【オリジナル】
◎NPCをころしてへいきなの
◎仮想空間に於ける愛は本物か
◎少しあまくかなしくやさしく
「おお、きょうるわ、きょうるわ。ゾロゾロと人間どもの軍勢がぎょうさんきょうるわ。」
謁見の間でガハハと笑う仮面の魔王。
その素顔は、魔族と私しか知らない。
今日はこの仮想世界的擬似現実型ゲーム『クイーン・アウロラ・オンライン』の終了する日。
私の魔王の副官としての最終日。
仮初めの命を吹き込まれた美しき存在は、魔王城のバルコニーから敵対する人間の軍勢を優雅に眺めている。
時折、長々距離型攻撃魔法が飛んできて、それらは魔法障壁に当たって光を炸裂させていた。
「伝令!」
傷だらけの鎧を着たゴブリンが謁見の間に飛び込んでくる。
「獣王ハルカス様戦死!」
「そうか。ええつも死んでしもうたか。」
「伝令! リッチのメルカトル様戦死!」
右腕を失ったスケルトンの兵士が死を伝えてくる。
近しい友人だった彼らに思いを馳せた。
「ちけーの。」
「近いねえ。」
斜め上の努力を重ねるプレイヤーたちに対して、劣勢気味であった魔王側。
彼らに荷担してはや三年。
調略虚報を駆使した日々。
後方撹乱不正規戦夜討ち。
情報の操作は日常茶飯事。
同士討ちさせ釣り野伏せ。
掲示板では悪評まみれだったらしいが、全然目を通さなかったので詳細は今もわからない。
仕事の合間に付き合った魔族は意外と気さくで、裏切りも策略も無かった。
正々堂々と人間たちに名乗りを上げて、そして無残に散ってゆく。
平家のような連中だ。
だから気に入ったのかもしれない。
人間側からは『裏切り者』と呼ばれつつ、誠意ある魔物たちの生存領域を確保するため奮戦してきたが、その努力も今日で水泡に帰す。
このセカイが終焉(しゅうえん)を迎えるからだ。
自軍を親友の魔剣士タルカスに預け、私は魔王城での防戦を担当することにした。
なに、ただでは死なんよ。
圧倒的な兵力で我が軍の兵たちを駆逐してゆく勇者たち。
ボロボロな姿のコボルトの兵士が謁見の間にやってきた。
「伝令! タルカス様戦死!」
「そうか。」
「あいわかった。」
あの男も死んだか。
複数の足音や叫び声や断末魔が遠くから聞こえてくる。
「おめえらは裏から逃げえ。」
やさしい声で魔王が配下たちに言った。
「我らは力無きとも、陛下の配下です!」
「及ばずとも最期までお供いたします!」
「我らの意地を見せつけてやりますぞ!」
「そうか。すまんのう。」
勝利を確信した表情の人間たちが、ドヤドヤと謁見の間に入ってきた。
負けることなどあり得ないと思い込んでいるのだろう。
瞬殺される伝令たち。
「残るはお前たちだけだ!」
正義に酔った面々が口々になにかを喚き立てる。
「よろしゅう頼むわ。」
隣の魔王が呟き、私の左手を握った。
「わかった。」
注ぎ込まれる膨大な魔力。
私は極大破壊魔法の呪文の最後の一節を唱え、すべてを開放した。
崩壊してゆくは城。
仮初めの生活空間。
魔物たちと暮らしてきた場所。
魔王が私を抱きかかえて防御するも次の瞬間には矢や槍や剣が次々に身体に刺さってゆき、私たちは呆気なく串刺しになる。
笑ったままの彼女を抱きしめ、私は内蔵した反応弾を起動させた。
魔王城は崩壊し、『クイーン・アウロラ・オンライン』は予定より大幅に遅れてサービス提供を終了した。
魔王城を攻略したプレイヤーの全滅という結果を残して。
そうして、一目惚れした彼女との生活は終わりを告げた。
張り合いを失って、少し悲しく思いながら仕事に打ち込む日々。
そんなある日、厚生労働省の人が会社を訪れた。
半年前からサービス提供されている、レトロSFVRゲームの『スターライト・ハレーション・オンライン』。
新しい宇宙ステーションのサテライトⅨが建設されたので、その中で定点観測員をして欲しいとのことだった。
拠点と補佐役とを無償で与えてくれるという。
政府としては、ゲームが人間の心身に与える影響について調査したいらしい。
定点観測員は他にも数名予定しているそうだ。
期間は基本的に無期限。
サービス終了まで可能。
悪くない話だ。
『スターライト・ハレーション・オンライン』通称『スタハレ』は、我が社でも宣伝の一端を担っている。
国が援助してくれるなら都合がいい。
上司に申請して、予算をもぎ取ろう。
ゲームをピコピコと呼ぶ上司の説得には苦労したが、宣伝の手伝いをすることとゲームはあくまでも業務終了後の余暇に行うことを誓約して許可を得た。
「そんなに面白いのかねえ。」
ぶつぶつ呟いていたが、それなりに折り合いを付けたようだ。
政府と人脈が出来るのは貴重だからな。
光線銃や宇宙船や剣や魔法に興味の無い上司は懐疑的な気分を隠すつもりさえないようだが、わからないなりに支援してくれるようで助かった。
わからないものは兎に角排除する人間も少なくないからな。
魔王と愉快な仲間たちを不意に思い出し、苦いものが込み上げてくる。
彼女と最期まで一緒に過ごせてよかった。
彼女の『魂』は今どこを漂っているのだろうか?
サテライトⅨの売りはスローライフ。
宇宙ステーションの近傍には二つの惑星がある。
酪農系観光惑星の『ケルン』は北海道と青森県とスイスとドイツをごちゃ混ぜにしたような星。
農産系観光惑星の『オラニエ』は沖縄県と小笠原とハワイと南米をごちゃ混ぜにしたような星。
高齢者の参加を当て込んだ作りになっているのだとか。
現実にはなかなか旅行に行けない人々も電脳世界では自由に旅人になれる訳だ。
スペースオペラな冒険を主軸とするサテライトⅠ、Ⅱ、Ⅲとは異質な作りになっていた。
ちなみにサテライトⅦとⅧは中世の雰囲気漂う世界観にしている。そういう要望が多かったためだ。
サテライトⅨにログインする。
中央広場は市場になっていた。
物産展というか道の駅ゆうか。
ゴブリンぽいおっさんとコボルトぽいおっさんから話しかけられ、彼らがそれぞれケルンとオラニエの地元民だと知った。
古代文明の末裔という設定らしい。
ちなみにプレイヤーは人間しか選べない。
彼らから珈琲豆やら林檎やらを仕入れて、喫茶店をひっそりと経営するのだ。
店はステーションのはしっこにあり、あまり大きくなかった。
だが、それがいい。
店内を眺めていると、軽やかな鈴の音と共に店の戸が開いた。
「今日から住み込みでお手伝いするアーニャと申します。よろしくお願いいたします。」
「……よ、よろしくお願いいたします。」
そこには、失われた筈の彼女がいた。
金髪碧眼。
少し長めで尖った耳。
豪快な雰囲気は消えているが、瓜二つにしか思えない。
偶然だ。
そうだ。
これは偶然に過ぎない。
そうに決まっているさ。
私は喫茶店の経営者で彼女は従業員。
それだけだ。
それだけの関係だ。
新規に開店した喫茶店は案に相違して忙しく、次々に客が訪れた。
味がいいとのお褒めの言葉さえ、何人もの観光客からいただいた。
私がログオフしている間、アーニャは仕入れをしたり、レモネードを作って店頭販売したりと経営補佐に励んでくれるそうだ。
それはありがたい。
営業時間の終わりを迎える。
そろそろログオフしようか。
「よろしゅう頼むわ。」
不意にアーニャが言った。
それは『彼女』の口癖だ。
懐かしい響きに硬直する。
「なーんちゃって。」
人工知能とは思えないような顔で、彼女は爽やかに笑った。