「うらめしやー?」
『やっと出たなこのお馬鹿!! うらめしやじゃないってのもぉーっ!』
全く恨めしさのこもっていない私の声にかぶせるように放たれた金切り声。
その正体は、マジで心配したんだからね!? と電話に出たとたん私に怒鳴る楓の声。あまりの声の大きさに思わず電話を顔から離す。
少し涙声にもなっているようだし、やはりもっと早く電話に出てあげるべきだったか。なんか一回スルーしたあとなかなか出るタイミングがなかったんだよなぁ。
電話を顔から遠ざけたまま嵐が過ぎるのを待っていると、電話口からドタバタと慌ただしい声や音が聞こえ、続いて雑音が多くなる。スピーカーフォンに切り替えたようだ。
もういいかなと再び電話を顔に寄せた私の耳に届いた声は、先ほどの楓のものと比較して随分と落ち着いた椎菜の声だった。
『あ、よかった芽衣、やっと繋がったね。楓ったらすんごいパニクっちゃっててね、メール送れる余裕もあるんだし大丈夫って言っても聞かなくてさ。大変だったよーもう少し早く電話出てよね』
焦らすのはいいけど、となんだか私のせいで余計な面倒をかけてしまったようでごめんよ椎菜。ただ彼女は私の余裕っぷりには気づいていたようだ。
まぁこれも私の一時の判断ミスが招いてしまったことだし、おみやげを奮発して許してもらおう。ハンター試験っぽいおみやげが何なのか未だに不明なままだけれど。
一先ずは一言謝って、現状を伝える。電話口から漏れ聞こえる騒音を無視したまま。
「ごめんごめん、一応試験とかエライ人の挨拶とかあってさ、まとまった時間やっと取れたんだ。今二次試験まで終わって三次試験は明日なんだ。今は飛行船で移動中」
『そうなんだ? なんか大した怪我もなくあっさり通過してるみたいだけど、芽衣ってもしかして結構凄い?』
「うんうん、実はワタクシ凄いのです。ところで二人とももう夜なのに一緒にいるんだね、もしかしてお泊り?」
『楓の家でね、一応勉強しようってことで来たんだけど。ホントはハンター試験が今日だからさ、何かあったらって思って連絡取りやすいように今日は一緒にいることにしたんだ』
なるほど、随分と気にかけてくれていたようで、自然と口元が綻んでしまう。
あたしを無視するなー! と何やらさっきから喚いている楓もなんだか愛おしい。反応はしてあげないけどなっ。
楓が心配性だって言うのは知っていたけどここまでとは思わなかったし、大して椎菜は普段通り落ち着いている。
これがわかってだけでも焦らしの意味はあっただろうね。逆だったほうが面白かったかもしれないけど。
それにしても、ごっつい野郎共に囲まれていたからか彼女たちとの会話がいつも以上にありがたいものに思える。
この二人は殺伐とした世界にどっぷり浸かってる私にとっての清涼剤だ。
私はいい友達を持った。
「そっかー、なんか気ぃ使わせちゃってごめんね?」
『いいよいいいよ、こっちもおかげで結構盛り上がってたから。ね、楓』
『まーねー。樹海とかブタとか面白かったね。崖のやつも今思えば迫力満点だしねー』
喚いていた楓もスルーされているうちに落ち着きを取り戻したようで、漸く会話に加わってきた。
私の写メとかが喜ばれてるのはまあいいんだけど、勉強の方はちゃんとしたんだろうか。あと樹海じゃなく湿原ね、一応。
取り敢えずもう一度私のことは他言無用で写真も厳重管理と伝えたら、抜かりないと返された。ならばよし。
『そだ、いま時間あるんでしょ?試験の事詳しく聞かせてよー』
『あ、それ私も興味あるなぁ』
好奇心旺盛な楓の言葉に椎菜が賛成する。
まぁこうなるのは予想通りだ。写真を要求するぐらいだから当然興味津々なのだろう。
どうせ今日はあとは寝るだけだし、バッテリーも十分。この辺は人も来ないだろうし長電話の準備はバッチリだ。
「いいよー。じゃあ何から話そうかな――――」
『――――でさー、アタシその時言ってやったわけよ! アタシのほうがナウいわってね!』
「いやその言葉自体がナウくないわ」
『ウッソ、だって学校なうーとか最近流行ってんじゃん!?』
『楓、それとは用法が全然違うからね』
「やばいよ楓、あんた相当恥ずかしい人だったよその時」
『マジか……チョベリバ……』
落ち込みつつも楓が言ったその言葉自体がまたもやかなり古いものである。ちょっとホワイトキックするレベルのものである。
試験の話は彼女たちには大変好評だったようで、かなり盛り上がった。地下通路のマラソンは特に何も起きなかったので大体が湿原から崖までの話だったけれど。
そして試験の話は終わったが、その盛り上がりのまま私たちは雑談に興じていた。本題の試験の話が終わったのはもう随分と前のことだ。
ところで何で楓はさっきから一昔前の言葉を使うんだろう、何かに影響されでもしたのか。
一頻り楓の失態を本人含め皆で笑い、それが収まってきたところで椎菜が声を上げた。
『いっけない、もうこんな時間だよ』
『ゲッ、もう日付変わってんじゃん! こっちはまだ冬休みだけど芽衣は明日も試験あるんでしょ、時間大丈夫なのー?』
「このぐらいの時間なら全然平気。あ、でもまだシャワー浴びてなかったわ」
言われて時計を見ると本当に日付が変わっていた。気づかないうちにちょっと長電話しすぎてしまったようだ。
この飛行船、ハンター協会本部のものということもあって内部の設備も整っている。
ここに来る前にはシャワールームらしきものも見たし、寝る前に浴びてさっぱりしたい。
汗とかはかいてないけど、カビ臭いのとか泥臭いのが身体や服に移ってるような気がしてちょっと不快なのだ。
……私、臭くないよね?
『じゃー今日は終わりにしますかぁ。明日も頑張んなさいよー』
「あんがと楓。電話はまたタイミングがあったらするね」
『私も応援してるから頑張ってね。それじゃ、おやすみ』
「うん、それとメールはちょくちょくするね。おやすみ」
『メリーさんになんないようにしなさいよね、おやすみー』
就寝のあいさつをして電話を切る。うん、明日も頑張ろう。試験自体は頑張ることそんな無いと思うから、主に彼女たちに送る写真のネタ探しを、だ。
それと楓、二度目になるが私は元からメリーさんだ。
まぁそれについては試験終了後に打ち明けることだし、とそのまま携帯をしまい、シャワーをあびるために私はその場を離れ目をつけておいたシャワールームへと向かった。
たどり着いたバスルームは男女のスペースが分かれており、狭い個室で浴びるような形になっていた。男性側は人数が多いから混みそうだ。
私以外に人気のない女性用のシャワールームでシャワーを浴びていると、離れた場所で一瞬大きく殺気が膨れ上がり、またすぐに収まった。
何事かと思い”円”を広げて様子を探ってみると、殺気を感知した方向に居たのは手を血で染めたキルアと、仏さんが2つ。鋭利な刃物でバラバラに切り裂かれたようなそれは、どうやら彼が殺したらしい。
興味を失い、”円”を解く。家出をしたからといっても彼は生粋の殺し屋、今更一人二人殺したところで別に気にすることでもない。
私に関係ないところで関係ない人が何人死のうがどうでもいい。だって関係ないから。
せいぜい死んだ二人が二次試験通過者だったらちょっとラッキー、乗り合わせただけの脱落者が不幸な目にあっただけならドンマイ程度のものである。
シャワーを浴びてさっぱりしたので受験生用に用意されていた毛布にくるまり眠る。
そういえば借りた本まだ一度も読んでないなぁと思い至ったけど、どうせ明日からもまだまだ時間あるだろうから別にいいよね、クロロ。
そう結論づけ、テキトウに本の主に謝ってから私は目を閉じた。
翌朝。到着予定時間より少し早い時間に目を覚ました私が朝の支度を終えてボーっとしていると、到着のアナウンスがあり、その数分後に飛行船が到着したのは高い円柱状の塔のてっぺんだった。
随分と大きいもののようだが、周囲には何もない。まさかこのためだけに作ったわけじゃないだろうな。二次試験の会場になった巨大キッチンは試験のためだけのものだっただろうし。だってあんな場所にキッチンがあるのは不自然過ぎる。
ハンター協会の予算の無駄遣いについて思考を巡らせていると、豆の人が説明を開始した。
「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります」
既に呼称があるということは元々あったものなのだろうか。いや、それはどうでもいいとして、この塔は名前からしてなんか仕掛けが多そうだ。
この塔が三次試験会場、通過条件は72時間以内に生きて下まで降りることであると豆の人が続けて言った。ぶっちゃけ風の音が大きくて聞き取りにくい。
その後受験生のみを残し飛行船は飛び去っていった。会長も乗ってたし、不合格者を適当な場所で下ろしたらまた戻ってくるだろう。
軽く周囲を見渡すと、私の他に40人。
どうやら昨日死んだのは合格組だったらしい。キルアナイスだ。
全員が状況を確認する。この屋上には特に何もなく、また塔の側面はただの壁だ。窓の一つもありはしない。
どうすんだよこれ、と数人が顔を見合わせる中、一流のロッククライマーなら降りられると豪語する男が壁を伝って降りていった。
だけどその男もどこからともなく飛んできた怪鳥……、……怪鳥? ……なんか変なのに食べられて死んだ。何あれキモイ。
あんなものの餌になるだなんて死んでも死にきれないだろう。私だったら絶対に嫌だ。
何はともあれああやって壁伝いに降りていくことさえも通常であれば不可能であることが証明された。
それにしても一次試験のサルといい三次試験の今のオッサンといい、身体張って危険を伝えるのが流行っているんだろうか。
あの鳥っぽいものを写メで撮って送ったら両名からグロい物送るな、気持ち悪い! と怒られてしまった。ですよねー。
男の方は大分食われてたからよくわからなかったろうし、鳥っぽいものを見た感想がこれだ。
気持ち悪いとは思ったけど、でもなんだか私だけが損した気分になったからちょっとおすそ分けしただけなのに。分け合いの精神って大事だと思うんだ。
メールで送信して用済みになった鳥っぽい奴の写真を消す。お前は私の携帯の中に残ることさえ許さん。
塔の端っこに立って下を見下ろす。おそらく今のように外壁を伝えばああいう手合いがやってきて攻撃されるんだろうね。
私なら念弾飛ばして対処できるし、ナイフに”周”をして壁に刺して減速しながら落下すればさっさとクリアできるだろうけど、風に煽られて壁から離されたらちょっと笑えないことになるからやめておこう。念能力を使えばその状態からも復帰できるけど、試験中に使いたくないから外壁ルートは無しだ。
この屋上も一見何もないように見えるけど塔の内部に通じる道が必ずあるはずだし、態々ショートカットはしなくてもいいだろう。
見れば数人程だけれど減っているようだ。既に何人かは何らかの手段で塔の内部へ降りているらしい。
細工があるとしたらまず間違い無く床だ。塔の内部へと侵入するべく歩きまわっていると、ある石床を踏んだ時に足音が変化した。床がなんだか不安定になっている。
気になったので手で押してみると、一枚の石床の一端が下がり一端が上がっている。どうやらどんでん返しの扉のようになっているようだった。
よしよし、扉発見。早速内部に降りよう。スタートは順調だ。
石床の一端に身体を乗せると、ガタンと音がして床が回転し、私はそのまま屋内への侵入を果たした。おそらく私が今使った扉は同じ道を辿らせないためにロックされ、受験生はまた別のものを見つけ出さないといけなくなる。
内部に降りるとそこは明るく、広い長方形の部屋の中だった。
台座に乗った◯×ボタン付きの腕時計型タイマーと、その上に説明書きのようなもの、後スピーカー。扉らしきものは閉まっている。
ひと通りの確認を終えると、スピーカーから声が聞こえてきた。
『この塔には幾通りものルートがあり、クリア条件も異なる。ここは多数決の道だ』
その声は多数決の道らしいこのルートの説明をしてくれている。互いの協力が必要不可欠な難コース、か。
そのアナウンスを聞き、説明書きを読んで、肩を落とした。
ここは多数決の道ということで覚悟はしていたが、どうやら5人で進むらしい。せめて3人くらいがよかった。
なんだかめんどくさそうだ。取り敢えず足手まといが来ませんように。