大泥棒の卵   作:あずきなこ

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17 意外に親切設計

 見事に3連勝を果たし、フードをすっぽりかぶった傷の男が示した道は彼のいる後ろの通路。

 歩いてくる私たちに対し、壁にベッタリと張り付いて道を譲る残りの残りの囚人二人。もう勝負終わってるんだからそんなに距離取ろうとしなくてもいいんじゃないだろうか。別に攻撃したりしないのに。

 憐れみながらもその二人を通りぬけ奥に進むと、少しひしゃげた鉄格子に塞がれた通路と、その下で伸びているヌルデ。

 どうやらヌルデはここまで飛んできてこの鉄格子にぶつかったらしい。手足には私がやった以上の怪我はないようだから、体でぶつかったようだ。多分肋骨とか折れてるかもしれないけど、まぁ左腕は無事なんだしいいよね。

 ちなみに通る時にキルアがおもいっきり顔を踏んでいた。せっかく顔は無事だったのに鼻の骨が折れてしまったようだけどドンマイである。因果応報ってやつだよね。

 

 その後も多数決によって進む道を選択させられたり、その先でトラップに見舞われながらも順調に歩を進めていく。

 制限時間もあるので急ぎ足で進む中、レオリオが思い出したかのようにキルアに問いかけた。

 

「そういえばよ、キルア。お前何者なんだ? とんでもねー方法でジョネスを仕留めちまってたが」

「あ……そっか、二人は知らないんだね。キルアは暗殺一家のエリートなんだよ」

 

 あの連続殺人鬼を一撃のもとに仕留めた少年キルアは、たしかに一般常識の範疇を超えた存在だろう。

 その問にキルアの代わりに答えたゴンに、オウム返しに叫び驚くレオリオ。

 やはりゴンは知っていたようだ。そんな事まで打ち明けるとは、随分打ち解けているらしい。

 きっとゴンならばキルアの世界を鮮やかにすることが出来るだろう。しかしそれだけに、この試験の後に合う機会なんて無いことが少し悔やまれる。

 

「先ほどの技はどうやったんだ?」

 

 レオリオのキルアへの質問に乗っかって、今度はクラピカが問う。

 あの時のキルアは凶器を持っていなかったし、よしんば持っていたとしても心臓を抜き取るだなんて、一体どんな技を使ったのか気になるのだろう。

 その問には技って言うほどのものではなく、抜き取っただけであるとキルアは答えた。

 

「ただし、ちょっと自分の体を操作して盗み易くしたけど」

 

 そう付け加えて、キルアは自分の手を変化させた。爪も伸び、ナイフのように鋭利になっている。あれ手痛くないんだろうか、ビキビキいってるけど。

 見たことがある、というかさっきもしっかり見えていた私とは違い、これを初めて見る他の人達の表情はひきつっている。

 

「殺人鬼なんて言っても結局アマチュアじゃん。オレ一応元プロだし。親父はもっとうまく盗む。抜き取るとき相手の傷口から血が出ないからね」

 

 さらにそう言ってのけるキルア。シルバさんやっぱ怖い、心臓抜き取れるほどのサイズの傷があるはずなのに、血が出ないってどういう事だマジで。

 あれか、超高速で手を動かしたから摩擦熱で傷口の血液が凝固して止血されたのか……いや、違う気がする。駄目だサッパリわからない。

 キルアの言葉を受けて頼もしい限りであるとコメントするレオリオだが、顔は未だに強張っている。ゴンはちょっとキョトンとしているが。

 質問をしたクラピカは少し警戒をにじませている。敵に回した時のことを考えているのだろう。

 

 しかし、クラピカ。クラピカか。こいつどうしたもんだろうか。

 多数決の道だから一人殺したら先に進めなくなるかもしれないので滅多なことはできない。いや、さっきの試練官たちのところとかトラップで誰かが死亡ないしは重症で脱落する可能性もあるわけだから、強制終了の可能性は低いとも思うけれど確かではない。

 だけれども、蜘蛛への障害になりそうな可能性があるのは確か。手を出すにしても、少なくともそれは今やるべきことではない。

 取り敢えずはこのトリックタワーの攻略を最優先にするべきだ。

 

 先程は直感で危険だと感じたが、冷静になって分析すればそこまでの脅威でもないかもしれないし。

 多くの賞金首ハンターが怯えて手が出せず、一握りの賞金首ハンターでさえも蜘蛛に辿り着けるのはその中のほんの僅か、更に結局は返り討ちに合っている。そんな集団が蜘蛛だ。

 その集団相手に、彼一人でいったい如何程の事がなせるというのだろうかと、気取られないように彼を観察しながら考える。

 

 清濁併せ呑む事が出来る性格には思えないし、使えるものはなんでも使うプロの賞金首ハンターのように、裏の情報網を使っての捜索はおそらくしない。なので捜索がまず困難。

 念能力を使えば見つけられなくもないけど、顔も知らない、個人の名前も知らないで、あるのは組織の名前とその僅かな情報だけでは莫大なリスクが伴う。戦闘用の能力を修めることなどほぼ不可能。

 やろうと思えばテキトウに人間攫って、強制的に”念”を覚えさせて脅してそれを使えるようにすればいいんだけど、現実的ではないし非人道的なのでこれもおそらくしない。

 よほど彼が運に恵まれていない場合、会うことすら叶わない。よほど彼が才覚に恵まれていない場合、会えても敵わない。故に、こうやって整理して考えれば彼は脅威ではない。

 しかし、だからといって直感を無視するのも危険である。

 

 ならば殺すか、と言われれば基本的にはノーだ。復讐として蜘蛛を狙う人間なんてそれこそかなりの人数になる。そんなヤツを見つけ次第始末するなんて面倒な事この上ない。あとそんな事するとなんか小物臭い感じがする。

 さらに蜘蛛は例え相手が復讐者でも来る者拒まず、むしろかかってこんかいコンチクショウとか思っているきらいがあるので、逆に放っておくことで彼らは喜ぶだろう。

 それはクロロの、と言うよりは蜘蛛の戦闘要員の考えだけれど。バトルマニアってやっぱりよくわからないけど、そういう命のやり取りがとても楽しいらしい。私も好き勝手したいがために力をつけたけど、未だに命がけの勝負の楽しさなんてわからない。

 

 結局は、たかがの一言で片付けられてしまいそうな案件。

 たかが復讐者。今まで何人が蜘蛛に辿り着くことさえできず、また返り討ちにあってきたことか。

 たかがクルタ族。緋の目の状態で能力が上がるからなんだと言うんだ。その一族を滅ぼしたのは蜘蛛だ、恐るるに足りない。

 

 それに復讐なんて、一族のためだ、とか大層な大義を掲げてようが、結局は死者のためのものではなく、生者のためのもの。

 自分の一族を滅ぼした奴らが生きているのが不愉快だから、殺す。或いは制裁を下す。それだけだ。

 何か勘違いしている人が死者がそう言っているような気がしたとか、それが彼らの望みだとか言うけれど、死者は何も語らない。故にそれはただの思い込みで、そんな感じの理由をごちゃごちゃと並べたところで結局は自分がやりたいからやるだけで、それ以上でも以下でもない。

 復讐についてのこの考えは例え私が今後復讐者になろうとも変わらない。憎い相手がのうのうと生きているのが許せないから殺す。それが本質だ。

 そんな事したって実際はせいぜいクラピカがちょっとスッキリするくらいだ。私はそれを許すつもりはない。

 殺したいクラピカと、殺させたくない私。この本質だけを切り取れば、言わば我儘のぶつかり合いで、最終的には強い方の我儘が通る。

 クラピカが我儘で蜘蛛を殺そうとするなら、私は私の我儘でクラピカを殺すだけだ。

 私は奪う人間になったんだ。だから、もう奪われるのはたくさんだ。

 

 とはいえ、そこまでする必要があるのかどうかはやはり微妙だ。直感を信じれば殺すべきで、思考を信じれば放っておいても問題は無さそう。必要のない殺しはしない主義だから、手を汚さなくてもいいのならそれが一番なのだけれど。

 私が殺した場合、彼の背景を考えれば私と蜘蛛の関係を気づかせるきっかけとなってしまうかもしれない。そんなリスクを負う価値は果たしてあるのか。

 殺さないにしても、先程も思ったように直感は無視しない方がいい。何らかの対策はしておくべきだと思う。

 殺すか、否か。彼の運命は後で蜘蛛のコインに委ねることにしよう。

 

 そう結論づけて思考を切り上げ、最後にクラピカに視線を送る。

 彼は気づいているのだろうか、ヒロイズムで覆い隠されたエゴイズムに。

 もし気づいていないのであれば、コインの結果がどうあれ、彼に待つのは死だ。

 そして視線を前に戻したあとは、完全に試験へと意識を切り替えた。

 その後も意識的にこの事について考えないようにしたのは、ただの気まぐれだったか、それとも他の理由からだったのか、今の私には答えの出せないものであった。

 

 

 

 トリックタワーを順調に、いや順調とは言い難いけれどどんどん進んでいく私たち。時間短縮のために基本は走っての移動である。特に今は状況が状況なので割りと速い。

 しかしトリックタワーとはよく言ったものだ。電流クイズだの、迷路だの、爆発する双六だの、今後ろから迫ってきているでかい岩なんかも、ほんとに手の込んだ悪戯のようなものである。

 お陰様で服が埃とかで汚れてしまった。鬱陶しい事この上ないよまったく。

 

 しかしこのアホみたいな仕掛けの数々も楓と椎菜には好評で、割と楽しんでいらっしゃる。こっちは服が汚れて不愉快だっていうのに。

 まぁ確かに見てる分にはアトラクションみたいで面白いのかもしれないけど。

 双六に至っては二人ともちょっとやってみたいかもという返信が来たけれど、爆発するぞアレ。超危ないよ。

 ちなみに携帯片手に余裕でトラップを回避している私には、誰からも特にツッコミはなかった。せいぜいレオリオとクラピカに胡乱な目で見られたくらいで、少し寂しい。

 

 そんな仕掛けを幾つも抜け、私たちはこの多数決の道の最後の分岐点とやらに到着した。扉が2つに、その間に女性の像が埋まっている。準備ができているかという問に全員が◯を押す。

 こうやってちょいちょい要らない選択を迫ってくるのも結構鬱陶しい。レオリオなんかは目に見えてイライラしているし、他の皆も態度にこそ出ないものの若干のフラストレーションは溜まっているだろう。

 ◯の横に5の文字が表示されると像の口が動き、2つの扉についての説明を始めた。

 

『5人でいけるが長く困難な道……、3人しか行けないが短く簡単な道。ちなみに長く困難な道はどんなに早くても攻略に45時間はかかります。短く簡単な道はおよそ3分ほどでゴールに着きます』

 

 長く困難な道を選ぶなら◯、短く簡単な道なら×。

 ×なら壁にある手錠に二人がつながれたら扉が開き、その二人は時間切れまで動けなく無くなる、と言って締めくくり、口を閉じて沈黙した。

 

 残り時間は60時間程。一応ここは全員の意思を確認してから、全員の同意のもと◯が押された。反対意見もなかったしすんなりだった。

 ちょっと全員で×を選んで私とキルアをつないでもらって、扉が開いてから手錠壊して進んだほうが手っ取り早いかとも考えたけれど、時間切れまで動けないとか言われたから、なんか罰則があるのかもしれないと思い提案するのはやめておいた。

 というかめんどくさくなってきたから扉とか壁とか壊してしまいたかったけれど、ペナルティーだのなんだのゴネられたら嫌なので自重しておいた。

 

 選んだ先の長く困難な道は、さっきまでより少し危険度の上がった仕掛けが増えていた。

 槍が飛び出てきたり、ギロチンの振り子だったり、足元に地雷が埋められていたり、トゲトゲの天井が落ちてきたり。

 天井のところでは私とキルアで、ココは任せてお前達は先に進め! とかやって遊んだりもしていた。こんなもの刺をつかめば問題ない。

 でもリアクションが、あーコイツらなら問題ないなー、って感じで非常に薄かったのですぐに飽きて天井をぶち壊したらドン引きされた。理不尽である。

 

 10日にはジャポンからメールで、クラス中から私の安否を尋ねられて困ってしまったというメールもあった。そういえば始業式あったね、忘れてたけど。

 しかし彼女たちはきちんと約束は守ってくれたみたいで、質問されても知らぬ存ぜぬを貫き通してくれたみたいだ。

 今まで学校で使っていた携帯は壊したから、この携帯の番号とアドレスは楓と椎菜以外に学校には知っている人は居ないので私の方は平穏である。

 これも2人と私を守るためには必要なことであるし、”オトモダチ”の皆さんには我慢していただこう。

 

 トリックタワーには面倒な仕掛けが多く、仕掛けた奴の性格の悪さがにじみ出ているが、そんな塔の中に意外にもちょくちょく道すがらに小休止用の小部屋と、お手洗いがあった。しかも罠は特になし。

 変なところで受験生に対して優しいところもあるようだ。しかしこれはかなり助かった。おそらく設計者と罠仕掛けた奴は別人だろう。

 ただ単に塔を糞尿で汚して欲しくないだけなのかもしれないけれど、嬉しいもんは嬉しい。

 その部屋につくたびに休憩を挟むことによって、体力的にも無理すること無く塔を攻略していった。

 

 休憩も挟んでいたので少し遅くなってしまい、残りが1時間を切るとみんなの表情にも焦りが浮かんだが、あと1分を残してようやくゴールへと辿り着くことができた。

 安全面にも考慮して進んでいたので5人とも特に怪我もなく、睡眠も一応とってはいたので次の試験にもそんなに差し支えないだろう。

 とは言え、これだけギリギリになったのは予想外だったけど。どれだけ急いでも45時間かかるって、一体どんだけ死に物狂いな感じを予想していたんだろうか。やはり性格が悪い。

 まぁ最後の方は大きく円を描きながらゆっくりと下におりていくような構成になっていて、ゴールが近いのはすぐ下に固まって人の気配がするからわかっていたから、焦りは特にしなかったけど。

 

 ゴール地点である1階には既に20人以上の人が居た。1人倒れているのは死んでしまったようだ。また来世がんばれ、あるか知らんけどね。

 取り敢えずお互いを讃え合う私たち。道中協力しなが仕掛けを抜けてきたのでそれなりに親密度はあがっている。私とキルアはもっぱら助けるか側か、ふざける側だったけど。

 これはいい傾向である。今後クラピカをどうこうするような事態になった場合には、この事が私にとって有利に働く。

 油断を誘える。精神的なダメージも期待できる。私は既にその状況も想定しているので、私にマイナスはない。

 今、皮肉にも彼の命運は蜘蛛のコインが握っている。全ては私の手の中だ。

 

 ゴール地点に到着して間もなく、私が手を振るヒソカを無視し、彼らが乱れた呼吸を整えているうちに試験の終了が告げられた。

 スピーカーから第三次試験の通過者が26名であると告げられる。

 しかし通過はできても死んでしまった哀れな人もいるので、実質四次試験に進めるのは実質25名だ。

 

 三次試験、トリックタワー攻略完了。

 さぁ、次は四次試験だ。

 ポケットから取り出したコインを、ギュッと握りしめて歩き出した。




結構変えました。が、大筋は変更なし。

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