大泥棒の卵   作:あずきなこ

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11 寿司食いねぇ

 お寿司、お寿司、美味しいお寿司。と脳内で唱えつつ考える。

 私の知っている美味しい寿司といえばちょっとテンション上がった時に行く回らない店の寿司だ。あの値段の張るやつだ。更に言うとお皿の色とかは関係ないところだ。なぜなら寿司下駄に乗ってやってくるから。

 そんなお店に何度か行ったことがあるのでどんな感じだったか一応記憶にある。美味しいものっていうのは印象が強く、記憶に残りやすい。

 最後に行ったのはクロロと食べに行った時か。つい2ヶ月前の話だし大丈夫だ。

 

 目標をあの店のシャリに近づけることと設定して何をどうすべきかを考える。

 さっき私が握ったのはさながら回る店の寿司だ。回らないお高い寿司と比べると圧倒的な差がある。技術的な面では、機械と職人ならば当然職人に大差で軍配が上がる。

 あの味を思い出すんだ、私。クロロに奢らせたあの高い寿司を! 話そっちのけで次々と注文して貪ったあの味をっ!

 奢り補正とか入ってる気もするけどそれを抜きにしたって十分美味しかったし。

 

 寿司種はコレ以上どうしようもないし、そもそも海水魚も居ないんじゃこっちは元からまともなものを用意するのさえ難しかったろう。

 せめて鮭がいてくれれば炙りサーモンを握れたのに。鱒を用いたサーモンではなく鮭を用いた本物のサーモンならば高評価が期待できたかもしれないのに、いなかったことが悔やまれる。

 他には回転寿司にあるみたいにチャーシューだの焼肉だのを豚を狩って乗っけてもいいけど、ここは素直に魚で勝負するとしよう。

 ていうか美食ハンターなら当然その辺りも網羅してそうだから目新しさもないだろうしね。なにも高級なものばかり食べるのがグルメではないのだから。

 コレに関しては多少サイズを大きくしてゴージャス感を出せばいいかな。

 というわけで改善するべきはやはりシャリ。美味しいシャリの条件とは。

 

 さっき提出した寿司と同じように普通に握ったシャリを食べる。食べながらも頭に浮かせるのはあの店の味。

 美味しいものを想像しながらそうでもないものを食べたから口の中がかなりガッカリしているけども我慢。

 そうするとどこがどう違うのかは大体分かる。何を改善すれば理想に近づけるかを考察し、突き詰めていけば合格も見えてくるはず。

 

 イメージとの違和を下で感じ、その齟齬を埋めるように握る強さ、速さ、形など数度試行を繰り返し、それなりには改善されたと思う。っていうかコレ以上は無理。

 これでもダメならかなり危ういんじゃないかな。まだ他の受験生は戻ってきていないけどここまで仕上げるのにもそれなりの時間を要したし。

 取り敢えず一番出来のよさそうなものを持って行くとしよう。

 

 椅子にどっかりと座り込み、箸を持ちながらも反対の手でつまらなそうに頬杖をついている試験官の女性。再びやってきた私に気づいて顔をこちらに向ける。

 こうして改めて見てみると、なるほど一応ヒントはここにも存在する。箸だの、醤油だのからもサイズは推測できるだろうし。

 まぁ私には形状のヒントとか関係ないけど。

 

「あら、88番また来たの? ちょっとはマシになってるんでしょうね」

 

 私は頷き寿司を提出する。色々改善したので、今度こそいける、はず。

 女性が私の握った寿司を咀嚼する。が、なんだかさっきよりも難しい顔をしている。

 まさか、そんな。味が落ちてしまったとでも?

 落胆しかけたが、その口から出た言葉からはそういった意味合いのものではなかった。

 

「ん~……。ダメだった部分は大分マシになっているようね、ポイントは抑えられてる。さっきもだけど淡水魚であることを考慮して軽く火を通してあるのも好印象。でもねぇ、やっぱりまだまだ全体的に甘いわよねぇ……」

 

 そうぼやく女性。味が落ちたのではなく、多少マシになったからこそ判定で悩んでいるのか。つまり私の寿司は悩んでもらえるレベルにはなっているということだ。

 でも素直に喜んでもいられないよね。これ以上美味しい寿司を握るにはさらに多くの時間を要するし、ここで合格を決めておかないと……。

 食事は空腹時のほうが美味しく感じられるのだ。他の受験生が来ると私の合格率は下がってしまう。

 こいつぁヤバいぜ、とちょっと冷や汗が出てきたところで、私の窮地を救ってくれるスーパーヒーローが現れた。

 

「まぁまぁメンチ、相手は受験生なんだし改善点を考えてある程度の結果出してるんだから、細かい味までは気にしなくてもいいだろ?」

 

 すかさず苦笑いをしながらそうフォローを入れてくれたのはブハラさん。なるほどこの女性の名前はメンチさんね。

 いやいや、今は彼女の名前はどうでもいいのである。ブハラさん、今のあなたは私には超絶イケメンに見えます!

 そう、職人レベルとかプロに認めさせる味とかはハナから無理なんですよメンチさん、だから審査も少し妥協してくださいマジで。勘弁してくださいホント。

 そんな内心の私の願いが伝わるのを祈りつつ、眉根を寄せたメンチさんが口を開くのを待った。

 

「まぁそれもそうよね……じゃあ、まあいいわ。それなりには美味しかったし、88番合格で」

 

 そしてついにその口から紡がれたのは私の合格を意味する言葉。やった、合格だ! ひゃっほう!

 いやーよかったよかった、どうなることかと思ったけれどコレで二次試験も突破だ。

 ブハラさんマジありがとう! あなたのおかげです!

 合格の喜びと、料理をギリギリだけど認められた嬉しさからそこら中飛び跳ねたいくらいだけど、さすがに恥ずかしいので抑える。でも口元がにやけてしまう。

 

「ありがとうございます、メンチさん。それにブハラさんも」

「言っとっけど、アンタの合格はギリギリなんだからね、ギリギリ! それと、寿司のこと他の奴らに口外すんじゃないわよ、そんな事したらつまんな……、試験にならないからね!」

 

 その言葉にテキトウに頷き私は足取り軽くキッチンへと戻る。

 なんか最後のほうつまんないからとか言いかけた気がしなくもないけどもう私には関係ないし。

 ステーキ定食を食べてから早数時間。お腹もすいてきたことだし、余った魚を適当に調理しておかずにして食べてよう。全部はさすがに食えないけど。

 ちょうど他の受験生も魚を持って戻ってきた。皆頑張ってくれ、審査はなかなか厳しいぞ。

 上辺だけで彼らの健闘を祈りつつ、ルンルン気分のまま調理に取り掛かった。

 

 

 

 私の合格が決定してから数分が経過し、会場ではチラホラと戻ってきた受験生たちが魚とシャリを手に何やら悩んでいる。

 なるほど、メンチさんが告げたのかどうかはしらないけど魚を使うのはわかっても、どんな料理を作るべきなのかはわかっていないのか。

 ふっふっふ、私も料理をしているので傍目から見たら合格者とは気づくまい。しかし私が作っているのは自分が食べる用なので、なんだか気分がいい。

 

 先に戻ってきていた奴らがモタモタしているうちにほぼ全ての受験生がこのキッチンへと集結し、またもやキッチンの前でウンウンと唸っている。

 一人だけ、禿げた忍者は周りのその様子を見て笑っている。格好からして彼はジャポン出身だろうし、寿司も知ってるんだからさっさと握れよと思う。

 しかし悩んでいるものが大半だったこの会場でついに動きがあった。なんと、この膠着状態を破ったのはレオリオだ。それを見て悔しがる忍者はきっと頭が足りていないのだ、毛髪的な意味だけでなく。

 レオリオお手製の寿司、レオリオスペシャルと名付けられたそれは見た目ぐちゃぐちゃで糞不味そう、しかも寿司ではない。

 なにより何の下処理もしていない。鱗も付いたまま、しかも生きたままでただ米の塊に埋めただけ。魚は新鮮さが命とはいえ、アレは無い。

 しかも魚がピチピチ動くもんだから米の塊がだんだん崩れてくる。

 あれは、酷い。レオリオ、それは料理とは言えないと思うよ。それもはや寿司以前の問題だと思うよ。

 

 当然メンチさんは皿を掴んで放り投げた。レオリオは何やらご立腹だがあんなもの出されたら私だってそうする、誰だってそうする。

 料理審査なんだから、せめて自分で少しでも美味しいと思うようなものを作るべきだと私は思うんだけどなぁ。

 形ばかりに気を取られて、続くゴンもクラピカも味を全く考慮していないものを提出する。握り寿司の形云々以前に全く食指が動かない。

 キミら寿司はジャポンの”料理”だって言われたでしょーが。まさかあんなモノが料理として扱われる国だと思われているんだろうか、ジャポンは。

 そう思ってしまうような変な食べ物ばかり提出されて割と悲惨なメンチさんを尻目に私は自分の料理をガツガツ貪る。うん、うまい。本当は白米のほうが良かったけど贅沢言っちゃだめだよね。

 

「なーメリッサー、全然分かんねーんだけどさ、寿司ってどんな食いもん?」

 

 つーかお前なに普通に飯食ってんだよ、とキルアが私のもとに聞きに来たが、口止めされているのでその旨を伝えて寿司については何も言わなかった。

 でもその時何故か寿司を1貫握って食べよう思い立ち、その握っている手元をキルアがガン見していたのは不慮の事故だろう。私は悪くない。

 しかもキルアが私の握った寿司を食べてしまったのも、ただ単にキルアに近い位置に寿司を置いたら食べられてしまったというだけであって、私は決して悪くない。だって何も言ってないもん。

 

 

 

 

 

 

 私のお腹が満たされた頃、会場の雲行きはなんだか怪しくなってきていた。

 それは、先ほど私が足りていないと評した忍者の男性が、寿司の形としては正解であろうものを提出して不合格を受け、それを不服としたのかなんなのかペラペラと寿司のことについて叫んでしまったことに起因する。

 その結果メンチさんが味を重視して審査をする方向に切り替えたのだ。今の彼女から合格をもらうのは私も無理だろうね。やっぱり彼は私の思った通り足りていなかったようだ。

 ましてや他の受験生は料理の経験なんか碌に無い素人ばかり。結果は当然、惨敗。

 

 そんなメンチさんをブハラさんが宥めようとするも怒鳴り返されて効果はまるでなし。

 形だけがわかった受験生は握り加減とか形とかまるで考慮せずに寿司っぽいものをメンチさんに持っていく。中には見た目だけで不味そうな、米の潰れたものも。

 そんなものが美味しいわけもなく、頑張って美味しく握ったであろうものでさえ今のメンチさんからは合格が出ない。出るのはダメ出しのみである。

 しかしダメ出しが出たからといって、既に並んでいる人たちはメンチさんの体格の細さから食も細いだろうと推測したのか、作りなおさずにそのまま勝負するという愚行を全員が犯した。

 当然合格がもらえるわけもない。彼らは自分で自分の首を絞めたまま。

 試験が終わるその時が刻々と迫っていた。

 

 

 そんな状況がしばらく続き、ついにメンチさんがその箸を止めた。

 そして、あがりを飲んで、息をつき、一言。

 

「ワリ!! おなかいっぱいになっちった」

 

 後頭部に手を当て、てへーって感じがピッタリな笑顔を添えて。

 これにて二次試験が終了、結局合格者は私だけだった。

 あれ、これってもしかして早く帰れちゃう?

 あ、でもクロロから借りた本まだ読んでないや。

 

 


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