大泥棒の卵   作:あずきなこ

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12 卵を求めて谷底ダイブ

 受験生がざわめく中、それを無視しておそらく協会本部と連絡をとっているメンチさん。

 電話でのメンチさんの発言からして本部の方もこの結果には不満があるようだったが、メンチさんは結論を変えるつもりは無いようで。

 

「二次試験後半の料理審査、合格者は一人!! よ」

 

 その言葉を聞き更にざわめきが大きくなる。そのなかには誰だ、合格した野郎はとか言うのも混じっているが知らんぷりである。私は野郎ではない。

 でも勘の良い人は私が合格者であることに気づいている。そして何故か私まで睨まれる始末。

 まぁ、料理してたくせに自分で食べるだけで皆の前では一度も提出しなかったからバレるのは当然か。

 

 睨まれるだけなら、まだいい。大したことない奴らに睨まれても痛くも痒くもない、が。

 イルミさんと、ヒソカは殺気を滲ませるのをやめてはくれないだろうか。嫌か、そうか。

 こちらも全力で知らんぷりである。イルミさんは無いだろうとは思うけど、ヒソカが暴れるかもしれないのでヒヤヒヤはしているが。

 というか何で合格した私がおそらく一番冷や汗をかかにゃならんのだ。ヒソカてめぇ。

 

 とりあえずヒソカが暴れだしたら即逃げ出せるように腰をわずかに落とした時、会場に破壊音が響いた。

 見ると255番の男性がブチギレてキッチンを破壊したようだ。額に青筋を浮かべて怒り心頭なご様子。

 その男性はこんな結果は納得がいかないと不満を申し立てている。まぁそりゃ不満はあるだろうけど、でもだからと言って美食ハンターごときという発言はいただけない。

 賞金首ハンター志望だという彼はつまり私の敵ということになる。お前なんかに美食ハンターを貶してほしくない。っていうか死ね。今すぐに破壊したキッチンとそれによって床にばら撒かれたご飯に土下座した後死ね。

 いいじゃないか、美食ハンター。美味しいものを発見し世に発表してくれるだなんて、素晴らしい職業である。私からしてみれば賞金首ハンターよりもよっぽど有意義な存在である。

 

 メンチさんも気を悪くしたのか挑発的な言葉を返す。まぁ、自分が誇り持ってやってる仕事を軽んじる発言されたら怒るよね。

 試験官運がなかったってことで、また来年頑張ればぁー? と、にべもないことを言われて男性が激昂し、メンチさんに殴りかかろうとするが割って入ったブハラさんに張り飛ばされた。たーまやー……あ、違うか。

 しかしブハラさんさっきからナイスアシストだ。メンチさんは殺気が出ていたのであのままだったら殺されていただろうね。包丁も持ってるしね。

 あ、でもなんかアイツは死んでてもいいような気がしてきた。ブハラさんめ余計なことを。

 結果的に吹っ飛ばされた男性の命を救ったブハラさんに文句を言いながら、メンチさんが立ち上がり吼える。

 

「賞金首ハンター? 笑わせるわ!! たかが美食ハンターごときに一撃でのされちゃって」

 

 やはりメンチさんはさっきのヤツの言葉が相当お気に召さなかったようで、と言うよりかなり根に持っているようで。

 ハンターたるもの武芸の心得があって当然、と。まぁ、プロハンターになるのに念の習得は必須条件だしね。

 そしてメンチさんがこの試験で未知のものに挑戦する気概が知りたかった、と告げたところで上空からスピーカーを通したような声が響いた。

 

『それにしても、合格者一人はちと厳しすぎやせんか?』

 

 何だ何だと受験生が屋外へと出たので私もそれに倣い、空を見上げると、そこには飛行船。しかもハンター協会のマークが入っていて、受験生の誰かが審査委員会と叫んだことからなんか偉い人が乗っていそうだ。

 飛行船に注目が集まる中、誰かがそこから降りてきた、いや、落ちてきたとも言えるような高度だけど。パラシュートも何も付けずに落下してくる。

 馬鹿でかい音と共に降りてきたのは、老人。しかも高下駄まで履いているのに、難なく着地してみせた。

 

 メンチさんが老人をハンター協会の最高責任者のネテロ会長であると紹介した。なるほど、この人が。

 態々目立つ登場をして、さらに高所からの落下というパフォーマンスまで見せたネテロ会長にはお茶目な部分があるようだが。

 纏うオーラは滝のような怒涛の迫力がありながらも、湖のように静かで穏やか。所作の一つ一つはまるで隙だらけではあるが、その潜在能力は計り知れない。

 これが、ハンター協会会長。

 間近で見るのは初めてだけど、この人と敵として対峙することがないように祈ろう。今の私では勝ち目がほとんど見えない。

 

 ネテロ会長がメンチさん胸をガン見しながらも審査が不十分であることを指摘し、それをメンチさんが認め、審査を降りるという彼女に会長が代替案として再試験を行うのでその際実演をしてもらう、といったことを提案したので二次試験は再試験という運びになった。

 ちっ、余計なことを。せっかく早く帰れると思ったのになぁ。

 メンチさんは、その再試験の課題としてゆで卵を提案し、私たちは場所を移すことになった。

 まぁ、再試験だろうともう一度合格すればいいだけの話だ。いや、そもそも私の合格も取り消されているんだろうか?

 

 

 

 再試験の会場としてメンチさんが指定した山へと私たちは飛行船で移動した。

 その山は丁度真ん中の辺りで2つに割れており崖のような感じになってる。これはかなり深そうだ。

 

「安心して、下は深ーい河よ。流れが早いから落ちたら数10km先の海までノンストップだけど」

 

 軽い調子で告げるメンチさん。いや、こんだけ深ければ普通の人なら着水の衝撃だけで死ねるような気がするんですけどね。

 戦慄している受験生には目もくれず靴を脱ぎ、それじゃお先に、とこれまた軽い調子で谷底に落ちていくメンチさん。

 ゆで卵が課題らしいけど、こんな場所にあるのか。美味しいのかな。食べてみたいな。

 卵って言うと私の能力の一つでもあるし、俄然食べてみたくなるのだ。

 

「マフタツ山に生息するクモワシ、その卵を取りに行ったのじゃよ」

 

 なんであのアマいきなり投身自殺してんだ、と驚いていた受験生たちにネテロ会長が彼女の行動の意味を説明する。

 続けてこの試験の概要を説明する会長。なるほど、まぁ要するにダイブして卵取って生還してくればいいわけね、なんだ簡単じゃん。

 

 大して時間も掛けずに、余裕綽々でメンチさんが卵をその手に無事生還し、さぁやってご覧なさいということで試験が始まった。

 身体能力に自信のあるものは我先にと飛び込んでいく中、恐怖に駆られたものは踏み出せないでいる。

 まぁ、行く前にビビッてるんじゃ思うように身体が動かせなくて掴み損ねがあるかもしれない。一瞬でも躊躇った彼らはここでリタイアしたほうが身のためだろうね。

 よっし、それじゃー私も行きますかー、と意気揚々と歩き出した私の脊中にストップがかけられた。

 

「あ、88番。アンタはさっきの試験一応合格だから別に参加しなくてもいいわよ」

 

 告げたのはメンチさん。どうやら私のさっきの合格は取り消しにはなっておらず、この試験には別に参加しなくてもいいらしい。

 その事実に、私に羨ましそうな視線が集まる。ラッキーだなアイツ、とか思ってるんだろうか。残念でした、どっちにしろ私は合格ですぅ。

 おい、合格者はテメーだったのかよクソアマうぜぇマジで死ね、とか言ったやつ前にでろ、こっから落としてやるぞコノヤロウお前が死ね。

 後メンチさん、一応はやめて、一応は。軽く傷つくんで。

 しかしこの状況で止められるのは少し困る。なので、自由意志で参加する程度のことは認められないだろうかとメンチさんに聞いてみる。

 

「え、じゃあ試験とは関係なしに行ってきていいですかね? 食べてみたいし、いいネタになりそうなんですけど」

 

 既に合格が決まっているのはまぁいいとして、勝手に行くのくらいは許可してくれないかな。

 他の奴らが美味しそうに卵を頬張っている中、私だけがポツネンと佇んでいるのは嫌だ。私も食いたい。

 

「そりゃまぁ、行くのは自由だからいいけど……ネタ?」

 

 やたっ、お許しが出た。

 クモワシ、クモ。なんだか親近感が湧くようなそうでもないような、まぁとにかく食べてみたいのだ。卵好きだし。

 崖っぷちに立ち、携帯で谷底の写メを撮る。メールに画像を添付し、本文を逝ってきますにして楓と椎菜に送信。さっきまで森に居たのに突然崖に移動していて二重の意味で驚くであろう。

 反応が楽しみである、ふふふ。

 

 崖からピョンッと飛び降り卵を目指す。卵を取るにあたって、まずは手近な糸に捕まる必要がある。

 難なく近くの糸に捕まり、卵を取るために体を入れ替えて足で支えて宙ぶらりんの体制に。

 卵をとったらその姿勢のまま谷底を流れる川を背景に卵を掲げて写メを撮る。本文はうわああああああああ! にして送信しよう。彼女たちからすればいきなり崖にいて、そのメールに返信する間もなく見た感じいきなり死にかけているのだ、私は。メール打ててる時点で随分と余裕あるけど、そこに気づくだろうか。

 マジで反応が楽しみである、ふふふふふ。

 

 ひょいひょいと崖を登って頂上へ戻り、沸騰したお湯が入っている大釜のなかに卵を入れて待つ。

 待っている間に携帯が震えた。

 どうやら電話のようだ。楓から。

 というか先刻から普通にメールとかしてるけどよく電波あるよね、どうなってんだろうこの携帯。シャルさんすげぇっす。

 出ようとして、ふと思いとどまる。面白そうだしちょっと焦らしてみようか。

 

 このハンター試験、どうやら既に各試験の会場は決まっているようだし、三次試験が一次試験と二次試験のように試験会場が隣接ないしは移動込みなどで繋がっている場合であっても、突発的な事態により本来の二次試験会場から離れてこの山に来たのでこの後100%飛行船での移動があるだろう。

 多分卵を食べたら直ぐに乗り込んで移動だろうし、どうせ電話をするならばまとまった時間使ってしたほうがイイ。ハンター試験一日目、募る話もあるだろうし。

 心配かけてるかもしれないし、なんかやり過ぎなような気がするけども、一応さっきの写メで余裕そうな表情はしてたし。

 うん、ここは心を鬼にしてスルーをしよう。私の娯楽のためにもうちょっと待っててね。

 

 

 そうして携帯電話の震えを無視すること数分、卵が茹で上がったらしいので、それを一口。私は目を見開いた。

 これは、うまい! 超美味しいっ!! こんな卵食べたこと無い!

 贅沢を言えば塩か何かつけて食べたかったけど、そんな事しなくてもこれは十二分に美味しい。なにこれ超濃厚。うまー。

 たかが卵とかいくら美味いって言ってもそんな大したもんじゃないでしょ、とか思っててごめんなさい、マジで。

 周りのリアクションも大体が私と同じ。声に出して賞賛する人もいる中、それを見て満足気なメンチさん。

 

「美味しいものを発見した時の喜び! 少しは味わってもらえたかしら。こちとらこれに命かけてんのよね」

 

 そう誇らしげな表情で言うメンチさん。ええ、ええ、素晴らしい職業ですとも美食ハンター。最高ですね。

 私はなる気がないけれど、もっと増えてくれればいいのに。そして私に美味しいものを食べさせておくれ。

 さっきは美食ハンターを見下していたが結局飛び込むことさえ出来なかった255番もゴンから卵を一口もらい、唖然とした表情を浮かべた。

 数秒の沈黙の後、漸く立てなおして口を開いた。

 

「……今年は完敗だ、来年また来るぜ」

 

 そう殊勝な言葉を零す255番。来年こそ頑張って合格して、立派な美食ハンターになるんだよ。

 

 

 二次試験の再試験も終わり、メンチさんが43名の合格を言い渡した。

 受験生は全員飛行船に乗り込み、そのまま三次試験会場へと向かうことになった。不合格者はそのあとでどこかに降ろすんだろう。

 合格者は乗り込んですぐに飛行船の一室へと集められ改めてネテロ会長の挨拶を聞かされている。

 そろそろ電話に出たいので早く終わらせて欲しい。

 

「残った43名の諸君に改めてあいさつしとこうかの。ワシが今回のハンター試験審査委員会代表責任者のネテロである」

 

 その後簡単なあいさつで済んだがどうやらネテロ会長はこの後も同行するらしい。仕事とか大丈夫なんだろうか。

 会長の挨拶の後に豆の人が明日の朝8時に到着予定であると告げ、それまでは自由に過ごしていていいらしく、私たちは解散となった。

 

 最初の方は時間をおいて掛けられていた電話も、私が全く出ないので間隔がほとんどなくなっている。

 今も留守電に繋がった瞬間に切って、再度掛け直されている。これは大分心配させてしまったようだ。予想外です、すまぬ。

 取り敢えずこの移動時間は特にするべきことはないようだし電話にでることにしよう。これ以上待たせるのはさすがにマズイ。いや今も十分にマズイ気もするけどね。

 

 しかし心配をかけてしまっているだろうに、それが嬉しく感じられるのは不謹慎かな。

 少し笑って、電話に出る。

 第一声は何にしようか。


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