大泥棒の卵   作:あずきなこ

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プロローグ
01 私とぬるい日常


 終業のチャイムが鳴る。いつものようにダラダラと引き伸ばされていた担任の話もそれを合図に終わり、ホームルーム終了の号令が掛けられる。控えめだった喧騒は次第に大きくなる。

 一日の最後に聞くチャイムの音は、その開放感もあってか他のものより小気味よく響くのは私の気のせいだろうか。まぁ音は同じだし気のせいだろうな。

 だけどそれが私だけの気のせいだとしても今日は金曜日、明日から土日の連休なので少なくとも他のどのタイミングの開放感があるだろう。

 

「芽衣ー、かえろー!」

「ねね、今日は帰りどこかに寄って行かない?」

 

 帰り支度を終えて立ち上がろうとした所で、私の席へと歩み寄ってきた二人の少女が声をかけてきた。

 この二人は私の”友達”である星野楓と、山本椎菜である。3人で一緒に行動することが多く、私がこの学校で”友達”だと思っているのはこの二人だけだ。

 他の皆は他人やクラスメイト、あとはまぁ、せいぜいが”オトモダチ”止まりの人だ。付き合いで一緒に遊ぶことは多少あれども、私からの認識はその程度だ。

 私の中で”オトモダチ”と”友達”の差は大きい。どのくらい大きいかというと、端的にぶっちゃけてしまえば”オトモダチ”程度なら必要とあれば殺せてしまうが、”友達”を殺すのは私には無理、といったところか。

 例え似たような言葉、同じような意味合いであろうとも、私にとってはそのぐらいの絶対的な差が両者の間にはあるのだ。

 そんな”友達”からのお誘い、一緒に帰るのはいつものことなので構わないのだが、寄り道か。

 普段であれば魅力的な響きだけれど、でも今日はちょっと都合が悪い。残念だけれど、困ったように笑いながら断りを入れる。

 

「んー、ごめん。行きたいのはやまやまなんだけどね、ちょっと用事がさ」

「えー、マジー? どんな用事さ?」

 

 楓の問いに私は素直に答えることはできない。

 その用事というものが、とんでもない大悪党と会うことなんですぅ、しかもその人悪党集団のリーダーやってんですぅ、だなんて言えない。言えるわけがない。

 ちなみに楓は少し間延びした喋りが良い感じに可愛い明るい子だ。地毛が焦げ茶で、肩より少し上まである少し跳ねているくせっ毛だ。目がくりくりと大きく愛らしい。

 ムードメーカー的な存在でもあり、割と物事の中心に近しい位置にいることが多い。反応がいいのでよく弄られる。

 

「もう、楓。芽衣が言葉濁してるんだから、それを追求するのは駄目だよ」

 

 言っても当たり障りの無い部分だけ話して濁そうか、と思っていたがその前に横からフォローが入る。椎菜さんマジ天使……。今度たい焼きおごってあげるからね。

 椎菜は清楚な感じのするキレイ系な子だ。髪は黒く、ミディアムボブでストレートなのがまた良い感じだ。目は少しタレ気味で優しげだが、怒ると怖い。メッチャ怖い。この私が萎縮しただと……?

 少し前に楓が怒らせた時は、側に居た私まで怖かった。怒る原因とは全く関係がなかった私でもそうだったのだから、直接怒気を浴びせられた楓さんにはご愁傷様ですと労いの言葉をかけてあげようかと思ったくらいだ。まぁ結局怒らせたのも楓が悪かったから何も言わなかったが。

 しっかりとしていておとなしめな印象を受けるがノリは良く、まとめ役な感じだが一緒に物事を楽しめる。結構人気もあるようだ。

 そんな彼女に言われた楓は、それもそうかと後頭部を掻いた。取り敢えず特に何か言わずともいいようなので椎菜には感謝である。

 

「ごめんごめん、今度埋め合わせするからさ」

「おぉ、いいのかい?」

「そんな大したもんじゃないけどさ、お詫びの気持ちだよ」

 

 軽い謝罪と共に放った私の言葉に、楓が反応する。こう言っておけばこの場はこれで完全に免れるだろう。

 気持ち程度のお詫びについては、来週辺りに何かテキトウに奢ってやればいい。

 

「お詫びかー。まぁ芽衣の気持ち次第では許してやらんでもないなー」

「さりげなくいい物もらおうとするな小娘。むかついたから椎菜にだけでいいや」

「やった!」

「あぁん、ごめんってばぁー」

 

 気持ちの大きさ、もといお詫びの品の金額を増加させようとする楓をバッサリと切り捨てる。お詫びの対象なったものは喜びの声を、そうでない者は懇願混じりの謝罪の声を上げた。

 まぁ冗談だって言うのはわかりきっているから気にしてないんだけど。せいぜいダブルのアイスがシングルになる程度だ、なんの問題もない。大した差異ではないしね。

 

 彼女達が呼んだように、私はこの学校では真城芽衣と名乗っている。名乗っているだけで本名ではない。人付き合いの範囲は元転校生ということもありそんなに広くなく、また深く付き合っているのはこの2名相手のみ。

 ジャポン人の血が混ざっているようであるし、ジャポン人のような容姿なので私が偽名を使っていることはバレない。て言うかそもそも誰も偽名だと疑うという発想がないのだろうね。

 

 両親の記憶はない。故に正確にはどんな血が混じっているのかは分からない。物心ついた時には流星街にいた。私が覚えている一番古い記憶は1枚のプレートを握りゴミの山に立ち尽くす自分だった。

 流星街というのは、ゴミで形成された街だ。何を捨てても許され、その内ゴミによって国家とも呼べる規模まで膨れていった街。そこには種類を問わず様々なものが捨てられる。鉛色の空を行き交う飛行船が何かを吐き出す所を何度も目撃した。私もそんな流星街の、端っこのほうに捨てられた。

 変なガスで臭く生ぬるい空気のそこで生きていく内に文字を覚え、手に持っていた物が私の名前や誕生日が書いてあるものだと知った。そんなものを持たしてくれたのは、両親が私を捨てることに何かしら思うところがあったからなのだろうか。

 捨てられた時点で私という人間も世界から捨てられ、戸籍は消え、人ではなくゴミになったのに。ゴミには名前やその他のゴミに関する情報は必要ないというのに。馬鹿だな。しかしそれを後生大事に抱えていた当時の私も、捨てられずに今も保管し、今尚その名を使っている私も馬鹿だ。やっぱり、一応親子関係はあるんだなとぼんやり思う。

 

 生きるためにはなんだってした。盗みなど数えきれないほどした。ゴミで形成された街には、当然まともな食料なんかない。まともとは言い難い食料を、奪い合って生き残るのだ。

 強くなった。搾取されたくなかったから。捨てられた私は、一方的に奪われていた私は、時間が経ち成長すると奪う側になった。

 それは今でも変わらずに、欲しいものがあれば度々泥棒をしている。つまるところ職業は泥棒。あ、学生も職業か、じゃあ学生も追加で。

 

 偽名も、戸籍情報も、学校や住所登録に必要な物はすべて偽装して用意した。

 その際にとある悪党集団の一人に協力してもらったので、すんなりと用意することができた。法外な値段を請求されはしたけれど。

 14歳、春に新年度が始まるとともに私はこの中学校に3年生として入学した。転校生である。理由としては、簡単にいえば人生経験である。

 

 私は学校を知らない。不特定多数と同じ組織に所属することを知らない。

 私の周りは、飢えた子供や飢えた大人、まぁつまり食料を取り合う敵しかいなかったのだ。まとまって行動している奴等も居たけれど、切羽詰まれば仲間内で争いが始まる。そんな場面を幾度も見てきたし、それ以前に最初の頃は食料奪われてばかりだったから誰かと行動しようなんて思いもしなかったし。

 流星街は中心部はきちんと秩序があり、捨てられたものも保護されることが多いらしいが、私が居た末端の方はそうもいかない。

 当時そんなことを知らなかった私は地獄で泥を啜るしか無く、苦痛だった。知っていたら何かが変わったかもしれないけれど、まぁ過ぎたことだしどうでもいい。

 変態さんがターゲットにする年齢になる前に強くなり、更に肉体を強化する特殊な技術である念、という物を習得した。

 その後私は乱暴されることはなかった。しかしミニマムサイズの子供である。外見で判断し標的にされることは多々あったので苦労はあった。

 

 私の本名はメリッサ=マジョラム。使っている偽名はマジョラムがましろ、メリッサがめい、と本名を少しもじっただけのひねりのない物ではあるが。

 生年月日は1983年6月7日、つまり1998年秋の現在私は15歳。血液型はAB型。私を捨てて下さった両親が、クソご丁寧にプレートに書いてくれたことだ。まぁ態々持たせた物に嘘を記載する理由もないだろうし、間違った情報ではないはず。

 黒髪黒目で、髪は肩より少し長い程度のストレートのセミロング。身長は少し前に測ったら148,2cmだった。もう少し頑張ってほしい。体重は秘密である。アレだ、ほら、重い分は多分筋肉だし。だって見た目細いし、贅肉無いし!

 趣味は読書と、料理。本は良い、最高である。自分の好みにあったものと出会った時の喜びと言ったら、もうね。この世界にはほぼ無限に本があり、つまりは無限に時間を潰せるのだ。料理に関しては、自分で美味いもの作り出せるから好きだ。

 好きなモノは甘いもの。甘いものマジ最高である。逆に嫌いなものは辛いもの。辛いものはマジで駄目だ。そもそもあんな味覚でなく痛覚に訴えかけてくるような不届き者、私は認めない。

 

 こんな15の小娘が泥棒をやっている理由としては、まぁ流星街での暮らしが基本奪い合いだったのもあるが、往来の気質というものでもあるだろう。

 つまり盗みが身体に染み付いているわけで。流星街を出た後でも血生臭い裏の世界を生きてきたわけで。表の世界のこととか、知識はあるけど実際にはよく知らないわけで。

 だから、私は普通の生活を送ることにした。こういうことは本をいくら読んでも意味が無い、体験しなくちゃ、そう思って中学入学を決意した。

 

 楓と椎菜。彼女たちに私の過去、真実を話す日が来るのだろうか。来なければいいな、と思う。と言うかまぁ、来ないだろうけど。

 まさか”友達”ができるなんて、思わなかった。ちょっとした経験のつもりと、好奇心だった。当初の予定では、”ああ、こんなものか”で終わるはずだった。

 二人の傍は、存外、心地が良い。

 ”友達”だって、言えない秘密を抱えるものだ。言う必要もない。変わってしまうのが怖いというのもあるが。

 今は10月。高校に行く予定はないし、そもそも私はジャポンを離れる予定だ。距離が離れてしまっても、この二人とはメールでやり取りして、そしてたまに会いに来て遊べたらな、と思う。

 そう思えるということは、つまり私がこの二人が好きだからなんだろうな。

 

「でも、それだと今日は楓と二人だね」

「だね。どうする?」

 

 目の前でこの後の予定を立てている2人の声を聞きながら、座っていた椅子から立ち上がる。

 中学3年の10月とは受験が間近に迫っている時期でもあるけれど、彼女達は普段から勉強しているので焦りはない。椎菜はともかく楓も以外にもそんな感じらしく、程よく遊び、そして勉強しているようだ。

 

「んー。何人かに声かけてカラオケいこっか?」

「そうだね、そうしよっか」

「カラオケ……だと……」

 

 楓の提案に椎菜が賛成し、そして私は絶望の滲んだ声を上げる。カラオケ羨ましい、でも私はいけない、あぁカラオケ……。私が甘美な響きのそれに心を抉られている時に、楓は私の方を見てふふんっと鼻で笑った。このアマ許せん。もういい、あいつのアイスは下のコーンだけだ。その分椎菜のをトリプルにしてやる。もはやアイスとは呼べないけど知るもんか。

 埋め合わせの約束を違えない範囲で、心の中で楓に対する処遇をシミュレートして溜飲を下げている間に、当の楓が他の人を誘うためにこの場を離れ、残った椎菜が私に話しかける。

 

「残念そうな顔してる。カラオケでも来ないなんて、よっぽど大事な用事なんだ」

「大事っていうか、まぁ、うん。ちなみに週末も無理なんだ」

「そうなの? 残念だなぁ、それってこの後のことが関係してる?」

「うん。どうしても外せないんだ」

 

 厳密に言えば、外せないではなくて外したくないのだが。それは言わないでおく。こういう機会はそんなに頻繁にあるわけでもないし。

 今日はこのあと我が家に客が来る。椎菜たちとは平日の学校で頻繁に合うが、その客とは合う回数はそんなに多いわけではない。そのせいかどうかは知らないが、彼は我が家を訪れると偶に数日滞在する。だから週末の誘いにも乗れない。

 少しして、楓がこちらに向かってくるのが見えた。”オトモダチ”が3人来るようである。いいなあカラオケ、と羨望混じりの視線を彼女たちに向ける。

 

「どうしても、かぁ」

「どうしても、だよ」

 

 そちらに目を向けながらの溜め息混じりの椎名の言葉に、同じく溜め息混じりの言葉を返す。残念だけれど、また今度誘ってくれ。

 今日は買い物をしてから帰ろうかな。夕飯はメインを肉じゃがにしたいし、他にも作るから材料が足りない。そうだ、プリンを作るための材料も切れてた気がするから買っておかなければ。無いと奴がうるさいから。

 だって、今日からあの天下の大悪党、最高ランクであるA級首の犯罪者集団、幻影旅団と呼ばれる盗賊団の団長。

 そんな肩書きを持つクロロ=ルシルフルという男。その彼が来るのだ。


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