大泥棒の卵   作:あずきなこ

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気づいたらお気に入り登録数が1000件超えていました。ご愛読ありがとうございます!
過去編は流せそうなところはサラッと行きます。
でも久しぶりだから何だか調子が出ない……。


06 起点

 クロロ=ルシルフル。

 盗賊団のリーダー。

 流星街出身。

 本の虫。

 

 私があの黒い男、いやクロロについて知っていることは、大まかに言うとこんなところだ。

 

 

 クロロと2度目に会ったあの日からおよそ2ヶ月程経過した。今私は彼の数多有る住処の一つに1ヶ月ほど前からお邪魔している。

 何故こうなっているのかは正直自分でも正確にはわからないけれど、とりあえず危険はないし面白い本が沢山読めるのでそれなりに幸せではある。

 

 結局あの店での誘いを、私は了承した。警戒していなかったわけではないけれど、憎い相手に対するような感じじゃないい彼の態度を見て、どんな話なのかという好奇心が警戒心に僅差で勝った結果だ。

 とは言えやはり店の外で会話するのは危険が高いので、店の隅っこを借りての話だったけれど。他の客が来なかったとはいえ、店主には割りと迷惑を掛けてしまった。

 そして内容はというと、平たく言えば読書仲間にならないか、ということ。聞かされた当初は正気を疑ったものだ。それは彼のものでもあるが、同時に私のものも。あんなことがあった相手にそんな話を持ちかけるなんて、私の気が触れて幻聴でも聞こえたのかと本気で思ってしまった。

 まぁ彼が正気かつ本気だったからこそ今の状況があるわけだけど。今の状況、と言えば私が彼の家にいることだってそうだ。

 

 彼の発言による驚愕から数十秒かけて漸く持ち直し、その真意を問いただしてみた。

 曰く、似たようなことをしている奴が、おそらく同じ趣味で、きっと自分並みにそれが好きで、しかも似たような嗜好っぽいから。自分の境遇では、ここで私を逃せばもうそんな存在とは出会えないかもしれないから、らしい。

 たしかに私は本が滅茶苦茶好きだけれど、確証もないのによくそんな話ができたな、と言えば、ドヤ顔で勘だと言われた。当たってるけどイラッとした。

 勘と言うよりは私が本を絶対に手放そうとせずに逃げたんだからそう判断できる材料は一応あっただろう、と指摘したら目を逸らされた。勘の部分は半分ぐらいだったようだ。

 

 盗賊と、泥棒。本が好き。同じ本を求めた。まぁ、シンパシーを感じるための材料として不足しているわけではないと思う。

 私以外に似たような奴に会えることはないかも、というのも理解できる。盗みやってるのに無類の本好きだなんて奴はそうそういるもんじゃない。

 そもそも過激な奴が多いし、そうでなくてもある程度の実力者なら好き勝手できるからいろんなものに手を出してそうだから本ばかりというわけにもいかない。

 盗賊団の身内にいなければそれ以外で、となるけれど、盗みやってる人間同士が出会うなんてそうそう無い事だし、あっても趣味嗜好を知る機会なんて普通はない。だから私なのだそうだ。

 冷酷な印象があったけれど、やはり彼にも心があり、こういう一面も存在するのだろうか。案外普段は普通なのか、それとも私は彼の欲求の受け皿なのか、と人事のように思った。

 

 とりあえず悪意がないのであれば話し相手程度なら、と了承したけれど、そうしたらクロロは私の持っている本を見てみたいと言い出した。

 趣味は同じでも嗜好までが同じとは限らない。なので私が読む本の傾向がどんなものなのか知りたかったようだ。まぁ、確かに彼から見て糞つまらないような本ばかり読んでいるようであれば私の価値は一気に下がるだろうから、最初にチェックしておきたい部分ではある。

 それは私が所持している本がある場所、つまるところ私の家に行きたいという要求だった。

 

 本来であれば突っぱねるべきその要求を、長考の末に私は受け入れてしまったのだ。

 悪意が感じられないとはいえ無警戒にも程があると思わなくもないけれど、理由はいくつか思い浮かぶものが一応ある。

 本は一人でも楽しめるけど他人と感想や意見を交わすともっと楽しめるとか、逆に彼の本も読ませてもらえるとか。主な例を上げるとすればそんなところだ。

 だけれども、それらの理由はどうもしっくりこない。そういった利害が決定打になったのではないような気がする。

 

 きっと、私は寂しかったのだ。

 ずっと、一人で生きてきた。人ではなくなったその瞬間から、誰かと何かを共有したことなんてなかった。他人か、敵しかいなかったから。

 共通の趣味を持った相手と、それを共有し、楽しむ。そんな甘い誘惑に誘われて、正常な判断が下せなかった。

 そして、それ故に無意識に彼の存在を受け入れてしまっていた。

 生き続けたいと思うのならば、そんな綱渡りをするべきではないのに。

 ぼっちは辛いよ、と最近どこかで聞いたような言葉が浮かんできた。

 

 まぁ結果だけを見れば生きる楽しみが増えた上に私の人生の転機にもなるなど、利点のほうが大きいのは確か。

 実際クロロが我が家に来て早々に人の本を物色しだし、結局気に入られてその後1ヶ月間も居座られて共同生活をするはめになったけど特に問題もなかったし。

 共同生活といっても基本的な家事は私で、普段は二人で黙々と読書をし、偶に読んだものについて話し、お腹が空いたらなにか作るかどこかに食べに行き、テキトウに寝たい時に寝るだけのもの。

 私のテリトリーに入られて若干の戸惑いはあったものの、存外悪いものではなくすんなりと受け入れられた。

 

 クロロにとって、私は合格だったのだろう。私が面白いと感じる本は彼にとってもいいものであることが多いようだし。

 万人受けしない、あまり多くの人に受け入れられ難い本でも、何故か妙に合うのだ。これはお互いにとっても幸運だった。自分の持つ嗜好を理解してもらえて、尚且つ共有できるのだから。

 お互いの基本的な情報をぽつりぽつりと漏らすようになったのは、ある程度の信頼関係が築けた証拠だと思う。

 一貫して下手に出ないように気をつけたのも功を奏した。おかげで私達の関係は対等である。

 

 とは言え、彼が自分の出身地が流星街であると話したことには驚いた。私的にはあそこの出身であるとあまり語りたくないので、彼がそうしたのは意外だった。

 でも彼は私が同郷であるとの確信を持っていたらしい。曰く、それは醸し出す雰囲気でだいたい分かるものらしい。申し訳ないけど雰囲気とか言われても私には全然ピンと来ない。

 でも、たしかに人とは違う部分は注視すれば分かるものかもしれない。言われてから改めて考えてみたけれど、私から言わせてもらえば私達は目が違うのだ。

 流星街の者たちにとって同種と呼べるものはそこに住んでいる、或いは住んでいた者のみ。それ以外の人間は別種類の生き物とみなしている傾向があるんじゃないかと思う。私もクロロも、街行く人間に向ける目は同じ生き物に向けるものではない。

 別種類の生き物。なればこそ、彼らを害するのに一抹の躊躇も存在しない。人が人以外の生き物を害するように、私達もそれ以外の生き物を害するのだ。同じではないからこそ、痛む心など存在しない。

 私にとって彼らは一部の例外を除いて羽虫のようなもの。蚊のように害を為すならば叩き潰すけれど、それ以外は手で払っておしまい。クロロの認識も似たようなものらしい。

 

 

 そんなふうに自分のことについても少しずつ話しながら、私の家での生活が始まって1ヶ月が経過しそうな頃に、今度は私がクロロの持つ本を読みたいと言い出したために私は今彼の家にいる。

 正直1ヶ月も読書に没頭していたら手持ちで読んでいないものがなくなってしまっていたから、断られるのを覚悟で言ってみたのだけれど簡単に了承された。

 生活もあまり変わっていない。私が入り浸る側になってクロロが家事をしてもてなす側になったぐらいの変化が精々だ。

 穏やかに、悪くない時間の流れる日々。本に囲まれてだらだらと過ごしていたせいで、完全に気が抜けていた。

 

 だから私は、クロロが突然言い放った言葉に呆けたような反応をしてしまい、うつ伏せの状態で本を読みつつ齧っていたクッキーをパキリと砕いてしまい、本にそのカスを散布するという愚行を犯してしまった。

 一先ずカスを払い、ゆっくりと口の中のものを咀嚼し、紅茶で喉の奥に流しこむ動作をやけにゆっくりとこなしてから、漸く彼に視線を移して言葉を発した。

 

「……、……は?」

 

 しかし時間を掛けたにもかかわらず出てきたのは文字数にしてたった一文字の言葉のみ。いや驚き過ぎだろう私。

 クロロも似たようなことを思ったようで、何だコイツとでも言いたいかのような失礼な表情を浮かべつつも、先程の言葉をそっくりそのまま繰り返した。

 

「再来週に仕事があるんだが、お前も参加しないか?」

 

 言葉は同じでも呆れを大いに含んだその言葉を、今度はきちんと理解する。

 依然うつ伏せで視線を向けたまま考え、結局クロロの考えることはよくわからないので直接聞いて見ることにした。

 

「……え、どういうこと?」

「そのまんまの意味だ。仕事に参加しないかと聞いている」

「いやそうじゃなくて、それはわかってるからその理由を教えてよ、理由」

 

 ヒラヒラと手を上下に振りながら催促すると、あぁそれもそうか、みたいな感じでポンと手を打つクロロ。言ってくれないとマジでよくわからないのでそこはしっかりしてください。

 

「今度それなりの蔵書を抱えているところに盗みに行くんだが、何せ数が多くてな。全部を持ち出せないからそれを選ぶ必要があるんだ」

 

 これがその理由らしい。つまりは私にも面白そうなのを選ばせれば自分も楽しめるし、しかも人数が増えれば持ち出せる数も増えて一石二鳥、と。

 別に盗み事態は問題ないし、聞くところによると警備は厳重だが彼らの戦力のみでも突破は容易だろうとのことで、私は選定と持ち出しだけ手伝えばいいらしい。

 手に入れたものは私にも読ませてもらえるらしいので私にも参加する利点があるので、利害は一致している。こんな感じに利害がハッキリしていると勘ぐる必要がないのでわかりやすくていい。

 参加自体は問題ない。しかも面倒な事をしなくて済むのは助かるけれど、問題がある。

 

「私としては問題ないんだけど、他の人はそうもいかないんじゃないの? 一応あの時敵対してたわけだし」

 

 そう、彼らは盗賊団。クロロの仕事を共にするということは、その仲間とも共にするということなのだ。

 クロロのことはある程度信頼はしているけれど、それ以外が問題なのだ。特にあのサムライ……あぁ、えぇっと、名前なんだっけ。まぁいいや、とにかくアイツに私があの日の泥棒だと知れたとしたら、嬉々として切りかかってきそうで怖い。

 そんな懸念が顔に出ていたようで、クロロは他の仲間については問題ない、といってくれた。

 

「他の奴らについては心配はいらない。オレの口から説明するからな」

 

 微笑みながらそう言うクロロだけど、正直その笑顔が胡散臭く思えて仕方がない。思わず眉間にシワが寄ってしまったのは本性を知ってるからだろうか。

 とは言え、早めに彼の仲間と接触して無用なトラブルが発生しないようにしたいから、受けたほうがいいのだろうか。リーダーの彼の口から私について言ってくれるのならば、いちゃもん付けられることもないだろうし。

 きっと彼とは長い付き合いになりそうな気がする。彼にとってもそうだが、私にとっても同じくらいのめり込んでる読書仲間というのは貴重な存在だ。おそらく唯一無二と言えるくらいには。

 だからこそ、この機会に後顧の憂いは断っておくべき、なのかもしれない。別にビビって迷っているわけではない。断じてない。

 

 

 顎に手を当てて中空を見つめながらしばらく考えて、女は度胸、やってやる、と言う事で参加することを告げた。正確には愛嬌だけれどそこは気にしない方向で。

 2週間後のその日に不安を抱きながらも、それを誤魔化すように本に集中し、その日が来るのを待った。




転機。
こんな一面とかきっかけはどうでしょう。正直きちんとしたものを考えるのがめんどゲフンゲフン! ……これが精一杯ですね!

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