〈安全そうなので良かったじゃん! 適当なとこで切り上げてきな~(笑)〉
〈マラソンとか試験官何考えてんの、最っ低。マラソンなんてなくなればいいんだ〉
走りだして程なくして携帯がメールの着信を告げ、開いて内容をチェックした私の目に写ったのがこれだ。前者が楓からのもので、後者が椎菜からだ。
楓は私が怪我をする前に帰って来いと言いたいらしい。でもここまで来て簡単に帰る訳にはいかないし、そもそもヤバいの二人と戦闘なんてことにならない限り怪我はしないだろう。
対して椎菜はサトツさんに対しご立腹なようだ。彼女はスタミナの無さに定評がある。もうマラソンという種目自体が気に入らないといった風だ。
ちなみに楓には追加でメールしておいた。さっき両腕失った人がいること。試験は安全でも危険人物がいるんですぅ。
その後帰って来いコールがあったがスルーして走り続ける。
メカ本に”周”をしながら、身体では”流”をしながら。本の内容は面白いけれど、あまりにも肉体面で退屈だから修行も追加するとしよう。
しっかしこの位置、前の人たちのせいで空気が悪いなぁ。女の子にはちょっと地獄だ。ぜぇはぁという音とともに排出される呼気が不快だ。
もっと前に行くべきだったと思うけど、でも今からだと人が密集していて通りにくい。壁伝いに走れば難なく前に出られるけど、目立つのはちょっと勘弁だし、しょうがないからとりあえずここでいいか。
人が多いがぶつからないように周囲にも少し気を配りながら走っていると、後ろから声をかけられた。
「ねえ! お姉さん、ドキドキ2択クイズの時に会ったよね?」
私を呼んだ幼さの残る声に振り向くと、そこにいたのはにこやかなツンツン頭の少年。というかドキドキ2択クイズってなんだ。もしかしてあのおばあさんのところのアレ? そんな名前だったのかあのクイズ。
そういえば居た気がする。私とは違うルートを通った、3人組の一人だったはずだ。
「おいコラ、ゴン! あんま知らねー奴に話しかけんなよ、無用心だな」
「違うよレオリオ、知らない人じゃないもん。ほら、クイズの時にいた人だよ!」
至極まっとうなことを言うグラサンスーツな男性。まぁ、競い合うライバル同志だもんね。受験生同士での騙し討ち不意打ちその他妨害なんでもござれなこの試験で他人と接触しまくるのはよろしくない。
しかし少年、ゴンと呼ばれた彼はそれに言い返す。確かに知らない人ではないだろうけど、それにしたって無用心だ。
ゴンの言葉を受けて私の顔へと視線を移した男性が声を上げる。
「あ? ……って、おい、マジか。アンタもここに来てるとはな」
「……これは驚いた。てっきり、その、不合格になっていたかと」
私を見て驚く男性と、金髪の青年。そう、あの場に居たのもこの3人組だった。ということは3人組は全員参加できたようだ。よかったね。銀髪の少年が一緒に見える気がするけど、気にしてはいけない。とりあえず私からは接触しない、一応。
金髪の人は不合格かと思ったって言ってるけど、あの道を通ったんだから死んだと思ってたよね、きっと。
「久しぶりですね。言ったじゃないですか、試験会場で会おうねって」
「しかし、君はどうやってここに? あの道は正しい道ではなかったのではないのか?」
そう問いかける金髪さんに、私は自分の番号札を見せながら簡単に答えを返す。
「違いますよ。私が通った道は危険な最短ルート。あなたたちが通ったのは安全な迂回ルート。別にハズレの道を通ったわけじゃないです」
私は88、彼らのそれは400番台。私の番号札を見て彼らは驚いている。あの分岐で、こうも違うものなのか、と。
そして考えこむ金髪さん。あの道がハズレではなかったことを踏まえて、もう一度あのクイズの真意を考えているのだろう。
「……いや、しかし! あの道の先には強力な、おそらく魔獣がいたはずだ。私たちの前であの道を通った男は逃げることさえかなわず死んだ。彼も決して弱くはなかったはずだ」
どうやら私より先に彼らの前であの道を通った人がいるようだ。そして彼の口ぶりからしてその男はそのまま帰らぬ人になったのだろう。
君は、あの道を抜けたというのか? とさらに私に問う金髪さん。
「そうですよ。さして問題もなく」
私の発言は、私自身が証明になっている。怪我もなく、服は汚れもしていない。いや服は昨日と違うもの着てるからこっちは関係ないか。
とにかく戦闘で負傷した様子はない。
「へぇ~! お姉さん強かったんだね!」
「マジかよ、人は見かけによらねぇなあ……いや、なぁ、ひょっとして俺たちでもあの道を通れたと思うか?」
感心しているツンツンくんと、私に問いかけるグラさん。金髪さんも私の答えに興味があるようで、目付きが更に真剣になっている。
「ん~、数も多かったですから少なくとも無事では済まなかったでしょうね。通れはしても3人無事に会場までは着けなかったと思いますよ」
彼らもそこそこ強い。だがあの魔獣は群れていた。
彼らと魔獣の間に私のような絶対的な戦力差はない。きっと混戦になる。
かなりの高確率で怪我をするだろうし、大怪我、あるいは誰かが死んだり、最悪全滅も、彼らの戦闘能力ならほぼ無いとは思うが、もしかしたらあり得ただろう。
しかもその後には念使いの男が待っている。ちょっと遊ぶだけのつもりで怪我を増やされたらエライことだ。ひょっとしたら遊んだお礼に送ってくれるとかあるのかもしれないが、その可能性は微妙。
バス・タクシーその他公共交通機関には協会の手回しがされているだろうからそれを使っての移動はおそらく不可能。
傷を負い、あそこから足でザバン市に向かうのはかなり厳しい。
「そっか。まぁいいや、結局はここに来れたんだしね! オレはゴン! お姉さんは?」
「ま、それもそうだな。オレはレオリオという。ああ、敬語はいらないぜ、さん付けも無しだ。よろしくな」
「なるほどな……。私はクラピカだ、普通に喋ってもらって構わない。よろしく」
つんつん君がゴン、グラさんがレオリオ、金髪さんがクラピカね。
そしてどうやらクラピカはほぼ私の考えと同じ所まで思考が行き着いたようで、情報を正しく整理できるし頭の回転も早いみたいだ。
「そう? じゃあ普通でいいや、私はメリッサ。よろしくね、ゴン、レオリオ、クラピカ」
随分あっさりしてんな、とぼやくレオリオ。自分で敬語とかいらないって言ったじゃん。女の子なんてこんなもんだよ、多分ね。
そもそも初対面だし一応の礼儀として敬語と敬称を使ってたんだから。泥棒にもその辺の常識はある。が、いらないって言うなら使わない。
互いに名前の確認もしあい、最初にあった探るような空気は鳴りを潜め、僅かだが和やかな感じになった。
だが。
「はぁ? ホンットに強いのかよアンタ、嘘っぱちなんじゃねーの?」
全然そうは見えねー、と何気に酷いことを言いそれをぶち壊すキルア。いや何気にではないな、普通に酷い。さっきまで興味無さそうだったのに突如会話に乱入してきて暴言を吐くのは如何なものか。
ゾルディックさん家はこういうところの教育がなってないな、うん。
「ちょっと、キルア! メリッサに失礼だってば! あ、メリッサ、こっちはキルアね」
「別にいいじゃん、どうせすぐへばるぜ、ソイツ」
あらやだ失礼しちゃうわ。ゴンが窘めるもどこ吹く風さらに私に対して酷いこと言うキルアについに私も口を開く。
イルミさんにはオレのことを言うな、とは言われたけど会話も接触も駄目とは特に言われてない。なので別に会話してもいいよね、向こうから私のこと口にしたわけだしさ。
「失礼な。そんなヤワな鍛え方してないよーだ。ってか、人を見かけで判断しちゃ駄目だって”お兄さん”に教わらなかった?」
「……んなことお前にはカンケーねぇだろ」
嫌そうな顔をするキルア。でも否定もしなかったことからイルミさんにそう教えられた覚えはあるみたい。
せっかくのイルミさんの教えを守らないなんて、家出もするし本格的に反抗期なのかな。
イルミさんの教えはキルアを危険から守ってくれるはずなのに。人を見かけだけで判断すると痛い目見るぞ。
私なら今のキルアをプチッと潰すコトくらい簡単にできちゃうのに、全くそれを警戒していない。たしかに強そうな風貌ではないけど、それはイカンぜキルアくんよ。あんまり私の機嫌を損ねるとヤっちまうかもだぜ。後が怖いからやんないけど。
だってキルアにちょっかい出したら絶対にゾルディック全体が敵に回るし、そんなことになったら普通に死ねる。
イルミさんの無表情から受ける印象は空虚にして深淵。あれが、般若になったら、おそらく対峙した時点で死ぬ。何もされなくても死ぬ。だって想像だけでこんなにも怖い。
たとえ心臓の生命維持活動ボイコットが起こらなくても普通に殺される。イルミさんでなくても、シルバさんでもヤバい。更にはゼノさんもヤバい。ミルキくんは……知らんけど、マハさんとか他の家族の人達もヤバい。使用人軍団もヤバい。というかあの家は大概ヤバい。
あの一家を怒らせて生き残れる人がいるのなら見てみたいものだ。
「てかなんで”お兄さん”なんだよ。そこは親とかじゃねーの、普通はさ」
「普通ってなんぞや。私が普通とは言い難いからよくわからないんだけど」
「オレも知らねーよ普通なんて」
親の教育を受けるって経験を私がしたことがないからそれが普通って感覚はない。世間一般にはそれが普通であることを認識はしてるけど。
彼も暗殺一家に生まれたせいで普通を知らない。普通の感覚があったらお互いに盗みや殺しなんてしない。
とりあえず普通という感覚を理解してないのに口にしたことを突っ込んでおく。
「じゃあなんで言ったし」
「いや、まぁなんつーか、なんとなく?」
「あー、あるある。あるよねそう言うの。わかるよ、うん」
「あ、わかる? なーんか言っちゃうんだよなぁ」
って、何共感してんだよ! と憤るキルア。いいじゃないか別に。人っていうのは共感することで理解を深めるのだよ、たぶん。
「まぁなんでもいいや、どーせこの後の試験じゃ会わないだろうし」
ニヤリと嫌味な笑みを浮かべながらそう口にするキルア。さっきから失礼な小僧である。
私も笑いながら返す。嫌味な感じじゃなく、からかう感じだけど。
「舐めてるね、私を。表に出て”お話し”しようか」
「望むところだぜ。特に外に出るところなんかはな」
「私も。もうやだこの地下空間。むさいし暑苦しいしカビ臭いし、そのうち汗臭くもなってくるよここ」
「愚痴かよ。でもそれ確かにやだな、さくっと皆殺ししてカビ臭さ以外の原因消すか?」
「いいねそれ! じゃあ任せたよキルア、私はとりあえず応援してるからガンバ!」
「いややらねーよ。なんでオレだけなんだよ、それだとオレ一人たぶん怒られて不合格になってお前一人残ってオレが大損じゃねえか。しかもさり気なく呼び捨てしたよな今」
「ちぇっ、バレたか。頭良くなさそうだからいけると思ったのに」
「んだとコラ」
そんなふざけた会話を交わす私とキルア。別にあわよくばちょっかいかけたキルアにヒソカがカウンターかましてゾル家を怒らせてくんないかなーとかは米粒程度にしか思っていない。
それにしても、キルアはなかなか話せる人間のようだ。冗談も言うし、ちゃんと返してくれる。ちょっとジョークがブラックすぎるところもあるが。
うんうん、会話が弾む相手は私も嫌いじゃないよ。ハンター試験で知り合いができたのは誤算ではあるが嬉しい誤算だ。こういうのならドンと来いである。
その後5人で少しだけ話しをし、喧しくなってきた頃にクラピカがそっと離れ、私は本の続きが気になるし、後ろは匂いとかがモロに来るといって彼らから離れて先頭のサトツさんがいる辺りへ向かった。すこし人もバラけて今なら通れそうだ。
実際続きが気になっていたし、これ以上むさいのは勘弁して欲しい。時間が立つに連れ後ろの方は色々ひどくなるのだ。先頭あたりにいよう。
ペースを上げ、サトツさんの斜め後ろに着く。うむ、ベストポジションだ。見晴らしもよく、野郎どもの匂いとかは気にならない。呼吸音は音量を上げてシャットダウンだ。
というか前に来て初めて気づいたけどサトツさん歩いてる。いいなぁ、足が長いとこんなこともできるのか。
私も彼と同じ速度で歩くことはできるが、いかんせんリーチが短いのでせかせかとせわしなく動かさなくてはならない。余計大変だからやりたくない。
少し前に比べはるかに良くなった環境。最初からこうすればよかったとは思わなくもないが、まぁ、彼らと会話できたのでいいだろう。あの地獄も無駄ではなかった。
そう自分を納得させ、また手元の本に没頭した。