四次試験開始から、3日目。その間私はこの川周辺の一帯を動くことは1度しかなかった。
その1度も海水を汲みに行った時だけである。食べるものと言えば魚のみだったので、塩さえあれば全てが事足りる。ちなみに肉とか山菜は食べていない。何故ならば狩りに行くのが面倒だから。
食事時は毎回火を使ってるから、その煙で人間がここにいるのはモロバレだけれど、未だに誰も来ない。何故来ないんだ、来てくれたら1点分稼げるのに。
私は昨日までの2日間、ほぼ食っちゃ寝の生活を送っていた。
日が出ている間は本を読み耽り、日が沈んでからは楓か椎菜、偶にクロロに電話をかけて、それ以外はメカ本で何か読んでぐうたら過ごす日々。
私がだらけてしまっているのはクロロの貸した本が面白すぎるからいけないのであって、これは私のせいではない。誰がなんと言おうとも認めてなるものか。
つまり日中私が動けなかったのはクロロのせいだ。うん、絶対そうだ。責任転嫁ではない、断じてない。おのれクロロめ。
とは言え、動き出さなければ試験に合格できないであろうことも事実。ここに誰も来ない以上、自分の足で獲物を狩るしか無い。
しかしこの本はかなり面白いし、まだまだ読み足りない。さっさと6点分集めてもう一回読みなおそう。
作中で明かされていない謎の3分の1は未だに私もよくわからないし。
と、言うことで、漸く私は重い腰を上げた。
伸びをすると体中の関節が小気味の良い音を鳴らす。随分と凝っていたようだ。
さてさて、今から私の狩りの開始であるが、他の受験生は今どういう状況なのだろうか。
下手したら帽子の三人組の中の198番、つまり私のターゲットが誰かから奪われているかもしれない。けれどそれも大した問題ではなく、そうだったとしたら適当に3人狩ればいいだけだ。
スタート地点が試験終了時の集合場所らしいし、番号札が集まったらその近くで様子を見る人がいるだろうから、そういった手合いを1人か2人狩ればそれでいい。その場合の狙い目としては最終日の前日と当日か。
その方が楽だろうし、というかもうそれでいいような気がしてきた。やっぱ行くのやめて本読んでようかなぁ。
いやいや、いかん。あまりだらけては駄目だ。クロロの策略にまんまと嵌ってしまう訳にはいかない。たとえそれが如何に魅力的なものであろうとも。
そう自分を鼓舞するものの、やはりだらけていたい。どうせならばやることやってから全力でだらだらしよう、そうしよう。
後顧の憂いを失くしてしまえば、心身共によりだらだら出来るはずだ。うん、それがいい。
船上から見たこの島の全景からして、そこまで広いわけじゃないし、少しだけ早めに動けば今日1日使えばまぁ何人か見つかるだろう。
間隔を研ぎ澄ませていれば、あの程度の人間なら近くにいれば大体気配でわかるし、テキトウにそこら中走り回ろう。
しかし私の監視役の彼は大丈夫なんだろうか。なんか弱っちいし、あれハンター協会の人間だとしても雑用クラスの人間なんじゃなかろうか。もしくはバイトとか。
まぁ彼がもし私に置いていかれたとしてもそんなもの知ったことじゃないけどね。
そして私は地面を蹴り、木々の合間を縫うように駈け出した。
捜索開始から1時間後。気配を頼りに捜索した私は、かすかに感じたそれの元へと向かい、大きな木の枝に着地すると同時についに周囲を伺いながら歩く私のターゲットっぽい3人組のどれかを視認することができた。
今日の私は運がいいらしい。テキトウに走り回った割りには案外早く見つかってよかったよかった。
私についた監視役も付いてくるぐらいは難なく出来るようで、つまりは基礎体力はあるけどなんか色々と足りてなかったんだろう。
ちなみにここに来る途中に、金の短髪の男性が居たので行き掛けの駄賃に強襲したけれど、番号札は持ってなかったようなのでおねんねしてもらった。
私に余計な手間を取らせるだなんて、まったく迷惑な男である。
それは置いておいて。
今は漸く視認することができたターゲットっぽいのからどう奪うのかだ。
数は1。3人組だったはずだけど今は単独行動らしく、その前方にはキルア。彼我の距離は現在500m程。
荷物は特に持っていないようだし、あるとすればズボンのポケットの中。上着には収納する場所があるようには見えない。内ポケットとかかもしれないけど。
ターゲットっぽい人がキルアを尾行しているってことは、彼のターゲットはキルアってことだよね。なんて運のない人なのだろうか。
それぞれのターゲットを決めるクジの中には、どの番号とは言わないがはずれクジが少なくとも4つあった。つまり4人に1人くらいの割合で不運な人ができ、彼はその内の1人なのだ。
今現在狙われているということをキルアに伝える必要もないだろう。この二人ならキルアの敗北は万が一にもありえないし。
あぁ可哀想に。このターゲットっぽい人が合格するにはこの後6点分狩らなくてはならないってことだ。私に狙われた以上、彼は自身のものを含め手持ちの番号札全てを失うことが確定してしまった。そもそも持っていない可能性も否めないけど。
取り敢えず来年また頑張れ、キルアにちょっかいかけて殺されてなければだけど。
キルアは実家での殺しの強要が嫌で家出したようだけど、いつもの癖でついうっかり殺っちゃうかもしれないし。っていうか飛行船の中で殺っちゃってるし。結局強要されるのが嫌なだけであって、殺し自体に抵抗なんて無いのだ。
だからと言ってうっかりで殺されては彼も浮かばれないだろうが、そこはまぁドンマイである。
まぁ彼の未来は正直どうでもいいので、それ以上無駄なことを考えるのをやめ、”絶”をして近づく。正直気配を絶つだけで十分だとは思うけど、こっちのほうが大胆に動けるからこの方がやりやすい。
探し始めた時点からイマイチやる気がなく、またさっき一人相手にしたおかげで更になんだかめんどくさくなったので、面倒事抜きに早めに終わらせてしまいたい。
樹上を移動してある程度の距離まで接近すると、彼のズボンの右前ポケットに不自然なシワがあるのを視認できた。あの感じから察するに、中身は薄い円形のもので、つまりは番号札である確率が高い。他の場所には見受けられないので、これが彼の持つ唯一のものだろう。
ズボンの方でよかった。上着の内ポケットとかだったら戦う必要があったのでこれはラッキーだ。難なく勝てると言っても面倒なものは面倒なのだ。
やることは決まったので一気に距離を詰め、気配を、音を殺したまま、彼らの真後ろにストンと着地する。
私が”絶”をしていることもあって、前方のキルアにばかり意識を向けている彼は私に気づくことができない。ついでにキルアも。
そのままキルアと一定の距離を保ちつつ歩いている彼の真後ろに、ピッタリと張り付いたままトコトコと私も一緒に歩く。枯葉を踏む僅かな足音を誤魔化すために足並みを揃えて。なにこれちょっとシュール。
その状態をしばらく続けていると、近くに感じていた微かな気配が少し大きくなった。気になったのでチラリと斜め後ろを伺うと、ターゲットっぽい人の監視役らしき人が笑いをこらえていた。
気持ちはわかるけど笑わないであげてください、この人も一応真剣なんです。
あぁでも、あの監視役の人が私についてくれてればなぁ。彼もなかなか話せそうだ。この人のほうがよっぽど実力もありそうだし。
私の監視役は、私が話しかけてもプイッとそっぽを向いてしまう。大の大人がちょっと伸されたくらいで大人気ない限りだ。
まぁ、いいや。それよりも番号札だ。
目の前のターゲットっぽい人のズボンの右ポケットに堂々と指を突っ込む。一応は彼に感づかれないよう気を使いながら。
そのままさっき拾った小石を左の方に投げ、石が地面に落ちて鳴らした小さな音に彼の意識が向いた隙にそっと中身を抜き出す。
手口としてはお粗末なものだけれど、これなら私の本職が泥棒であると勘ぐられることはないだろうね、このぐらいは誰でもできるし。というかやってることスリじゃんこれ。
左に少し向けていた意識をまた前に集中させたターゲットっぽい人、いやターゲット。
私の手の中にある番号札に書かれた数字は、198。3分の1の確率だったけれどいきなり当たりだ。
よしよし、これで四次試験も通過決定だ。後はまただらだらと過ごしていようかな。
やることもやったのでその場を離れる。離れる前に、私のターゲットの監視役だった人に奪った番号札をヒラヒラと見せると、口元を手で抑えながら親指を立ててくれた。目元がおもいっきり笑っている。
あぁ、本当にあっちが私付きの監視役だったら良かったのに。
目的の物を入手し終えた私は、一直線に元いた場所へと戻っていた。
捜索に費やした時間は一時間ではあるが、ターゲットの居た場所からここまで直線距離はあまり長くなかったので、5分もあれば到着することができた。
これで私の合格はほぼ決定だ。例えヒソカかイルミさんのターゲットが私だったとしても、戦闘を避け自分の分を渡しても手元に3点は残るので、ゴール付近で狩りをすれば足りない分はすぐに貯まるだろうから問題ない。
そんなわけでこの試験はもう何も心配することはないので、またクロロから借りた本を読んでだらけていた。
『へぇー、そんじゃあ芽衣はもう四次試験クリアしたようなもんなんだ?』
「うん、後4日ぐうたらしてたらそれで終わり」
そうやって過ごし今は日没、日が暮れたので本が読みにくくなってしまったので、報告も兼ねて楓に電話をして暇をつぶしているところだ。
『つーか、盗んだってあんたねぇ。手癖悪いわー』
「マジ照れる」
『いや褒めてないけどね』
泥棒にそれは褒め言葉以外の何物でも無いです楓さん。
『そういえばさー、クラスが芽衣が死んだとかってちょっとお通夜モードなんだけど。やっぱ言っちゃ駄目なのー?』
「ダメダメ、面倒な事になるかもしれないし。その辺の詳しい理由も終わったら全部話すからさ」
『んー……じゃ、まぁいっかー。なんか普通に無事で帰って来そうだし、安心して待ってるよ』
楓たちにとっては、私が生きていることを明かさないっていうのはやはり不思議なんだろうね。
無理もない。彼女たちの中では今はまだ真城芽衣以外の何物でもないのだから。
どうせ合格したら真城芽衣がハンターとして本名登録すると思ってるから、私が隠す理由がわからない。
もしも、もしも万が一メリッサが犯罪者だとバレ、さらに芽衣として暮らしていたとバレると、報奨金欲しさに学校関係の知人を人質にしたり危害を加える危険性があるから言えないのだ。芽衣が既に死んでいればそこが私に繋がる可能性はかなり下がる。
たとえ芽衣として試験を受けても、もしかしたら偽名とか戸籍がバレるかもしれないし、そうでなくとも今度はライセンス狙いの小悪党が同じようなことするだろうから、彼女たちの安全を考えるとこれが最善策なのだ。ライセンスを諦める気はない。
元々ジャポンで暮らすためだけの偽の戸籍で、訪れた当初から足跡を消すために芽衣は事故か何かで殺す気だったけど、今となってはこっちの理由のほうが大きくなった。
『あー、そうそう。お通夜ムードなトコも確かにあるんだけど、試験はブラフで本当は駆け落ちしたって考えてる人たちもいるんだよねー。っていうか皆死んだとは思いたくないから、今じゃソッチのほうが多い感じかな』
「は? 駆け落ちって、なにそれ。どっからそういう発想が出てきたのさ」
『私も詳しくは知んないけど、楠さんが言い始めたらしいよー。真城さんはイケメンと許されざる恋に落ちて駆け落ちしたのよーって言ってたらしいけど。実際にその相手を見たとも言っているから皆結構信じてんだよね。なんか心当たりあるー?』
なんじゃそれ。駆け落ちって何だ。どうしてそうなるんだ。
そもそも楠さんって誰だ……、……あ、あれか、私とクロロが一緒にいるとこ見たって言ってた人。
確かに親戚とは言ったけど恋人だなんて言ってないのに、どうしてそんな愉快な発想ができるんだか不思議で仕方ない。
私的には死んでることにしてくれてたほうが助かるんだけど、まぁ、どこかで生きてると信じることでダメージも少なくなるだろうからそれぐらいならいいか。
学校なんて狭いコミュニティーの中で生きていることになっていたとしても、世間的には死んでいればそれでいい。
「なんでそんな愉快なことに……。まぁ、そう勘違いされる心当たりはあるっちゃあるけど、だからってなんでそうなるかなぁ」
『ほうほう、つまりイケメンに心あたりがあると。詳しく教えてもらおうか?』
「面倒臭いからヤダ」
『ケチ!』
追求しようとする楓を一蹴する。私の態度でそういう感じではないのを悟ったのか、不満を漏らしただけでそれ以上はなかった。
その後はまたしばらく雑談をして、その後に椎菜、最後に一応クロロにも報告を電話でしておいた。クラピカのことで電話をした時連絡が少ないのことに不満気だったので、四次試験開始からはクロロにも連絡するようにしている。
クロロは一昨日の夕方あたりからなんだか機嫌がいいようで、話も弾むし一体何があったんだろうか。一昨日の最初の電話の時はそうでもなかったというのに。
今日は私も借りた本を何度も読んだ後だったのでその話もした。やはり他の人の見解も聞くと違った見方ができて面白い。
こういった趣味を共有できる仲間は貴重だなぁとしみじみ思うね。おかげで自分だけでは解けなかった謎にも解答が得られた。
電話もし終わり、草を布団にゴロリと寝転ぶ。
この島は夜空が綺麗で、川のせせらぎが涼やかで、森の動植物の奏でる音色も心地良い。
こういうまったりとした暮らしも悪くないんじゃないかと思う。
いつか、こんなふうに毎日を過ごす日が来るんだろうか。
盗むこともせず、友だちと話して、穏やかに過ごす日々。
欲しい本はまだまだたくさんあるから少なくとも盗みをしなくなるのは無理かな、と少し笑って、そのまま目を閉じた。
以前、なろう様でのコメントにあった案を採用させていただきました。
感謝です!