大泥棒の卵   作:あずきなこ

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08 キミとボクはトモダチ

 細められた双眸に剣呑な光を宿らせ、私を睨みつけるキルア。発せられる空気の影響で霧の水粒一つ一つが重くさえ感じられる。

 さっきまでの私を舐めきっていた態度はどこにもなく、警戒をあらわにしている。

 

「……なんでお前が、それを知ってる」

 

 重く、低く発せられた言葉は、情報の出処を問うもの。

 でたらめであると惚けること、はぐらかすことさえしないのは、家出の事実と家族の名前、その二つが揃って出た時点で私がある程度の事情を知っていることを悟ったためで。

 しかも自分が刺した人間を名指しして怒っているとまで言ったので、私がカマをかけているという線は彼の中で消えたのだろう。コイツは何があったのか知っている、と。

 ミルキくんがその時の状況を細かく結構書いて送ってきたので大体分かる。しかし愚痴や文句が大半だったのでそのメールの文字数は物凄いことになっていたけど。まぁ彼にとってはあの程度の文章量はお茶の子さいさいだったろう。その辺のこと正直どうでもいいので言わないけど。

 質問に馬鹿正直に答えても私がつまらないので、キルアの質問を薄く笑いながら受け流す。

 

「さあ、なんででしょう?」

「はぐらかすんじゃねーよ」

 

 だけどそれがキルアにとってはつまらなかったようで、声に苛立ちを滲ませながら私の答えを急かすキルア。随分と余裕のないことで。

 しかし彼が本当に知りたいのはどこで聞いたのかということではないだろう。きっと知りたいのはその先。

 

「……どうするつもりだ」

 

 私がどのような行動を起こすのか。

 実家に告げ口をするのか、或いは既にされているのか。それとも、自分を連れ戻す、または懸賞金などが目的で捕まえようとするのか。

 年来はそこまで離れていないだろうが、少なくとも自分と同じようにこの一次試験を余裕でこなす相手。もし戦闘になったとして簡単に勝てるかどうか。

 そもそもなぜこの状況で伝えたのか。この、試験官の率いる集団から離れることのできない、自由に身動きの取れない状況で。

 それを今必死に考えていることだろう。私の回答によってどのような行動を起こすべきかも。

 

 まぁ、色々考えてるとこ悪いんだけど私は特に何かする気無いんだけどね。でもなんかからかうの予想以上に面白いし、もう少しだけ。

 あ、先頭集団にいてキルアのプレッシャーをモロに受けて息苦しそうにしてる人たちごめんなさい。なんか私の娯楽のせいで迷惑かけちゃってるみたいで。

 もう少し辛抱してね、と本来ならば被らなくていい被害を受けることになってしまった人たちに内心で気持ちのこもっていないエールお送りながら、更にキルアをおちょくる。

 

「どうしよっかなぁ。ねぇ、もし捕まえるとか、告げ口するって言ったらどうする?」

「っ、てめぇ……!」

 

 ギリリと歯ぎしりをし、僅かに冷や汗を浮かべながらも空気は凄みを増す。

 本気なのか、冗談なのか。本気だとして自分はどうするべきなのかを彼はまだ判断できない。

 冗談なら、いい。何もしないならそれに越したことはない。

 でも、本気だとしたら。私の口を封じることができるのか。返り討ちにすることができるのか。

 

 キルアからしたら特に強そうには見えないし、この試験で疲労の色が見えないからと言ってもだからどうしたという話だ。

 それだけのはずだった。

 でも今私は先程まで広げていた”円”をキルアの方へ意図して向け、更に少しだけ敵意を滲ませている。

 キルアはそれを得も言われぬ圧迫感として受け取っているのだ。理解できない不気味な感覚に呑まれそうになりながらも踏みとどまる。

 

 弱そうに見えるのに、自分の本能で感じ取った得体のしれないプレッシャー。そのせいでわからなくなる。

 自分に不利益な行動を起こすとしたら、戦うべきか、否か。私を空気で牽制しながらその答えをだそうとする。

 追い詰められ悩み威嚇する様子は、表情だけ見れば普通のこの年頃の少年と何ら変わりなく見える。発せられるプレッシャーはケタ違いだが。あと顔も結構怖いが。

 

 予想以上にいい反応を返してくれるキルアに内心ほくそ笑むけど、あんまり怒らせてしまってもなぁ。

 彼と話すのは結構楽しかったし、これから先ずっと警戒されっぱなしっていうのもなんか悲しい。

 当初のからかって遊ぶという目的も達成したし、舐めきった態度も多少は改善されるだろう。見た目で判断してはいけないことも実感できただろうし。

 私をからかう分にはいいが、マジで舐めてるのはちょっとやめていただきたい。だって背伸びをしたい年頃だもの。いや関係ないか。まぁ、そろそろ正直に話しますか。

 でもだからといってからかうのはやめないけど、と口に出したとしたらキルアが怒りそうなことを考えながら、彼の方に向けていた敵意を消し去る。”円”は維持したままだが、これだけなら特に何も感じないだろう。

 

「まぁ特に何かする気はないよ、からかってみただけだしね。家出は私に関係ないし」

「はぁ? からかったって、お前なぁ……つーかそれ、本当だろうな」

 

 私の態度の変化を皮切りに、両者の間の空気は幾分和らいだが、まだ彼の目は鋭いままだ。

 いまいち彼が私の発言を信用出来ないのも無理はないけど、それをしたって私に得はない。むしろ余計なことをしたらイルミさんが怒るので大損だ。

 

「ほんとほんと、コレについては誓約書書いてもいいよ、私は絶対に告げ口しないって。ちなみに私に漏らしたのはミルキくんね。聞いてもないのに愚痴と文句メインの事細かなメールが来た」

「……そこまで言うんならいいけど。つーかブタくんかよ、迂闊すぎんだろアイツ」

 

 とりあえずキルアはこの件については私を信用ないしは保留することにしたんだろう。安心しろ、私は本当に言わない。けど既にバレている。

 今の状況もキルアがそう判断することの後押しをしたのだろうな。こんな濃霧の中、しかも土地勘さえもない場所で事を構えるのは双方得がない。

 しかもキルアは逃げようと思えば逃げられるし、その後戦闘にでもなって結果がどうなるにせよ深手を負ったらどちらも危険。

 

 本当に告げ口や捕まえるつもりがあるのなら、もっとそれに適した状況があるし、そう判断するということも踏まえて今発言したのだ。あの3人も不在だしちょうどいい。

 しかしブタくんは酷くないかい、迂闊なのは同意だけどね。

 

「でもなんでまた家出なんかしたの? イルミさんの扱きに耐えられなかったとか?」

「イルミの事も知ってんのかよ……知ってんならいいや、聞いてくれよウチの親父とかイルミとかがさぁ――――」

 

 家での理由は知らなかったので、興味本位と少しの悪戯心と下心で質問してみたら、なんと愚痴が始まってしまった。なんてこったい。

 この後の流れとして、えーキルア家出なんかしたのー反抗期とかチョーウケるんですけどプークスクス、とかやってイルミさんに頭が上がらない事とかも弄ろうとしてたのに。

 

 どこで判断を間違えた。もしかして最初からか。

 確かに家出までしたキルアにその話を振って、事情を知っている私なら、とゾルディック家ネタで盛り上がろうという魂胆あったけども。その中でなんか役に立ちそうな情報出てこないかなとか思ってたけども。

 まさかここまで不満たらたらだとは思わなかった。そして私が困惑している間にもキルアの愚痴は止まらない。とどまるところを知らない。

 やっべー地雷踏んじゃったよ、思わぬところに家出弄りよりやばい地雷が潜んでて完璧に踏み抜いちゃったよ、と後悔するも時既に遅し。聞きに回るしか無い。

 キルアは先ほどまでの剣呑な様子は何処へやら、今も水を得た魚のように鼻息荒くしゃべり続けているが、まぁ、とりあえずは、だ。

 

「キルア、周りに人たくさんいるんだからもうちょい声抑えてね。一応キミの家アレだから」

「あ、それもそうか。んでさー……」

 

 キルアの声を小さくさせる。もちろんこれは周りの受験者が云々ってわけではない。

 さっきまでキルアのせいで息苦しかった人たちは今は普通にしているが、その分私の息苦しさが尋常ではない。

 絶対さっきまでのキルアの愚痴はイルミさんの耳にも届いていた。距離は結構あるけど、みんな普通にしてるのに私だけが冷や汗をかいているので間違いない。何だか動悸と息切れもするような気がする。あらやだ疲れてるのかしら、だなんて現実逃避をしたくなったくらいだ。

 キルアが声を落としてくれたのでイルミさんにはもう他の音と混じって聞こえなくなったのだろう。私がプレッシャーから開放されたのがその証拠。超清々しい。私がキルアを宥めたと解釈してくれると嬉しい。非常に嬉しい。

 

 イルミさんに話が聞こえなくなったので、私も色々聞き返して愚痴を引き出す。こういうのは溜めこむといけないものだが、聞いてるとキルア悲惨過ぎる。

 両親については、シルバさんはスパルタって感じではあるけどそこまで無茶はさせないようだ。そしてキキョウさんはわかってたけどモンペ臭が凄い。

 しかしイルミさんは鬼畜だなぁ。だってキルアがノルマの半分もこなせないような課題を出して、達成できないならできるまで同じ事をさせ続けるだなんて。

 確かに成長は早くなるだろうけど、ギリギリこなせる程度のものをやらせたほうがいいと思うんだ。そんなのキツすぎる。

 通りでイルミさんの悪口が多いわけだ。次いでキキョウさんが多い。

 

 それにしたって声を落としてくれてよかった。今は愚痴から悪口にシフトしてしまっているからこれ聞かれてたら私ヤバかったかもしれない。

 ド腐れ能面とか、マネキンラジコン野郎とか、頭丸坊主にしてやろうかとか言ってるけど心臓に悪いからやめて欲しい。というかやめさせよう。

 キルアが愚痴っていたものの中から悪口よりも優先しそうな話題になり得るものは……。

 

「まぁまぁ、悪口はその辺にして。キルアもその歳でまだ碌に友達いないんだね。私と一緒だ」

「え、なにメリッサも友達いねーの? 寂しいやつだな」

「いや今はいるけどさ、キルアの歳の頃はいなかったよ。ってかさり気なく呼び捨てにしたよね今」

 

 キルアは友達がいなかったようだ。それはなんとまぁ寂しいことで。今は友達のいる私だから余計にわかるが、あの頃の生活はほんとうに寂しいものだった。

 周りは敵だらけで、食べ物も死守せねば死んでしまう。成長したって盗みばっかやって友達なんか出来なかった。今は違うけどね。

 私に仲間を、”友達”を教えてくれたのは幻影旅団だ。だから彼らにはとても感謝している。

 

「使用人に話しかけたってあいつらお固い敬語だし割りとイエスマンだし、でも今みたいに事情知ってる奴に愚痴なんか言えなかったぜ。あー超スッキリしたわ」

「私で良ければまた聞くけどね。悲惨な目に遭うキルアはなかなか笑えたよ」

「笑うんじゃねーよ地獄だぞマジで。そういやお前何者だよ、家のやつの名前大体知ってたけど」

「キルアと似たようなもん」

 

 そういう私だが、まぁ裏の人間であろうことはゾルディックの内情をある程度知っていた時点で彼も察していただろうから、この質問もほとんどはぐらかしたようなものだ。

 だけどキルアはふぅん、と返しただけで、特に追求する様子はないようだ。ゾルディックは命を奪うお仕事で、私は主に物を奪うお仕事。似たようなものだ。これ以上詳しく言う気はないけど。

 彼もなかなか、いやかなり苦労しているようだ。でも。

 

「そういやキルア、不満とか言ってみたりした? 何も伝えずに飛び出たんなら結構心配してると思うんだけど」

「言ったってどうせ聞き入れやしないだろうよ。無駄無駄」

「そりゃイルミさんは聞き入れないだろうけど、シルバさん辺りは話せば伝わるとは思うけどなぁ」

 

 心配してんじゃないの、そう言うとキルアは難しい顔をしながら、また会うことがあったら考えるけどさ、と言った。表情からは何を考えているのか読めない。

 不満が爆発する前に話し合うことをしなかったようだ。シルバさんとか、ゼノさんとかに言えばよかったのにと思うも、家庭のことだからあまり首は突っ込まないでおく。

 

 キルアが今度は私についても少し聞いてきた。境遇は違うけど前は友達がいなかったこと、今はいてそれなりに好きにやって楽しんでること。少し羨ましそうだった。

 私の話を聞いて、自分には自由がないと思ったキルアが少し暗くなってしまった。暗い空気はちょっと勘弁なんで元気づけてやろう。

 家の教育方針は知らないが、どうせ私とミルキくんは既に友達だ。向こうがどう思ってるかはしらないが少なくとも好意的な関係ではあると思うし、一人も二人も変わらないだろう。だから。

 

「似たもの同士ってことで、私がキルアの”オトモダチ”に立候補しよう」

「え、いやお前はいいわ」

「酷くない!?」

 

 あっはっは、じょーだんじょーだん、だなんて笑うキルア。てめぇこんにゃろう。

 ただ表情は先程よりも明るく、元気になったようなのでよかった。これで私と君は”オトモダチ”、昇格できるかどうかはキミ次第。この試験終わったら接点あまりないから微妙かな、家に帰っちゃうし。

 でも仲良しだったゴンがいないことをこの話題で思い出してしまったようで、やっぱり少し寂しそうだ。仕方ないなぁ、と思いつつ軽い調子で口を開く。

 

「すぐにゴンも戻ってくるし、ヤッタネ! 仲良しが一日で増えたよ!」

「ゴンは無理じゃねーの? さすがにさ。てかまだ数時間話した程度だろ」

「仲良くなるには十分じゃん。てか私は戻ってくると思うね、絶対」

 

 ご丁寧に絶対、だなんて付け足してやる。キルアを元気づけるためもあるけど、やっぱりヒソカならゴンを探しまわってでも生きて連れてきそうな気さえする。

 あの歳であの身体能力。特別な修練を積んでいなさそうな彼は天賦の才を持っているだろう。ヒソカはガッツリ気に入りそうだ、不幸なことに。

 

 この会話をイルミさんが聞いていなくてよかった。私はあの家に12年間いて未だに強い”個”を持っているキルアを尊敬する。

 だから彼には知って欲しかった。仲の良い人間がいるとはどういうことかを。

 

 他人と好意で繋がると、世界はまるで違って見えるのだ。


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