのだろう、おそらく。
まともな腹心もなく、頼りになる部下もなく。
弟たちと連携しようとしたら、親爺や策謀家の邪魔が入る。
ほんにこの世は世知辛い。
それでもやらねばならぬ。
『領地を豊かにする』、『領民を守る』。
両方やらなくっちゃあならないのが『長男』のつらいところだな。
覚悟はいいか?
俺は出来ている。
遮二無二戦力を魔の森へと突入させた、無謀極まる上級貴族様のために失われたものは非常に多い。
失われた貴重な人員も大量の物資も二度と戻ってはこない。
無謀な出兵の結果として、当家は前よりも窮乏し開墾(かいこん)にて早朝から夕方まであくせくするようになる。
おまけに辺境伯領で売れるものと言えば、小麦しかないのだった。
オーマイガー。
ダメダメやんか。
その上、親爺はいろいろと領民からピンハネしているのだ。
なにしとんねん。
このことで親爺と俺は大喧嘩になった。
「なにを考えているんだ、親爺! 領民あってこその領主だろうが! 親爺のやり方だと領民に恨みが残る一方だぞ!」
「何故わからんのだ! 寄り親となっているブライヒレーダー辺境伯は遠すぎて頼りにならないし、そもそも我々バウマイスター家は王国貴族のどの領地からも孤立しているのだ! そんな我らがいざとなった時に頼れるのは金だけなのだ! 金だけが我らの拠り所となるのだ! 何故、それがわからぬ!」
「だからといって過酷な統治をこのまま続けていれば領民はどんどん領地から逃げ出し、結果的にバウマイスター領は先細りするばかりだぞ! それがわからん親爺殿じゃあるまい!」
「バカ者! 領民は土地にがんじがらめに縛られるのだ! その呪いの深さを知らぬ者がわかったような口をきくでないわ! 出る者は追わず、土地にしがみつく領民を生かさず殺さず管理し、細いながらも命脈を保つようにするのが零細騎士爵家の基本戦略なのだ!」
「アホか! そんなつまらんやり方がいつまでも続く訳など無いぞ!」
「アホはお前だ! お前は現実を見ないで理想に逃げているだけだ!」
「親爺殿こそ、頭がどうかしているんじゃないのか? そんな旧弊(きゅうへい)なやり方ではじり貧になる一方だ。そのやり方でこのまま進めると、バウマイスター領はぼろぼろになってゆくぞ。」
「この若造がっ! 言わせておけば!」
「親爺は古すぎる!」
「黙れ! なにも知らぬこわっぱが!」
弟たちが体を張って止めてくれねば、最悪殺しあいになっていたかもしれない。
或いはキン肉バスターで親爺にとどめを刺しておいた方がよかったかなあ……。
次男のヘルマンは俺よりもずっと腕っぷしにすぐれ、訓練でたまに領民を率いても人気がある。
見た目は強面(こわもて)な彼だが、話すとどことはなしに愛敬があって面白い男なのだ。
親爺にヘルマンを跡取りにしたらどうだと冗談まじりに言ったら滅茶苦茶怒られた。
俺より領主向きだと思うんだがなあ。
蜜蜂を見かけ、養蜂箱を作って蜂蜜作りしてみようと打ち明けた時、ヘルマンは即座に賛成してくれた。
彼が賛同してくれたことで領内の産物や作物にもっと工夫を凝らそうと考えられるようになったのだから、彼の存在は非常に助かる。
そう思っていたのだが。
「ヘルマン、お前は従士長の家に婿に出す。よいな。」
「わかった。」
別れはあっけなかった。
親爺の命に対し、唯々諾々(いいだくだく)と従って彼は婿養子となった。
まあ、それでも会えば普通に会話するのではあったが。
「従士長の家はキッカワなのか、それともコバヤカワなのか。」
親爺が乗っ取りを画策しているのではないかと疑い、思わず呟いてしまう。
幼い八男のヴェンデリンが、何故か驚いたような顔で俺をじっと見ていた。
「どうした、ヴェンデリン?」
「いえ、なんでもないです。」
歳が離れ過ぎているし、なにを考えているのか今一つわからない弟。
俺よりもずっとずっと賢いのだと思う。
それでも可愛い弟に違いはない。
頭を撫でると、少年は目を細めて微笑むのだった。
三男のパウル。
四男のヘルムート。
彼らは王都に行って働き口を探すらしい。
三人で剣を振り回し、弟たちの方が才能あることを知るのはちょっと悲しいことだった。
まあ、三本の矢じゃないが、仲よきことは美しきかなを実践したいものだ。
二人と談笑したら、後で親爺から小言を喰らった。
五男のエーリッヒ。
彼はすこぶる美男子の上に弓の腕にすぐれ、貴族の嗜(たしな)みたる剣の腕は俺ほどでない。
村の女性たちは彼にメロメロらしい。
未婚者も既婚者も。
それはよくわかる。
彼の頭のよさは格別で、俺なんぞのような者を軽く凌駕(りょうが)するのはなんなんだ。
零細騎士爵家にいるような人材じゃない。
上級貴族家にいれば出世間違いないだと思う。
まんず、大都会に行った方がよかんべさ。
クラウスという煮ても焼いても喰えないようなおっさんが本村落の名主をやっているのだけれど、ある時彼の提出した徴税報告書に間違い有りと中学生くらいの年齢のエーリッヒが鋭く指摘した。
あのおっさん、わざと間違えたんじゃないのか?
性格の悪さを考えると、あり得ないことじゃない。
つくづく、いやらしい男だ。
指摘の件を踏まえ、エーリッヒが領主になったらいいんじゃないかと親爺に言ったらむっちゃ怒られた。
お前、最悪この領地に居場所が無くなるぞと言われたが、優秀な領主の方が領民たちにとってもいいだろう。
俺一人泥をかぶればいいんだし。
王都へ行くのも悪くない。
そう言ったらどつかれた。
大変痛かった。
エーリッヒが王都で下級官吏(かんり)の試験を受けると言ってきた日の晩、ここの領主になる気はないのかと尋ねてみた
すると、はかなげに笑って(それが無闇に似合っていた)「この地を管理するのは兄さんに任せるよ。」と言った。
養蜂場がそれなりの形になってきたのはエーリッヒのお陰だったので、この地を離れる時には蜂蜜を渡そう。
無論、パウルとヘルムートにも渡す。
それくらいは俺がしてやらないとな。
六男、七男は親爺の側室が産んだ子だとかで、こちらからの交流は断たれている。
あちらには妹も二人いる。
なんで交流しないんだと言ったら、親爺から騒動の種をばらまくつもりかと怒鳴られた。
それにしても、親爺は産ませ過ぎじゃね。
親爺はきっとアホなのだろう。
家族計画という概念すら存在しないに違いない。
以前一度思い立って側室の子たちに会いに行こうとしたら、親爺にたしなめられた。
めんどくさい。
同じ人間だろうと言ったら、何度も何度も親爺に殴られた。
しまった、ここは封建的身分社会だった。
前世の職場は毎日殴る蹴るが普通で当たり前だったために特になんとも感じなかったのだが、それはよかったのか悪かったのか。
息があがった親爺の隙を見て、取り敢えず卍(まんじ)固めをかけておいた。
さあ、俺の技を喰らうがいい。
燃える闘魂!
親爺の悲鳴が楽しい。
ぬはは。
皆から、やり過ぎだと口酸っぱく注意された。
おまけに、クラウスにさえ細々と注意された。
口惜しい。
八男のヴェンデリン。
この最年少の弟はわからないところだらけだ。
今までの弟たちは赤ん坊の頃に全員おんぶしたが、幼い頃はよく皆泣いたものだ。
それが普通だと思っていた。
だがしかし。
赤ちゃんの時もかなり静かな子だったが、三歳になった頃からのヴェンデリンは全然手がかからない大人しい子で、毎日父の書斎で書籍に親しむような子だった。
まさか、インテリゲンチャか?
苦心して作った蜂蜜飴を与えた時には、笑顔を向けてくれたのでよかった。
じいっと飴を見つめていたので、俺の分も分け与えた。
やはり弟という存在は可愛い。
俺とエーリッヒが可愛がったため、パウルやヘルムートもヴェンデリンにやさしく接してくれている。
そう、兄弟みんなでこの酷い地域をどうにかしようじゃないか。
罠猟で裏森に生息する猪を複数捕まえ、家畜化出来るかどうか試してみた。
森には恵みがあるようだけど、熊や狼も普通に出現するとあっては開発が難しい。
餌代がバカにならないとのことで、結局数頭の猪は俺たちの胃袋へ入っていくことになった。
よし、領民のみんなにも食べてもらおう!
祭じゃ、祭じゃ。
親爺は大反対するだろうがやってやるぜ!
猪の脂身をなんちゃって猪ラードにし、揚げ物祭を開催する。
ラードを作る際に出来る油粕(あぶらかす)とて大切な食糧。
皆に分けた。
よーし! ばんばん揚げてやるぜ!
血と鳴き声以外はみな揚げてやる!
家族や領民もみんな食べるがいい!
ぬはは!
親爺は試作した酒で酔い潰す。
めんどくさい連中は酔い潰す。
少し酔いが回ってきた奴らはぐるぐる回す。
クラウスも回してやったぜ。
目が回る思いをさせてやる。
さあ、みんな喰え喰え!
内臓はまだまだあるぞ!
ぐはは!
翌朝、怒り心頭に発した親爺に散々どつかれた。
痛いじゃないか、今世の親爺よ。
ちなみに油粕も大変好評だった。
ある日危険な森にヴェンデリンがひょこひょこと単独で入ってゆくのを見て、俺は胆を潰しかけた。
危ないじゃあないか。
急いで家に取って返し盾と剣を持って森に入ると、当の弟はけろっとした顔で貴重なホロホロ鳥やら自然薯やら野苺やら山葡萄やらを持って帰ってくるところだった。
ヴェンデリン……お前、もしかして勇者なのか?
こやつ、ただ者じゃない。
親爺がヴェンデリンは魔法使いだと言ったので、それはよかったと言ったら何故か睨まれた。
「クルト、何故、そう思う?」
「可愛い弟がこの土地に縛られなくていいじゃないか。エーリッヒといい、ヴェンデリンといい、いまいちパッとしないバウマイスター家としては『とんびが鷹を産んだ』訳だな。」
「お前はどうしてそう時折訳のわからんことわざめいたことを…………そうそう、お前の嫁が決まった。」
「ほう、こんな荒れ地に来てくれるとは、実に奇特な人だな。」
「たぶん、お前のように口が悪い夫でも耐えてくれるだろう。」
「親爺殿ほどじゃないさ。」
「……エーリッヒもヴェンデリンも将来この家を出るのだ。お前は、バウマイスター騎士爵家の次期当主としての気構えをもっと持つべきなのだ。」
「そうだな。うちにはクラウスという軍務尚書みたいな陰険極まるくせ者がいるし、アレの策謀を止めるためにもあの二人はこの家にいない方がいいかもしれん。いてくれた方が大いに助かるとは思うけれども、利用されてお家騒動になるくらいなら、皆この家を出た方がいいのかもな。」
「クラウスのことなど今はどうでもいい。それよりも、ヘルマンとは今後必要最低限以上関わるな。」
「兄弟なのに?」
「兄弟だからだ。お前は骨肉の争いがどれだけ悲惨な結果になるのか、全然わかっていない。」
「兄弟は大切な存在だろう。」
「そう思っているのはお前だけかもしれんぞ。」
「相手が裏切ることを前提にばかり考えるとは、悲しい星のもとに産まれたんだな親爺殿は。」
「頭でっかちで世間知らずの長男に、木っ端貴族の悲しさを教えているのだよ。」
「そんな考えだから、このバウマイスター騎士爵家はちっとも発展しないんだ。」
「なにもわかっていない小僧がさかしらなことを!」
「なにもわかっていないのはあんたの方だ親爺殿!」
そんな言葉の応酬の後、親爺と格闘戦になったのでパロスペシャルをきめてやった。
だが後程、皆からは怒られてしまった。
うぐぅ。
こんな僻地でも来てくれるお嬢さんがいるのは実にありがたいことだ。
そうだ、結婚式では揚げ物祭をしよう。
喜んでくれるといいな。
稼ぐ手段を増やさないといけないし、やることだらけだ。
努力の甲斐あって山葡萄の畑が出来つつあるため、これが確実に実るようになったらジャムやらジュースやら葡萄酒やらも夢じゃない。
先ずは干し葡萄かな。
葡萄ひごは籠(かご)の原料になるし、将来的には更に生産性を高めたいものだ。
オリーブや蕎麦やじゃがいもなどがあったらなおよいのだけど、そうそう上手くはいかないか。
粟(あわ)や稗(ひえ)やそういった作物が無いかと探してはいるが、都合よく見つかったりはしない。
むう。
パウルやヘルムート、それにエーリッヒやヴェンデリンも俺のわがままに付き合ってくれるいい弟たちだ。
俺が結婚したら、パウルやヘルムートやエーリッヒは家を出てしまう。
三人には支度金を用意しないと。
猪家畜化計画は失敗したが、罠猟でたまに捕獲出来るから領民にもふるまうことが出来るのはよいことだ。
どうしてだかクラウスの顔がたまに歪んでいるように見えるのだけれど、時折、『策士策に溺れる』にしてやろうかと思わないでもない。
こいつを見ていると、戦国時代のとある軍師を連想する。
アレは策を弄(ろう)するのが好きで好きでたまらないのだろうな。
前世の地元にもいたなあ、ああいうおっさんが。
クラウスは何人も騙したりとかチンピラを使って脅したりとか複数の人を殺したりとかしないだけ、前世のあのおっさんよりは数段マシか。
ああいった癖だらけの野心家を野放しにしている親爺だが、その男が差し出した娘を側室にしている。
親爺は全部わかってやっているのだろう。
……わかっているんだよな?
「煮しめたようにこすっからい古狸と陰謀が大好物な狐の化かしあいか。あの二人は存外似た者同士なのかもしれんな。」
一人ごちた時、そばにヴェンデリンがいてこちらをじっと見つめていた。
「どうした、ヴェンデリン?」
「いえ、なんでもありません。」
妙に大人びた末弟の頭を撫でる。
よしよし、さあ俺の飴をお食べ。
さて、ちょっと聞いてみようか。
「ヴェンデリン。」
「はい、兄様。」
「お前はまさに我が家の『ハクビ(白眉)』たる『バリョウ(馬良)』だ。」
「そんな、めっそうもないことです。」
あっ、という顔をする末弟。
そうか、そういうことか。
ははは、世の中、面白い。
顔色を青白く変えている弟の頭をやさしく撫でた。
「何者であれ、お前は俺の可愛い弟だ。その事実は『一ミリ』も変わりないよ、ヴェンデリン。」
「ありがとうございます。」
養蜂家への道は遠い。
蜜蜂の行く先にある花々をこちらに植え替えてみたり、前世のおぼろな記憶で養蜂箱を作ったり。
畑仕事の合間、夕方から夕食までのわずかな時間。
俺に付き合ってくれる弟たちと不恰好な形の箱を作り、蜂蜜の甘さに思いを馳せた。
彼らと笑いながら過ごしたこの時間が、後程どれだけ大事なものになるのだろうか。
今はとにかく、日々やっていくしかない。
さあ、明日も頑張んべ。