地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル】


真実の愛に目覚めたとのたまう
第三王子
彼は政治的婚姻の意味も知らず
婚約破棄を叫ぶ
帝国の第四皇子は微笑み
騎士爵家の養女は怯える
四等魔法使いのエーリヒは
果たして昼寝が出来るのか

Not even justice,I hope to get to truth.
真実は見えるか





エーリヒはゆっくりと昼寝をしたい

 

 

「エルメンヒルト! この場をもって、お前との婚約を破棄する! オレは真実の愛に目覚めたのだ!」

 

学園にある広い中庭の片隅で昼寝をしていた私の耳に飛び込んできたのは、なんとも剣呑な響きのやや甲高い声だった。

エルメンヒルト様と言えば、確かぼんくら第三王子の婚約者だったな。

お可哀想にと思っていたが、なんとも言えない結末に至ってしまった。

ところで婚約破棄って、そんなに簡単に出来る代物だったっけ?

 

私の存在を覆う生垣の隙間から覗いて見えるのは、紅く華やかにして華美でないドレスとキンキラキンの王子様的衣装と白くちょっこし野暮ったく見えるドレス。

嗚呼、あのとんでもはっぷんな王子様は噂の男爵家の養女を自身の新しき婚約者に据える気か。

なんと無謀な。

養女殿はおどおどびくびくしているじゃあないか。

彼女もびっくらこいたんじゃなかとね。

こんな事態を許すようでは、王家も危ういんじゃないかな。

そろそろ、友人の出身地たる帝国への移住も視野に入れた方がいいかも。

勉強の結果、あっちの言葉も普通に喋れるようになったし。

幼少期から努力した甲斐があったぜよ。

それに。

家族との折り合いもさほどよくないし、四男の私がいなくとも特に問題はあるまい。

内陸国の王国と違って帝国には海沿いの街が幾つもあるから、行き先は選び放題だ。

王国では四等魔法使いだと閑職しか無いのだけれど、帝国は全然違うらしいからな。

卒業までの後一年、これからどんどん忙しくなってくるぞ。

やらまいか。

 

「これは面白い。」

「あ、師匠。」

「どうして私を呼ばなかった、こんな愉快痛快な催しに。」

「今さっき、急に発生したんですよ。」

「ふむ、突発イベントか。」

「イベントゆうたらアカンですやん。」

 

私と同じ転生者にして魔法の師匠で帝国の第四皇子で学園の留学生たるヘルムート様が、いつの間にか興味深い雰囲気で生垣の隙間から事態の推移を見守っていた。

師匠は第四皇子だが、うちのダメダメ第三王子よりもずっと格が高い。

だって、帝国だもの。

巨大山脈が無かったら、とっくに攻め落とされていただろうし。

ただ、仮に魔法飛行船を使った電撃的空挺作戦で王宮の制圧に成功したとしても、地上部隊の移動に手間がかかり過ぎて結果的に失敗するだろう。

まあ、統治下に置いてもうまみは無いし、そんな無駄なことはしないよな。

ん?

師匠、なにをする気だ?

 

「よし、やるか。」

「なにをです!? 止めてください、そんなことは今すぐに!」

「お前は私をなんだと思っているのだ?」

「ご想像にお任せします。」

「ふっ、まあいい。それっ!」

「ああっ!」

 

生垣を軽く飛び越えた師匠は修羅場になっている三人のすぐ近くに着地した。

無駄に高度な魔法で制御していたな、今の飛び方。

あの術式は教えてもらっていないぞ。

 

「やあやあ、皆様。ご機嫌麗しゅう。」

「『帝国の張子の虎』が一体何用か!」

「ええ、その張子の虎から提案です。」

「提案だと?」

「こちらのエルメンヒルト様を我が妃に迎える許可がいただけましたら、大変嬉しく存じます。」

 

さらっと言いやがった、あの師匠!

普通の人では絶対出言えないようなことをあっさりと言う。

老練で百戦錬磨の高位貴族が一人でもいたら使えない手だ。

とんでもない人だな。

あーあ、三人とも豆鉄砲を喰らったような顔になっちゃったよ。

遠巻きに見ている騎士や侍女や使用人たちが皆困っているじゃあないか。

うちの師匠ときたら、ほんまもう。

あ、エルメンヒルト様が一番早く復旧した。

なにか考えている。

お、さっと決めた顔になっちょる。

判断が早い。

下手にこじれるより、師匠とくっついた方がいいと考えたか?

 

「殿下。わたくし、こちらのヘルムート様との婚約を新しく結びたいと存じます。」

「おお、それは非常に嬉しく存じます。では早速、今宵にでも婚約記念晩餐会を開きましょうか。」

「それには及びませんわ、閣下。関係者全員へのお手紙で充分かと。」

「それではこれよりちょっとしたお茶会を開きたいと存じますが、ご都合は如何でしょうか?」

「ええ、喜んでお受けしますわ。」

 

疾風怒濤の悲劇に始まって電光石火の喜劇に終わった寸劇は、こうして幕を閉じた。

あの第三王子はまだ事態をよくわかっていないようだ。

養女殿は顔色が白くなっている。

大変だなあ。

あっ、いかん、逃げるべ。

存在が露見しては不味かろうて。

私も気配を消して即刻撤退した。

 

 

気だるい午後の放課後の教室は、第三王子と騎士爵家養女殿とエルメンヒルト様と我が師匠との話でもちきりであった。

嗚呼、四角関係。

みんな噂話が好きだねえ。

第三王子だけの問題に終わりそうに無いのだが、果たして皆はそっち方面の危機感があるのかな。

貴族間の勢力図も大幅に変わるかもしれないし、少し不安になってくる。

 

「よう、エーリヒ。知っているか、あの噂話。」

 

隣領の三男のハンスが好奇心旺盛な目つきで話しかけてきた。

爵位は同格の子爵で、規模も似たり寄ったり。

昔からの腐れ縁である。

こいつならばどんな状況でも生き延びそうだ。

 

「一応ね。」

「あの劇的な、物語の一幕のような展開。是非とも実際に見たかった。」

「ん? お前が知っているのはどんな噂話なんだ。」

「三通りある。」

「三通りも!?」

「一つ目がつまらんやつ、二つ目がまあまあのやつ、三つ目が劇的なやつ。」

 

おそらくは、一つ目が正解に近いんじゃないかな。

聞いてみると、いずれの噂話も虚飾まみれだった。

誰だ、訳のわからない噂話を流したのは。

三つ目の噂話だが、なんで途中で悪魔が出てきたり、白馬がどこからともなく走ってきたりするんだよ。

⋯⋯師匠か?

混ぜっ返すのが好きな人だからなあ。

 

 

翌日。

第三王子の婚約破棄と新しい婚約、並びに我が師匠の婚約の発表が正式につつがなく行われた。

そしてなんのいざこざも発生しなかった。

珍しい。

どうやら、師匠の無駄に高度な政治力が遺憾無く発揮されたようだ。

エルメンヒルト様を第三王子の妻にするよりも、帝国の皇子の妻にして影響力を高める方向に舵をきったか。

彼女は正式な妃教育を長年受けられてきて武芸にも通じた才女だし、おまけに帝国の言葉を含めて八ヵ国語に堪能だ。

性格も基本的に穏やかだし、気配りの出来る方である。

そういった良縁をろくに考えもしないでぶった切ってしまった暗愚な第三王子の評価は、これから下がってゆく一方だと思う。

王宮も王子の扱いにほとほと困っていたようだし⋯⋯⋯⋯まさか、計画通りって訳じゃないよな?

でも、師匠ならやりかねん。

養女殿はこれからとんでもない苦労を背負うことになるだろうし、ちらと見えたお顔はなんだか途法に暮れたようにも見えた。

もしかしたら、王国は帝国に醜態を知られてしまったから自棄になったのかもしれない。

師匠め、狙っていたな。

観察妖精を使ったのか?

まさか、私に張り付けていたのか?

よーし、試してみよう。

 

「師匠のめっちゃ陰険策士!」

「なにをう!」

「やっぱり。」

「バレたか。」

 

独り言に反応し私室に転移してきた師匠を見て、私は確信する。

 

「師匠は最初からエルメンヒルト様を狙っていたんですね。⋯⋯もしかして既に王宮と話がついていたのですか?」

「うむ、宰相殿の相談にちょくちょく乗ったのだ。」

 

うわあ。

つるんでやがる。

ハハ、みんなつるんでやがる。

⋯⋯まっ、いっか。

適当に話をしてお開きにした。

 

 

明日はゆっくり昼寝をしたいなあ。

 

 

 

 

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