晴れやかな笑みとともに戻った私を出迎えた4人は、その顔を苦痛そうに歪めていた。
なんで勝ったのはこちらだというのにそんな表情をしているんだろうか。あれか、思春期特有の歓びを素直に表情に出せないあれなのか。
若さ故の照れ隠しなのかとちょっと思ったものの、見ると全員が股間を手で抑えてる。おいおい、人の試合中に何催してんのコイツら。
失礼な彼らの態度に笑みを消して不服な顔をした私に、レオリオが表情そのままに弁明したので疑問は解決した。
「いや、お前……エグいことすんなぁ。見てるこっちが竦み上がっちまった」
つまりアイツの大事な大事な男の宝玉を私が潰したから、皆もなんか肝が冷えたとかそんな感じなのか。私にはよくわからないけれど。
一応確認として見回したけど、全員が首肯したので他の人もそういうことなのだろう。
勝ったのに全く祝福もしてもらえなかったことはちょっと納得いかないけど、そういう事ならまぁいい。
キルアさえも何も言ってくれないのは、多分皆と同じ理由でちょっと引いてるからと、それと私達の”念”に圧されたからか。戦闘で言えばあの程度ならキルアでも余裕でできることだし。
私から妙なプレッシャーを感じることは既に承知なはずだが、それでもこの反応なのは敵意満々だったヌルデのオーラの影響が強いのだろう。
しかしその発生源は再起不能になり、その影響も時間により薄れてきたので、彼がいち早く立ち直ってテキトウなお祝いを寄越した。まだ股間を押さえて嫌な顔をしたままではあるが。似たような感じで他の皆もそれに倣ったが、手を股間に置きながら言われても何だか微妙な心境である。
現在、2対0で勝敗数ではこちらの圧倒的優勢。
さらにおそらくそれなりの知名度の犯罪者がどちらもあっさりと、片方は心臓を奪われ、もう片方は男として大事なものを奪われる結果となったため残りのメンバーはかなりビビっている。
さっきまで顔を晒していた傷の男も脱ぎ捨てたフードを拾って顔を隠してしまった。いやいやそんなにビビらなくても。
そして残りの3人は次に戦う人間を選ぶことで揉めている。そんなに嫌がらなくても。
こっちも受験生としては反則級の実力持ってるのは今の二人で終わりなのだけれど、それを伝える気はない。見ててなんか面白い。
とりあえず、先ほど派手にぶちのめした効果も出ているようなので何よりである。完全に萎縮している。
ここから私たちが3連敗してしまうような事態にはまずならないだろう。
「えと……次、誰が行く?」
ゴンが苦笑いを浮かべながらそう聞く。その表情があちら側の悲惨な感じに対してなのか、それともさっきのがまだ尾を引いているのか。
なんにせよ、流れも勢いもこちらのもので、誰が出ようが次で勝てそうではある。
「……そうだな、私が出るとしよう。無いとは思うが、もしもの時は頼むぞ、二人とも」
かぶりを振って気を取り直し、まっすぐに試練官を見据えてクラピカが次の勝負への参加を申し出た。どうやら完全に立ち直ったようだ。
彼ならば戦闘以外の勝負を提案されても安定して高い実力を発揮できそうだから安心である。
「わかったよ、頑張ってねクラピカ」
「任せたぜ。その、なんだ。普通に勝ってこいよ?」
「無論、そのつもりだ」
素直に任せて応援するゴンと、その後に余計な言葉を付け足すレオリオに頷くクラピカ。
普通って何さ、普通って。私の勝ちが普通じゃないとでも言うのだろうか。そりゃキルアはそもそも戦いにさえなっておらずに一撃で殺しちゃったけど。
私は一応戦いっぽかったし、変なことといえば試合終了後の追い打ちぐらいしかしてないはず……って、それか。
いやでもあれはヌルデが悪いよ、最初に調子こいてギブなしとか言っておきながら追い詰められてルール変更って、あれはイラつくと思うんだ。
しかし普通に勝つ、というのは勝ち点が入るまでを意味するはずなので、勝ったあとに追い打ちをした私も一応は普通に勝ったことになるはず……いや、どうでもいいか。
こちらはあっさりと次の出場者が決まり、やや遅れて向こうも次に出てくる相手は決まったようだ。でもなんやかんやなすりつけ合いがあって、しかも他の二人に背中をグイグイ押されてるからものすごく格好悪い。
クラピカは見た感じ優男なんだから何もそこまで……いや、前の対戦者は少年と少女だったか。じゃあ青年はどんなもんなんだってなるのもわからなくないけどさぁ。
もう彼らにとっては私たちと戦うことは罰ゲームみたいなもんなんだろうね。失礼な連中ですこと。
堂々とリング中央へ歩み寄ったクラピカと、途中で漸くとぼとぼした感じから普通の歩き方に変わった試練官の両者がリング上で対峙して、それから相手が手錠を外されフードを取った。
フードの下から出てきたそれを見てレオリオが眉をひそめて一言。
「げ。すげぇ体……と顔」
体は筋肉ムキムキで血管の浮き出たマッチョマン、左胸にハートの刺青が19個。
まぁ体はああ見えて実際は大したこと無い。見た目だけの、ただ肥大化した筋肉。
顔は、何があったんだ彼に。なんかもう言葉では表せない惨状になってしまっている。
しかし今度はクラピカもレオリオも特に反応しない。つまりさっきの二人よりは名の知れていない大したことないヤツということ。
「今までに19人殺したが……19って数字はキリが悪くてイライラしてたんだ、嬉しいぜ」
くつくつ笑いながら男が言う。が、冷や汗をかいているので如何せん格好がつかない。顔色が悪いのは元からなのか、それともこの状況のせいか。
レオリオがそれを聞いて今度は連続殺人犯か、と言ったが、あーそうなんだへぇー、またこの手の相手なんだー、って感じにどうでもよさそうな顔をしている。手で胸元の番号札を弄りながらだし。
無理もない。さっきから超凶悪な犯罪者だったらしい奴らは尽く惨敗している。もうこれ以上のリアクションのしようがない。むしろ律儀にリアクションしたレオリオに感謝して欲しいくらいである。
顔のインパクトはなかなかだったが、先の二人と比較すると殺した数が19人ではそれに欠け、故にクラピカも相手の発言を受けても動じた様子もない。
「オレは命のやり取りじゃなきゃ興奮できねぇ、ハンパな勝負は受けねぇぜ。血を!! 臓物を!! 苦痛を!!」
不動のクラピカに気圧されながらも、そう若干声を震わせながらも啖呵を切る顔のヤバい人。デスマッチを申し込んだ人がどうなったかもう忘れたのだろうかこの人は。
私からすれば、いや誰が見てもビビッてるのはモロバレだし、人を殺す度胸もなさそうだ。キルアも当然気づいているし、もしかしたらクラピカも。
ハッタリかましてクラピカが辞退するのを狙っているのだろうか。
多分そんな感じだろうね、クラピカは今のを聞いても欠片も動揺してないし、それを見て更に焦っているようで挙動が更に不自然になってきた。
「……と、言いたいところだがオレも鬼じゃねぇからな、ギブアップは有りにしておいてやる。それと気絶も、だ」
顔を強張らせてそう付け足す顔のヤバい人。声にも先ほどまでの勢いがどこにもない。何でそこでヘタレてんだよ。
こちらサイドはもう呆れ顔である。キルアに至っては欠伸をして目を閉じてしまった。寝んな馬鹿。
だがヘタれておきながらまだ安心できないのか、さらなる条件を追加してきた。
「それと武器の使用は禁止で、純粋な殴り合いで勝負だ! こっちは凶器の類がないんだからな」
そう言って武器の使用まで禁止した顔のヤバい人。ちょっとビビり過ぎである。
クラピカは軽く了承し、服の中から武器をポイポイ取り出し始めた。そう、本当にポイポイと。どんどん出てくる。
って、おい、クラピカ昨日ブハラさんに食ったブタの体積がブハラさんの体積より大きいとか何とか悩んでたけど、キミだって大概じゃないか。そんなに入れてたらもっと服が膨らんでなきゃおかしいでしょーが。
「おいおい大丈夫かよアイツ。なんか顔色悪いけどよぉ。相当頭がやばそうな相手だぜ」
レオリオが心配そうに言うが、もちろん心配なのは相手の話であってクラピカではない。その証拠にさっきから顔に緊張感がない。
もう引っ込みがつかなくなってきているのだろう。なんか可哀想になってきた。
頭がやばそうと言ったのは、威圧しておきながらもすぐにヘタレるという阿呆なことをして、ただ単に醜態を晒していることについてだ。
呆れ顔の私たちに気づくこともない彼は、見ていてちょっと居た堪れない。
「いいんだな? 後悔しても遅いからな? 今降参するなら許してやらんでもないんだぞ!?」
顔のヤバい人はなんか必死に降参しろと言ってきている。もうダルイからお前降参しろ、と思うのは私だけではないはずだ。
クラピカはそれにも反応しない。アレだけビビっている相手に降参する人間なんてもちろん居ない。
やがて顔のヤバい人ではなく、どこかで見ている試験官が痺れを切らして開始の合図をした。
それにわずかに逡巡した後、意を決したようにクラピカに接近する顔のヤバい人。
どうやら戦う決心がついたようだけど、別にそのまま降参してくれても良かったのに。
「ひゃおっ!!」
数歩近づいた時点で大きく跳躍し、上空からの落下の勢いを伴って拳をクラピカ目掛けて叩きつける顔がヤバい人。
クラピカはそれをバックステップで避けたが床が砕かれる。あの男のパンチにそんな威力があるようには思えないし、音に違和感があったので拳の中になにか仕込んでいたんだろう。
跳躍した段階では、ぼんやりとそれを眺めておぉ~と気の抜けた声を出していたレオリオもその光景には目を剥き、アイツ実は結構ヤバいんじゃないかと思い始めているようだけれど、安心していいよ、そんな事はないから。
と、拳を地面から引き抜く時に不自然に向けられた背中。 正直そんな事をしたら隙だらけだからクラピカの追撃のチャンスかと思ったが、彼は固まっている。そしてレオリオも。
向けられたその背中、なんとそこに、蜘蛛の刺青が。
更にその足は12本ある。12本足の蜘蛛の刺青は、幻影旅団の団員の証である。
……証である、のだが、しかしなんか違う。あれはなんか凄くパチモン臭い感じだ。
本物はお腹がもっとふっくらしているし、足もすごい違和感。何よりも団員番号が存在しない。もう清々しいまでに偽物である。
ハッタリかますならもう少し似せる努力をしてくれないだろうか。何だか旅団を侮辱されているようで凄くむかつく。
しかしレオリオはそう取らなかったようだ。アレが旅団員の証であることを説明し、直接クラピカにも聞いたから確実、とまで言ってのけた。
なぜクラピカから聞いた情報だからといって確実といえるのだろう。もしかしてクラピカは旅団と何らかの因縁でもあるのだろうか。
まぁいろんなところで恨み買ってそうだからなぁ、その内の一人だろうとそれっぽい予想で納得したところで、刺青を晒したことにより良い気になったのか、顔のヤバい人が笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり振り返った。。
「くくくどうした? 声も出ないか? オレ様は旅団四天王の一人、マジタニ。一発目は挨拶がわりだ。負けを認めるならば今だぜ」
さらにもう一度降参を進める顔のヤバいマジタニ。旅団四天王って、四天王って。
もう私は怒りを通り越して笑いをこらえるので必死である。12本足の内4本が四天王って、つまり組織の3分の1が四天王という重要ポストについているということか。なにそれ超ウケル。ハッタリかますならせいぜい団長の右腕程度にしておけよと思う。
しかし笑いに抗う私とは違った意味でクラピカの様子がおかしい。ふつふつと沸き立つ、殺気。そして、呼応するように戦闘能力が跳ね上がっているように思える。
先程までとは明らかに違う、強者のオーラ。それを肌で感じとり、自然と私の頬の筋肉も落ち着く。
圧倒するようなオーラに押されて顔のヤバいマジタニの言葉が止まる。クラピカの背中がどす黒いオーラを纏っている。
あれは、憤怒、怨嗟、その他諸々の負の激情。
「ひ、な、なんだお前!?」
それに怯え、後ずさる顔のヤバいマジタニ。
しかしクラピカがその距離を瞬時に零にし、片手で顔を掴み巨体を持ち上げる。もう片方の手は固く握り締められている。
その様子から、やはり身体能力が上がっているようだ。
「わっ、たっ、待て!! 許して! オレの負……」
顔がさらにヤバくなったマジタニの懇願をクラピカが聞き届けることはなく、そのまま振り下ろした拳で地面に叩きつけた。
その衝撃で地面を砕き、倒れ、痙攣するだけとなった顔が悲惨な事になったマジタニに、聞こえていないだろうがクラピカが語りかける。
その声からは、抑えようにも抑え切れない、煮えたぎる怒りが滲んでいる。
「3つ、忠告しよう。1つ、本当の旅団の証には蜘蛛の中に団員ナンバーが刻まれている。2つ、奴らは殺した人間の数なんかいちいち数えない」
彼の言ってることは真実だ。
確かに本物の旅団員は蜘蛛の中にナンバーが刻まれているし、殺した人間の数には誰も興味が無い。
しかし、なぜ彼がそのことを。
「3つ、2度と旅団の名を語らぬことだ。さもないと私がお前を殺す」
私のその疑問は、彼自身の言葉によって解消された。いや、先ほどの予想が確信に変わっただけだ。
蜘蛛の刺青を見せつけられて膨れ上がった殺気、そして蜘蛛の情報と、偽物と知りつつ抑えきれぬ激情。
彼は、間違いなく復讐者だ。
こちらを振り向き、戻ってくる時に僅かに見えた彼の瞳は、鮮やかな緋色。
彼の瞳は茶色だったはず。変わったのだ、今。
瞳が緋色になる民族を、私は知っている。それが蜘蛛によって滅ぼされたことも。
彼は、蜘蛛に滅ぼされたクルタ族、その生き残りなのだ。
「大丈夫かクラピカ、つーかお前に近づいても平気か?」
息をついて気持ちを落ち着かせてから戻ってきたクラピカに、そう問いかけるレオリオ。それに問題ないと返す彼の瞳はまた茶色に戻っている。
先ほどまで憤怒に染まっていた表情も今は普段と変わりない。
ちょっと引きながらもレオリオとゴンが勝利を賞賛し、私も一応それに倣う。
一目で大した使い手でないことはわかっていたんだが、と語りだすクラピカ。
「あの刺青も理性では偽物とわかっていた。しかしあの蜘蛛を見たとたん目の前が真っ赤になって……というか実は、普通の蜘蛛を見かけただけでも逆上して性格が変わってしまうんだ」
それは怒りが自分の中で失われていないということで、喜ぶべきかもしれない、と言いながら膝を抱えてどんよりと落ち込む。
それを見る私の表情は、ちゃんと普段通りだろうか。
そして私達側に3勝目が決定して通路が伸びて、顔に傷のある男から先に進むように言われた。
顔が悲惨な事になった可哀想なマジタニは気絶したのか。気絶してないように見えるけど、戦意もなさそうだし試験官ももういいやと思ったみたいだ。
キルアは残りの人達に遊ばないかと声をかけていたが、勘弁してくれと言われていた。そりゃそうだ。
リングを通り先へと進む私たち、その中で未だに沈んでいるクラピカにちらりと視線を向ける。
彼の垣間見せた幻影旅団への昏い情念。そして瞳が緋色になり跳ね上がった能力。
肉体的にはまだまだであるが基礎的な部分はできていて、爆発的に伸びる恐れあり。
更に念に対しても才覚を発揮するであろう、緋色の復讐者。
それらすべてを踏まえて、私の勘が告げている。
コイツ、危険だ。