大泥棒の卵   作:あずきなこ

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22 負け上がりトーナメント

 寝るのに適している場所を探して、人気のない通路を歩く。いや、人気のなかった、が適切か。

 適当に歩くよりもネテロ会長に休めそうな場所聞いておけばよかった、と後悔しているときにそれは起こった。

 

「やぁ☆」

 

 なんという事だろう、休める場所を探していたのにも関わらず、一緒に居て心休まらないピエロに声をかけられてしまった。

 私はげんなりした表情を隠そうともせず、気配を絶って後ろから声をかけるという無粋なことをしたヒソカへと振り向いた。

 

「……なに? 私さっさと休みたいんだけど」

「つれないなぁ、そんな事言わずにせっかくなんだからオハナシでもしようじゃないか◇」

 

 そんな私の心境を承知の上でヒソカが言う。オハナシとか言われてもこっちからは特に無いので遠慮したい。

 だけどまぁ、こういうのは拒絶するのではなく相手の要求をある程度飲んであしらうべきだろうと、溜息の後に条件付きで承諾する。

 

「しょうがないから1分だけ付き合ってあげるよ。で、何の用?」

「……短か過ぎないかい? うーん、まぁいいか★ 二次試験の時スシを知っていたようだし、それでキミは普段どんなところにいるのかってちょっと気になってね◆」

 

 キミに限らず、”彼ら”全員に言えることだけど、と付け足したヒソカ。ここで言う”彼ら”とは蜘蛛のことだろう。

 しかし普段、か。ヒソカに私がジャポンで生活していたことは知らないし、知られたくない。というかそのことを知っているのは蜘蛛の中でもクロロとマチとパク、それと戸籍を用意してくれたシャルだけ。

 コイツに自分の情報を漏らすと碌な事にならないだろうから言いたくないけど、当り障りのないことなら言ってもいいだろう。

 

「普段って言われてもなぁ……。最近ならジャポンで寿司とか蕎麦食べたり、イジプーシャでコシャリとかマハシー食べたり、トレコでケバブとかキョフテ食べてたかな。他にも色々行ってるね」

「なるほど、それでスシも作れたのか……というか、食べてばかりじゃないか◆」

「いや、一応やることはやってるけどさ」

 

 食事のことばかりで、ちょっと呆れたような顔をするヒソカ。嘘はついていない。実際その国には休日なんかを利用して盗みに行ったのだ。

 でも飽くまでも盗むのがメインで、食事はついでである。別に食事目的でその国に行っているわけではない。断じて無い。大概必要以上に滞在したりしてるけど、無いったら無い。

 

「君は食事の美味しい所を好むようだね◇ じゃあ時間もないし、ボクはもう行くよ★ ああそうだ、美味しい処知ってるんだけど今度一緒にどうだい?」

「遠慮します。お構いなく」

 

 律儀にも1分が経過する前に去って行くヒソカの提案を敬語で冷たく却下する。断られるのは予想通りだったようで、くつくつ笑って残念、と残念そうでもない口調で言って去っていった。

 ヒソカと食事なんて行ったら、胃の中のものと言わず臓物を撒き散らすことになりそうな食後の運動がもれなく付いてきそうなのでお断りだ。たとえそれがなくてもお断りだ馬鹿野郎。

 私は命がけの戦闘を楽しむ感性は持ち合わせていないので、そういうお誘いはマジでやめて欲しい。更に言うならそういうのでなくてもお誘い自体やめて欲しい。

 渡した情報も、それで私の行動が予測できるわけでもないどうでもいいものなので、難しい顔をしてその後ろ姿を見送るのをやめ、さっさと忘れて休むために踵を返した。

 

 

 

 空の旅は特に問題もなく、私たちを乗せた飛行船は審査委員会の経営するホテルへと到着し、最終試験まで少しの間休む事となった。

 そして四次試験終了から3日後、私たちはホテル内の一室へと集められ、会長の説明を聞いている。

 かなり広い部屋で、あの時のネテロさんの質問内容から察するに、おそらく受験生同士で戦闘になる可能性が高い。

 まだ勝負の形式がどういったものになるのかはわからないけれど、とりあえずヒソカと戦うことにならなければそれでいい。出来ればイルミさんも嫌だけど。

 

 ちなみに余談ではあるけれど、試験中に仲良くなった忍者から名刺をもらったことを楓と椎菜に教えたところ、絶望されてしまった。

 曰く、イメージが完全に崩れただの、サラリーマンみたいで嫌だだの、どういうことだってばよだの。

 よかった、これで私とおそろいだね。友達っていうのはかくあるべきだと私は思うんだ。

 別に道連れにしたわけじゃない、決して。

 

「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う」

 

 最後はタイマンで決めるらしい。って、ひょっとするとこれって合格者一人になるんじゃ? と思ったけれどどうやら杞憂だったようだ。

 トーナメント形式の対戦組み合わせ表を発表したネテロさんが言うには、たった1勝するだけで合格である、と。

 つまり負け上がりのトーナメントということになる。あのトーナメントの頂点は負け続けたもの、つまり不合格者の座だ。

 対戦表にはこの場にいる全員の受験番号がある。

 

「要するに不合格はたった1人ってことか」

「さよう。しかも誰でも2回以上の勝つチャンスが与えられている。何か質問は?」

 

 ハンゾーの疑問をネテロさんが肯定し、問いかける。今年は最大で9人合格できることになるのか。

 しかし、ネテロさんの言った2回以上の言葉通り、このトーナメント表は個々の戦闘回数にばらつきがある。その最低回数が2回なのだ。

 何故このような形なのだろうという私の疑問を壮年の男性が代弁する。

 

「組み合わせが公平でない理由は?」

「うむ、当然の疑問じゃな。この取り組みは今まで行われた試験の成績を元に決められている。簡単に言えば成績のいいものに多くチャンスが与えられているということ」

 

 このトーナメント表を見る限り、多い人でチャンスは5回もあり、最低の2回と比べると倍以上の差がある。

 そしてこの表は、おおまかに左側のグループと右側のグループに大別できる。

 左側をA、右側をBと仮定すると、Aはハンゾー対ゴン、その敗者と53番の青年、その敗者とキルア、更にその敗者とイルミさん。

 右側は191番の男性対私、ヒソカ対クラピカの敗者同士が次に戦い、更にその敗者とレオリオ。最終的にAの敗者とBの敗者同士で不合格者を決める形になっている。

 私に与えられたチャンスは4回、まぁ多いほうだろう。それに相手はあの壮年の男性、私の負けはない。

 

 しかし会長が説明した対戦表の組み合わせについてキルアが不服を申し立てた。確かに彼は高いポテンシャルを持っているが、チャンスは3回と多い方ではない。

 でもキルア君よ、あなた受験動機が超テキトウじゃないですか。ネテロさんとの面談も多少参考にするって話だったんだからむしろ妥当でしょうよ、一昨日聞いたけど医者志望だなんてかなり立派な目的を持ってるレオリオなんかチャンス2回だぞ、2回。

 イルミさんもライセンス何に使うのか知らないけど2回。まぁこれもあの人はハンターとか向かないだろうから納得。

 ゴンやハンゾーが多いのは、ポテンシャルと志のどちらもがきちんと揃っているからだろうね。

 だがしかしヒソカも私と同じで4回ってのは納得いかない。割りとマジで。あいつは無条件に不合格にして、残り全員を合格させればかなり平和に解決できると思う。アイツにライセンスもたせたら哀れな犠牲者が大量に出てしまいそうだ。

 

 キルアは不機嫌そうにしていて、審査の詳細をネテロさんに問うが、答えてもらうことはなかった。

 けれど、代わりにおおまかな審査基準を教えてもらった。

 

「身体能力値、精神能力値、そして印象値。これから成る」

 

 それと、面談で話した内容を吟味してのことだと。

 身体能力値と精神能力値は、そのまんま肉体面、精神面の総合的なレベル。しかしこれは参考程度で、重要視されたのは印象値である、と。

 それならば私やヒソカ、イルミさんのチャンスがトップクラスでないのも頷ける。

 そしてその印象値というのは何かというと、その2つでは測りうることのできない何か、いうなればハンターの資質評価だという。

 

 資質評価、ねぇ。ハンターの資質として重要なのって一体なんだろうか……、……強欲さ?

 ハンターってなんか物事に貪欲であれば貪欲であるほど結果や功績を残しそうだし、強欲さな感じがしなくもないような。

 イルミさんって無欲なところあるような気がするし、ヒソカは殺人への欲求が尋常ではないし。レオリオは何故か低いけど、医者になって人を助けるって強欲とかそういう感じじゃなくてただの良い人だし、欲のベクトルがハンターにはたしかに向いていないかも。他は知らん。

 

 いやいや、まて。強欲さであれば私だって負けていないはず。強欲じゃないのに泥棒なんかやるもんか。

 とすると、チャンスが4回なのは私に酷い目に合わされたあの監視役が悪いのか……ここにいるから目を向けたら、思いっきり逸らされたし。

 まぁ、勝手に思考を進めてたけど、そもそもその資質評価が強欲さなのかどうかもわかんないんだけどね。

 

「戦い方も単純明快、武器OK反則なし、相手に”まいった”と言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らしめてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格、試験は終了じゃ、よいな」

 

 最後に戦闘のルールを説明してネテロさんが最終試験の説明を締めくくる。

 なるほどね、わりと面倒なルールになっている。ただ単純に相手を実力で圧倒していればいいというわけでもないらしい。

 重要になってくるのは、相手の心をどう挫くか。あるいは、相手にどう負けを認めさせるかに尽きるだろうね。

 正直ヒソカがクラピカ殺してくれれば一番いいんだけど、望み薄だろうなぁ、気に入ってるみたいだし。

 淡い期待を抱き、それを即座にぶち壊されたところで試験の準備が整ったらしく、審判が第一試合の選手をコールした。。

 

「それでは最終試験を開始する!! 第1試合、ハンゾー対ゴン!」

 

 その声を受けて、前へ歩み出る二人。

 ゴンとハンゾーが部屋の中央で対峙し、他は離れたところでそれを見る。退出も自由らしい。

 

 立会人、マスタさんが軽い自己紹介をすると、ハンゾーがそれに絡む。どうやら彼の四次試験での監視役はこのマスタさんだったようだ。

 ハンゾーが四次試験中は受験生にそれぞれ1人ずつ試験官が尾いていた、と今更なことを暴露し、それに驚いた表情を見せたレオリオと、ゴン。

 レオリオは修練も経験も足りてないから当然とは思うけど、ゴンも気づかなかったのか。腕の良い人が尾いていたか、はたまた他のことに気を取られていたのか。まぁ正直どっちでもいいけど。

 

「勝つ条件は”まいった”と言わせるしかないんだな? 気絶させてもカウントは取らないしTKOも無し」

 

 ハンゾーがマスタさんに再度ルールの確認をし、それを肯定される。

 この試験が厄介なものであることは彼もわかっているようだ。如何に強くとも、ただ圧倒すればいいってものじゃない。

 それ以上質問を重ねることはせず、マスタさんの指示に従い両者所定の位置についた。ハンゾーは自然体で、ゴンは腰を落として準備をする。

 いよいよ始まる最終試験の初戦に、辺りの空気も緊張を孕んだものへと変わる。

 

「それでは、始め!!」

 

 その試合開始のコールの直後、ゴンが素早く横に走りだした。ハンゾーはそれを見送り、動かない。

 スピードで撹乱するつもりか。甘い。ハンゾーはもっと早い。

 案の定ハンゾーは、ゴンのおそらくトップスピードであったであろうそれを軽く凌駕して追いついた。

 こと戦闘能力に関して、今のゴンがハンゾーに優っている部分など何一つと知ってない。

 

「大片足に自信ありってところか、認めるぜ」

 

 そう言い放ち、ゴンの首に重く響く手刀を打ち込む。脳を揺さぶるその衝撃に、ゴンの体から力が抜けるが、意識を失うようなものではない。

 倒れこむゴンに、子供にしては上出来だと語りかけるハンゾー。本当に、彼にとっては大人が子供の相手しているようなものだ。いや実際にそうだけども。

 それを見てキルアが苛立ちを隠さずに舌打ちした。自分よりも評価が上のゴンの不甲斐ない姿を見て苛立ちが増したみたいだ。子供かお前は。あ、子供か。

 これが普通の決闘であればもう勝負は決した。アレではゴンはしばらくまともに動けないだろうし、予想通り一方的な試合運びになった。

 

 そのままハンゾーはゴンの上体を起こし、ギブアップを勧める。幸いゴンにはあと5回ものチャンスがあるのだし、ここは以降の試合に影響の出ないうちに降参しておくのが利口な選択だろうね。

 私だったらそうする。なぜならば無駄なプライドに縋るよりは、どんな過程や方法であれ、目的を達成することこそが重要なのだから。

 しかし、ゴンはその要求を拒否。

 それを聞いたハンゾーが更に頭部に衝撃を与え脳を揺さぶり、えずくゴンを冷たい目で見下ろしながら忠告する。

 

「よく考えな、今なら次の試合に影響は少ない。意地はってもいいことなんか1つもないぜ。さっさと言っちまいな」

 

 それでも頑なに拒むゴンに、ハンゾーが追い打ちを食らわせる。

 レオリオもゴンに降参を薦めるが、クラピカがもし自分であれば降参するかと問うと、彼は否と答えた。

 そう、この状況で参ったと言える人間はあまり多くないだろう、これはハンター試験の最終試験なのだから。矜持だってあるだろう。

 でも矜持を持つのは結構なことだが、それとキチンと折り合いをつけていかないと厄介なものに成り下がってしまい、それに邪魔をされてしまうことがある。

 時として、自滅してしまうほどに。

 

 両者の実力差は歴然。

 戦況は覆しようも無い。

 折れないゴンへ、ハンゾーの拷問が始まった。

 


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