生徒指導室に呼び出された2日後、週の半ばの水曜日。先週の金曜から我が家に入り浸っていたクロロが明日の昼頃に帰るらしいので、ならばと奮発して今日は外食することにした。今夜の食事はジャポンの伝統料理、寿司である。
まぁぶっちゃけクロロが帰るからっていうのは建前で、実際は何か理由をつけて私が寿司を食べたかっただけだ。しかも回らない奴。私は美味しい寿司を握れないからしょうがないのだ。
目的地である寿司屋は、自宅からそう離れていない場所にあるので徒歩で向かう。道中クロロは折角の手料理が、と嘆いていてかなりやかましい。お前滞在中ずっと食ってただろうが。アレか、商品ではない食事に飢えているのか。
食っちゃ寝して本を読んでの悠々自適な自堕落生活を送っていたのだから、それを提供していた私の我儘を聞いてくれてもバチは当たらないと思う。
辿り着いた寿司屋は、店構えから職人まで、すべてがかなり上質なものだった。仕入れている材料も結構いいものを使っているだろう。
美味しかったのでお腹いっぱいになるまで食べた。単価が高いものだろうがガンガン食べた。私の読みでは個々の支払いはクロロになる。私が誘ったとはいえこの状況で彼が私の分まで払わないわけがない。なので安心して貪った。
クロロの財布事情なんざ知ったこっちゃない。というかそもそもこの程度の出費では痛くも痒くもないほどの大金持ちだから気にすることもない。それは私も同じだから、支払いが私持ちになっても全然問題ないし。
ポツリポツリと会話を楽しみながら、ゆっくりと食事を楽しむ。それが終わる頃には、結構な時間が経過していた。
案の定支払いはクロロがしてくれた。何も言わずともスッと先に動いて勘定を払ってしまえるのは経験のなせるワザか。
イケメンはさすがにこういうところ手馴れている。
店を出て帰路につく。店に入ったのが日が沈みかけた頃だったので、今ではすっかり夜の帳が下りきっている。
見上げた空には雲ひとつ無く、頭上には綺麗な星空が広がっている。
夜中になると流石に気温が結構下がるので、指先が冷えないようにポケットに手を突っ込みながら歩いていると、隣から声がかけられた。
「まったく、出発前の夕食を手料理じゃなく外食で済ませるとはな」
「でも美味しかったでしょ?」
からかうようなその声音に、視線だけを向けて言い返す。
彼だって結構な量食べてたんだから少なくとも不満はないだろうし。
と言うか私よりも食った量多いんだから、満足してるはずだと思うんだけど。クロロは美味しいと思わないものは余り手を付けないし。
「舌と腹は満足だが愛が足りないな。酷い女だ」
味は高評価ではあったらしい。でも愛が足りないと言われても、ただの客としてきたまるで接点のない男に愛情込めて寿司を握れっていうほうが無理な話だけど。
そもそもコイツは愛だの何だのというものを理解できているんだろうか。私だってそんなもん概念しか知らないのに。少なくとも理解とは程遠い。
と言うか、コイツの言葉からは私の料理には愛情が入っていると言っているようにも聞こえる。理解できていないものをどうやって入れろというのだこの男は。
まず間違い無く勘違いである。どうせコイツも愛とか理解してないに違いない。聞いた限りでは特定の恋人を作ったこともないっぽいし。
まぁ彼が私の料理から感じ取った愛情っぽい何かは知らんけど、取り敢えず商品としてではない料理、つまるところ手料理が食いたいのは理解できた。
「おうちに帰れば手作りプリンがありますが」
「よし許そう」
事前に作っておいたプリンの存在を明かせば、何故か胸を張り偉そうに私を許すクロロ。許されなくちゃいけないような事をしたっけ、私。
プリンは彼の好物。プリンにかぎらず彼は甘い菓子が好きな一面もある。私と同様に甘党なのだ。まぁ彼は辛いのも行けるクチだし、洋菓子派だという点は違うけれど。私は和菓子派だ。
ここで言ったプリン、手作りということで色々好みに合わせてアレンジも可能。通常のものに加え、いくつか用意してあるのだ。
「しかもミルクティー味とココア味もありますが」
「なんていい女なんだ……」
今度は私が偉そうにふんぞり返りながらそう言うと、手で顔の上半分を覆い夜空を仰ぎながら呟くクロロ。そんなおべっかが出るほど嬉しいのか、プリン好きすぎだろコイツ。
意外とノリがいいのだ、この男は。仕事中の彼からは想像だに出来ないことではあるけれど、こうやって冗談もよく言うので通常の会話も割と弾む。こんなのが天下の幻影旅団の団長様なのだからとんだお笑い種である。
しかし団長としての彼は髪もオールバックにして威厳たっぷり貫禄たっぷりになる。ギャップが凄まじい。オンオフの切り替えがしっかりできているとも言う。
私としてはプライベートの方が好きである。髪型も下ろしていたほうがイイ。オールバックとか別にしなくていいんじゃないのとも思う。
手で顔をおおったまま歩くクロロに特に何の反応も返さず、ただ彼の様子を見ながら歩く。何もリアクションしなかったら、彼は何時まであの体制のまま歩くのだろうか。
そんな好奇心の元の行動だったけれど、10秒足らずでクロロは自らの顔を覆っていた手を外し、その手で私の頭を軽く叩いてきた。
何か反応しろよと言われても、何も反応しないという反応だったのだ。そういい返すと、彼は苦笑して話題を切り替えた。
「ハンター試験」
「ん?」
一言だけ呟かれたそれに、先を促すように反応を返す。
相変わらず私たちは前を向いて並んで歩き、互いに目だけを合わせて会話している。
「試験は来年の7日だろう? 出発前にメンツ集めてパーっと騒ぐか」
「騒ぐって、それどっちの?」
「もちろん両方」
殺しまくるのと飲み食いするののどっちなんだと問えば、ニヤリと口許を歪めながらの返答。あらやだとっても黒い笑み。
コイツの外見に騙されてホイホイ寄ってくる女性たちにぜひ見てもらいたいものだ。元々本性知ってる私でも軽く引くレベルである。
飲み食いするパーティー的なのはともかく、鮮血飛び散る真っ赤なパーティーはご遠慮願いたい。
そもそも私は盗みの時は顔を隠すし、殺すのも顔を見られるか生かしておくと身元が割れる恐れのあるときだけだから、蜘蛛の皆殺しパーリーではフィーバーできない。時と場合によるだろうけれど、基本的には逆に精神的に疲れる。
そのことはこの男も知っているはずなのにこんなことを言ってくる。嫌がらせか。ドSなのか。そうか。
私の引き笑いを見た彼は、フット笑って訂正した。
「冗談だ」
「え、赤いお花を咲かせるだけなの?」
「そっちが冗談の方だ。なんだ、やりたかったか?」
「いや全然」
意地悪く暴れるだけなのかと聞き返せば、やはりそうではないと返ってきて少し安心する。
欲しい物があるならともかく暴れたいだけなら呼ばないでほしいですぅ。
そもそも学校もあるんで、基本的に気乗りしない仕事には顔出したくないんですぅ。移動時間かかるし、それで学校休むと担任がうっさいんですぅ。
簡潔な返答とは裏腹に頭のなかで色々考えていると、不意にクロロの手が私の頭の上に乗った。え、何事ですか。
「とりあえず、盛大に見送りをしてやる。いつ頃なら開いている?」
「……24と5は多分友達と過ごすから、27から30日くらいかな」
「わかった。俺の方から声をかけておく。詳しいことが決まったらまたこっちに来るよ」
そう言って、頭の上の手を動かす。どうやら撫でられているみたいだ。何しやがると思いながらクロロを睨む。
撫でながら私を見るクロロの目は月明かりも街の明かりさえも飲み込んで、夜の中でも一層深い漆黒で、今日の夜空よりも私を惹きつける。彼は、飲み込まれてしまいそうだと錯覚してしまう目をしている。
私の視線を物ともせず、少し笑って手を外し、視線も正面に戻した彼に、子供扱いすんなと抗議する気にはなれなかった。
ただ、連絡なら電話でいいのに態々会いに来てくれるのか、と考えていた。こういうところ、甘いよなぁ。
家につき、冷やしてあったプリンを3種類も食べて上機嫌に本を読むクロロ。数は多めに作ったからいいけど、3種速攻でコンプリートしやがったコイツ。
しかし食うもん食ったんだから働いてもらうぞ、と彼を私の修行部屋まで引っ張る。訓練に付き合ってもらうためだ。別にクロロは本を読んでいるだけでいい。
ちなみにこの部屋に書かれている念字、私以外には全く負荷がかからない。念というのは効果の対象を絞れば、それだけ条件が厳しいということになるので効果が増す。それは念字においても適応されるルールなのでそうしたのだ。
”練”をしながら私も本を読む。念を鍛える場合は手元が暇になることが多く、疲弊するまでの時間は割りと自由に過ごせる。
疲れてきたら能力を使ってクロロのオーラをもらい、自分自身のオーラを回復させればいい。なるべく多く、オーラを消費する。
オーラというのは枯渇するほど使用すれば、それだけ総量が増えやすい。この方法で消費するオーラは私のオーラの総量よりも多いので、結構な効果が見込める、はず。
ページをめくりながら、一つ気になっていたことがあったので、そういえばさーと前置きして話しかける。
「なんかクロロの念って貰える量少しだけ多い気がする。まぁ言っても誤差程度のものだけど」
「そうなのか?まぁ、共通点も多いしそれが関係してるかもな」
もっと軽い、流すような反応かとおもいきや、意外な言葉が返ってきた。
共通点。私とクロロの共通点といえば。
「本の虫、甘党」
「……いや、趣味趣向の話じゃなくてだな」
もっと他にあるだろうが、と苦笑されてしまった。いやいやこれも立派な共通点でしょうに。
まぁ、違うとは自分でも思っていたけどね。となると、やはり念関係だろうか。
「系統が同じとか? ……確かにパクもなんか多い気がするけど、ほんとにごく僅かだったしなぁ」
「お前とパクよりお前と俺のほうが共通点はあるだろう」
「……え、もしかしてクロロは女だったの?」
パクノダもクロロも、私と同じ特質系に属する念能力者。そっち方面かとも思ったけれど、やはりクロロと比べると貰える量は若干見劣りする。
自分でもなんか違うな、と思いながらの発言は、クロロが考えている共通点とは違ったようだ。
じゃあなんなんだよと半ばなげやりになり、阿呆な冗談を言ってみたら殴られた。痛いですよお兄さん。
いやしかしその小奇麗な顔は女装しとかしてみたら化けるんじゃなかろうか、童顔だしなんかよさそうな気がする。
まぁ本人に言ったらまた拳が降ってくるだろうから言わないけども。
「色素、血液型とかあるだろう。性別よりもこちらのほうが相性に関わるんじゃないか」
「あぁ、体の根本的な部分だもんね。そっか、血液型も同じだったね」
少し呆れたような表情をしながらクロロが言う。ごめん、そっち方面は考えてなかった。
でもなるほど、なんかちょっと納得した。この誤差は肉体的な相性か。オーラと肉体は密接な関係があるとも言うし。
あと多分心情的なものもあるんだと思う。殺人ピエロことヒソカから盗むと少ない気もするし。彼はなんか、ちょっと、嫌なのだ。何かオーラが粘着質だし。ピエロ怖い。
会話が結論づいたあとは、特にお互い話すこともなくページを捲る音だけになった。
無言の空間ではあるけれど、苦ではない。むしろ心地いい。そう思えるのはきっと素晴らしい事なのだろう。
一夜が明けた木曜の朝。何故か普段より早く私は起こされた。部屋に侵入してきたクロロに。てめぇ部屋に無断で入いんじゃねぇっつっただろうが。
放たれた私の蹴りもなんのその、この暴君はお土産にプリンを作ってくれといった。持ち帰るのかよ。プリン好きすぎだろコイツ。
しかし当然安眠妨害は許せる所業ではない。なので今朝は普段よりもオーラをごっそり奪っておいた。このぐらいで済ませてやったのだからむしろ感謝していただきたいね。
登校までに冷やす工程までは終わらせる必要があるので、でかい蒸し器を使って一度にたくさん仕上げる。味は普通のとココアとミルクティーでいいだろう。インスタントの粉をバランスを考えて混ぜるだけだから簡単である。
蒸し時間と余った機材を使ってクッキーも焼いておいてあげよう。さっき私が満足するまでオーラを絞られてぐったりしているクロロへのせめてものお詫びだ。ついでに私が食いたいというのもある。むしろ本命がその理由だ。
結構大量に作ったけど、私のぶんを除いてもこれ全部持ち帰れるだろうか。まぁ、袋は適当なの貸りてけって言えばいいか。
準備も完了したので、私は学校へ。クロロは帰ってくる頃にはいなくなっているだろう。
1周間に満たない滞在期間だったけれど、その間は充実した時間が過ごせたと思う。
放課後になり家に帰ると、やはりクロロの姿はなく、大量のお菓子もどこにも見あたらなかった。
私のぶんまで無くなっている。楽しみにしていたのに、作りなおさなくてはならなくなってしまった。ちくしょう。
と言うか、あれ全部食う気なのか。傷む前に食べきれればいいけど。