大泥棒の卵   作:あずきなこ

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25 合格争い

 立ち直ったボドロさんが私の方へと右手を差し出し、私はそれに答えて固く握手を交わした。対立する立場ではあるが、お互いの情熱を認め、讃え合う。

 握手の最中に審判から私の勝利が言い渡され、これで正式にハンター試験に合格、合格者第2号となった。そして正式に私とボドロさんの間においては醤油が塩に勝ることとなった。

 しかしそれは飽くまでもこの両者間において、である。たとえ私が醤油派の代表として塩派に勝利しようとも、それで全体として本質的な優劣を決められるわけではない。

 もっと言ってしまえば、この事に関しては真の優劣など永久に決まることはないだろう。これは人類の歴史が終わるその時まで常に競われ続け、そして高められていくものなのだ。

 

 私たちの試合は両者共に軽い打撲程度のものしか怪我がなかったので、治療の必要もないのでこの後すぐに第3試合が始まるらしい。

 キルア達に一応祝福されながら他の受験生たちの元へ戻るとき、私とハンゾーの視線が再び交差し、火花を散らした。コイツとも近いうちに決着をつける必要がある。

 視線を絡めたまま彼が口を開いた。

 

「塩に勝ったくらいでお調子に乗るんじゃねえぞ醤油。その程度じゃあオレたちの絶対的地位は揺るがねぇ」

「ほざけとんこつ。総合人気が高いからっていい気になってると足元掬われるよ」

 

 挑戦的な言葉を投げかけるハンゾーにそう返す。

 とんこつの味と人気は認める。認めるが、醤油だって決して負けていない。特に醤油の女性人気は高い。

 周囲の一部からの、お前らハンター試験なのに何を争ってるんだって感じの視線が鬱陶しいけど気にしないでおこう。そんな些細な事よりはこの戦いのほうがよっぽど重要だ。

 

「醤油の代表には負けはしたが、それでも塩がとんこつに劣るわけではないぞ、若造」

 

 そこに参戦するボドロさん、塩を見下すような発言をしたハンゾーに食って掛かる。

 睨み合うとんこつ派と醤油派、そして塩派。それぞれに譲れぬものがある。

 横から言葉輪投げかけてきたボドロさんへとハンゾーの冷ややかな視線が移り、口元には嘲笑を浮かべて言い放った。

 

「あ? なんだよオッサン、すっ込んでな。アンタはこの場において既に敗者なんだよ。醤油に負けた塩がとんこつに勝てる道理は無ぇ」

 

 醤油に負けた塩はお呼びでない、とハンゾーはとんこつスープに浮かんだ油の如く高い位置から物を言っている。

 当然ボドロさんはそれを看過することなどできず、私もハンゾーの発言には聞き流せない部分があったので論争が始まった。あの発言は、まるで醤油に負けた塩は醤油より上のとんこつに勝てる訳無いと言っているようなものだというか正しくそのつもりで言ったのだろう。許せん。

 そうして始まってしまった論争は、当然誰もが譲れるものではなくどれだけ自身の主張が正しいのかを述べ合い、それは徐々にヒートアップしていき収まりがつかなくなってきた。

 さらに我も参加せんとウズウズしだす人まで現れた頃、事態は更に動き出した。

 その発端となる口火を切ったのは、ハンゾー。

 

「クソが、このまま言い合いをしていても埒が明かねぇ! おい、お前ら表出やがれ。決着つけてやる」

「上等じゃん。確かホテルの向かいの通りにおあつらえ向きの(ばしょ)があったから、そこで続きをやろうか」

「なるほど、それはいい。ならば今すぐにでもそこに向かおう。先程は遅れを取ったが、味ならば今度はそうはイカンぞ」

 

 それに対して場所を提示する私と、闘士を燃やしつつそれに賛同したボドロさん。

 ならばこの場でコレ以上の言葉は無用、とそのまま無言でぞろぞろと出口へと向かって歩く私達。

 しかしその背中に待ったの声がかけられた。

 

「ちょい待ち、タンマじゃタンマ! ……そのー、なんじゃ。今最終試験の最中なんでの、後にしてくれんかの」

 

 ネテロさんのその言葉に私たちは足を止め、顔を見合わせる。そういえばそうだった、今はハンター試験の合格争いをしているのであって、ラーメンの味で争っている場合じゃなかった。

 仕方がないので、とりあえずこの場は試合の方に集中しようということで私たちは矛を収めた。

 というか、今更ながらに気づいたが、私以外の二人はまだ試合が残っているので今食べに行くのはマズいのだ。食べに行くものは美味いけど。

 なのでこの戦いはハンター試験終了後に改めて共にラーメンを食べに行き、そこで決着をつけようということとなった。

 この一連の流れの間、周囲との温度差は酷かった。そう、まるでラーメンとお冷のように。

 

 

 

 本来ならば第二試合終了後すぐに始まる予定だったが、想定外のアクシデントで開始が遅れた第3試合、戦うのはヒソカとクラピカ。アクシデント起こしといてなんだけど、これは私が一番注目してる試合だ。

 具体的に言うとヒソカがクラピカを殺してくれないかなーという期待を込めている試合だ。何なら逆でもいい。いやむしろそれがいいかも。

 ヒソカはトランプを持ち、クラピカは両手で2本の木製の小太刀らしきものを構えて対峙する。

 

 試合開始直後から、クラピカは臆すること無くヒソカへと突撃し、勇猛果敢に攻め始めた。

 対するヒソカはどう見ても手を抜いていて、既に何発か食らって入るがニヤニヤと楽しそうな笑みを崩すことはない。

 ヒソカがだんだんと興奮していくのが分かる。もうそのまま興奮のあまり殺っちゃってください。

 

 しかしそんな願いもそこは変態ピエロ、お気に入りをこんなところで壊す気は無いようで遊び続ける。

 防御から攻撃に転じてからもクラピカが対処できるギリギリのレベルの攻撃をし、徐々にそのヒソカの攻撃に対応し始めるクラピカを見て更に笑みを深く、気持ち悪く変貌させる。興奮に上気する彼の顔とは正反対に、私の顔色は悪くなっていく。

 あのピエロは気分が悪くなるので見たくないけど、万が一を考えてクラピカの動きを頭に入れたいから目を逸らせないのは辛い。

 

 攻防を見る限りでは実力の拮抗したいい勝負に見えないこともないけれど、その表情を見ればどちらが優位かは一目瞭然。

 歯を食いしばり、必死に食らいつくクラピカに対して、ヒソカは非常に気持ち悪い舌なめずりまでしちゃって、随分と余裕な表情だ。

 

 周囲の人間が固唾を飲んで見守る中、ついにクラピカの剣の片方がヒソカのトランプの斬撃によって両断され、使い物にならなくなってしまった。

 1瞬怯んだクラピカの、その僅かな隙を突いて肉薄したヒソカは、なぜかクラピカに攻撃することはなかった。

 攻撃するのではなく、顔を寄せ、クラピカの耳元で何かを囁く。非常にクラピカが可哀想な状況で、つい同情してしまう。私なら吐いてしまうやも知れぬ、ああ恐ろしや。

 

 私を戦慄させた光景のその直後、予想外なことが起こった。なんと、ヒソカが自ら負けを宣言した。

 耳打ちをしたのは彼であるのに、だ。一体何故。

 クラピカは悲惨な目に合わされて背筋に悪寒が走ったから目を見開いたのだと思っていたけど、流れを見るにどうやら違うようだ。

 

 その内容が、非常に気になる。

 片や蜘蛛への復讐者、片や蜘蛛の一部で有るけど頭を潰そうと虎視眈々な変態。

 あとで、ヒソカに聞いてみよう。はぐらかされるだろうけど、なんならクラピカの方でもいい。

 あまりいい予感がしない。

 

 

 第4試合は53番ポックルさん対とんこつ、じゃなかったハンゾー。

 開始と同時にハンゾーが素早く背後を取り、ポックルさんを地面に倒してその腕を極める。

 ちょうどゴンの腕を折った時と同じ状況。違うところといえば、先程よりも低いその視線の温度。

 

 僅かに身動ぎして抵抗を試みたポックルさんはしかし、お前には容赦しないとのハンゾーの一声であっさり負けを宣言した。

 ハンゾーの合格が決まり、そしてこれによってポックルさんの合格は絶望的になってしまった。

 なんせこの後彼が戦うのはキルアとイルミさんという、ゾルディックとの2連戦である。ゴンみたいに腕1本で済めば安いものだ。

 そこを抜ければもう1試合あるけど、最終試合になる前に戦闘できない身体になっていても不思議じゃない。特にイルミさんのところで。

 彼の悲惨な運命に、私は心のなかで合掌した。

 

 

 第5試合、ボドロさん対ヒソカ。

 この試合も一方的なものだった。圧倒的実力差で以ってボドロさんをボコるヒソカ。戦闘において、ボドロさんはヒソカに絶対に勝てない。

 というかこのトーナメント、パワーバランスが滅茶苦茶おかしい。本当に考えて作られているんだろうかという疑問が浮かぶ。

 だってさっきから同程度の実力同士の試合が1つもない。

 

 必死に攻め、防ぐボドロさんを、ヒソカは遊びながら翻弄していく。塩が、蹂躙されていく。なんてことだ。

 嬲るようなヒソカの攻撃は、骨こそ痛めてはいないものの、筋肉や腱にダメージを蓄積させ、身体を動かすことさえ激痛が伴うようになっていく。

 この後の試合のことを考えてあげてのことなのか、はたまた単純に面白がってるのかは知らないけど、とりあえずヒソカ許すまじ。

 派閥は違うとはいえ、我が同志たるボドロさんになんて酷いことをするんだ。死ね。マジで死ね。

 

 やがて傷つき、倒れこむボドロさん。そしてまたもやその耳元に顔を寄せ、何事か囁くという迷惑行為をするヒソカ。

 しかし今度はヒソカではなく、ボドロさんが負けを宣言した。

 囁かれたほうが負けを認める、この状況が本来なんだろうけど。だからこそさっきのクラピカとのやり取りに違和を感じずにはいられない。

 

 敗北し、ダメージを負った身体でこの後も戦わなければならないボドロさん。

 その彼を私とハンゾーで壁際まで運び、案の定骨に異常はなかったので簡単な処置を施して次の試合に備えさせる。

 ボドロさんが感謝を口にしようとするが、それを私たちは目で制す。思いが伝わったのか、ボドロさんが口元を緩めた。

 私たちは敵であり、また仲間でもあるのだ。

 

 その光景を見て、レオリオも治療に参加してきた。次にボドロさんと戦うのは自分だというのに。

 医者志望というだけあって、傷ついた人間は見逃せないようだ。いや、もしかして彼も同志なのか?

 そんな変な期待とともに盗み見た彼の横顔は、傷ついたものを放っては置けない、そんな想いが見て取れる、正しく医者に相応しいものだった。

 私はこっそりと反省した。

 

 

 第6試合、キルア対ポックルさん。

 戦闘能力に関して言えば、ポックルさんに劣っている部分が何一つないキルア。

 この試合も特に見所はない。あるとしたらキルアがどうポックルさんから”まいった”を引き出すかだけど、出来ればスプラッタな感じはなしで、さらに長引かせてくれれば尚いい。

 せいぜいポックルさんには粘っていただき、ボドロさんの回復の時間を稼いでもらいたいところだ。

 レオリオの治療のお陰でマシになったとはいえ、やはりまだ戦えるコンディションではない。

 

 だけれども、またしても予想外の結果に。なんと戦闘開始直後にキルアが負けを宣言しやがったのだ。

 何してんの、馬鹿なのあの子。ボドロさんまだダメージから立ち直れてないのに。

 私はキルアに責めるような視線を向け、ハンゾーも表情を歪める。考えることは一緒だ。キルアてめぇ。

 

 アンタとは戦う気しないんでね、と言ってあっさりとその場を離れた馬鹿キルア。

 余裕そうにしてるけど、次のキルアの対戦相手はイルミさんだ。勝ち目どうこう以前に、ここで家に帰されるんじゃないかと思うけど。

 帰らされるにしても、ここで勝っておいてライセンスだけでも貰えばよかったのに。合格確定後の取り消しはないのだから。

 まったく、無知は罪とはよく言ったものだ。

 

 

 第7試合、レオリオ対ボドロさん。

 ボドロさんはまだ戦える状態ではなく、戦闘経験や能力の差を考えたとしてもレオリオが圧倒的に有利。

 しかしレオリオが、ボドロさんの怪我の回復を待つ時間が必要である、との申し立てを審判にしたことによって、この試合は先送りになり第8試合が先に行われることになった。

 レオリオさんマジイケメン。いや、やっぱり彼も同志なのだろうか?

 

 

 第8試合、キルア対イルミさん。

 これまでの試験中の彼の戦いとは違い、ポケットから手を抜き腰を落として戦闘態勢を取ったキルア。

 イルミさんはそれを意に介する事無く、その顔に刺さっていた針を引き抜きだした。見ていてあまりいいものではない。

 ビキビキ、ゴキゴキと、骨が軋んでいるっていうレベルを余裕で超えてしまっているような音を立てながら、顔が元の形を取り戻していく。

 ものすごくグロいですイルミさん。痛くないんですかそれ。さっき一瞬顔があり得ないくらい膨張しましたけど。

 

 それを見ていたほぼ全員が驚愕する中、キルアのそれだけが違う意味合いを含んでいた。

 ここにいるはずのない、有り得ないと思っていた、自分の恐れている人物の登場。

 その状況に、完全に萎縮してしまったのだろうキルアは、おそらく無意識に、1歩後ずさる。

 

「兄……貴!!」

 

 突然のビックリ人間ショーに凍りついていた試験会場に、キルアの驚愕で彩られた声が響いた。


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