大泥棒の卵   作:あずきなこ

15 / 88
09 HUNTER’Sキッチン

 その後もダラダラと喋りながら走ると、地面がぬかるんだものからある程度湿った程度のしっかりしたものに変わった。深く烟っていた霧も大分晴れたので、どうやら湿原は抜けたようだ。

 それからしばらくすると、色の白い体育館のような縦長の建物が見え、その建物の前についたところでサトツさんが止まった。目的地に到着したようだ。

 この辺の空気はさっきまでと比べ幾らかマシで、漸く呼吸が不快でなくなった。

 

 サトツさんは一次試験が終わりであること、ここビスカ森林公園が二次試験会場であることを告げ、去っていった。

 残された受験生はゴール不明のマラソンが終わったことに安堵し、今のうちに息を整えている。

 建物を見ると、私たちがきた方向の正面に扉があり、その上に看板と時計がある。看板にはサトツさんの言葉通りここが二次試験会場であることに間違いはなく、試験開始は正午である、と。

 そうなると時間は余るが誰も気を抜くことだけはしない。開始まではまだ時間があるけれど、正午と見せかけて突然開始したり、または攻撃されるかもしれないから。

 建物の中からは唸り声のようなものが聞こえてくるし、それも皆の警戒度を高めるのに一役買っている。

 

 周りを見てみると一次試験を通過できたのは150人も居ないようだ。私は半分の200人くらいは超えると思っていたんだけどなぁ。

 この場に居ない人たちは地下空間でスタミナが尽きたか、ヌメーレ湿原で命が尽きたかのどっちか。

 スタミナ切れでリタイアした人はまだ幸運だっただろう。死んでしまったら再挑戦も何もないのだから。

 まぁ正直どうでもいいけど、と無意味な思考を切り上げたところで、私の隣に居たキルアが声を上げた。

 

「なんだこりゃ? なかに猛獣でもいんのかよ」

 

 キルアが言っているのは、建物内から聞こえてくる低い音のこと。彼のの疑問も尤もだ。ガルガルグルグルと、コレは人間の発している音とは思えない。

 気になるので”円”を広げ様子を見ると、中にいるのは男女一人ずつで、獣の姿はどこにもない。信じ難いが人間の発している音らしい。

 でも彼らの口は動いていないことから声ではないのだろう。

 だとすると、あの大柄な男性の腹の虫とかかな? いやいや、まさか、そんなバカな。

 

 と、広げた”円”にヒソカが入ってきた。レオリオを担いで。どうやらレオリオはマジでヒソカのやんちゃに巻き込まれてしまっていたようだ。

 ちょっと可哀想だと思ったけれど、息があるのでレオリオはヒソカ的に合格らしい。よかったね、これから苦労があるかもだけど生きているのならまぁ御の字でしょ。

 しかしよく戻ってこれたなぁあのピエロ。結構距離離れてたと思うから”円”じゃ無理だし、足跡もあてにならないのに。それとも誰か知り合いでもいて連絡をもらったのだろうか。だとしたら多分イルミさんか。

 余計なことしてくれたなぁ、と内心で舌打ちしながら、キルアの言葉に答える。

 

「少なくとも人間だとは思うけど。ていうかレオリオ生還したみたいだよ、ヒソカ……44番に担がれてるけど」

「げっ、オッサンは放置でいいや」

 

 レオリオは心配だけどヒソカがいるから嫌なのか、それともレオリオ自体どうでもいいのか……。前者ならしょうがないけど、後者だとレオリオが可哀想だ。

 そしてオッサン呼ばわりも可哀想だ。さっき19歳って言ってたじゃん。ついでに言うと名前も知っているのに何故あえてオッサン呼ばわりなのか。

 まぁ呼び方はともかく私も行かないけど。だって近くにヒソカいるし。っていうか私の”円”に気づいて手振ってるし。ええい、気づいたんならどけ、邪魔だ。

 

「なぁ、今名前言ってたけど、お前もしかしてアレと知り合いだったりするわけ?」

「誠に遺憾ながらその通り。……そんなあからさまに距離とらないでよ」

 

 スススっと私から離れたキルアに、どんだけ警戒してんだよ、と言いたくなるが気持ちはわかるので言わないでおこう。

 

 

 

 そのまま物理的に距離を保ったまま試験開始の正午を待つ。建物内から聞こえてくる音はより大きさを増している。

 もう開始まであと僅かといったところで、レオリオは生還したけれどゴンとクラピカの安否が今だ不明なので広げたままだった”円”が、2つの気配を感知した。

 ゴンとクラピカだ。キルアもそれに気づきパッと顔を上げる。

 レオリオがヒソカと接触したということは、彼らもおそらくヒソカと対峙し、そして認められたのだろう。でもどうやって戻ってきたんだろう、ヒソカとも時間差があったし。

 通常の通信機器も使えない状況なのに、と考えを巡らせていると、ちょっと離れた隣のキルアが嬉しそうに言った。

 

「おいメリッサ、ゴンだ! ゴンが戻ってきたぜ!」

「ほら、私の言ったとおりじゃん。てかキルア凄い嬉しそう。あと一応言っとくけどクラピカもいるからね」

 

 バッ、別にそんなに嬉しくねーし! と言うキルア。しかし耳が赤いのでそんなこと無いのは丸分かり。

 それにしてもキルア、クラピカの存在をスルーしすぎである。ゴンしか呼ばないし、私の言葉にもゴン関連の部分しか反応しないし。クラピカいるって言ってんでしょーが。

 しかし結局クラピカについては触れないまま、行こうぜ! とキルアがかけ出したので私もついていく。彼らはレオリオのところで、今がどういう状況なのかを考えている。

 なぜ建物の外にいるのかというゴンの疑問に、その時到着したキルアが答えた。

 

「中に入れないんだよ。ゴン、お前どんなマジック使ったんだ? 絶対もう戻ってこれないと思ってたぜ」

「キルア! それにメリッサも!」

「や。ゴン、クラピカ、レオリオ。キルアなんかすごい心配してて、戻ってきたってわかった時凄い嬉しそうに――」

 

 とそこまで言ったところでキルアがローキックをしてきた。しかも割と強めの。ちょっと待ってそれはマズイ!

 

「余計なこと言うんじゃねえ!!」

「うわっ、あっぶな!」

 

 咄嗟にバックステップで避ける。彼も結構強めに放ったであろうそれが当たらなかったことが不服なようで、舌打ちまでしている。

 しかしキルアよ、お前の足を見ろ。ぬかるみ走ったから泥が付着し放題じゃないか。

 そんな足で蹴られでもしたらせっかく泥に注意しながら走った私の努力が水の泡になってしまう。ここまで気を使ったのに汚されてはたまったもんじゃない。

 でもあんまり言うとまた蹴られそうだから、もうからかわないでおこう。

 

 私が黙ったのを確認してから、再び建物の近くへと歩きながらキルアが説明を再開する。と言ってもそもそも情報が少ないので看板に書かれたことと、変な音がするとしか言っていないが。

 そしてゴンたちはここまでレオリオの香水の匂いを辿ってきたと言う。どういう嗅覚してんだろうこの子。

 キルアにも相当変わっていると指摘されたゴンが、最初のキルアの言葉に対し疑問を投げかけた。

 

「――で、なんで中に入れないの?」

「見ての通りさ」

 

 ちょうど到着した建物の扉の上、看板を指し示してキルアが言う。変な唸り声がするだけで、今は待つしかないと締めくくった。

 待つとは言っても、もう開始まで時間はない。時計の針が正午に近づくに連れ周囲の緊張がさらに高まってきた。私は中を見たから何がいるのかわかっているけど、そうでない人は警戒して武器を構えている人までいる。

 

 そして、ピーンと高い音がして時計が正午を示した。いよいよ二次試験の開始だ。

 音が鳴り止むのと同時に、重低音とともに扉が自動で開いた。

 小ぢんまりしたその部屋の中にいたのは、先ほど私が確認した通り男性と女性一人ずつ。女性はソファに座り、男性はその後ろの床に座っていて、更にその後ろには扉。建物は縦長なので、あの扉の奥のにも何かあるのだろう。

 室内には人間しかおらず、もっとヤバい生き物でもいるんじゃなかろうかと気を張っていた人々はがくっと肩の力を抜いている。どんまい、無駄に神経すり減らしちゃったね。

 まぁ、あの二人も戦闘能力で言えばそこらの猛獣なんかよりもよっぽど上なんだけど。

 

「どお? おなかは大分すいてきた?」

「聞いての通り、もーペコペコだよ」

 

 中にいた女性の問に男性がそう返す。

 女性は露出が高くグラマラスな体型をしておられる。あと髪型が奇抜でいらっしゃる。

 男性は大柄。とにかく大柄。縦にも横にもでかい。ウボォーと相撲をとってみて欲しい。

 しかも男性の発言からして、まさかとは思っていたけれど今も聞こえてくる音は彼の空腹の証拠らしい。

 アレってマジでお腹の虫だったの? あ、また鳴った。どうやらマジみたいだ。

 

「そんなわけで二次試験は料理よ!! 美食ハンターのあたし達二人を満足させる食事を用意してちょうだい」

 

 案内され、全員が建物の中に入ったのを確認したあと、試験官の、美食ハンターらしい女性が高らかに告げる。

 二次試験の種目は料理。男性の課題をクリアしたものが女性の課題を受け、それもクリア出来れば合格。

 試験は二人が満腹になった時点で終了。早く、しかしおいしいものを作らねばならない。

 

 これはイケるんじゃなかろうか。周りのむさい男どもはろくに料理の経験なんて無いだろうしね。

 料理なんてものは知識だけ揃えたって美味しくならない。場数を踏まなくては成長しないのだ。

 レシピ通りに作ったものよりも、ノウハウを知っている人間が手を加えたもののほうが美味しいのは明らか。

 伊達に一人で生きてきていない。食事は小さい頃からの楽しみで、飢餓感が満腹感に変わるほどの食事は天にも昇るような幸福感を与えてくれた。

 生活に余裕ができてからは味にもこだわってきた。それなりのものは作れると自負している。

 この試験、貰ったね。

 

「オレのメニューは豚の丸焼き!! オレの大好物」

 

 試験官の男性が告げたメニューは豚の丸焼き。

 これならおそらく特別料理の腕を要求されることはないだろう。ちっ。

 試験のクリア条件。調味料が支給されていないし、火をおこすのはサバイバル技術の初歩として、必要なのは丁寧な下処理と焦がさないように配慮することかな。

 後は素材の確保か。ここはビスカ森林公園は、もうあの変な生き物ばかりらしいヌメーレ湿原ではないが、それでも試験会場に選ばれるような場所だし一筋縄ではいかないだろうから脱落するならここが大半だろう。

 私はどれも問題ない。合格は確実だ。

 

「それじゃ、二次試験スタート!!」

 

 その声に弾かれたように走りだす私たち。まず最初にやるべきことは、ブタの捜索。

 二次試験、開始。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。