週が開けて月曜日。結局クロロはもう少し居付くようだ。まぁ部屋余ってるからいいんだけど。泊める部屋は男性ならリビングか趣味の部屋、女性であればそこに私の部屋が選択肢として追加される。
それに宿代もきっちりオーラで払ってもらっているので居着くのはむしろ歓迎だ。やはり実際に能力を使うと経験値がたまりやすい気がする。
特質系の性質上、決まった系統別の修行法が確立されていないし、私の
向こうとしても、通常の”練”よりも遥かに速くオーラを消費するよりので、短時間でオーラの総量を増やすことが出来る。つまるところ一石二鳥なのだ。
当のクロロは、オーラを絞られたにもかかわらず徹夜で本を読んでいたらしく、私が朝起きた時もソファに寝そべって読書をしていた。
割りと元気そうだったし、一晩経ってオーラもそこそこ回復していたようなので、登校前にも絞っておいた。流石に疲労して日中は寝ているはず。
私はそれ以外はいつも通りに学校で過ごし、今日の授業も全て終わり。帰りのHRもつい先程済んだので、筆記用具入れのみが入った軽い鞄に手を掛けたところで、クラスメイトの子が話しかけてきた。
「ねぇ、真城さん。昨日の夕方駅前の喫茶店にいなかった?」
「え、昨日?」
そう、昨日、とオウム返し気味な私の返事に更にそれをかぶせてきた彼女から僅かに視線を外し、昨日の事を思い出す。
彼女の言う通り、確かにいたけど。買い物帰りに休憩がてらお茶してたけど。クロロと。せっかく誰かと一緒に外に出たのに、用事が済んだらさっさと帰るのはもったいない、ということで。
質問の経緯は分かった。見られていたのだろう。気づかなかったのは迂闊……、……いや、ひょっとしたら私を見た直後、対面に座るクロロに視線を奪われたのか。それならば気付けない、と言うか似たような意味合いの視線が多すぎて、それが誰のものかなど一々気にしてなかったし。
話しかけてきた女子生徒の顔を見る。読み取れるのは、好奇に期待に羨望に嫉妬、その他諸々。流石はクロロ、顔の良さと収入の多さに定評のある男。性格は最悪だけど。まぁ私も偉そうに言える立場じゃないが。
質問の意図も分かった。これはつまりあれだ、昨日の男の人誰よって感じなんだな? さすがにアレを紹介するわけには行かないし適当にあしらおう。
「うん。こっちに遊びに来ていた親戚のお兄さんとね」
嘘はついてない、はず。親戚じゃないだろうけど流星街の人間の絆は他人より細く家族より強い――私個人としてはその表現に疑問が生じる上、あそこに居て絆なんてものを感じたことはないからこれはただの伝聞だ――から、きっと、親戚みたいなものだ。多分そんな感じ、うん。
もうそこに住んでないからそれが私たちに当てはまるかどうかは謎だけど。
ともあれ私の言葉を聞いた彼女の反応はというと、だ。なんと期待に目を輝かせてしまっているではないか。
親戚というワードから私とクロロがそういう関係ではないと理解したからこその反応なんだろうけど、彼が遠くに住んでいることを仄めかした部分はまさか無視なのか?
「へぇ、親戚のお兄さんなんだー。凄くかっこよかったよね!」
胸の前で手を合わせ、僅かに頬を染めつつにこやかに私に同意を求めてくる。ハッキリと且つ整った顔であると思うけど、内面も知ってる身としては同意しかねるので、曖昧に笑って流す。
見た目はたしかに良いんだよ、見た目は。でもそいつ幻影旅団の団長ですことよ。世間を騒がす大悪党の頭ですことよ。なんて、当然言えるわけもない。
興味アリアリです、の姿勢を崩さない彼女に、さてどう対処すべきかな。ここですっぱり諦めさせるのが彼女のためではあるんだろうけれど。
椎菜と楓の方に援護を要請しようと視線を向けると、既にこちらを見ていた2人と目が合う。気づいてたんなら援護を……あれ、ていうかあいつら私の現状を面白がってないか? なんか口元ニヤけてますけど。くそ、援護は期待できないな。
2人に話しかけてもらってこの場を脱する、という手段は向こうの協力が得られそうにないから却下。まぁこの案自体その場凌ぎの物だし、やはり別の方法が理想的かな。
うーん、彼女いるとでも言えばいいか。これならまぁ、彼女の性格次第では即座に諦めてもらえる。どんな人か問われたらパクの写真を使おう。金髪鷲鼻、そして素敵なバストを誇る幻影旅団の団員だ。
利用するようでごめんよパク。でもあなたのその驚異的な胸囲は女子中学生を黙らせるのに最適だと私は思うのです。
「言っとくけど、アレ恋人いるよ?」
「えー、そういうつもりじゃないんだけどぉ、紹介してくれたらなーって」
しかし諦めてくれない。そういうつもりじゃないって、じゃあどういうつもりだよ。私にはさっぱりだよ。
とは言え少し食い下がられたくらいで折れるわけにもいかない。再び拒否の旨を伝える。
「どうせこの辺には住んでないし、それにもう帰っちゃったし、意味ないよ」
「じゃあ連絡先だけでも教えてよ。知ってるでしょ?」
少し不機嫌になりながらも、彼女は更に詰め寄ってきた。わぁいめんどくさい。
その行動力や良し。自分からチャンスを物にしようと動く姿勢は評価するけれど、それを発揮する相手がマズい。
幻影旅団団長の連絡先なんか一般人が持ってたらすごく危険じゃないだろうか。まぁわからないだろうけど。
どうしようか。これ以上問答をしたところで、私はもちろんだが彼女も折れないだろうし。強引に話を切り上げて帰るべきだろうか。
年明けからはハンター試験があるし、それ以降学校に来るつもりはない。出席日数も十分足りてるだろう。関係ないけど。
それまでどうせあと2ヶ月、ここまで来ればもう角が立たないように気を使う必要もない。この人はただの”オトモダチ”だし、現時点で切れてもいい縁だ。
ザックリ断ってやろうと口を開きかけたところで、校内放送のチャイムが鳴り響いた。出鼻をくじかれ、何だコノヤロウとスピーカーに目を向ける。
『3年A組の真城ー、生徒指導室まで来なさーい』
そこから発せられたのは、機械越しの我がクラスの担任の声。3年A組、つまり私のクラスに、その苗字は私しか居ない。
って、私かよ。品行方正且つ模範的なちょくちょく無断欠席する生徒の私としては、呼び出される心当たりがない……あ、あるわ。多分アレのことか。
呼び出されたということは、アレはどうやら担任の目に止まったということ。しかもこの状況では正に渡りに船、乗っかって離脱させてもらおう。ナイスタイミングだ先生。
「呼び出されたから私行くね。それから教えるつもりはないし、諦めてね」
「あ、ちょっとぉ!」
椅子から立ち上がりながら、一応きっぱりと断っておくのも忘れない。コレでこの話は終わりだと判断してくれればいいんだけど。明日以降も聞かれるのは嫌だ。
最後に見えた彼女の表情は、残念だという色合いが濃い。恐らく諦めてくれたことだろう。物分かりは悪くないようで何よりだ。その行動力があれば恋人なぞ直にできるだろう、顔も整っているわけだし。
彼女が今度は内面のまともな奴に惚れるのを心の隅で祈りつつ、鞄を腕に引っ掛け、小走りで教室の後ろの扉へと向かう。行き掛けにニヤケ顔の楓の足を踏むのも忘れない。大いに痛がるといいんじゃないかな。
生徒指導室。その名の示す通り、生徒を指導するための部屋。主に間違った行いをした生徒を正す目的で使用される。方法は相談、説教など。
入学してから半年以上経過したけれど、今まで来ることのなかったこの部屋の内装を見渡す。まぁ、あるのは中央の机と椅子だけだから殺風景としか評価のしようが無いんだけどね。
「呼び出した要件は、コレだ」
机を挟んで対面に配置された椅子。その片側に座る私の前に、広げられたプリント。
差し出したのは私のクラスの担任を務める教師。40半ばの彼は、少し疲れたような表情だ。
プリントは、私達生徒の希望進路を調査するためのものだった。進路といっても中学校卒では企業への就職は困難であり、進学が圧倒的に多いため書かれる内容の大半は受験を希望する高校となる。
ただ、何事にも例外はあるものだ。私の書いた内容は高校の名前ではなく、ましてや進学を希望するといった旨でも無かった。
希望進路は第一から第三まで書く欄があるが、机の上に置かれたプリントには、第一から順に泥棒、ハンター、盗賊というもの。
まぁ先生からしたらふざけんじゃねえと言いたくなるような内容だ。
私は本気で書いたのだから、生徒の本気を汲み取ってくれても良いのではないか。
形ばかりではあるけれど、反論する。この過程が大事なのだ。
「金曜までにちゃんと書いて再提出しなさい」
先生は私の言い分にとんと耳を傾けることもせず、両断して下さった。
不満顔で既に記入したものと新しいものの2枚のプリントを受け取りながら、心のなかでほくそ笑む。このふざけた記入のプリントは学校に残らずとも良い。ただ先生の印象にさえ残っていれば。
退出を促され廊下に出る。新しい紙には適当にこの近くの高校の名前でも書こう。
「結局呼び出しってなんだったの?」
「あー、進路調査だよ。再提出だってさ」
事前にメールで連絡を取っていた椎菜と楓の2人と、校門で合流して帰路に就く。呼び出しが気になったのか、合流後すぐに聞いてきた椎菜の問いに手をパタパタと振って答える。
そういえばこの2人はどうなのだろう。聞いてみると、椎菜は近くの進学校を希望で、楓は少し離れたところにある女子高に行くらしい。楓はなんか女子高でモテそうだ。よかったね、ハーレムおめでとう。
嬉しくないー、と嘆かれてもこの場でに居る楓以外がそう言うんだ、おそらく間違い無いだろう。どんまい。
「で、芽衣はなんて書いたのさ? 私らが言ったんだから教えなよー」
楓が頬をつつきながら言ってきた。その指を笑顔で徐々に力を増しながら握りしめ、適度に痛がったところで離す。ちょっとやりすぎた感はあるけど、折れて無いからいいよね。
まぁ聞いたんだからこっちも言うのが筋だね。この2人になら今のうちから言っておこうかな。”友達”だと思える相手なわけだし。
言えるのは第二希望だけだけど。
「ハンターって書いた。こっちはまじめに書いてるっていうのにね」
「え゛、はんたー!?」
涙目で痛む指に息を吹きかけていた楓が過剰な反応を見せる。痛みもどこかに吹っ飛んでしまったようだ。
ハンターになるためには難関といわれる試験を突破する必要があるし、その反応も無理からぬ事かも。
まぁまぁ問題ねぇよ、と宥めようとしたが、その前に椎菜が、次いで楓が声を上げる。
「芽衣、それほんと? 試験凄く危ないって聞くよ?」
「そーだよ! 毎年すごい数の死者が出てるらしいじゃん! やめときなって!」
「大丈夫だって、自信あるし。それにもう決めたことだしね」
割と強めの語気の2人に対してそう返答するも、なかなか納得してくれない。
私からしたらチョロい試験も彼女達の視線ではそうではないってことか。うぅん、理解はしていたけれど、ここまでとは想定外だ。
心配してくれるのは嬉しいけれど、ハンター試験で私が死ぬなんてことは……あ、あのピエロ去年落ちたんだっけ。今年も来るとしたら万が一あるかもしれない。
今年は私の知り合いの変なピエロも参加するというから、危険っちゃ危険だ。なんせ彼は快楽殺人者で戦闘狂で変態なピエロ。
変態が何をしでかすかなんて私には想像もつかない。確か去年は試験官半殺しで失格だったとか。試験に退屈してしまったんだろうけど、それにしたって堪え性の無いピエロだ全く。
結局私と2人の間の試験に対する認識の齟齬は中々埋まらず、納得してもらえるまではだいぶ時間がかかった。
椎菜に至っては泣き出しそうになるもんだから、ヤバイなーと思ったらすぐギブアップする約束もして漸く納得してくれたのだ。
「しょうがないなぁ、気をつけてね?」
「まだ2ヶ月も先の話だよ。気が早いって」
そんな彼女の苦笑しながらの心配する声。椎菜に関しては納得と言うよりも説得を諦めたのほうが正しいかな。にしても2ヶ月先のことを今から心配しても仕方ないだろうに。そもそも試験とか余裕なんだぜ、余裕。
「んー、お土産何頼もうかなー」
「いやハンター試験のお土産って何?」
「……さぁ?」
対照的に楓は一度納得してからは楽観的になり、おみやげを催促しやがった。
お土産自体はいいんだけれど、そんなものは果たしてあるのだろうか。聞き返してみるも、首をかしげられてしまった。知らないのかよ。
うーん、なんだろう。そういうの売ってる店があるのだろうか。……あぁ、コレならば自分で調達できるし、試験ならではって感じもする。
「死んだ受験生の生首持って帰ってこようか? 試験ならではだよ」
「やめてっ!」
軽いジョークだ。いや些かブラック過ぎたな。椎菜と楓の完璧にシンクロした突っ込みを受け、少し反省する。
額に手を当て溜息を吐く楓が、ジロリと私を横目で見ながら口を開いた。
「つーかさ、それ学校にはなんて言うの? 書きなおしじゃボケェ!! って言われたんでしょ?」
「さすがにそこまで酷くないわ」
軽いチョップとともに返す。そもそも担任はそんなキャラじゃないだろうが。
「でも却下されちゃったんだもん、実際どうするの?」
「とりあえずテキトーに高校の名前書いて出しとこうかな」
椎菜の疑問は尤もだ。ただ、それについては取り敢えず納得できそうな内容を書けばいいだけ。
生徒指導室で考えたように近所の高校か、テキトウな進学校なら問題無いだろう。
「あり? 学校にはハンターになるの黙っておくの?」
楓から疑問の声が上がる。確かに進路希望を訂正する、となると学校側には試験を受ける予定だと伝わらない。
私としてはそれでいいのだ。学校には試験のことが伝わっておらずとも。
「終業式おわって、冬休みに入ってから担任に報告するよ。職員室に行って言い逃げしてくる」
「いいね、言い逃げ! あのハゲのぽかんとした顔が目に浮かぶよ~!」
「ウチの担任そんなに禿げてないよ、楓?」
ただ、担任にだけ伝わっていれば。彼にのみ複数回伝え、後にそれが冗談ではなかったのだと彼が理解しさえすれば。
楓にハゲ呼ばわりされ、椎菜からも微妙なフォローしかもらえなかった、生徒から余り好かれていない担任を、利用する下地ができていれば。
「クチの悪い小娘だこと」
「女子中学生からしたら充分禿げだし! てゆーか小娘ゆーなっ!」
一連の行動の理由は、折を見て彼女達にのみ明かせばいい。果たして意味はあったのかと、いずれ疑問に思うだろうし。
私が楓を小娘呼ばわりしたのを切掛に、話題は進路から楓弄りにシフト。そうしてまた談笑が始まる。
わいわい騒ぎながら帰るこの時間を私はかなり気に入っている。
昔、ゴミの中で憧れていた光景は、思っていたよりも良いものだった。
その後、ファーストフード店に寄って話し込んで、試験日が1月7日だから三が日の間は未だジャポンにいること、だったらクリスマスや元旦はパーティーをしようという話になった。
合格したらジャポンから離れるから実質あと2ヶ月しかいられないことを告げたら悲しそうな顔をされたけれど、決して会えないわけじゃない。会わないわけじゃない。
試験中も途中経過をメールすると約束した。これはかなり喜ばれたけれど、試験中に発生したグロ画像を送ってもいいだろうか。電波はシャルお手製の携帯だから多分なんとかなるだろう。
幻影旅団の情報処理担当、電子戦に強いシャルナーク。金髪翠眼の童顔で、顔立ちに似合わない筋肉を持つ彼は、情報やソフトウェア関連では頼れる男だ。携帯ならシャルに限る。でも100万は高いと思います。いやたしかに超高性能だけどさ。
合格してもメールのやりとりはするし、たまには会いに来ると約束した。ここは料理が美味しいし和菓子も大好きだから、ジャポンに来ることなんてこの先何回だってある。
あと2ヶ月。惜しいと思えるのはきっと良いことだ。
その日、私たちは空が暗くなってくるまで話し込んで漸く解散した。
家に帰ると、すっかりその存在を忘れられていたクロロが、帰りの遅い私に不満そうな視線をぶつけてきた。
そういえば居たんだっけ、と思ったことを正直に言ったら本を投げられた。額に直撃し、とても痛い。私が何をしたっていうんだくそったれ。
まぁなんだ、うん、ごめんよクロロ。