大泥棒の卵   作:あずきなこ

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長らくお待たせしました。だいぶ落ち着いたので、また更新頑張ります。
過去編はさっさと終わらせたいと思っております。


05 偶然

 今まで身振り手振りを合わせつつ忙しなく動かしていた口を閉じて、正面に立つ女性の瞳を真剣な面持ちで見つめる。

 その私を無表情で見返してくる彼女に対して事前に伝えるべきことは伝えたので、長ったらしい前置きの本題をついに切りだした。

 

「そんなわけですので、高めに買い取ってください」

「却下」

 

 しかし私のその要求は一切の間も躊躇もなく切り捨てられた。なんてこった。

 

 現在私がいるのは半年ほど前から馴染みになった、大通りにある普通のパン屋さんの地下にある店。私と木彫りのお洒落なレジカウンターテーブルを挟んで立っている見た目20代の女性が個人で経営しており、必要の無くなった盗品をここでお金に変えている。ちなみに見た目こそ20代でしかも美人ではあるが実際は40を超えており、それを言うと怒られる。

 闇市場(ブラックマーケット)や裏のオークションなんかに売っても儲かるは儲かるけど、あっちはあまり高く買い取ってくれないし、何より身長のせいで舐められるのであまり利用したくない。というか見た目で舐められるから高く買ってくれないんだろうけど。

 その点、このように個人で経営している店は当たり外れがあるものの、当たりさえ引いてしまえばその後は安心して利用できる。この店は確実に当たりで、客から買い取ったものをそのまま店舗販売するか、物が大きかったり店が手狭だったり競らせたほうが儲かりそうならオークションへ流している。

 注目すべきは、店舗販売があること。実際に商品を手に取ることができるから買いに来る客の購入意欲を促進する利点があるが、ここで扱っているモノがモノなのでデメリットもかなり大きい。

 一つ一つの値段が高いし、盗品が主なのでここに来る客だってほぼ犯罪者だ。金が欲しい奴からしたら、ここ一軒を襲撃するだけで一生遊んで暮らして尚大量のお釣りが出るくらいの儲けにはなる。

 だというのにこの店ではそんな事があったと思えるような痕跡はなく、床や壁は傷もなく綺麗なまま。

 何故ならばこの店は店主である彼女の念能力によって守られているからだ。故にこの店は強盗を警戒すること無く安定した商売ができるために固定客も多いので、買取も納得の値段なのだ。

 

 そんな彼女の念能力について何故私が知っているのかというと、客として何度か足を運んだものには概要だけを説明するのだそうだ。私の時は3回目に言われた。なんでも面倒臭いことを未然に防ぐためなんだそうな。

 その能力は2つある。彼女の経営する店内での一切の犯罪行為の禁止と、店主である彼女へ攻撃したものに対するペナルティ。

 前者はまず破壊等の暴力行為であれば人、商品、床や壁を問わず一切ダメージが通らず、更に未会計の商品はどんな手段であろうとも店外に持ち出せないらしい。たとえ念を使おうとも、だ。

 後者は本来店主が負うはずだったダメージを相手に返し、更に周囲100mの何もない空間への強制転移付き。地面や壁の中は無いらしい。当然商品を持っていた場合それは店に残る。

 能力の及ぼす効果だけを見れば反則クラスではあるけれど、彼女が経営する店の中でのみ効果が発動するというのだから、実践では一部の例外を除き全く役に立たない。おそらく他にも制限はあるだろうし。

 とはいえ、こういった店を経営する上では非常に役に立つし、店の安定は買取額の安定。品物も充実しているので売ったり買ったりよく利用させてもらっている。

 

 完全な守りのための能力。自身の身のみならず、生活も守れるある意味では超高性能な能力なのだとか。

 しかしこの能力には更なる真価があるとも教えてくれた。他の人には内緒とか言っていたけど、特別扱い感を出して更に財布の紐を緩めるためなのか、ここでは素顔を晒しているから油断しているのか。真意の程は定かではないけれどとにかく、それは先程の一部の例外に当てはまるもの。

 

 操作系念能力者とのコンボ。

 彼女の能力発動の鍵は、そこが自分の店であると認識しているのかどうか。つまり彼女の意識の問題になるらしい。そこを逆手に取るのだとか。

 通常であれば自分の店ではないものをそうであると認識するのは不可能。どんなに自己暗示を掛けようとも、表層心理は騙せても深層心理までは覆せない。

 

 そこで操作系念能力者の出番だ。厳密に言うと、無意識さえも操ってしまえるような能力者。肉体ではなく、精神の深いところまでを操れる能力。

 例えば彼女の運転する車を、彼女の店であると強制的に認識させる。彼女の能力は店を守るものなので、当然外側からの攻撃さえも無効化する。

 あとはえげつないドライブ攻撃でやりたい放題だとか。車という重厚な大質量の塊に”周”をして体当りすれば、そりゃもうとんでもない威力になるだろう。ある程度強い相手には当たらなそうだけど。

 まぁそれでも障害物は無視できるため逃げるには持って来いだ。

 更には何もないところでも能力を発動し、無敵カウンター状態になれる可能性もあるらしい。私が思うに、それが可能だとしても不安要素は結構思いつくし、ぶっちゃけ夢のある話程度にしか思えない。無敵ではあるけど決して最強ではないし。

 

 と、まぁそんな事が他の能力者の協力がありさえすれば理論上は可能らしい。

 理論上は、というのは彼女が実際にそれを行ったことがないから。その能力を持ち、かつ信頼出来る人間がいないため実行に移せないのだとか。

 ぼっちは辛いよ、とは彼女の弁。

 この話を嬉々として長々と語られたことは記憶に新しい。

 

 閑話休題。思考が現状から大いにそれてしまった。

 私は今、ここで買い取ってもらおうとしている盗品の値上げ交渉の真っ最中なのだ。いや真っ最中じゃないね、もう断られたし。

 目の前のテーブルに並べられた4冊の本。コレを今日は売りに来たのだけれど、値段に不満があった。

 

 この4冊を盗んだのは、4ヶ月前の寒い冬の夜。盗賊団と鉢合わせしたけれど何とか持ち帰ることに成功したあの日の獲物なのだ。

 あの時は命の危険さえもあったわけで。通常では考えられないほどの障害があったわけで。それはもうとてつもない労力を費やしたわけで。

 そんなわけで買取金額に多少の色くらいはつけてくれないですかねー、と言っていたのにバッサリと切り捨てられてしまったのだ。非情無情超薄情。

 あの日の苦労を思い返せばこそ、この4冊で500万ジェニーはやはり納得がいかないので食い下がる。

 

「いやいやいやいや、コレ盗むのにかなり苦労したんですからね? あの黒い野郎から逃げるの大変だったんですから」

「ダメダメ、1ジェニーも上げてやらないよ。そもそもこのクソつまらん4冊、内容で減額しないで希少価値のみの値段で買ってこれなんだよ。”魔の慟哭”の上中下が1冊150万、クソみたいな魔導書もどきが50万」

 

 しかしその反論には私も黙らざるを得ない。内容の話をされてしまうとぐぅの音も出ない。

 そう、この4冊は希少価値はあるものの、いざ読んでみればそれはもうとてつもなくつまらない内容なのだ。

 

 まず”魔の慟哭”シリーズ。生々しいだの災だの、何か凄そうだったけど実際は怖がらせる演出ばっかで内容はペラッペラ。1冊およそ500ページだけれど、50ページにまとめても問題ないくらいに内容が薄い。

 そして演出も寒い。”ひぎゃあああ”という悲鳴を例に挙げるのならば、まず見開きの左側のページを”ひ”の一文字で消費し、ページを捲ると見開きいっぱいに”ぎゃ”が一文字と大量の”あ”があるのだ。文字のサイズと向きがバラバラで。ページの無駄遣いである。

 そういうの要らねーから! と感情に任せて本をぶん投げなかった当時の私は褒められて然るべきだと思う。危うく本の価値が下るところだった。

 それと話の本筋自体があまり面白くないという致命的な欠点もある。

 魔導書の方はただの妄想の産物でやはりつまらなかった。こんなもののために私は命を賭けたのか、と悲しくなった。

 

 虚空を見つめ本に思いを馳せて切ない気持ちになっていると、後ろで扉の開く音が聞こえてきて店主がいらっしゃいと声を掛けた。来客である。

 なんとまぁ珍しいこともあるものだと思う。あまりこういう店で他の客と鉢合わせすることはないし、実際私も今回が初めてである。

 まぁ、だからといって気にする必要もないので、そちらに視線を向けることはしない。

 どうやら値段は上がらないようだし、他の客も来てしまったので500万で手を打つことに決め、店主に視線を戻して口を開く。

 

「じゃあもうしょうがないんで、その値段で――――」

「探したな。こんなところにあったのか」

 

 しかし私の言葉を遮る形でさっき来た客が声を発した。しかも私の真後ろで、だ。

 いつの間にこんなに近くに、と驚愕する間もなく後ろから伸びてきた手が私の前に並べられた本を1冊掴む。

 その行動に眉をしかめて振り向き、文句を言ってやろうとしたところでその人物を見た私は固まってしまった。

 なぜならばそこに居たのは、あの日、あの夜に私を追い詰めたあの男が居たからだ。

 

「久しぶりだな。こんなところで会うなんて偶然、いや必然というべきか」

 

 口をあんぐりと開けた私を見据え、面白そうに口元を歪ませながら男が言葉を紡いだ。

 何故こいつがここに? あ、いやそうか、偶然って言ってたっけ。偶々私がいるタイミングでこいつがこの店に来たと? なんてことだ、最悪だ。

 

 見た目はあの夜とは結構違う印象を受けるが、雰囲気でわかる。こいつはあの黒い男だ、と。

 以前はオールバックに真っ黒コートで額を晒していたけれど、今日は黒いスラックスに白いシャツで髪を下ろし額もバンダナで隠している。

 髪を下ろすだけで随分と印象が変わるものだ。今は人の良さそうな外見をしてはいるが、あの夜のことを思えばこの見た目に騙されたりはしない。

 二度と会いたくないし、会うこともないと思っていたのに。運命とは残酷なものだ。

 まぁ、私に接触してきた目的はどうであれ、こいつがいくら強かろうとも今この場においては恐れるに足りない。なので私は下手に出る必要もない。

 

「ウザい死ね。……高めに買い取ってもらえてありがとうございます、その値段でオッケーです」

 

 なので最初の罵声を後ろの男に向け、その後を店主に向かって意味有りげな視線とともに話す。何故ここに、とかそんなやり取りはする気がないと態度で示す。

 この空間では私の身の安全さえも彼女の能力によって守られるし、逃げるときは彼女をぶん殴れば外に出られるので何も怖くない。下手に出れば足元を見られ、不利な取引を持ちかけられる可能性が大きいし、感情的にも嫌だ。

 5文字の悪態とともにふいっと視線を外した私を見て、男は更に笑みを濃く、挑発的なものに変えた。

 

「なんだ、まだあの事を根に持っているのか? 見た目通り随分子供だな」

「いい年こいた大人がそのガキにしてやられてちゃ世話ないけどね。そもそもこっちは顔蹴られてるんだから根に持つに決まってるじゃん」

 

 男の挑発に挑発で返すと、何が面白いのかくつくつと笑い出した。何だコイツ。まぁいい、コイツは別にどうでもいい。

 店主は今の会話で我が意を得たりとニヤリと笑い、口を開いた。

 

「はいまいど。で、後ろの兄ちゃんはコイツがほしいんだよね? 4つで1200万ジェニーになるよ」

「……高くないか?」

 

 店主の提示した値段に難色を示す男。その眉根を寄せることができたので私も溜飲を下げる。

 題して”私に余計な苦労をかけさせた男に嫌がらせをしつつお金を多めにもらっちゃおう大作戦”である。

 先ほどまで高めに買い取ってもらえる予定はなかったけれど、今この場にこの商品がほしい客がいれば話は別。私から高めに買い取ったとしても十分な利益が見込めるのだから店側としては是非もない。

 私はその思惑を先ほどの言葉と視線に乗せ、それを店主は正確に把握してくれた。見事な連携プレー、もうぼっちだなんて言わせない。

 つまるところ私から高く買い取った商品をコイツに通常より高く売りつけるわけだ。

 

 顎に手を当てて考えこむ男を横目で見る。先程から私に対する敵意のようなものは感じることができない。悪意はあったけれど。

 だからと言っていつまでも同じ空間にいたいとは思えないのでもう帰ろう。どうせお金は口座に振り込まれるし、正確な金額はわからないけれど500万以上で取引が成立した以上もうここに用はない。

 結局買う決意をしたらしい男の隙のない姿を見て、ドアから帰るか店主の念で帰るか迷っていると、男が私に声をかけてきた。

 

「お前は少し待っていてくれ。話がある」

 

 その顔と口調にはやはり敵意はなく、更に悪意もない。だけど彼の真意は読めない。

 さて、どうするべきだろうか。彼の言う話とは一体何なのか。それとも私を騙してあの日の復讐でもするのか。

 たっぷり5分ほどの時間をかけて考えてから、私は返事を返した。

 

 それが正解だったと確信できるのは、もう少し先の話。




前半はこんなことも出来るんじゃないの、という話。まぁそれだけではないのですが。
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