そう決意はしたものの、さてなんと言ったものか。
目標としては、イルミさんからこの件での妥協を引き出すことか。仕返しにもなるし、キルアにとっても少しは特になるだろうし。
ならばどこから突くべきか、と頭を巡らせてから、イルミさんをまっすぐ見据えて言葉を発する。
「邪魔するっていうか、私は既にキルアと”オトモダチ”ですからね、本人とも合意の上でですし。ね、キルア」
私のその言葉に、キルアも弱々しく首肯する。まずはここからだ。
一次試験のマラソンの時、私と彼は”オトモダチ”になった。
空き時間にも話していたし、それなりに仲はいい。
イルミさんが何かを言う前に私が更に言葉を重ねる。
「というかイルミさん達束縛し過ぎ。ぶっちゃけ重いですよ、愛が。そんなんじゃキルアじゃなくたって家出しますよ、家にいたって楽しいことなんかないんだから」
言いながらもキルアに聞かされた愚痴の数々が脳裏に浮かぶ。
やれキキョウさんがウザいだの、シルバさんスパルタすぎだの、イルミさん死ねだの、というか家族全員死ねだのそんな感じのものばかりだけれど。
そこまで不満がたまる生活、しかもたまった不満を解消する機会もあまりない生活。
殺しがそうだとか言われるかもしれないけど、逆にキルアにとってはそれさえも不満の種だった、らしい。
愚痴られてたときは、いや飛行船で2人殺したじゃん、とは突っ込まなかったけど。
まぁ、いつもやってるからついって感じだったんだろうね。
衝動的に、咄嗟に殺ってしまう。そんな風になってしまっていた自分さえもが、負担になっていたのかもしれない。
「? なんでさ、殺しだけしてればそれで十分楽しいだろ、そう作ったんだから」
しかし私の言葉を聞いても、心底不思議そうに聞いてくるイルミさん。
そう作ったのだからそうであると信じて、いや断定して疑うことさえしない。
こんな調子で彼を妥協させられるのだろうか、と周囲の視線に居心地の悪さを覚えながら思いつつ、私も言葉を返す。
「その前提がまず間違いなんですよ、キルアは殺しを続けることに不満を持ってるってさっき本人も言ったじゃないですか。キルアにとって本心では殺しは娯楽ではないんですよ、私もそう愚痴られましたし。まぁ、そういう不満をまずぶちまけることをせずに、家出だなんて強硬手段に打って出たキルアも悪いっちゃ悪いですけど」
このゾルディック家出騒動、事の発端は家族側の行き過ぎた期待と情であるのは間違いないけど、キルアにも落ち度はある。
前に彼にも言ったように、まず家族に自分の胸の内を明かして、話し合いを試みべきだった。
特にゼノさんなんかはちゃんと話聞いてくれそうだし、行けそうな所から攻めて味方を作って、状況を変える努力をすべきだった。
キルアの主張を彼の落ち度も交えつつ言えば、イルミさんも今度は少し考える素振りを見せてから答えた。
「……キルが殺しに不満を持っているって言う点については、100億歩譲って今は取り敢えずいいよ。でもやっぱり友達は邪魔だ、いらない、殺す。キルの友達だって言うならメリッサ、お前もだ」
100億歩って、なんでそこで微妙に子供っぽい発言するんですかイルミさん。
しかし取り敢えずキルアの殺しについての不満については一応のところ納得してもらえたようだ。今は、らしいけど。取り敢えずはいい調子である。
後は友達云々の部分だけど、これは下手を打つと私の命まで危ないからちょっとやばい。というか若干雲行きが怪くなってきたかもしれない。
でも私は空気の読める女、ここまでやっといて今更後には引けないし、トモダチ云々はもう少し突けそうだ。
ちなみに私とイルミさんのトモダチのニュアンスの違いはスルーする。私にとってのその違いの意味を知っているのは、私の他に後1人しかいないし、それで十分だからだ。
内心の不安を悟られぬようポーカーフェイスを心がけつつ口を開く。
「いやいやなっちゃったもんはもうしょうがないですし。それにほら、もうだいぶ前から私はお宅のミルキくんと仲良しこよしのお友達で、お互いに得のある良い関係を築けてますし。友達いてもプラスになるっっていう実例あるんですから、その辺ももうちょっと緩めてあげてもいいんじゃないかなー、と、思っちゃったりするわけなんですが。ほら、別にミルキくんのお仕事に支障もないじゃないですか」
別にビビッてるわけじゃないけど、少ししどろもどろになりながらもイルミさんへの更なる説得を試みる。ビビってはいない、決して。
ここでゾルディックさん家のミルキくんとの交友関係さえも暴露してしまったけれど、ヒソカとイルミさんとも知り合いなんだからもう今更だろうし。
ていうかちょっと私の命もやばくなってきたような気がするから出し惜しみしていられない。
実際に私とミルキくんは互いにギブアンドテイクで有益な関係なので、イルミさん本人も知っているこの事実はこの場においてなかなかの効力を持つ。
私から視線を外してぼんやりと中空を眺め、考えているようなよくわからない様子だけど、どうなんだろう、コレはいけたんだろうか?
「確かにミルはお前から変なものもらって随分嬉しそうにしてたね。そうか、お前を殺すとミルは損をするかもしれないな。じゃあ他の奴らはともかく、お前は半殺しでいいよ。やっぱりキルに友達なんて認められない、ずっとそうやってきたんだから。それにハンターになるなんて以ての外だよ、理由もないのなら尚更だ。時期が来れば指示するし、キルにはまだ必要じゃない」
やがて結論が出たのか、微妙な妥協がイルミさんの口から出てきた。
わーい半殺しで済んだぞー。……いや半殺しもすごい嫌だけど。
まぁとにかくこれで私の首の皮はつながった。殺されそうになったら全力で逃げに徹するつもりだったけど。
イルミさんが変なものと言っているのは、私が外で見つけていくつか溜まったらまとめて持って行っているプレミア付きのグッズだ。
ミルキくんからもらった分厚いリストに載っているやつか、無害そうな念を纏っているものを買って直接持っていくのだ。
直接なのは、宅配だとあんな家だからかそもそも配達に来なかったり、執事さんが勝手に開けて中身を見るからと彼が嫌がったからだ。
ちなみに今のイルミさんみたいに変なもの扱いすると鼻息荒く怒り出す。
とりあえず殺されることはなくなったけれど、どうせなら半殺しも勘弁願いたい。このままだと私が大損である。
というかこの私が、自分の保身もあるとはいえ弁護してあげてるんだからキルアももう少し頑張っていただきたい。さっきから顔色悪く黙り込んだままである。
イルミさんの矛を収めさせるためのポイントは、やはり友達の部分か。
もう十分弁護してあげたし、多少はキルアにとってももしかしたら分が悪い状況になろうとも我慢してもらおう。
イルミさんへの嫌がらせも、ある程度は出来ただろうからあまり多くは望まなくてもいい。別にビビってはいない。
教育方針として友達が駄目なんだし、ハンターになるのが駄目なのも、キルアが自発的に指示以外のことをするのが嫌なのか、或いは殺し以外に今は目を向けさせたくないのか、またはまだ実家で行動を縛る必要があるとの判断か。
次期当主としての期待が高いキルアだけに、少しでも影響が出そうな部分は徹底する必要があるのだろうか。
正確なことはよくわからないけれど、1つ確実に言えるのは、それはイルミさん意志と言うよりは、ゾルディックの意志だということ。
そこを考慮に入れて、この場を凌ぐための折衷案を出せばいい。
そう結論づけ、悩む素振りを見せてから人差し指を立てて提案する。
「ライセンスは、確かに本人も欲しがってないから別にいいと思います。でもキルアにも不満はあるので、ここで帰らせて一度家族とじっくり話す機会を設ければいいんじゃないでしょうかね。キルアの主張も聞いてあげて、それを踏まえて判断してあげればいいんじゃないでしょうか」
ゾルディックも、機械ではない。キルアの行動によって、考え方に変化が生じていてもおかしくはない。
それに私の見立てでは、ゼノさん辺りから攻めていけばある程度規制が緩和される確率はかなり高い。
キルアが家に帰る事になればイルミさんもおとなしくなるだろうし、その後どうなるかは彼ら次第ということで。
ちなみに私も、キルアの友達にゴンはあまり性格的にあまりよろしくないと思う。
なんか、ゴンが無茶しまくってキルアが酷い目に合いそうなのだ。ゾルディックは慎重派だし、そういったところはソリがあわないと思う。
聞けば四次試験で無謀にもヒソカに挑み、結果ピンチに陥ったらしいし。
「……いいだろう、どうせ何も変わりはしないだろうし。キル、今お前がおとなしく帰るんならゴンやコイツらは殺さないでおいてやるよ」
僅かな沈黙の後、イルミさんが矛を収めた。よし、助かった!
元々イルミさんも家の方針に従って教育していたわけだから、こう言えばいけると思ったが正解だった。
私も怪我しないで済んだし、キルアも結構な確率で状況が改善されるだろうし、キルアの不合格によってライセンスが欲しい人全員が合格できるという、それなりのハッピーエンドを迎えることができた。キルアは欲しがってる理由がアレなので我慢してもらおう。
イルミさんが当初に予定していたキルアの帰宅までのストーリーも掻き回せただろうし、私の些細な仕返しも完了だ。結果は変わらなかったけど。
「だってさキルア。友達はとりあえず保留だから、今日のところは家に帰って話し合ってみなよ、私も用事があるから近いうちに遊びに行くし。ちなみにゼノさん辺りから話をして味方につけておくのがオススメ」
「メリッサ、変な入れ知恵しないで」
危険も去ったので一安心し、ゴンが殺されずに済んだことで多少顔色がマシになったキルアに声をかけるも反応薄く、しかもイルミさんに突っ込まれてしまった。
そろそろミルキくんに渡すブツが溜まってきたからゾルディック訪問するつもりだったし、その時に様子を見ることにしよう。
キルアは冷や汗を大量にかきながら考えこみ、答えが出たのか漸く口を開いた。
「……まいった。オレの不合格で、いい」
そう言って、俯いたまま私たちの方へ、つまり外へ出る扉の方へと歩いてくる。
レオリオやクラピカはこの結果に不満そうな視線を向けてくるが、家の事情に首を突っ込みすぎるわけにも行かないしこれ以上はどうしようもない。
そんな目を向けるなら、じゃあキミらがどうにかしてよと言いたい。これでも私に害が及ばない範囲で結構頑張ったほうなのだ。
まぁ、さっきからずーっとイルミさんが、キルアを威圧するために並々ならぬプレッシャーを発しているのからそれに威圧されてるんだろうけど。さすがにレオリオもこの状況で口を挟めるほどの豪胆さは無いようだ。いや、おそらくだけどある程度事情を知っている私がいるのだから知らない自分が出る必要もないと判断したんだろう。
何はともあれとりあえず殺されることがなくなったんだからいいじゃないか。
彼らにゴネられてややこしくするわけにも行かないので、キルアの通る道を開けさせる。
審判がこの試合の勝者を宣言したところで、イルミさんがキルアに語りかけた。
「キル、お前は今までどおりオレや親父の言うことを聞いて、ただ仕事をこなしていればそれでいい」
それに、と立ち止まったその背中に追い打ちをかける。
「お前、オレがゴンを殺すと言ったのに、自分では何も出来ず、何も言えなかったよな。それはゴンが死ぬことより、自分より強いオレに立ち向かうのが怖くて、嫌だったからだ」
それを聞いて、更に顔色を悪くするキルア。
イルミさんのその言葉は、正しい。
ゾルディックでは勝ち目の無い敵とは戦うなと教えられる、とミルキくんも言っていた。
幼い頃から叩きこまれたその習性は、一朝一夕で抜けるようなものではない。
否定しようのない事実をイルミさんは突きつけ、キルアを追い込んでいく。
「そんなお前に友達をつくる資格はない。必要もない。そのことを忘れるな」
キルアは一瞬だけ泣きそうなものに表情を歪め、しかしすぐに歯を食いしばって走りだして私達の間を抜け、乱暴に扉を開き試験会場を後にした。
レオリオやクラピカの制止の声にも耳を貸さずに。
イルミさんの言葉はキルアの心を的確に抉るえげつないものだったけど、友達の資格云々はともかく、事実なだけに私がかける言葉も無い。
ヘタな励ましだって無意味だし、逆効果になることもある。
これは時間がかかるだろうけど、彼が自分の心と向き合うしか無いだろう。
イルミさんのやりたいこと、言いたいことをある程度妨害できたため仕返しはできた。
キルアに対しても多少のケアはできただろう。今後は彼とその家族次第だ。
そして私がイルミさんにボコられることもなくなった。ついでに他の人達も。
部外者の私ではこれ以上のことは望むべくもない。
というか、なんだか私の裏の人間との繋がりがかなり明らかになって、ぶっちゃけ私が一番損したような気分だ。視線を感じつつ、そこに触れるなという空気を全身で発しまくる。
何だか精神的にかなり疲れた出来事だったけれど、私はやり遂げましたよ塩老師。
もうあとは家族で存分に話しあって折り合いをつけてくれればいいと思いますぅ。
投げやりな思考になりつつ、役目は終わりであると判断し扉の前から離れ、ボドロさんの近くの壁に背を預け目を閉じる。他の皆もとぼとぼと扉を離れ、試験官達はネテロさんに呼ばれて部屋の箸へと集まった。
その後、キルアが出ていった後は誰も声を発しないままの微妙な空気の残る試験会場で、黒服達と話し合いをしていたネテロさんが、部屋の中央に歩み出て宣言した。
曰く、キルアの発言、行動を踏まえて、これ以降の試合への参加の意志なしとみなし、キルアの不戦敗で最終試験は終了である、と。
そしてこの場に残る受験生全員、9名の合格が言い渡された。