地下九階の映写室   作:輪音

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【オリジナル】

◎ある夏の話
◎後輩の話は妄想か否か



女騎士レイア

 

 

 

あー、北海道に行きたいものだ。

なかなか行けないので、せめて北海道産の米を買おうか。

ななつぼし、ふっくりんこ、ゆめぴりか。

どれも旨そうだ。

嗚呼、あちらでソフトクリームを食べたり低温殺菌牛乳を飲んだり海の幸をかっ喰らいたいものだなあ。

うだるように暑い日々が続いている。

これでまだ梅雨が明けていないというのだから、たまったものではないな。

猛暑、酷暑。

日本は亜熱帯気候へと邁進している。

かなわんな。

研究室の窓はすべて開け放ってはいるが、網戸が無いので虫が入ってくる。

伝統式の蚊取り線香と電気式の虫除けを併用してはいるが、侵入者の絶えることなどない。

扇風機は生ぬるい空気を掻き回すばかり。

イヤになっちゃうよ。

 

麦茶をガブガブ飲んでいたら、後輩のオサム君がやって来た。

彼にも麦茶を勧める。

鳥取県産のはと麦茶。

お中元で貰った水羊羹も添えた。

日光市にある老舗が作った逸品。

オサム君はなんだか口ごもっている。

 

「君はなにか相談したいことがあるみたいだね、ワトスン君。」

 

口火を切ってみた。

 

「わかりますか、先輩。」

「君の右眉が少し上がっていて、口元がむずむず動いている。それは、私へなにか打ち明けたいことがあるけれどもなかなか言い出せない時の君の癖だ。」

「仰る通りです、先輩。」

「ふむ、そうだな。相談はしたいが、その内容を信じてもらえるかどうかが不安で打ち明けられない。そんなところかな?」

「どうしてわかるんです?」

「君が何故か左腕を撫でているからだよ。以前、君にはそんな癖など見受けられなかった。しかも、誰も居もしない左側を気遣う仕草まで見せている。それは誰か親しい人がつい最近まで君の傍にいたことを示している。だが、私にはそんな記憶など無いし、噂好きの同輩後輩たちから君の女性関係など聞いたことがない。」

「僕がレイアと付き合っていたことまでわかるんですか? ……あ。」

「レイア? はて、聞き覚えの無い名前だな。留学生がいれば私の耳に届かない筈はないし、噂好きが放っておく筈も無い。まして、君がその留学生と仮に付き合っていたとしたら学内はちょっとした騒ぎになるだろう。」

「その節は大変お世話になりました。……あ。」

「ふむ、変だな。私の記憶と君の記憶とには齟齬があるらしい。君は私の知らない私を知っているようだし、それを当然のように考えているみたいだ。実に興味深い。きりきり話してみたまえ。」

「でも……信じていただけるかどうか……。」

「江戸時代の拷問に興味を持っている講師がいてね。なかなかの収集家でもある。昨日、立派な石が数枚隣の部屋に届いたんだ。ところで、君は石抱きという拷問を知っているかい?」

「お、お話しします! すべて!」

 

それはなんとも奇妙な話だった。

昨年の今頃、オサム君は異世界からやって来た娘を保護したという。

彼らは私を頼り、私は助言をしたり何度も何度も手助けしたらしい。

まるで、深夜アニメみたいな展開だな。

ふむ。

実際、そんなことがあったならば私はそうするだろうな。

面白そうだし。

もし彼の言っていることが本当ならば、覚えていないことはとても残念だ。

一週間ほど前に彼女……レイアか、そのレイアなる女騎士は異世界とやらに帰還したそうな。

そして、彼以外は全員彼女に関する記憶を失ったと。

異世界ねえ。

しかも、女騎士か。

騎士の歴史を知っていれば女騎士は考えにくいのだが、象徴としての儀礼的意味合い的な兵士だったのかもしれないし、妃(きさき)や姫君の護衛役として存在した可能性は無くもないかもな。

 

「それで、オサム君はどうしたいのかね?」

 

三杯目の麦茶を彼が持つ硝子の器へ注ぎながら、私は彼に問いかける。

 

「それが、僕にもよくわからないんです。」

「わからない?」

「ええ。」

「手くらいは握ったのだろう?」

「はは、あの時と同じことを言われますね。」

「なんだ、接吻(せっぷん)すらしていなかったのか。」

「その台詞も言われました。」

「ふむ、だが、私は君の記憶に疑問が無い訳ではないし、解決案も打開策も持ち合わせていない。異世界へ行く魔法など知らないから、君を送り出すことは叶わない。」

「先輩以外に、こういう話をまともに相談出来そうな人がいなかったんです。」

「まあ、そうだろうな。そんな話をしたなら、最悪、頭の可哀想な人扱いだ。」

「異世界系の小説漫画アニメがこれだけ流行っていても、そんなものですね。」

「幽霊みたいなものかもね。実話と称する幽霊話は散々したがるが、知り合いが見たと言ったら疑うようなところが人にはある。霊感など無いけれども幽霊を見たという怪談も存在するが、それは語り手が自身を普通の人間なんだと自己主張する、心の表れなのかもしれない。つまり、そういった連中は本当なんだ実話なんだと強調しながら、自分自身でも全然信じちゃいないのさ。未成年飲酒や飲酒運転などのくだらない『真実』は、あっけらかんと暴露する癖にね。」

 

私はそう言いながら冷蔵庫を開け、取り出したイギリスパンに水羊羹とバターを載せた。

オーブントースターで軽くあぶるのが、個人的な好みである。

さあ、焼こう。

 

「君も食べるかい?」

「いいえ、お腹は減っていませんので。」

 

小倉トーストの変形版だな。

 

「その、君が実在したと主張するレイアという少女は小倉トーストを好んだかい?」

「先輩に勧められて食べていましたが、妙な顔をしていました。彼女は、何度か先輩と一緒に食べていましたよ。」

「そうかね。」

「そうです。」

 

水羊羹バタートーストを食べながら、尚も話をした。

残念ながら、なにも思い出せないな。

記憶が都合よく戻ってくる展開は無い。

どうも、物語みたいにはいかないな。

そもそも、彼の話が本当とは限らない。

そして、オサム君は研究室を退出した。

異世界か。

さて、彼の話はどこまで本当なのかな。

彼だけが記憶を持っているのは何故か。

確かに辻褄(つじつま)は合っている。

おそらく合っているんじゃないかな?

聞いた限りでは矛盾が生じていない。

ふうむ。

わからんな。

気分転換に机回りを少し片付けるか。

ふと、気づいた。

ネットオークションにて破格値で落札した鉛筆やら消しゴムやら、お買い得価格にて文房具店で買い求めたノートやらが妙に減っていることに。

変だな。

誰かが勝手に持っていったのか?

後で皆に問い合わせてみようか。

曖昧な奴や怪しい奴は石抱きだ。

駿河問いも是非、試してみたい。

何故かロッカーから、クリーニング済みの浴衣と帯まで出てきた。

藍地に朝顔の柄だ。

懐かしいな。

はてさて、これは着ないからと実家で仕舞い込んでいた筈のものだが、何故ここにあるのだろう。

覚えがない。

妙なこともあるものだ。

見覚えのない、きれいな石まで発見した。

なにがなんだか、よくわからない状況だ。

明日また、オサム君と話をしてみるかな。

 

 

それにつけても、早く涼しくなるといいなあ。

 

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