大泥棒の卵   作:あずきなこ

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 その宣言をもって講習が終了し、そのタイミングを見計らってゴンがイルミさんにキルアの居場所を尋ねた。家に帰ったって言ってた気がするけど。

 イルミさんはそれに対しやめた方がいいと言ったけれど、しかしゴンが食い下がる。

 

「誰がやめるもんか。キルアはオレの友達だ!! 絶対に連れ戻す!!」

 

 その連れ戻すって表現は私としてはどうかと思うんだけど。まぁなんでもいいか、あまり関係ないし。

 イルミさんはゴンのそばにいるレオリオ、クラピカにも同じつもりなのかと問い、2人がそれを肯定すると、少し考えこんでから口を開いた。

 考える際に私の方をちらりと見たと感じたのは、どうやら気のせいではなかったようだ。

 

「……いいだろう。教えたところでどうせ辿りつけないし。あ、でもオレが教えるのはなんか嫌だな、メリッサにでも聞いてよ」

 

 イルミさんの発言の後半部分のせいで彼らの視線が離れた場所に座っている私に集まる。その中でもゴンは何故私なのか不思議そうだけど。

 というかなんでそこで私に振ったんですか、昨日私がごちゃごちゃ反論したからその仕返しのつもりですか。

 まぁ、私も教えるのは別にいいんだけど。どうせ辿りつけないってところも同感だし、キルアが動けるようになるのを待つのが賢明だと思う。文字通り、住んでる世界が違うのだから。

 とりあえず、彼らの視線に答えないことによってささやかな抵抗を示した。

 

「さて、これでもうこの建物を一歩出たら諸君らはワシらと同じ! ハンターとして仲間でもあるが商売敵でもあるわけじゃ。ともあれ、次に会う時まで諸君らの息災を祈るとしよう」

 

 しかしそれも、では、解散!! とネテロ会長に告げられたことによって終りを迎える。それと同時にこれで本当にハンター試験が終わった。

 何食わぬ顔で退出しようと思っていたけれどすぐに声をかけられてしまい、部屋を出た後はゴンたち3人に連行されることになってしまった。ちくしょう。

 

「んで、メリッサ。キルアがどこにいんのかお前知ってんだろ?」

 

 少しだけ歩いた辺りで、レオリオがそう切り出した。

 私は少なくとも今はやめたほうがいいと思うけど、やっぱりキルアを迎えに行くつもりのようだ。この様子では私が忠告したところで何の意味もないだろう。

 質問自体はイルミさんも言ってもいいようなことを言っていたし、答えても問題無いと判断して答える。

 

「ククルーマウンテンって山が丸々ゾルディックの敷地で、そんでその頂上に家があるからキルアはそこだね」

「山が全部敷地だとぉ!? どんだけお坊ちゃんなんだよあいつはよぉ!」

 

 私の答えにすかさず驚きの声を上げるレオリオ。うん、まぁ驚くよねぇ。

 しかもあの山はかなりの広さを誇っており、更にほとんど整備していないから強力な獣や魔獣がかなり生息していて、それを利用して小さい頃は山で命がけのサバイバル修行なんかもあるそうだ。

 普通ならば実家の敷地内じゃあサバイバルもクソもないような気もするけどそこはゾルディック、やはり規格外だ。

 つまるところ、あそこは一口に山といってもただの山ではなく、魔境のような山なのだ。

 広い危険な山の中にゾルディックの本拠地も隠されており、見つけるのさえ困難なそこにたどり着くまでにはかなりの労力を要する。

 よしんばその試練を突破したとして、今度は使用人軍団が待ち構える。正しく軍団と呼ぶに相応しい彼らは、それだけで国を落とせそうなほどの戦闘能力を持つ。

 それを退けるレベルの戦闘能力を持っていたとしても(捨て身で確実に相手を仕留められる能力者も複数擁しているので正直無理だけど)、消耗もしているだろうし結局ゾルディック一家には敵わない。苦労して突破したその先に一番強いのが待っているのだ。

 幾重にも張り巡らされた完全防御の要塞とも言えるのがククルーマウンテンである。

 

「ククルーマウンテン、か……。それで、その山はどこにあるのだ?」

「結構有名なのに……。ここからなら北東に言ったところの、パドキア共和国にあるデントラって地区にあるよ。バスも出てるし、後の詳しいことはめくれば出てくるよ」

 

 その地名を聞いて、クラピカが顎に手を当てて記憶を探ってから、該当するものがなかったようで聞いてきた。

 ゾルディックの悪名のおかげで結構知られていると思ったけれど、クラピカは知らなかったみたいだ。

 まぁ、飛行船で普通にいける国だし、これだけ教えてあげれば家の前まではいけるでしょ。

 

「バスでいけるんだね……って、メリッサ、キルアの家知ってたんだ?」

「あー、ゴンはあの時いなかったね。キルアの兄の1人と友達なんだよ、私。バス出てるのは、あの家が地元じゃ観光地扱いされてるからだね」

 

 ゴンの不思議そうな声に答えると、皆してなんか微妙な顔をした。暗殺一家の家が観光地なのはたしかに変な感じである。

 私の発言の前半部分については特に説明されなかったみたいで、私がキルアの兄と友達と聞いて、ゴンがイルミさんにまた憤っている。

 大方他の兄弟は友だちいるのにキルアだけ駄目なのが許せないんだろう。

 ミルキくんは既にある程度人間性とか仕事の方向性が定まってるから、いても影響されることはあまりないから特に何も言われないんだと思う。更に言うならば私と知り合った時点で結構ダメダメだったので、コレ以上の悪影響もクソもなかったのだろう。

 眉根を寄せていたレオリオが、私のセリフから感じた疑問を口にする。

 

「というかめくればって、なんだ、メリッサが案内してくれんじゃねーのか? 遊びに行くような仲なんだろ?」

 

 どうやら彼は私が案内してくれるものだと思っていたようだ。だけど生憎と私には先約があるのだ。

 パドキア共和国はここから北東に飛行船で大体3日くらいで、蜘蛛の仕事が入っているバウヒニア家があるのがここから南にあるヨルビアン大陸の北西端、マルメロ国。

 このホテルから見たら逆方向だし、ここからマルメロまでも飛行船で3日だから時間の都合上不可能だ。

 そもそもそれがなくとも彼らに同行する気など無いけれど。

 

 一応そんな内心を悟られないためにいつ行くのか聞いてみたけど、予想通りこの後すぐに向かうらしい。

 時期を遅らせるつもりもないようだし、私が譲歩するのはあり得ない。だから案内は無理だときっぱり断る。

 

「今すぐはちょっと予定があってね、時間的に無理なんだよ。暇になったら一回行ってみようとは思うけど」

 

 ぶっちゃけ今すぐに行っても、多分折檻とかされてるだろうから会えるとは思えない。

 それ以前に、キルアの不満への対応とかが決まらない間は会えるはずがないから、今は行くだけ無駄だ。

 それを彼らに言わないのは、言ってもやめないだろうし、どうせ門に阻まれて敷地に入ることさえ叶わないだろうとの判断からだ。

 

「そんな、メリッサはキルアが心配じゃないの?」

「そうだぜ、あんなヒデー家にいちゃ、そりゃあそこまで捻くれたガキにもなろうってもんだぜ」

 

 しかし今はまだ行かないといった私にゴンとレオリオが不満を申し立ててくる。だけどムリなものはムリだ。

 私の中の優先度的に本盗みに行く事のほうが重要だし、そんな理由でお宅訪問なんかしたら後が怖い。

 人数的に盗める数に限りがあるのであれば、自分も参加して読みたいと思うものを選びたいのだ。

 

「そうは言ってもなぁ、私も外せない用事があるし。っていうかゾルディックにはゾルディックの都合があるんだし、後は部外者が口はさむような事でもないと思うんだよね」

「都合って、キルアが殺しを強要されなくちゃいけないような事情があるっていうの?」

 

 私のその言葉に、ゴンが声に若干の怒りを滲ませながら反論する。

 それがあるからこのような事態になってるのだ。ゾルディックはキルアを苦しめようとしているわけじゃない。

 内心の呆れは表面に出さないが、諭すようにゴンの声に答える。

 

「誤解してるみたいだけど、キルアが嫌なのは行動の強制そのもので、殺すのが嫌なわけじゃないと思うよ。昨日はイルミさんの手前ああ言ったけど、自由意志で殺す分には何の抵抗もないみたいだし。この辺は定かじゃないけど、殺さないことで普通になりたいんじゃないかな」

「普通に……?」

 

 ゴンがポツリと声を漏らす。

 普通に。それが反抗心から家を出たキルアが見つけた、彼の望み。

 呆けた顔のままのゴンに対し、更に続ける。

 

「今までそれを知らなかったけど、キミらを見て憧れたんじゃないの。事情については実家の職業柄だね」

 

 まぁ後は自分たちで考えなよ、と締めくくる。キルアの為を思っているのならば、彼らが考えて答えを出して、その上でどうするのか決めるべきだ。

 知ってるんなら来てくれ、とその後も何度かせがまれたが、断固拒否し続けて何とか諦めてもらった。

 いいじゃんキミらだけで行けば。私も用事色々済ませた後でなら行くって言ってんだし。

 キルアの心情的な問題点の指摘はしたけれど、後は家族の問題なのだから家族だけでどうにかすべきだと私は思う。

 今回のことはちょっと規模が大きいだけの家庭問題なんだし、話だって家庭内でつけるべきだ。私たちが首を突っ込んでいいようなことではない。

 

 とりあえず道中困ったことがあったらなんでも聞いてね、ということでレオリオとクラピカのホームコードや携帯などの連絡先を交換した。

 これで自然な流れでクラピカの連絡先を入手することができた。さすが私である。

 理想は発信機を所持品に仕込むとかなんだけど、あいにく今は持ち合わせがないし、別にそこまでする必要もないだろう。

 

「そうだクラピカ、幻影旅団探してるんだよね? 私ソッチ方面とも交流あるし、聞いてみて有力な情報があれば教えようか?」

 

 そうクラピカに提案する。これで不穏な感じがしたらテキトウな情報流して撹乱して、今後蜘蛛と関わることのないよう誘導できればそれが一番いい。

 ゾルディックとも交流のある私からの情報であれば、それなりに信憑性があると思うだろう。

 

「そうだな……、旅団について奴らの風貌、戦闘能力、行動など何か分かったことがあれば頼む」

「おっけー。あ、それと気になってたんだけど、最終試験の時ヒソカに何を言われたの?」

 

 ついでに気になっていた疑問も解消しておこう。今後は顔を合わせることなどないのだから、今のうちに聞けることは聞いておきたい。

 あの変態ピエロは偶にとんでもないことをしでかすから警戒するに越したことはない。数多くいる復讐者の一人であるクラピカなんかよりはよっぽど危険な存在。

 しかし私の質問に対し、クラピカは少し苦い顔をしながら答えた。

 

「ヒソカは……あの時、蜘蛛についていいことを教える、とだけ言った。何の意図があったのかはまだわからない。奴に蜘蛛のことを話したことはないのだが……」 

 

 旅団に近しい人間は奴らを蜘蛛と呼ぶから、それを知っていたヒソカの持つ情報に興味がある、と。

 なるほど、だからプライド高そうなのに試合放棄を受け入れたのか。

 

 ……あのピエロ、何のつもりだ。

 クラピカが蜘蛛を狙っているということを知っている。ここは別にいい。試験中に会話を聞いたのか、クルタであると見抜き目的を推察したのかは些細な事だ。

 問題はその目的なのだ。まだそのいいことが何かはわからないけど、その内容次第ではヒソカの動向にも気を配る必要がある。

 

 ヒソカが何を考えての行動なのかは推測しかできないけれど、碌な事じゃないのは確かだと思う。

 私のようにクラピカに間違った情報をリークするとかでは絶対にないだろうね。

 危険なことがあればそれを回避するのではなく、態々それに突っ込むような男だし。

 

 ただの気紛れか、或いはさっさと試合を終わらせるためにその発言をしたのであれば問題は無いのだけれど。

 良からぬことを考えているのであれば、最悪ヒソカと戦うことも視野に入れなければならなくなる。

 

 念を用いた戦闘は通常のそれとは違い、圧倒的な戦力差を埋めるための方法なんて幾つでもある。

 ここにいる3人は念の才能がかなり有りそうだし、もしこの3人がまとめて蜘蛛の敵に回ったらと、仮定してみる。

 ゴンとレオリオはともかく、クラピカは復讐のためにとんでもない能力を身につけそうな可能性もある。となると、接触する時期によってはそれなりに手強いのかもしれない。

 蜘蛛の戦闘マニアどもが喜びそうな話だ。それはヒソカも例外ではないので、それが目的なのだろうか。

 

 しかしそうだと決めつけてしまうのも早計だ。他にヒソカの喜びそうなことはなんだろうか、と余り考えたくないことを考える。

 真っ先に思い浮かんだのは、クロロとの戦闘。コレが目的だとすれば、ヒソカ自身も蜘蛛だけどクロロを狙っているから、利害が一致する部分だってあるし。

 この場合は共闘なのか、それともコマとして扱うのか。目的が仮にそうだとしても、その場合の敵はこの二人だけなのか。

 

 思考が更に深いところまで及びそうになり、頭を振ってそれらを打ち消す。

 今は考えても詮無きことだ。奴の言ういいことが何なのかわからない以上、その目的を仮定しだしたらキリがない。

 

 考え込んでいた私に気遣わしげな視線を向けていた彼らに、気にするなと曖昧に微笑む。

 そして思考に蓋をして、気づきかけたモノから目を逸らした。

 今はまだ、それに気づいてしまいたくなかった。


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