大泥棒の卵   作:あずきなこ

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18 無人島0ジェニー生活

 四次試験への通過者が徒歩での移動で塔を出ると、そこは崖の上だった。眼下には鬱蒼と生い茂った森が広がっている。

 私たちが案内された先には、髪型がパイナップルみたいなモヒカンの、丸メガネをかけた男が立っていた。

 そのパイナップルさんの厭らしく細められた三日月型の目元を見て、あぁコイツがあの塔の罠仕掛けたんだろうな、とぼんやり思った。

 

「諸君、タワー脱出おめでとう。残る試験は四次試験と最終試験のみ」

 

 彼の前に受験生が集まったところで、パイナップルさんがそう告げる。試験は後2つ、どうやらハンター試験も終盤に差し掛かったようだ。

 とは言え、一次試験と二次試験の実施、それと三次試験会場への移動が一日目、三次試験が今日までの三日間で、まだ開始から四日しか経っていない。ハンター試験とは二週間~一ヶ月かけてやるものだと聞いていたが、この分だと今年は早く終わるのだろうか。

 しかしその私の思考も、続きの説明で解答が出る。パイナップルさんが指を鳴らすと、もう一人男がキャスター付きの机に箱を乗せて持ってきた。

 当然受験生の視線はその箱に注がれ、パイナップルさんがそれを示しながら四次試験の説明を開始した。

 

「これからクジを引いてもらう。このクジで決定するのは、狩るものと狩られるもの」

 

 そう前置きをしてから、タワー攻略順にクジを引くよう指示する。

 クジで決めるのがその2つなのであれば、今度の試験は受験生同士の争いがメインになるだろう。

 最初にヒソカがクジを引き、それに続く受験生たち。当然イルミさんはかなり早い順番で、攻略時間がギリギリだった私たちは最後のほうだった。

 このクジの持つ意味はまだよくわからないけれど、残り物には福がある、はず。私が引いたのは198番だった。

 

 全員が引いたのを確認してから四次試験の説明が再開される。

 曰く、一次試験会場に到着した時に配られた番号札を奪いあい、その配点が自分の番号札が3点、引いたクジに書かれた番号がターゲットのもので、それが3点。そしてその他テキトウな人のを奪ったものは1点。試験終了時に合計6点分を所持していれば試験通過となる。

 試験会場はゼビル島。滞在期間はまだ公表されていないけれど、その間に点数分の番号札を集め、またそれを守りきらなくてはならない。

 

 じゃあ198番が私のターゲットということか。198っていうと、帽子かぶった3人組の、えーっと、ほら、あれだよあれ……どれだ?

 しまったサッパリわからない。こんなことになるならもう少し他の受験生にも注目しておくべきだったかな。

 まぁいいや、適当に盗んで違かったら他のやつから盗もう。そもそも3人組が固まって行動していたら全員から奪えるし、その時点でお釣りが来る。なんなら3人組を狙わずに会った人から適当に奪ってもいい。

 自分の番号札は、ヒソカとイルミさんだけ警戒していれば問題無い。

 

 会場のゼビル島には船での移動となった。2時間ほどで着くらしいので、少し眠いから私は仮眠をとることにしよう。

 既に殆どの受験生は自分の番号が分からないように番号札をどこかに隠してしまっている。既に誰がターゲットかを、そして誰が自分を狙っているのかを探り合っているようだ。こんな時くらいゆっくりすればいいのに、忙しい奴らである。

 まぁ例外もいるけど。私もつけっぱなしだし。

 私がターゲットのやつが来るなら来るで構わない。来てくれれば1点貰えるわけだしね。この容姿は油断を誘えるだろうし、1点でも確実に欲しいと思って私を狙う身の程知らずを迎撃していれば、それだけで6点分たまるかもしれない。

 しかし私がターゲットなのがヒソカかイルミさんだったらヤバい。だけど知り合いの番号くらい覚えているだろうから、今更隠しても意味ないだろうしね。

 とりあえずその辺の心配は置いておいて、島に水場があったらすぐに体と服を綺麗にしようと心に決めて、微睡みに身を委ねた。

 

 

 

 

 航海は順調で、何事も無くゼビル島へとたどり着いたようだ。船がゼビル島に到着したとのアナウンスで私は目を覚ました。

 そして改めて試験の概要が説明される。三次試験通過順にスタートしていき、2分間隔で次の人がスタート。そして滞在期間は1週間らしい。

 先にスタートできた人は、標的を見張るなり、身を隠すなりできてだいぶ有利だ。逆に後からスタートした人は、開始時点で既に補足されている可能性が高いのだから気が気ではないだろう。

 この場合私は最後の方の出発になって些か不利と言えなくもないけど、どうせ見つけるのはそんなに大変じゃないし、攻撃されても返り討ちだから別に問題ない。

 ”絶”も使えない一般人の気配を読み損じるだなんてことがあろうはずもないので、奇襲によって不意を打たれる心配もないしね。

 

 私を含めた三次試験のルートが一緒だった5人が最後の出発になっていたので、私はみんなに先を譲って最後に出発することにした。

 私はターゲットよりも水場優先なので順番に拘る必要はないからだ。10分程度の誤差なんてどうでもいい。

 ジャポンの二人にこれから無人島でサバイバル生活することを告げ、適当な段差に腰を下ろし出発の時を待った。

 なんでここでも携帯の電波があるのかは私にはわからない。それはわからないが、1つだけ、シャル様マジすげぇってことだけはわかる。

 だから、電波の事を聞かれても私には答えられないんだよ。ごめんね二人とも。

 

 受験生全員の出発を見送った後、コインを弾いて運命を占う。裏ならば死、表ならば生。無表情でその結果の確認を終え、コインをポケットに仕舞う。

 漸くスタートをコールされて島に出た私は、まずはテキトウに走り回ることにした。聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませて水の音、匂いを探りながら。

 後ろから着けられている気配がするけれど、動きはそれなりで、でもこの気配には覚えがないからこれは協会の人間だろうね。おそらくは監視役とかそんなところだろうか。

 つけてくるのは別にいいんだけど、水浴びのシーンまで見られたらたまったもんじゃない。その時は目隠ししてふん縛ってその辺に転がしておこう。

 

 森に入って程なくして、水の流れる音を捉えたのでそこに向かうと小さな川があった。それを辿って更に上流の方に行くと川幅が広く、水深も水流もそれなりで水浴びに調度良さそうな場所もあった。取り敢えずはミッションコンプリートだ。

 その付近に、周囲に木々がなく、ポッカリと空いた空間に日差しが差し込んでいる場所も見つけた。ここならば割りと目立つので、他の受験生も利用しようとは思わないだろう。

 大きな岩も近くにあったり草がフカフカしてそうな場所があったりと、くつろぐには十分だ。

 魚もいるし、塩は海があるからそこで調達できる。食べ物にも困らない。

 サバイバルには好条件だ。試験中はココを拠点に行動するとしよう。

 

 そうと決まれば早速身体を清めるとしますか。しかしその前にやらなければならないことが一つあるので、私の背中に向けられる視線の先に意識を向ける。

 振り向くと同時に地面を蹴り監視しているスーツの男性に急接近し、前触れもなく突然のことに驚いて対応できないでいる彼の首筋に手刀を打ち込んで意識を刈り取る。

 糸の切れた人形のように力無く地面に倒れる男を見て、溜息を一つ。尾行もあっさり気づかれるしなんか弱いし、大丈夫なのかこの人。この人本当は事務担当とかそんな感じで、ハンター協会ひょっとして人手不足だったりするんじゃないの。

 まぁ、これに懲りたら次回以降は空気を読んでさっさと距離をとってくださいな。

 くだらない思考をカットして、倒れた男にそう念じながら目隠しをして、近くにあったやたら太い蔦で身体を縛る。

 用事がすんだら解いてあげるからしばらく我慢しててね。

 

 水場に戻ると川に入って身体の汚れを落とし、服も洗濯して着替えたところで漸く人心地ついて、大岩を背に座る。

 サッパリしたところで、さっきの男を開放してやろうかとも思ったが、ところがどっこいそうはならない。もう少し我慢してね、あまり聞かれたくないから。

 心のなかで気持ちの全くこもっていない謝罪をしながら、座ったままの体制でポケットから携帯を取り出して電話をかける。

 コール音が鳴り、その3コール目が終わって4コール目に差し掛かろうとするところで相手が電話に出た。

 

『なんだ?』

「あ、もしもしクロロ?」

 

 受話器から響く低い声は、クロロのもの。

 蜘蛛はクルタを殺した。しかし蜘蛛のコインはクラピカを生かした。

 私の手の中で占われた彼の運命は、生。コインは表を示していた。

 しかしだからといって、じゃあ存在ごとまるっと放っておいていいやとはならず、幻影旅団の団長であるクロロの耳にも一応入れておくことにした。

 僅かでも情報があるのと無いのとでは、不測の事態に陥った際に取れる対応に大きな差が出る。そんな事にはならないとは思うが絶対ではないし、この程度の対策はとっておくべきだ。

 一度でも危険だと感じたのなら、特に負担もリスクもない程度には対応し、保険をかける。例え頭では危険はないと思っていても、だ。

 直接的に何かをする必要がない程度には、クラピカの存在は軽い。この後のクロロの発言によっては、それが吹き飛んでしまうほどに。

 

 

 

 

『……なるほどな』

 

 私が一通りの説明を終えるとそう呟くクロロ。

 

『クルタ族の生き残り、か。確かに奴らは緋の目の発現時にその戦闘能力を大きく上げていた。ハンター試験は裏試験として念の習得があるから、そいつが念を覚え、さらに”制約と誓約”によってオレ達蜘蛛への復讐のためだけの能力を会得した時のことを考えると、お前が直感で警戒するのも頷けるな』

 

 とは言うものの、特に彼に何かする必要も感じていないようだ。まぁ、警戒する要素はあるってだけだし。

 彼は私の言いたいこと、危惧していたことを全て理解したようだ。クルタ族の復讐者、そして緋の目発現時の変化とそれを見た私の感覚くらいしか告げてないのに流石である。

 っていうか裏試験なんてあったんだね、知らなかった。私は既に念を使えるからそっちは免除でいいはずだ。

 

 クロロも言っていた通り、蜘蛛への復讐のためだけの能力でも会得しようものなら蜘蛛的にも警戒に値する人物になる、かもしれない。

 念能力は条件が厳しいほど効果が上昇するという法則がある。その上昇する条件には、使用する対象を限定することも当然含まれる。私が修行で使っていた念字の効果のように。

 さらにそこにその条件を破った際の罰則に、厳しいものを加えると威力、精度共にかなりの効果が出る。

 復讐をひたすらに望む人間は何をしでかすかわかったもんじゃないし、そんな暴挙に出る可能性は十分にあるのだ。

 

 能力次第では、いくら蜘蛛でもひょっとしたらってことがあるかもだ。あくまでそれも可能性の話ではあるけれど。

 けれど、賞金首ハンターの中にだって犯罪者にしか効果がなく、また犯した罪の重さによって効果が高まる能力を持ったものも何人かいるし、しかもそれらが相手でも蜘蛛は撃退してきた。

 それに毛が生えた程度だとしても、しっかり鍛えれば蜘蛛の皆もそれなりに楽しめる相手にはなるくらいで、やはりあまり警戒の必要もないように思える。

 

「まぁ必要ないとは思うけどさ、どうする? 返り討ちが大好きな奴らには悪いけど、殺したほうが良さそうって言うなら私が殺るよ。幸い今はかなりやりやすい状況だしね」

 

 受験生同士の戦闘あるいは駆け引きが大前提のこの四次試験、私が番号札欲しさに誰を殺そうとも不思議ではない。

 しかし私のその提案にクロロは首を縦に振らなかった。いや電話越しだけど、ニュアンス的にね。

 

『いや、そいつのことは心に留めておく程度でいい。殺す必要はないだろう。向かってくる奴は殺すが、そもそもオレ達にたどり着けるかどうかわからない奴を相手にすることはないさ。それに、状況的にはメリーにも少なからずリスクがあるしな』

 

 だからお前に特に何かしてもらうつもりはないよ、と言うクロロ。

 確かに私がクラピカのことを殺せば、今までの試験中はいい子だったのにどうして急に、と疑惑が出るかもしれない。いや、ヌルデの件があるからいい子とは言い切れないかもしれないけれど。

 それに、三次試験で短くない時間を共有した相手を手に掛けるということも疑惑に拍車をかける。言われてみれば、確かにこの状況では私は少し動きにくいか。

 心配されてるみたいで、なんだかくすぐったい。しかし私に気を使ってもらっても困る。

 

「いやいや、私のことは気にしないでいいよ。純粋に蜘蛛としての判断しちゃってよ」

『そうだな……それなら、お前にはソイツの動向が分かるようにしておいてもらおう。警戒の意味もあるが、現存する最後の生きた緋の目だ。欲しくなったらすぐ回収できるようにしたい。むしろこっちがメインだな』

 

 できるな? と問うクロロ。コイツあんだけ奪っておいてまだ足りないのか。

 やるのは問題ないけど、溜息を一つ吐いてから返事を返す。その声に呆れが混じるのは仕方のない事だ。

 

「……合点承知。でもクロロ、既に一回ほぼ奪い尽くして、しかもそれに飽きちゃってんのにまだ欲しいの?」

『あの時は飽きたが、また欲しくなるかもしれないからな。欲求は尽きない』

 

 理解できなくもない欲張りなその言葉に、あーそうですねーと気のない返事をすると、低く笑ってそれに、と続けられた。

 

『死んだ者の緋の目は色の変化がないからすぐに飽きた。だから今度欲しくなったら監禁でもしてやろうかと思っているんだ。憎しみの炎は、きっと緋色に良く映える』

 

 とんでもない発言だが、声からしてきっと電話越しの表情は笑顔である。対して私は若干口の端が引き攣っている。

 確かに生きている人間の移ろう瞳の色は、死者のそれよりも綺麗だろう。それに同胞を皆殺しにした蜘蛛に捕らえられるなんて、憎悪も一入だ。

 だからってそこまでしますかね、という思いはあるものの、口には出さない。彼は私の敵になり得る存在なので、気の毒とも思わないが。

 取り敢えずこの件については、適度に仲良くなって連絡先を入手しておけばいいだろう。

 

『そういえば、オレの貸した本はもう何度か読んだか?』

「ん? ……あっ」

 

 クラピカについての話に一段落ついたところでクロロがそう聞いてきた。

 そういえば忘れてた。見送りの時に貸してもらった本。

 いや、トリックタワーの時は本が汚れたら駄目だし、ほかは時間があっても電話とかしてたから、しょうがないよね、うん。

 

「……、……」

『……、……』

 

 沈黙。

 森の木々を風が撫ぜ、私を笑うかのように音を立てる。

 電話越しなのに目の前で責められているような錯覚がしてつい身を縮める。

 っべぇー、マジっべぇーわ、沈黙が痛いわー。

 いやいやいや、ふざけている場合か。さっきの私の反応からして私が忘れていたってことはクロロもわかってるだろうし、素直に謝っとこう。

 

「……すいません、忘れてました」

『はぁ……まさか、本を貸したのに忘れられるとはな。メールも2通しか寄越さないし、オレごと忘れるとは酷い女だ』

 

 すいません、タイミングがなかったというかなんというか。

 しかしクロロには普段別にこまめに連絡取ってるわけじゃないから特に送らなくてもいいかなーとか思っていたけど、どうやらお気に召さなかったようだ。

 まぁ、付き合いも長いのでこんな時にどうすればいいのかは知っている。

 

「これから読みます。あと帰ったらプリン作るんで」

『前言撤回、やはりお前はいい女だ。流石はオレの女だな』

「誰がだコラ」

 

 上機嫌に返すクロロに突っ込む。プリン作ればいい女って、随分安っぽ過ぎないかい。後いつ誰がお前の女になったっていうんだ。

 ジョークなのはわかるけど、四捨五入したら三十路の男がプリンに食いついてそんな事言うのはちょっとアレな気がしなくもない。

 髪下ろした状態なら童顔だから様になってるっちゃなってるけども。

 今度プリンと一緒に茶碗蒸しも作って出してみよう、きっと気に入るはず。そしてプリンと言いつつ茶碗蒸しを食べさせた時の反応が見ものだ。

 

 メインの話も終わったので、その後少しだけ駄弁って、そういえば監視役の人放置したままだったのに気づいて、少し名残惜しかったが電話を切る。

 彼は既に起きていて、近づいてきた私に責めるような空気をぶつけてきたが、こちらもじわりとプレッシャーをかけるとおとなしくなった。うむ、以後気をつけるように。

 

 開放した後は、寛ぎながらクロロから借りた本を読む。

 ターゲット探すのは明日でいいや。


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