することも特に無いので、どこかにゆっくり出来るところはないかとブラブラ歩いていると、テーブルのある広い空間で忍者のまばゆい後ろ姿が、そして同じエリアの少し離れたところに壮年の男性と青年が休憩しているのが目に入った。
前々から気にはなっていたし、忍者は同郷、いや私の故郷は流星街だけど第二の故郷ジャポン出身だろうし、絡んでみたいと思っていたので声をかけてみることにした。
「どうも、忍者さん」
「ん? おおなんだ、88番の嬢ちゃんか。よくオレが忍者だってわかったな」
わからいでか。
後ろからかけられた私の声に、振り向きながら朗らかに返答する忍者。割とでかい声で話すところも見たから寡黙ってわけじゃないだろうとは思っていたけれど、結構とっつきやすいみたいだ。
こうして近くで見てみると、しっかりした体格の割にはまだ顔に少し幼さが残る。多分レオリオと同年代くらいだろう。いやレオリオの顔面年齢は結構いってるけど、実年齢なら同じくらいなはず。
そんな若干レオリオに対し失礼なことを考えながらも口を開く。
「いやそんな格好してたら忍者知ってる人なら誰でもわかりますよ」
「あー、確かにそうかもな。アンタ、寿司も知ってたみてーだし忍者も知ってるってなると、ジャポン人か? 奇遇だなぁ、オレもジャポン人だ。まさかこの試験で同郷の人間に会えるとは思わなかったぜ」
「色素はそれっぽいけどジャポンに住んでたってだけで、故郷は別なんですよ。好きですけどねジャポン」
そうなのかー、いいよなぁジャポン、和の国! とのたまう忍者。かなりのマシンガントークでちょっとビビッた。
随分とおしゃべりな人だ。光を反射して最も目立つ頭部を惜しげもなく晒しているし忍んでいる感じは全然しない。
機密とかポロッと喋ったりしちゃいそうだなこの人、と余計な心配をしていると忍者が自己紹介を始めた。
「オレはハンゾーってんだ、最終試験に残った者同士、今更なんだがよろしくな。っと、コレ名刺な。あぁそれと敬語とかそういうめんどくせーモンは取っ払っちゃってくれや、そういうのやられるとよーもうくすぐったいのなんのって。部下とかにはそういう事言っても聞いてくんねーからちょっと困ってんだけどな」
お許しが出たのでりょーかい、私はメリッサねと軽い調子でハンゾーに返しつつ、差し出された名刺を受け取り、それをしげしげと眺めた。
忍者って名刺持ち歩くものなのか。私の中の忍者のイメージが音を立てて崩れたんだけど。この人だけだと信じたい。
しかもその名刺の内容は、雲隠流上忍の半蔵という彼の名前と、おそらく彼の携帯の番号。所属流派まで書いちゃうだなんて随分と自己主張の激しいことで。書いてる内容はサラリーマンと変わらない。
しかしハンゾー上忍なのか、それならば納得の強さだ。確か忍者の階級には下忍、中忍、上忍があり、上中下の順に強かったはずだ。
私が敬語を外したことに気をよくしたのか、先程よりも明るい調子の声をかけるハンゾー。
「あっ、そういや部下で思い出したけどよ、こないだ、つーか試験の1週間くらい前な、部下2人連れて結構穴場の上手い蕎麦屋に連れて行ったんだよ。そしたらよーその内の一人がな、なんと山葵を蕎麦のつけ汁に溶かしやがったんだよ! 信じらんねーよな!?」
「それは信じられないね、私も山葵乗っける派だし、山葵大好きだし」
「だっよなぁ、わかってんじゃねぇかメリッサ! 山葵っつーのはよぉ、一口ごとに好きな量乗っけて食うべきだよなぁ。山葵の量を変えて、蕎麦と山葵との香りや風味の比率の変化も楽しむもんだ! 汁に溶かしちまったりなんかしたら味が単調になっちまうし、そんなんじゃ薬味の意味もねーべ? いやまぁ、蕎麦の薬味の正しい使い方なんてねーし人それぞれだってのは分かってっからソイツに特になにか言ったりはしなかったけどよぉ、乗っける派からしたらちょっとモヤっとしちまうんだよな」
「食べ方は自由だもんね。山葵を口に入れてから蕎麦を啜るのも結構イケるよねー、特にいい山葵だとそっちは最高!」
「おーわかるわかる、おろしたてだと辛味を抑えて風味が強いから、そこに蕎麦をズズズーッと勢い良く啜った時なんかもうたまんねーよな! でもやっぱオレは基本的には乗っける派だね、断然」
ものすごい勢いで喋るハンゾーの言葉にコクコクと頷く私。何故唐突にそんな話になったのかというツッコミは無粋なので入れない。
しかしこの忍者、滅茶苦茶饒舌である。だがしかし、つい10日程前まで現役の女子中学生だった私を舐めないでもらいたい。
勢いだけで中身の無い、ノリだけの会話などいくつもこなしてきたし、それを楽しんでもきた。学生というのは大概が取り留めもない会話で盛り上がるのが大好きなのだ。
その経験を生かして、この勢いの会話でも難なく付いていってみせるさ。というかむしろウェルカムさ!
そこからの私とハンゾーは和食談義に花を咲かせた。咲き乱れさせた。
好きな納豆の粒の大きさに始まり納豆に入れる薬味のお気に入り、または意外に合うものや、漬物は何がどう美味しいのか、緑茶は何茶がいいか、和菓子は何がどう美味しくて好きかなどを熱く語り合った。
しかし団子の話で私があんこ派、ハンゾーがみたらし派で両者譲らず熱が入り、そこからあんこはつぶあん派かこしあん派かで更にヒートアップし、最終的にはインスタント麺はたぬき派かきつね派かで双方たぬき派だったので和解に至った。
と思ったら、かき揚げは先乗せ派か後乗せ派かでまたぶつかり合うという、なんだかよくわからない、しかし非常に実のあるような気がするトークを繰り広げていた。
後乗せのサクサク感の素晴らしさは認めるが、私はやはり先乗せのトロッとした感じが好きだ。予め粉々に砕いて汁に溶かし込むのも大好きだ!
『えー、これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は2階の第一応接室までお越しください』
私とハンゾーの話が好きなアイスの種類になって、私のあずきバーとハンゾーの雪見だいふくでまた激突し、なぜかそこからシフトしてたい焼きは最高であると合意して固く握手をしている時にそんなアナウンスが響いた。
思わず近くの壁についていたスピーカーを見上げる私たち。両者の意識がそれたことにより、この論争も終りを迎えることとなった。
ちなみに同じ空間にいて一部始終を聞いていた男性と青年は、辟易しているのか感心しているのか、なんだかよくわからない表情を浮かべていた。
しかしこのアナウンスはおそらくナイスタイミングである。たい焼きと言ったら頭から食べる派かしっぽから食べる派かでぶつかる恐れがあったからね。
ちなみに私は頭から派である。尻尾は生地の比率が多く、食べ終わった後のあっさり感が好きだ。
まぁたい焼きならば妥協案として真ん中から派を悪者に仕立てあげることで衝突を回避することは一応可能だけど。
「面談かぁ、何聞かれるんだろうね」
「さぁな、でも受験動機は聞かれるんじゃねえか? しっかしこんな時に面談とはな、試験と関係はあるんだろうが、まさかこれが最終試験ってわけでもないだろうし」
思わずそう声をあげてしまう私。ちなみにこれは最初に呼ばれたヒソカの面接担当の人を憂いての発言でもある。半分もまともな答えが返って来ればいい方だから大変そうだ。
そして返された答えになるほど、と思う。確かにハンゾーの言う通り試験に関する面談ならば動機は確実に聞かれるだろうね。
しかし、動機か。私のは他の人からすれば大したことない理由に思えてしまうかもしれないし、それが合否に関わるとかが無ければ良いんだけど。
あ、そういえば。
「今更だけど私たちお互いの受験動機とかその辺は一切触れてないよね」
「そういやそーだな。まぁオレのは隠すようなもんでもねーし教えてやるよ。幻の巻物”隠者の書”、コイツを探してんだ。一般人じゃ立ち入れねー国にあるらしいんで、ハンターライセンスが必要になったってわけだ」
ハンゾーの目的は幻の巻物、か。ここに来て漸く忍者っぽいな、巻物ってところだけだけど。
幻だなんて、そんな大層な肩書きならばさぞ貴重な書物なのだろう。どんな内容なのかは分からないが、手に入れたならぜひ貸してもらいたいものだ。
”隠者の書”の内容に気を取られていたせいで、へぇと生返事した私の様子を気にすることもなく、ハンゾーが私の志望動機を問いかけてきた。
「んで、お前は? 言いたかねーってんなら別にいいぜ、フェアじゃねーとかゴネる気もねーしな」
「私は別に明確な目的があるわけじゃないんだよね。ライセンスがあれば出来ることっていうのに興味があるだけで、大した理由じゃないよ」
彼の問いかけには大雑把に少しぼかして答えておく。犯罪者なんだから趣味趣向をペラペラと喋るもんじゃない。それはつまり私の傾向が明るみになることに繋がるからだ。
しかも彼はおしゃべり好きで、人の秘密を喋るようなことは忍者だし無いだろうけども、一般人じゃ読めない本が読みたいだなんて理由なら秘密というほどではないと思うし、”隠者の書”の流れでポロッとこぼしてしまうかもしれない。
だからといってこんなことを秘密扱いするのも逆に怪しいというものだ。なので質問には答えられる範囲で答える。
まぁ、彼も裏の人間だから話さなかったとしても察して流してくれるだろうけど、一応ね。
それに明確な目的がないというのも強ち嘘ではない。ライセンス使って無節操に読みたいから特にどの本が読みたいっていうのは無いし。
そう、嘘ではない。私は真実を話さないことはあるが、嘘はつかないのだ。
「ふーん。ま、いいんじゃねえの? ただの興味だろうがなんだろうが理由は理由だ。それにオレはこの場合は動機とか、過程に貴賤なんか無いと思うぜ。こんなもん取った後に実際に何をするかだろ、結局はよ」
私の答えを受けてそう返すハンゾー。そんなもんなのかな。
立派な理由でライセンス取ったのにそのあと馬鹿な事やったり、またはその逆ってうのも確かにあるんだろうし、そうなのかもしれない。
そう思えばこそ、気が向いたらだけれど、今後ハンターとして偶々見つけた希少な本とかを協会に報告して保護してもらうのもいいかもしれない。
あくまでも気が向いたら、だけど。
その後もポツポツと会話を続け、53番の青年が呼ばれてこの空間を離れてから数分後に88番が呼ばれた。私だ。
ヒソカと53番もあまり間が開かなかったし、面談といっても簡単なものなのかもしれない。
「それじゃ、呼ばれたから私行くね、楽しかったよ」
「おう、オレも楽しかったぜ。こういうのも何だが、お互いがんばろうぜ。つっても最終試験でぶつかったときは容赦しねぇがな。負けても恨むんじゃねえぞ」
「こっちのセリフ。まぁ、がんばりなよ。せいぜい私と戦う事のないように祈っておくんだね」
ニヤリと笑いながら言うハンゾーに私も笑みを浮かべながら返す。
そのまま何やらうんうん頷いている男性を尻目に応接室へと足を向けた。
「失礼します」
「よく来たの。まぁ座んなさい」
ノックをして扉を開けるとネテロ会長に出迎えられた。まさかハンター協会会長とこんな距離で会話することになるとはね。
ということは受験生の面接担当はこの人で、つまりヒソカも会長と会話したのか。喧嘩売ってないだろうなあの節操無し。
迎えられた部屋の中は低いテーブルに、座布団。壁には掛け軸があり、しかも畳部屋。おもいっきり和室だ。
和室なのでそれに倣って座布団に正座すると、ネテロさんが口を開いた。
「これからいくつか参考程度に質問をするがいいかの?」
ここまで和室っぽくしたのだから、贅沢を言うならテーブルではなくちゃぶ台で、更にお茶とお茶受けを用意して欲しかった。
しかし無いものは仕方ないので、テーブルに向けていた視線をネテロ会長へ向けて頷く。
「ではまず、なぜハンターになりたいのかな?」
やはりきた、動機の質問。
ここでもやはり馬鹿正直に本が読みたいなどと言うつもりはさらさら無い。
しかし一応先ほどのハンゾーとの会話で、私はこの場においてある程度マシな回答を見つけることができた。
「ライセンスがあると様々なことが可能になるので。それで以って何を為すのかはまだ決めていませんが」
実際に多少の心境の変化もあったし、これであれば変に思われることもないだろう。
こういう手合いには隠そうと意識してはいけない。事実僅かでも思っていることを口にするのが最善だ。
このように細かいところに気を配ってこそ安全は保証されるのだ。このお爺さん、鋭そうだし。
身元バレ駄目、絶対。
まったく犯罪者はこういうところ大変である。
「なるほど、それはじっくり決めていくといい。では、お主以外の9人の中で一番注目しているのは?」
反応を見るに問題はなさそうだけど、今度はそんな質問が帰ってきた。注目、か。
ヒソカなんかは意識しないように努めても嫌でも目につくけど、そういうことを聞きたいんじゃないだろうな。
注目っていつとやはり現在の能力と、あとは将来への期待度を規準に考えるべきかな。
そうすると、これはキルアかな。
こういう場では個人名よりも受験番号のほうが適切だろうということで、キルアの番号を思い出して回答する。
「99番ですかね。現状の能力も高いですし、将来性も高いですし」
「ふむ……では、最後の質問じゃ。9人の中で今一番戦いたくないのは?」
最後の質問、か。やはり割りとあっさり終わったなぁ。
これは悩むまでもない。今はという意味ならば、この場でイルミさんと事を構えたところで大事には至らないだろう。
なのでアイツ以外居ない。
「44番ですね。一応知り合いみたいなものですし、そういった意味でもやりにくいですから今は戦いたくないです」
ヒソカも一応は蜘蛛なので表立って敵対するわけにもいかない。戦闘なんかしたら私は敵意や害意を抑えきれるとは言い切れない。
それをしたら蜘蛛の殆どの人がよくやった! って言うかもしれないけども少なくともクロロはそれを良しとしないだろうね、あんなんでも一応蜘蛛ではあるんだから。
その辺りクロロは頭が硬くてよろしくない。身内だからといって無条件に甘くしては駄目である。
それに戦いたくないのも、あくまでも今は、だ。
明確にヒソカが蜘蛛に、クロロに害意を表したら戦うし、殺す。
幸い能力の相性では私に分がある。バンジーガムなんてオーラを盗みたい放題だ。
とは言え、地形などの条件によってはやはりあの能力は脅威ではあるが。
「うむ、ご苦労じゃった。下がって良いぞ」
やはり大して時間はかからないらしく、面談の終了がネテロさんの口から告げられたので、礼をして部屋を後にする。
到着まではまだ時間があるだろうし、どこか適当な場所で仮眠でも取ろうかと、飛行船を彷徨う。
いつの間にか飛行船は海上ではなく地上を飛んでいるようで、そこかしこにある窓から見える景色には、ありふれた街並みが広がっている。
それを眺めつつ先ほどの面談を思い出す。ネテロさん、終始一貫してまったくの隙だらけだった。
それなのに私が攻撃したとしたら、それが届く前に反撃を受けるビジョンは鮮明に脳裏に浮かんだ。
垣間見えた彼の深淵は、絶対に敵として相対したくないと思わせるほどのものだった。
まったく、とんでもない爺さんだこと。