【オリジナル】
男は迷宮から帰ってきた
とても強そうには見えぬ
さりとて弱々しくもなし
男はさ迷う
暗き地の底も明るき世も
回る回るは運命の輪
回り回って目を回す
その先に待ち受けるはなに
かすかに微笑む男の
明日は如何に
迷宮の奥底は死に満ちたセカイだ。
そこから生きて戻ってくる者は大変少ないし、ましてや再び潜ろうなんて酔狂な者は更に少ない。
迷宮に潜る奴は多かれ少なかれ頭のネジが飛んでいる。
竜殺しになるだなんて夢は潜った初日に木っ端微塵に粉砕されるか、それよりも前に自身が魔物の餌になるのが相場だ。
とにかく、彼は今回も生き延びた。
特別に剣の腕にすぐれている訳ではないし、だからといって魔法に特段習熟している訳でもない。
そもそもこの要塞都市外縁部にある地下迷宮へ挑む冒険者の中に名剣士など一人もいないし、優秀な魔法使いなど全然いよう筈もない。
頭のすっかり壊れた魔法使いや剣以外はまともじゃない剣士ならごろごろいるが。
明日をも知れぬ稼業故に、冒険者の九割九分以上は刹那的だ。
品のない酒場は常に盛況だし、博打に精を出し過ぎて不毛な結果に陥る者も少なくない。
どこからともなく迷宮探索を希望する新人が毎日都市にやってきては、一ヵ月以内に九割以上の損耗率を生み出してゆく。
毎月毎月飽きもせずに。
村で奴隷に近い暮らしをするよりも、迷宮探索で一攫千金を狙った方がずっとまし。
そう思う若者はかなりいるし、それは要塞都市側が意図的に流している噂でもある。
絶えざる人員の供給は必要とされるし、下手に周辺地域で盗賊になられてしまうよりは遥かに健全且つ建設的だ。
たまに迷宮内で盗賊団を作ってしまう輩が発生することもあるけれど、そんな時は冒険者の稼ぎ時。
討伐任務は小遣い稼ぎとして悪くないし、派遣する側からしても問題児たちを一掃できる。
ある種の見せしめだ。
迷宮の浅い層で時たま勘違いした元冒険者たちが徒党を組んでは、見つかり次第潰されていた。
或いは、魔物と戦うよりも同業者をだまくらかして金も命も取ろうなんてろくでなしが迷宮内に隠れ住み、魔の力に汚染され自ら魔物化してゆく。
そげな事例もたまにある。
ただ、そうした輩で今も生きている者はいない。
全員きっちりとどめを刺されているから。
彼は三日前、討伐任務に参加したばかりだった。
剣を振っては下手な舞踊のようであり、魔法も汎用のモノを少し使えるのが関の山。
武術の達人や精霊使いには見えないし、訓練所では若い娘に投げ飛ばされたことさえある。
なのに現在までの生還率は一〇〇パーセントで、特に怪我もなくいつもへらへら笑っているところが他の冒険者から気味悪がられている。
彼としては愛想笑いをしているつもりだったが、まるっきり逆効果だ。
彼はこの都市に暮らし始めてもう二年目になるが、未だに付き合いの長い同業者はいない。
ふらふらと街をさ迷う彼は、並大抵の冒険者と雰囲気が違っていた。
どこかこう、戦いのみに身をおいてきた者たちとは雰囲気が異なる。
貴族ではないけれど教養があり、所作も品がある。
大貴族の庶子ではないかとの噂もあるが、それは彼自身がきっぱり否定していた。
まあとにかく、どことなくなんとなく取っ付きにくい男だ。
無駄遣いをすることもなく、あちこちの冒険者たちと一時的に潜っては日銭を稼ぐ毎日。
昨日の知り合いが今日は帰ってこないこともざらな日常を、彼は不器用に泳ぎながらもどうにかこうにか切り抜けていた。
ある日、いたずら好きな美人が彼にちょっかいを出した。
美しいが、この街で彼女に手を出す男は先ずいない。
そんな女だ。
どんな目にあうのだろう。
冒険者たちはニヤニヤしながら、闇に消えゆく彼と美人を見送った。
翌朝。
美人は憑き物が落ちたかのような表情で街を歩いていた。
彼女はその日から人々の役に立とうといった働きが多くなり、やがて領主に見初められて四人目の夫人となった。
さて、彼の話に戻る。
この要塞都市に於いて比較的まともな食事を出す食堂にたどり着いた彼は、やれやれと席に着く。
ほどなく彼の目の前には、量だけは多い肉料理と薄いスープとやたら堅いパンが置かれた。
料理はどの店も似たようなものだから、彼は別段気にすることもないままに食事を始める。
給仕の女が彼に話しかけてきた。
彼は無類の話下手だったが、女の目的は会話でなかったため、そこら辺は問題とならない。
男の隣に馴れ馴れしく座った女は、金が欲しいことを遠回しに彼へ伝える。
女が懇意にしていた冒険者の大半は三日ほど前に全員行方不明となっていたし、彼女は早期に複数の支援者を確保したいと思っていた。
女ももうさほど若くない。
冒険者と結婚するつもりもないが、かといって村の粗野な男とどっちがいいかというとどうとも言いきれない。
そろそろ結論を出さねばならない。
隠居老人の愛人となる道もあるが、老人は同じ内容の話を何度も何度も繰り返す傾向が強いし、いろいろとねちっこい者も少なくない。
嫉妬深い者は尋常でない怒り方をすることが多いから、それに起因する問題は衛兵たちをいつも悩ませている。
夫のあれやこれやに耐えられない女によって刃傷沙汰になることもちらほらあるが、懲りない者は今後も発生し続けるだろう。
女っ気の無い男が相手ならば楽勝だと思って手練手管を使う女だったけれど、どうにもやりにくい。
男はのらりくらりとはぐらかした受け答えをするばかりで、女にそれほど興味を持っているようには見えない。
手慣れている感じではないが、何人もの異性を見慣れている雰囲気だ。
どういうことだろう?
騙しやすかった男たちが懐かしい。
そもそもあの男たちは一体どこへ行ったのだろうか?
この間まで陽気だった、あの少しばかりやんちゃな連中は?
……ま、いない者は仕方ない。
次よ、次。
素っ気ない彼の態度から見込みが全然ないとようやく諦めた給仕は話を適当に切り上げ、また今度ねと彼の顎を撫で上げ去っていった。
彼は正直ほっとする。
前世も含め、女性は苦手だ。
食事を終え、代金を支払い、彼は再びふらふらと街を歩き出す。
はた目からするといいカモだが、要塞都市で彼を襲うような愚か者はいない。
以前襲った者たちはその後全員なにかしらの不審死を遂げていたし、大手犯罪者集団の本部が三つも謎の爆発によって壊滅したとあっては、彼に手を出そうなどという無理無茶無謀な者が出よう訳もない。
名うての暗殺者ではないかとの噂さえ出始めていた。
まさか、との意見が多いためにほんの一部の人間しか信じていないけれども。
ひなびた露店でしなびた柑橘類を買った彼は、実をかじりながらのんびりと城門近くまでやってきた。
なにが面白いのか、出入りする人々の流れを静かに見つめる彼。
しばらくして彼はゆっくりその場を離れ、宿屋へ向かった。
闇に包まれ始め、彼は安堵を覚える。
嗚呼、今日は誰も殺さなくて済んだ。
懐の中にある金属の塊を無意識的に撫でつつ、彼はほのかな笑みを浮かべる。
夕闇がどんどんと濃くなり、彼の姿は周囲に溶け、やがてよくわからなくなっていった。