大泥棒の卵   作:あずきなこ

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06 空気の不味さはどっちもどっち

 私が集団の先頭付近を走るようになってからかなりの時間が経った。おそらく80キロは走っただろうか。さっきまで読んでいた冒険小説も最終巻まで読み終わってしまった。

 次は何を読もうかな、とメカ本を操作していると近くから声が上がる。

 

「見ろよ」

 

 次いで、おいおい、とか、マジかこりゃ、とか、嘘だと言ってよ! とかが聞こえてきて何事かと思い顔を上げる。

 その私の視線の先には果てが見えないほどかな~り長い階段があった。いやーよかったよかった、おそらく太陽のものであろう光も差し込んでいるので、これで漸く地下からおさらばできるね!

 ただこの階段の果てしなさになんだか絶望している人もいるようだ。けどこのくらいで絶望するようなら今のうちに帰ったほうがいいと思うんだ。ここを乗りきれる脚力とスタミナがないとこの後の試験で高確率で死ぬと思うから。

 そして、サトツさんが更に受験生を追い詰める発言をした。

 

「さて、ちょっとペースを上げますよ」

 

 そう声をかけてからペースアップするサトツさん。さっきまでと同じく歩くような感じなのにその一歩一歩が2段飛ばし。いいなぁ、私にもあのリーチがあればなぁ、と素直に羨ましくなってしまう。

 まぁそうは言ってもないものはしょうがない。サトツさんに倣って2段飛ばしで駆け上がる。歩くのは無理っす。

 メカ本もしまおう。階段で手元に意識が行ってて転んじゃいました、なんてことになったら笑えない。いや周囲の人からしたら笑えるだろうけれども、そんなことは私が許さん。

 

 さっきのマラソン程度なら不合格者の数はそう多くないだろうけど、周りの様子を見るにここは結構な数が脱落しそうだ。

 さっきまで私と同じく先頭集団にいた受験生の何人かが徐々にペースが落ちて差が開きだしたのを尻目に、ひょいひょいと軽快に階段を登ってしばらく経った頃、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「いつの間にか一番前に来ちゃったね」

「うん、だってペース遅いんだもん」

 

 確か前者がゴンの声で、後者がキルアだ。ゴンの声は少しだけ疲れが滲んでいるが、キルアのそれは平時のそれと全く変わりない。

 キルアがこの程度のことは余裕なのはわかっていたが、意外にゴンもなかなか体力があるようだ。

 ゼェハァと周囲の人から苦しそうな呼吸音が聞こえてくる中、まるでその人達を小馬鹿にするような発言をしていたキルアが、前方を走る私に気づいた。

 

「こんなんじゃ逆に疲れちゃうよな――――って、あれ、なんだよお前もいたのか。なんだっけ、メデューサだっけ」

「誰がメデューサだっ!」

 

 そんな人を怪物呼ばわりするキルアに対し、振り返ってクワッ! と目を見開きブワッ! と髪を広げる。さながらメデューサのように。髪を広げるのには念を利用していて、更にその髪をわさわさと動かす。念って便利。

 案の定マジモノの怪物のような挙動をした私の髪を見て、更に念による不可解なプレッシャーも相まって驚く少年二人。驚愕に固まるその様子はまるで石化したかのよう。あっはっは、愉快痛快超爽快。

 

「わっ、すごい! なにそれ、いまのどうやったの!?」

「うっわ、マジでバケモノかよお前! どーなってんだお前の身体、ってか髪はよ」

「うーん、髪がそんなに長くないからちょっと微妙だったかなぁ」

 

 ゴンとキルアが順にそう問いかけるが質問はスルー。

 うーむ、少し迫力が足りなかったかな。肩より少し長い程度では広げた時のインパクトも、動かした時の不気味さも足りないような。でもだからってこんな一発芸のために髪を伸ばしたくない。あまり多いと邪魔なのだ。

 そんな風に今のネタ(?)の考察をしていると、反応のなさに焦れたキルアから声が上がった。

 

「いや聞けよ。俺らの質問スルーすんな髪の長さはどうでもいいんだよ!」

 

 なんですと? 髪の長さがどうでもいいとな? 

 その聞き捨てならない発言に私も言い返す。

 

「はぁ!? 髪は女の命なんですけど!?」

「そこだけ反応すんじゃねーよっ!」

 

 しかし結局の彼らの質問をまるっと無視した私の言葉にキルアが突っ込む。

 いやだって、女性の髪の長さがどうでもいいだなんてあんまりなことを言うから悪いんだよ、スルーは意図的なものだし。いいツッコミが入ったから許してやらんでもないが。

 まぁしょうがないから質問に答えてあげよう、と私は一つため息を付いてから口を開いた。

 

「今のは鍛えれば君たちもできるようになるよ」

「え、髪を?」

 

 いやいや髪を鍛えるのは無理だろうゴン。いや、君のその剣山のような髪型はもしかして鍛えたからなのか? だから髪を鍛えるって発想が出たのか?

 さっきから階段駆け登ってるのにその髪は固く聳え立ったままで、あまり揺れない。ついでにここまで長距離走ってきたはずなのに、最初の頃から髪型が乱れていない。マジで鍛えてますって言われても信じてしまえそうだ。

 しかし私は髪を鍛える術など知らないので訂正しておく。ただ、念はあまりペラペラ喋るもんじゃないし、特にキルアには言うわけにはいかないので内容をぼかしておく。

 

「いや髪じゃなくてね。もっとこう、肉体とか精神的なトコをね」

「なんだよそれ、もっと具体的に言えよな」

「今は言わない。まぁ、そのうち分かると思うよ」

 

 キルアならもう何年か身体を鍛えたら念を教えてもらえるだろう。お家の人が怖いから私が言う訳にはいかない。

 しかし私に教えるつもりがないのがキルアには不服なようで、不満気な声を上げた。

 

「んだよそれ、ケチくせーの。……で、マジで名前なんだっけ。えーっと……メリーダ?」

「白い実は幾つぅ?」

「たぶん4つ」

「たぶん正解。でも私の名前は不正解」

 

 惜しいけどちょっと違う。マジで私の名前忘れてんのかキルア。数時間前に話したばかりだっていうのに。

 

「キルア、メリッサだよ、メリッサ」

「ああー、そうそうそれそれ。いっやー、もういないもんだと思ってたからさっぱり忘れてたわ」

 

 ゴンが私の名前を再度告げるが、そんなことを言いつつ笑うキルア。この子なかなかの毒舌である。

 

「やっぱり舐めてるでしょ、私を。表出ろ」

「今出てる途中」

「早く着かないかな」

「だな」

 

 そんな会話をする私とキルアに、ゴンも頷いている。やっぱり皆早く出たいようだ。地下に降りるのはエレベーターを使って、地下100階だったはず。1階毎の高さがどの程度に設定されているのかは知らないが、もうそろそろ半分ぐらいは登ったのだろうか。

 取り敢えずここの空気はとっても不味いので、早く外のさわやかな空気を吸いたい。地下っていうのはどうも空気が淀んでいてよろしくない。

 疲れたから早く出たいって人が大半だろうけど、少なくとも私とキルアはそうではない。ただ単に階段を淡々と登る作業は退屈だし、何より空気が不味いからだ。

 その退屈そうな様子を隠そうともせずに、キルアがまたもや失礼なことを口にした。

 

「結構ハンター試験も楽勝かもな、つまんねーの。メリッサみたいなのが余裕そうにしてるし、ぬるすぎるんじゃねえの?」

「お前それ後ろ見ても同じ事言えんの?」

「アレは論外。ショボすぎんだろあいつら」

 

 返す私の言葉に、後ろをチラッと見てそんなことを言うキルア。各々が志を持ち、今日という日のために血の滲むような修練をしてきたであろう人達に向かってなんて言い草だ。まぁ結局これほどまでの差があるのには、私達に比べて彼らの才能とか努力とか効率とかいろんなモノが足りてないからだろうけど。

 私も後ろを見てみると、まだ余裕の有りそうな人は何人かいるが、大半はもうバテバテである。視界の端で手を振るピエロが見えたような気がしたけれど脳はそれを認識しない。とりあえずバテてる人は基礎体力からして合格は厳しいだろう。それ以外の何かが秀でているか、運が良ければ話は別だが。

 たしかにキルアからすれば論外な連中ではあるんだろうけど、彼らも多分ではあるけれど所謂普通の観点から見たら十分すごいんだからそんな事言わないであげてください。思っている分には自由だけど。

 

 その後ゴンがキルアにハンター試験への参加動機を聞き、3人が話す流れになった。

 キルアは面白そうだと思ったから。難関と言われていたけど拍子抜けだ、なんて言っていたけどそりゃ君たちゾルディックにとっては世間一般の難関なんてものは君たちの準備運動程度のレベルでしょうよ。

 ゴンは父親がハンターだから。自分自身は親のことを知らないが、たまたま会った親の知人がえらく誇らしげに話していたので強く惹かれ、自分もまたそんな存在になろうと思ったらしい。

 しかしキルアは物凄いテキトーな理由だな。ほぼ全員ゴンみたいに立派な理由があって参加しているにもかかわらず、こんな合格しようがどうでもよさそうなのが余裕そうにしているだなんて。皆必死で頑張ってるのに、世の中残酷である。

 まぁ私も人のことは言えない。だってライセンスあると便利ってだけだし。あとは試験の過程で得られる経験だけだから、大した理由じゃない。必死に頑張ってる皆ごめんなさい、精進してください。

 

 私の志望動機を、経験云々は言わなくてイイかなーと思ったので省略してライセンスの特典が欲しいとだけ告げたところ、ゴンはライセンスの特典についてよくわかっていないようだった。おい。

 ライセンスがあれば立ち入りが許可される場所があるなど、ハンターにとって嬉しい特典が山積みなのに、知っていないのは損だ。立派なハンターを志すならそれなりの功績は必要だし、その過程でライセンスが必要なときなどいくらでもある。彼は大丈夫なんだろうか。

 ちなみにライセンスがあると閲覧規制の掛けられている蔵書も読ませてくれるから私はこれが主な狙いだ。各地の大型図書館にこの手の本が多くあるが、一般人には読ませてくれない。

 読みたいけど、盗むには全体の数が多くキリがない。他に読める手段があるならまっとうな手段で読んだほうが時間も手間もかからなくてイイ。盗みに拘る必要もない。本が読めれば良い。

 キルアは何そのショボい理由、と鼻で笑って下さったが、あえて言おう。それはお互い様だ、と。っていうかどっちかって言うと君の理由のほうがアレですよ、と。

 

 今年の試験合格者の有力候補であろうキルアと私、それに加えてイルミさんとヒソカ。後者の2人もおそらく碌でもない理由でライセンスを使うだろうから、今年はハンター試験至上最も世間のためにならない結果となってしまう。だって全員犯罪者である。

 3人の志望動機についての会話がに区切りがつき、そんな切ないことを考えてしまっていた私は、わずかに後ろから聞こえてきた声に顔を上げた。

 

「見ろ、出口だ!」

 

 その言葉のとおり、階段の先から、外の光が見える。思わず嬉しくなり、またそれは他の人も同様だったようで、私もゴンとキルアと歓びをわかちあう。

 よかったよかった、これでこの淀んだカビ臭い地下の空気とオサラバだ!

 こんな場所に名残惜しさなど欠片もない、あるはずもない。とにかく外へ早く出たい。

 

 程なくして階段を登りきり、外に出る。数時間ぶりの外だ。地下の閉塞感をつい先程まで味わっていたため、尚更に素晴らしい開放感だ。

 私は気持ちの赴くままに外の新鮮な空気を思いっきり吸い込む。

 

 そしてすぐに顔をしかめ、後悔する。 

 ジメジメ、ヌトヌト、泥臭い。空気は先ほどと確かに違うが、ただ単に別のベクトルの不味さになっただけだ。

 周囲を改めて確認すると、あの地下通路からつながっていたここはどうやら湿原のようで、しかもお世辞にも綺麗な景観とはいえない。

 

 まだ不味い空気を吸い続けなければならないことに絶望し、天を仰ぐ。

 神様のバカヤロウ。


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