大泥棒の卵   作:あずきなこ

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07 湿原において怖いもの

 階段を登り切った受験生たちは、その出口付近の舗装された上に居た。サトツさんが動かないので私達も止まっているのだ。

 今も階段からは続々と受験生たちがやってきており、登り切ったものは息を整えつつ状況を把握しようと周囲を見渡す。

 私も一応、まぁこんなのいつでも見れるもんじゃないしな、とこの湿原をの景色を堪能していた。ぶっちゃけあまりおもしろくないのですぐに飽きたが、私が飽きたのとほぼ同時に後ろから機械的な作動音が聞こえて、階段と地上を隔離しだした。

 おそらく足に限界が来ていたのであろう、這い蹲りながらも地上を目指していた男の表情が絶望に染まり、その目と鼻の先で非情にもシャッターが降り切ってしまった。いや、非情でもないか。あの様子だともうしばらくはまともに動けないだろうし、命拾いしたと思えばむしろ情けをかけられたほうだ。

 

「ヌメーレ湿原、通称”詐欺師の塒”。二次試験会場へはここを通っていかねばなりません」

 

 先ほどまでのマラソンの通過者が確定したところで、サトツさんが説明を開始する。まだ二次試験会場にはついていないということは、今までのが一次試験の前半で、これからが後半といったところか。

 それを聞き流しながら私は湿原の風景を撮る。霧が多くあまり遠くが見えないので、風景写真としてはちょっと駄目な感じだけどおどろおどろしい雰囲気は何となく伝わるだろう。

 

 サトツさんが言うには、なんでもこの森には人やその他動物を騙くらかして餌にしようという珍妙な動物ばかりが生息しているのだという。普通に狩れと思わなくもない。でもまぁ珍しい生き物が多いだろうから動物の写メでも送ったら喜んでもらえるだろうか。

 とりあえず湿原の外観を写真を添付し実況中継メールをジャポンの二人に送信。彼女たちは割と貴重な体験をしているんじゃなかろうか。お願いだから言いふらさないでね、危ないから。

 私が携帯をポチポチ操作しているうちに説明も終わりを迎えたらしく、最後にサトツさんが締めくくる。

 

「十分注意してついてきてください。騙されると死にますよ」

 

 今までの単なるマラソンと違い、今度は足場が非常に悪く、疲労した状態なので足を取られやすくなっている上に、命の危険までついてくる。

 受験生の表情に緊張が走る。今までのはまさしく小手調べだったということを思い知らされているようだ。此処から先、気を抜くことは即、死につながる。

 気を引き締め、さあ行くぞといったタイミングで、響き渡る声。

 

「ウソだ!! そいつはウソをついている!!」

 

 声の方向に目を向けると、私たちの出てきた地下道につながる扉の脇から姿を現す、片手になんか細い人面サルを持った血塗れの男。っていうかサルか、アレ。気配だの骨格だのが人間のそれと違う。服を着てごまかしてはいるが、動けば中がどうなっているのか割とわかるのでバレバレであるので、気配で分からなくても見れば分かるだろう。持たれてるサルはただの死んだふりだ。

 そしてさっき叫んだサルがさらになんか喚いている。やれ自分が試験官だの、やれサトツさんが人面猿だの。そしてそれに騙されちゃう受験生がわずかにいる。んなバカな。

 騙されかけている人たちよ。サトツさんが非力な人面猿って、君たちバテバテなのにサトツさんが余裕なんだからありえないだろうが。

 君たちがサルにも劣る体力ならマジで帰ったほうがイイ。サトツさんはサルじゃないけど、どっちにしろこの程度で騙されていては合格なんてもっての外だし、そもそもここで生き残れないと思うんだ。

 

 しかしそんな茶番もヒソカがトランプを投げて喚いていたサルを殺して終了した。いやまぁ喧しかったから助かったといえば助かったけれどサトツさんにも何枚か投げるのはいかがなものか。更に私の方にも一枚飛んできたっていうのはマジでいかがなものか。狙ったのではなくヒソカがノーコンなのだと信じたい。

 さらに逃げ出そうとした死んだふりをしていたサルにもキッチリとどめを刺すヒソカ。その時にも私の方に一枚飛んできたけど、彼はよっぽどノーコンなのだろうな、うん。可哀想に。

 反応は返さない。だってそんなコトしたらきっとヒソカは喜ぶ。あとトランプも返さない。その辺にポイ捨てしておく。

 いや、無視したのになんか喜んでないかあのピエロ。ニヤニヤした薄笑いが更に濃くなった気がする。どうしろっていうんだ。

 

 サルを全滅させたことによって、ヒソカが生き残ったサトツさんが本物であるという証明をおべっかを混ぜつつ述べ始めたが、まぁバカなことをしたのは確かなのでサトツさんに叱られた。ざまぁ。

 でもサトツさん、次試験官を攻撃したらと言わず、今すぐに失格にしちゃってくださってもいいんですよ、むしろ受験資格さえも剥奪しちゃっていいんですよ、と心のなかでお願いをする。

 しかしそんな内心の願いなど叶えてもらえるわけもなく、死んだサルが鳥に貪られ、愚者の末路をまざまざと目に焼き付けてから受験生一行はマラソンを再開した。

 命がけのデモンストレーションを行い受験生の気をさらに引き締めたサルはたぶん何人かの命を救った。おつかれ、安らかにお休み。

 

 

 再び始まった終着点の見えないマラソン。それはまぁいいんだけど、しかしこの湿原、ぬかるみが酷いのなんの。私はずっとサトツさんの斜め後ろにポジショニングしているから問題ないが、ちょっと後ろの人は泥ハネとか大変だろうな。

 でも前にいるからといって油断はできない。後ろから飛んでくるかもしれない。狭い”円”を張って、泥が飛んできたら避けよう。服が汚れるのは勘弁である。

 それと、警戒するのはトランプもだ。もういつ飛んできてもおかしくないくらいヒソカが殺気立っているから。霧が濃いのをこれ幸いと暴れるつもりだろう。

 ハメ外すなっていったのに本当に堪え性のないピエロだな、とヒソカの短慮を憂いていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。

 

「レオリオーー!! クラピカーー!! キルアが前に来たほうがいいってさーー!!」

 

 距離的に発生源はあまり離れていないであろうそれはゴンのもの。彼の発言からしてキルアはヒソカの発する禍々しい気配に気づいたようだ。そして今あれの近くにいるのは得策じゃない、むしろ自殺行為だと判断した。

 次いで、更に離れた所からレオリオの行けるなら行ってるという返事。そりゃそうだ、この濃霧で態々後方グループに甘んじる理由がない。

 その後も大声でやりとりするゴンとレオリオ。あの、体力消耗するっていうのもあるんだけど、それ以前に緊張感とかそういう言葉知ってますか?

 

 彼らに若干呆れていると、ポケットの中の携帯が震え、メールの着信を伝える。見てみると先ほど送った写真についての感想で、なんか二人とも感動していた。

 秘境っぽくて凄くいい! だなんて言われても、走っている私からすれば不快な事この上ない。それに秘境かどうかはしらないけど、卑怯者はゴロゴロいます。

 そんなくだらないことを考えていると、すぐ後ろに知った気配がしたので携帯をしまって声をかける。

 

「や」

 

 前の方に来たゴンとキルアに顔だけ軽く振り向いて軽い挨拶をする。ここで本を読むのはちょっと無理そうだし、近くに知り合いがいるなら話でもしよう。ただ走るだけだと暇だし、時間の無駄だ。

 

「あ、メリッサだ。前の方にいたんだね!」

「んだよ、またお前か。もうとっくにはぐれているもんかと思ってたぜ」

 

 そう言うゴンとキルア。ゴンはともかくキルアがこれまた嫌味な笑みを。ゴンももはや苦笑いである。

 まぁ、怒ることではない。3度目だし大体分かる。これも彼なりの挨拶と、そしてネタ振りだ。

 

「完全に舐め切ってるね、私を。表出ろや」

「ここがそうだぜ」

「せっかくの外でもこんなジメジメした場所じゃ全然嬉しくないよね」

「な。足元ヌルヌルしてウゼーのなんのって」

 

 やっぱり彼もこの湿原には不満があるようだ。多少足場が悪くてもこの程度なら苦にならないような訓練は互いにしているだろうが、ウザいものはウザいのだ。

 しかもだんだん霧が濃くなって余計ジメジメする。それだけでなく視界も悪くなるので、これも不快だ。

 

 私にとっては濃霧も只々不快なだけであるが、後ろの方の連中はやはりそうもいかないようだ。

 先程からだんだん気配が分散していっている。おそらく森の動物達に騙されて、集団の多くが正規のルートを外れてしまったのだ。

 騙され、罠にかけられた先に待つのは、死。ここで多くの死者が出るだろう。ヒソカも暴れることだし。

 

 

 程なくして、予想通り私たちが通ってきた方向とは全く別の方向から悲鳴が聞こえてきた。ついに犠牲者が出たようだ。

 この濃霧ではサトツさんに付いて行けている集団から一度でも離れてしまっては追いつくのはかなり困難。

 足音をあてにしようにも森の生物がそれを利用して騙してくるかもしれない。はぐれたらおしまいだ。ヒソカも暴れることだし。

 その周囲の様子に、表情を暗くして気もそぞろな様子でいるゴンを、キルアが叱咤する。

 

「ゴン!! ボヤっとすんなよ、人の心配してる場合じゃないだろ」

「うん……」

 

 そう、彼らにとっても人事ではない。状況把握に五感に頼らざるを得ない彼らは注意深く気を配っていないとはぐれてしまう可能性がある。ボーっとするなどもっての外だ。

 念能力者である私には”円”という広域空間把握の手段があるが、彼らにはそれがない。

 はぐれたらいくら身体能力が高くても危険だろう。キルアなら毒とか効かないからたくましく生き残れそうだけど、しかし彼にも万が一がある。ヒソカも暴れることだし。

 

「せいぜい友達の悲鳴が聞こえないように祈るんだな」

 

 今もそこかしこから悲鳴が聞こえてくる中、キルアが言う。ゴンの表情がまた少し暗くなる。レオリオとクラピカのもしものことを考えたのだろうか。彼らは無事なのだろうか、ついてこれてるといいけど。

 

「ってえーーーー!!」

 

 遠くから微かにそんな声が聞こえてきた。さっきから悲鳴が多いな、かなりの数が騙されているようだ。はぐれてしまった人ドンマイ、きっともう会うことはないだろう。ヒソカも暴れることだし。

 私には今までと変わりない、数多いる哀れな犠牲者の何の変哲もない声にしか聞こえなかったが、どうやらゴンには違ったようだ。

 

「レオリオ!!」

「ゴン!!」

 

 レオリオの名を叫び、キルアの制止の声も聞かず逆走しだすゴン。今の悲鳴はレオリオのものだったのか。言われるまで気づかなかった。

 つまりレオリオはどうやらはぐれてしまっていたらしい。ということはおそらく一緒に居たであろうクラピカも。そして叫び声を上げるような危機敵状況に直面している。叫ぶ元気があるのならば今はまだ行きはあるのだろうが、それにしたって助けに行くのは無茶だ。

 その結果ゴンまでも、正規のルートから外れてしまった。もはや彼らの生存は絶望的だ。ヒソカも暴れることだし。

 

 いや、まてよ。ヒソカが暴れるのなら彼らはひょっとしたら大丈夫かもしれない。

 というか後ろの方の気配を探ってみると、だいぶ離れているだろうにこの距離でも分かるヒソカの殺気。さらに注意深く探ると、どうやら臨戦態勢にあるようだ。

 レオリオの声が聞こえてきた方角と、ヒソカの気配のする方角はほぼ一致している。

 もし、レオリオの悲鳴が森の生物に襲われたからではなくヒソカに襲われた故のものであれば。

 さっきから何度も受験生の死因にヒソカを挙げていたが、あのピエロは将来有望な人材は青田買いして成長を見守るというよくわからない生態を持っているから、生き残れるかもしれない。

 彼ら3人は私の目から見ても将来性がありそうだった。希望的観測かもしれないが、もしかしたら。

 

「っち……あのバカ!」

 

 憤るキルア。彼にとってゴンの行動は理解できないものだろう。私だって、出会っての日の浅い人間のためにそこまでする彼を理解できない。

 彼らの生存が絶望的であるのに、自身さえも危険にさらして助けに行く。キルアからしたらあり得ない行動だ。そんなことは教えられていないから、故に共感もできない。

 理解できないものには苛立つ。彼とゴンはまるでコインの裏表のようだと思う。

 見た感じ相性はよさそうだからゼロ距離まで近づくことはあっても結局背中合わせ。根本で混じり合えず、理解し合えない。

 また一つ舌打ちをし、苦虫を噛み潰したような表情で更に吐き捨てるキルア。

 

「やっちまったな、ゴン。アレじゃもう戻ってこれねーぜ」

「いや、ひょっとしたらってこともあるかもよ」

「はぁ? さすがにねーだろ、こんな霧じゃ方角だってわからなくなるぜ。来た道辿るのも無理だろ」

 

 しかし私がその言葉に異論を唱える。しかし彼の表情は晴れない。

 まぁ、キルアの言うことが尤もだ。ひょっとしたらヒソカと相対していて、ひょっとしたらヒソカが認める。可能性は低いだろうね。後者は高そうではあるけど。

 キルアは少し残念そうにしている。家から出て、おそらく初めて会話したであろう同年代の同性。それを失ってしまったのだから当然かな。

 

 それにしても、この状況。試験中に初めてキルアと接触したが、彼といるときは大抵傍にあの3人のうちの誰かがいた。

 しかし今は二人っきりである。ちょっと元気の無いキルア少年をここでからかってみるのもいいだろう。

 

「ねぇ、キルア」

「あ? んだよ」

 

 少しだけ意地悪な、からかうような笑みを浮かべて話しかけた私に対し、不機嫌なのがありありと伝わる空気と表情のままに返すキルア。

 しかし、私の次の言葉を聞いた途端。

 

「家出したんだって? ミルキくん超怒ってたけど」

 

 その空気が、表情が、変わった。

 

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