キルアのもとに向かうための情報もある程度は揃ったので、ゴンたちはこれからすぐにククルーマウンテンのことについて調べることにしたようだ。
私はもう彼らに用がないのでこの場を離れようとしたところ、よぉ、と後ろから声がかけられた。
聞き覚えの有り過ぎるそれに振り向くと、ハンゾーと、その後ろにはボドロさんがいた。
「オレは国に戻る。長いようで短い間だったが楽しかったぜ。もしオレの国へ来ることがあったら言ってくれ、観光の穴場スポットに案内するぜ」
そう言って私を除いた3人に例の名刺を渡すハンゾー。
受け取った彼らもやはり微妙な反応だ。忍者に名刺は似合わない。どうせなら巻物にしてくれたら雰囲気出るのに。いや、それだと嵩張るか。
ハンゾーの目的は”隠者の書”、おそらくこれからすぐにでも行動を開始するのだろう。
いや、ボドロさんもここにいるのだから、その前に1つだけやるべきことがあるのでそれを済ませてからだ。
そのボドロさんもハンゾーに倣ってこれからの自分の行動指針を告げる。
「私も自分の国へ戻り、流派を立ち上げようと思っていたのだが……。ライセンスを使い旅でもして、己を鍛え直そうと思う」
どうやら私はまだまだのようだからな、と頭を掻きながら言うボドロさん。
私に敗北したことで自分を見つめなおすことにしたのだろうか。私に勝つのってそれなりに難易度高いと思うから、あまり気にしなくてもいいのに。
でもハンターになるのが自分の流派を持つためだったのであれば、その判断は賢明だ。そんな事したらかなり目立つので、今のままだと高確率でライセンスを奪われる。
せめて旅の間に念を会得できればいいけど。
ボドロさんからも名刺をもらい、連絡先の交換をしているとポックルさんもこちらに近づいてきた。
これでヒソカとイルミさんを覗く合格者全員がここに集まった。
彼らがここに居ないのは当然だ。イルミさんは仕事以外で連絡先を渡すことはしないし、ヒソカもそんな事する人間じゃない。
まぁ、ただ単純に避けられているからかもしれないけどね。
欲しいならあの2人の連絡先もあげるよ、私持ってるから。いらないだろうけど。
ポックルさんは幻獣ハンター志望で、これから世界中を回って様々な未確認生物を見つけ出すらしい。
似たようなのでUMAハンターってジャンルがあったけど、それとは違うんだろうか。
いや、そんなことよりも。
「ポックルさん、私動物結構好きなんですけど、珍しかったり、絵になるような動物とか風景の写真撮ったらもらえないですかね? あ、これ私の連絡先です」
「ああ、そのくらいなら安い御用だ、コレがオレの携帯な。あんたたちも知りたい情報とかあったら一緒に探るぜ、こっちはオレのホームコードだからそのつもりで」
秘境にも足を運ぶだろうから、さぞいい写真が撮れるだろうとポックルさんに頼む私。それをポックルさんは快諾して下さった。
やった、ポックルさんマジ最高。もらった写真は友達と共有して楽しませてもらおう。
その後ポックルさんの言葉を皮切りに、今度はホームコードの交換が始まった。コレは留守電的なアレである。
しかしゴンだけは不思議そうな顔をしていて、交換の催促をされると自分はホームコードを知らない、と言った。おいマジか。
レオリオが懇切丁寧にゴンにホームコードの説明をし、”めくる”という単語の説明もする。
こういうのはハンターのみならず日常でも役に立つから、知らないのはかなりの損だよゴン。
「ホームコードとケータイ電話と電脳コード、こいつはハンターの電波系三種の神器だぜ。ゴンも揃えといたほうがいいぜ」
レオリオの言った通りで、これらのものがあるのと無いのとでは情報収集の効率が格段に違う。
また電脳コードに関してはライセンスがあれば無料でめくることが出来るようになるので、かなり使いやすくなっている。
公共の場所で使わずに自宅で使うとライセンス欲しさにワラワラと変なのが湧いてくるという欠点もあるけど。
ライセンスでめくれるのだから早速使うか、とクラピカがゴンに聞いたけど、彼はまだ使うつもりはないようだ。
ゴンやレオリオの反応を見るに、何かしらの決意の元使わないと決めたようだ。
変なとこで強情張ってないで使えるものは使っちゃえばいいのに。
「それじゃ、ホームコードができたら連絡くれよ」
交換も終えたところで、そう言って振り返り立ち去ろうとするポックルさん。
しかしすぐに、ああそういえば、と言ってこちらを振り返って一言。
「実はオレ、味噌派なんだ。お前らには負けないぜ、色々とな」
そう言った。ほほう、それはそれは。
たしかに彼は昨日、私とハンゾーとボドロさんが火花を散らしている時にソワソワしていたが、味噌だったのか、そうかそうか。
それを聞いた私達3人は素早く目配せをする。他の2名が誰かなんてことは言わずもがなだ。そして私達の考えることは共通してただ1つ。
「はい味噌確保ー!」
お互いがんばろうな、というセリフを添えてイイ感じに去っていこうとするポックルさんの右腕を、素早く接近した私がガッシリと掴む。
絶対に振り払われる事の無いように、それはもう力強く掴んでいるので離されることはない。
とは言え強く握ると骨を砕いてしまうので、ある程度以上の圧力は加えずに、手の形と位置を力を入れることにより固定している。
「よーよーポックルくんよぉ、それだけ言ってさっさと帰っちまうだなんて連れねえじゃねえか。ちょっと表出てオハナシしよぉぜぇ?」
突然の私の行動に、なんだなんだと目を白黒させているポックルさんの左側からハンゾーが肩を組みつつ絡んで、更に包囲を固める。
そのハンゾーの姿はまるでチンピラ、非常にガラが悪い。とんこつだけに。
そんな私のアホな思考はともかく、だ。せっかくここに醤油、とんこつ、塩、味噌派の人間が集まったのだ、逃がす訳にはいかない。
「うむ、せっかくだ、キミも来るといい。後顧の憂いも無くなったことだし、そろそろ私達の戦いに決着をつけようじゃないか」
さらにその背中を後ろからボドロさんがグイグイと押してホテルの出口へと向かう。完全に強制連行の形である。
そう、試験は終わったけれど私達の戦いは終わっちゃいないのだ。
むしろ今までの事はすべてが
「決着、ねぇ。とりあえず現状じゃあ塩に醤油が勝り、味噌にとんこつが勝ってるわけだが。っつーわけでオレはメリッサと頂上決戦してるからよぉ、あんたらはドベ争いでもしてるんだな」
「調子に乗らぬことだなハゲ。やはり武力で決めるべきではないのだ、私達の戦いの場としてはこれから向かう場所こそがふさわしい。そこで決めようではないか、どれがナンバーワンかを」
「おいコラ誰がハゲだジジイてめぇ、コレは剃ってんだよぶっ殺すぞ!」
ハンゾーの挑発にボドロさんが挑発で返す。一回り二回りも歳が上の人間にハゲと言われるハンゾーが若干不憫な気がしないでもない。
ここまでのやり取りで漸く合点がいったのか、ポックルさんの表情が困惑していたものから挑戦的な笑みへと変わった。
彼も結局は同じ穴の狢。私達は競い合わずにはいられないのかもしれない。
「なんだそういうことか、じゃあ付き合ってやるよ。試合じゃあオレが負けたけど、味なら絶対こっちの勝ちだね」
そんな自信満々に言い放つだなんて、いい度胸だねポックルさん。後で吠え面かかされても知らないよ。
向かう場所は決まっている。ここからさほど離れていない、昨日の試験中の段階でも目星をつけていた店だ。
ホテルの出口へと向かう道すがら、戦いは既に始まっていた。
「言ってくれるじゃねえか、まさかとんこつに勝てるだなんて馬鹿げたこと考えてんじゃねぇだろうな? てめぇらまとめてこってりスープのパンチで沈めてやるよ」
「調子こいてるね、今日こそは醤油が至高であると証明してあげるよ海坊主」
「おいメリッサお前後でリアルファイトな、誰が海坊主だこのアマ」
「あんたら味噌が最強ってことがわかってないのか? 哀れだね、人生損してるぜ」
「海坊主は母なる海がごとき塩スープで溺れるがよい」
「あ、そういうわけだから私ら行くねー。またね3人とも、気ぃつけていくんだよー」
既にそれぞれが主張をし始めた私達を、ポカンと呆気にとられた表情で見るゴンたちに簡単に別れの挨拶をする。
レオリオは同志なんじゃないかと思いもしたけれど、あの表情じゃ違うようだ、残念。
そのまま私たちは互いを牽制し合いながらホテルを出、ラーメン屋を目指した。
一応ホテルを出る際に、何やらハンター試験にまつわるおみやげを売っているコーナーがあったので皆でそこに寄って買い物を済ませた。
お土産あったのか、と見つけたときはその場に居た全員が微妙な顔をした。
店でそれぞれの属する派閥のラーメンを食しながら、何処がどう優れているのかを熱く語る私達4人。
主張を曲げること無く、しかし相手を貶めることもせず、むしろ高め合う。これこそがあるべき姿なのだ。
結局論争に決着が付くことはなかったが、食事を終えた私達は互いに讃え合い、テーブルの上で固い握手を交わした。
声こそ張りあげていなかったものの、周囲で聞き耳をたてていたらしい客からは拍手喝采が巻き起こった。
一緒に居た時間こそそんなに長くはないけれど、忌憚なく意見を交わした私たちは、さながら以前からの友人であるかのように仲良しになった。彼らはもう、立派な”友達”である。
帰り際に、私たちが今年のハンター試験合格者だと知った店主から、ラーメンハンターのサインがほしいとせがまたから一応書いたけど、そんなジャンルのハンターは果たしてあるのだろうか。
この短い間でかなり親密度の増した私たちは、とりあえず共通の目的地である空港までは一緒に向かった。
その道すがら、これからもちょくちょく連絡をとりあって、都合が合えば偶には集まって何か食べに行こうという話をして、別れを惜しみながらもそれぞれ別の飛行船に乗り、別れた。
マルメロ行きの便に乗って席につき、心地良い満腹感から少し眠くなりながらも、ハンター試験のことを振り返る。
ライセンスも取れたが、それ以上に経験と、また新しく増えた”友達”と”オトモダチ”もそれなりに良い収穫になった。
だけど飽くまでもそれなりだ。何せそこは別に不足していないのだから。無くても特に問題はなかったけど、ある分にはそれでいい。
お土産は、ハンター饅頭だのライセンス型キーホルダーだのそれっぽいものから、何だかよくわからないものまで色々あったのでカバンに入るだけ買った。これで得られたものはかなり大きい。
得られたものといえば、さっき空港へ向かう途中にボドロさんに、試合中ヒソカに何を言われたのか聞いてみた。
ヒソカはあの時、自分は幻影旅団である、これ以上粘るならこちらにも考えがあると言われ、真偽の程は定かではないがもしそうであればマズイ、ということでギブアップをしたらしい。
それを聞いて私たちはボドロさんに同情的な目線を向けた。あのピエロ最悪だ、情報を漏らすところも何もかも。ボドロさんの時まで蜘蛛のことを言ったとは。
私とヒソカとの関係についても尋ねられたが、付きまとわれて困っていると言ったら神妙な顔で納得された。まぁヒソカに対する認識なんてこんなもんである。
この点については、単にさっさと終わらせたかったと見るのが妥当だろう。あまり収穫にはならなかった。
ヒソカは、何を考えて、そしてどう行動してくるのか正確なことは読めない。気まぐれな彼の一挙手一投足に果たして何らかの意味があるのか、変な行動が多すぎて考えるのも嫌になる。
味方であるうちは、その高い戦闘能力は頼りになるけれど敵に回せば厄介、時としては手札にあるだけでも味方全体に害をもたらす存在になりうる。
あのピエロ、まるでトランプのジョーカーそのものだ。私達の手元にあるそれは、高確率でいずれ蜘蛛に牙を剥く。
問題はクロロが現時点でそれを良しとしていて、それ故に蜘蛛がそれを不承不承ながらも見逃している点だ。
身内に甘いのは彼の美点でもあるが、悪癖とも言える。
そしてヒソカは、蜘蛛のカードで以ってクルタ族のクラピカに接触した。
彼らが何らかのつながりを持つかもしれないとわかったことも、この試験での大事な収穫だ。
ヒソカではなくクラピカを探れば、ヒソカが何をしようとしているのかを予測することも可能、かもしれない。
この点を見ればクラピカを殺さずにいてよかった。彼らが共謀した場合、ヒソカは付け入る隙がないだろうけどクラピカであればなんとかなる。
敵であると知りながらもそれなりに仲良くした甲斐があった。
この試験中に新たに現れた、暗い影。
それは元よりの闇と相まってより一層深い。
徐々に大きく見えるそれは、成長しているのか、近づいてきているのか、それとも私が近づいているのか。
つらつらと考え事をしていたが、それ以上踏み込みたくはなかったし、そろそろ本格的に眠くなってきたので身体に毛布をかけ、目を閉じる。
埋めてくれた蜘蛛のために、私が出来ること。
それを考えるのはまた明日にしよう。なぜなら眠いからだ。それだけだ。
いつの間にか、私の中で蜘蛛の存在は大きくなっていた。
ああ、でもそういえば、蜘蛛との出会いって最悪だったよなぁ。
そんな事を思いながら、微睡みに身を委ねた。