大泥棒の卵   作:あずきなこ

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07 招待

 私の心情がどうであれ時間というものは無情にも過ぎるもので、ついにクロロの率いる盗賊団と一緒に仕事をする日となった。

 その胸中を知ってか知らずか、何度かクロロに他の構成員のことを尋ねてはみたものの、当日になってのお楽しみだ、と答えをはぐらかされたせいであまり不安は解消されていない。

 教えてもらえたのは人数だけ。リーダーであるクロロと、12人のメンバー。あわせて13人、何だかどこかで聞いたような構成に嫌な予感を感じ、それが更に不安を煽る。

 

 今回の標的は、本を大量に抱えた個人資産家らしい。本のみならず骨董品や絵画などの高額な品も結構な数持っているらしいけれど、今回はそれらは無視するようだ。

 メインとなる本は、希少価値の高いものなんかは個人でそんなに多く所持できるものではないのだけれど、そこまで希少ではないけれど通常では手に入りにくいモノ、例えば絶版していたり入手経路が限られているものはこういう金持ちが道楽で集めていることが多い。狙うのはそのそれなりの本達だ。

 金持ちの家でなく然るべき場所を狙えばもっと色々有るのだけれど、そういった場所を襲撃してその被害のせいで業務を停止されでもしたらこちらが困る。常に本が集められ保管され、それを読ませてくれる場所はまさに宝の山で、通常では読めないようなものでも盗むならばこっそり行くのが常識。だから私達のような手合いは強奪する際は個人を狙う。

 

 日が暮れた頃に私が案内されたのは、標的の家から数キロほど離れた場所にあるスラムの外れの廃墟しかない場所。この辺りは見た感じ建物の劣化がひどく、そのせいで雨風を凌げないのでほとんど人が寄り付かないので、悪い奴らが集まるにはちょうど良さそうな場所。

 その内では大きめな部類に入る建物を示される。ココで打ち合わせを行ってから仕事をし、終わったらまた戻ってくる、言わば仮アジトのようなものらしい。

 外から見た限りではその仮アジトも例に漏れず劣化がひどく、壁はボロボロで屋根も穴だらけ。雰囲気はあるけれど、何故態々コレを選んだんだ。

 

 風でグラグラと揺れてギシギシと嫌な音を立てている、側面の上下2箇所の内下側の蝶番が壊れてドアノブもないボロボロのドアの数歩手前で立ち止まる。これ絶対先客がやっただろうと思えてしまうほどに今にも壊れそうな扉から視線を上に向け、改めて建物を見上げる。うん、ボロい。もうちょいマシな所選びなよ……って、いやいやそうじゃない、そこじゃない。

 手のひらに滲んだ汗をズボンで拭う。緊張しているからか、思考が別の方向に逸れがちだ。リラックスせねばと、一度顔を伏せ頭を振る。

 改めて顔を上げ、扉を見つめる。建物の内部に人はいるのだろうけれど、その気配はしない。それはつまり、この中にいる人達の実力の高さを証明している。私では気配を察知することができないほどの実力差がある。

 そういえば、以前ノブ……、……えぇとなんだっけ、まぁいいや、ノブなんとかさんの時もそうだった。彼が私を視認し、殺気を放たれてからその存在に漸く気づけたのだ。

 少なくとも、肉体なり念なりで総合的に私より弱い人間は今この中にはいないようだ。とんでもない組織だと戦慄すると同時に、嫌な予感が確信に変わりつつある。

 まぁ気配がしないのはただ単にいないだけかもしれないけど。その場合はビビり損である。でも出来れば杞憂で有って欲しいと切に願う。

 

「もう全員来ているようだな。オレたちが最後だ」

 

 半年ほど前の私たちが出会ったあの夜と同じ格好、つまり黒いズボンにファー付きの黒いコートで髪をオールバックにしたクロロが、私の隣で同じように扉を見つめながら言う。

 何人いるのか検討もつかないけれど、今の口ぶりからすると最低でも二人以上いるのは確実らしい。あぁ恐ろしや、なんでこんなに強い奴らが群れてるんだ。

 いずれは私もこの人達と肩を並べられるのだろうか。まだ若いから伸び代はあるはずだし。ああでも、ココで死んだら伸び代も何もないか。

 

 これで罠とかだったらもうどうしようもない。たとえ建物内に入らずともほぼ絶対に逃げ切ることなんて不可能だろうね、こんなに近づいてしまったし、隣にはリーダーもいるし。

 とは言え罠の可能性はかなり低い。私を捕えるか殺すのであればクロロ一人でも十分だ。それを今までの2ヶ月間実行せずにこんな形でするとは考えにくい。

 態々こんな舞台を用意してまでそんな事をするなんて、よほどドS且つ性格が捻じ曲がっているやつじゃないとやらないだろうし。あれ、なんか不安になってきた。

 

 ちらりと隣にいる性格に何の有りそうな男を盗み見ると、タイミングよく向こうもこちらを見たようで視線があってしまい、怪訝な顔をされてしまった。

 とりあえず苦笑いをして誤魔化し、再度扉の方へ目を向ける。まぁ、悪い事にはならないでしょ、多分。

 そう自分に言い聞かせた直後、いつまでも歩みを進めない私に業を煮やしたのかクロロが背を押して催促してきた。

 

「いつまでも突っ立ってないで、さっさと中に入るぞ」

「ちょ、まだ心の準備とかソレ系のアレがコレだから!」

 

 後ろからグイグイと押してくるクロロに対して指示代名詞だらけの意味不明な反論をするも当然聞き届けてもらえるわけもなく、微かな抵抗も虚しく徐々にズルズルと扉へ近づいていく。

 待て、待て、待ってくれ。まだ私は魔窟に入る覚悟ができていない! 私は今回一応ゲストっぽい感じなんだからもう少し丁寧な扱いを要求する!

 そういった旨の主張を小声で叫んでみたけれどやはり無視され、ついにクロロがその手を扉に掛けた。

 

 ミシミシ、ギギィ、ゴシャァン!! と豪快な音を立てて扉が開いた。いや壊れた。変なふうに力を入れたのか先客の乱暴な扱いのせいで限界を迎えていたのかは知らないけれど、クロロが扉を開けようとしたらそのまま扉が前のめりに倒れてしまい、大破した。

 建物の内部への道を開くという本懐を遂げた扉の残骸を無表情で眺めつつ、冷や汗が頬に伝うのを感じながら内心で嘆く。何もそんな注目を集める散り際を演出しなくてもいいだろう、と。そのせいで目立っちゃうのは私なんだぞ、と。

 

「ぃよっしゃあ!! 賭けはオレたちの勝ちだな!」

「ちっくしょぉー!! んだよ団長、もっと丁寧に扱えよなぁ!」

 

 しかしその建物の内部からこちらへと届いたのは、冷ややかな視線などではなく喜びの声と笑い声。

 下に向けていた視線をその声の彷徨へ向けると、丁髷で着物を着たサムライのような格好のノブなんとかがかっかっかと笑い声を上げているのと、そのそばで悔しがっている灰色の髪で筋骨隆々な男が見えた。

 隣からポツリと、賭け? という呟きが聞こえてきた。隣の人物と同様に賭けとこの状況の意味がわからず首をひねっていると、その声を拾ったのかこちらに話しかける聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「さっき団長以外の参加者の中では最後に到着したウボォーが乱暴にしたせいで扉壊れかけちゃってさ。せっかくだから団長が入ってくるときに壊れるかどうかで賭けてたんだよ。んで、その結果がご覧のとおり」

 

 肩をすくめて両の手のひらを上に向けつつそう言ったのは、微笑みを浮かべた見覚えのある金髪の優男。扉に致命傷を与えたのはこの中の誰からしい。

 示されるままに薄暗い建物の中にいる人物たちを見る。中に居たのは全部で8人。左端から順に目を通していく。

 

 紅紫の髪を無造作に頭頂部付近でまとめてポニーテールっぽくした、つり目でキツ目の印象を受ける和服っぽいのを着たスレンダーな女性。

 金髪をショートボブに揃えた半袖の兄ちゃん。優男っぽい顔の割に首から下はマッチョである。この人は以前に見たことがある。

 黒髪でラウンドショートっぽい、かなり身体の大きな男性。厳つい顔に刻まれた傷跡に目が行きがちだが、それ以上に耳たぶが凄まじい。触りたくなる。

 肩ほどのハニーブロンドをセンターで分けた、長身でグラマラスな鷲鼻の女性。上下黒のスーツで、上は胸元を開けて下はスカートという、なんともセクシーな格好をしている。

 灰色の硬そうな長髪で動物の毛皮を羽織り、更に毛皮の腰蓑とゲートルを着けた、超筋肉質で野性的な顔の男性。全身から野性味が溢れ出ている。

 黒の丁髷で着物を着て刀を持った、渋めな顔のサムライ風の男、ノブなんとか。コイツには以前斬りかかられた嫌な思い出がある。

 イジプーシャっぽい被り物をかぶり、膝まである長い服を着た男性。何故あんなものを被っているのか、そしてなぜ眉毛が無いのか非常に不思議である。

 黒の長めの髪を中央で分けてサイドへ流した、小柄で細目な男。全身を黒のゆったりとした服で包み込んでいる。

 

 取り敢えず思ったのは、コイツら全員キャラが濃い、ということ。

 そして金髪兄ちゃんが言う通り、全員の表情を見れば賭けの勝敗が分かる。程度の差はあれども笑顔を浮かべている女性二人とデカブツとノブなんとかと彼自身の5人が勝ったようだ。

 

「チ、コイツらに金払うの癪ね」

「同感だぜ。あーあ、やっぱマチの方に乗っかっとくべきだったか」

 

 対して敗北したのは、眉間にシワを寄せて舌打ちをした黒い小さい奴と、腰に手を当てて溜息とともにぼやく奇抜な被り物の男、そして今もまだ悔しがっている野生の大男。

 

「普通に開けて閉めただけなのによぉ、あの扉が元々ボロ過ぎんだよ」

「おめぇが加減しねえのが悪ぃんだろうが。正直その馬鹿力に一回耐えただけでもあの扉は頑張ったほうだぜ」

 

 野生の大男がポツリと漏らした扉への不満に、ノブなんとかがツッコんだ。お前がやったのか。

 

「またお前らはくだらないことで賭けを……」

 

 少し呆れたようにクロロが中にいる全員に対してそう言うと、何人かが苦笑いとともに顔を逸らした。確かにくだらない、非常にくだらない。

 というか、私はどのタイミングで声をかければいいのだろうか。向こうがノーリアクションだし、クロロも私のこと紹介してくれないし、やはり自分から行くべきなのかもしれないけれどなかなか踏み出すタイミングが掴めない。

 そもそも私が放置されているのは何故なんだ。クロロから事前に聞いていて、だから彼がまず私を紹介するまで待っているからだろうか。ならば私も黙っているべきなのかもしれない。

 

 まぁ、そのあたりは流れに任せていればきっとなんとかなるはず。それよりも、優先して考えるべきなのは別のことだ。

 隣にいるクロロにちらりと視線だけを向け、また前を向く。彼は自分の率いる組織について詳しいことは何も教えてはくれなかった。なので、自分の持つ情報と照らし合わせて自分で判断する。

 先程から彼に対して使用されている、団長という言葉。リーダーなのだからトップを示す言葉なのはいいのだけれど、よりにもよって団長。

 そして、中に居たその仲間たちは、全員が高い実力を持ち、更に念能力者である。それも現段階の私とは実力が結構開いているほどに強い。

 

 背筋を嫌な汗が伝うのが分かる。

 少なくとも9人以上のとんでもない念能力者の精鋭で構成された、犯罪集団。

 そしてそのリーダーに使用される団長、という呼称。つまりこの組織の名前の最後にはかなりの確率で団が付くということになる。

 念能力者で構成された、なんとか団と言う名の犯罪組織。

 心当たりは、ある。しかもそれは世間にその名が知られてから瞬く間にA級首になったような組織だ。

 

 ポーカーフェイスを心がけてはいるもののおそらく強張ってしまっているであろう表情で私が、団長、と小さく呟いたのを聞き逃さなかったのだろう。

 私の隣に立つ、額と背中に逆十字を刻んだ男が、こちらへと顔を向けた。どうせ内心はほぼ察されているだろう、と私は恨みがましい目でその瞳を見つめ返す。

 その態度から私が答えにたどり着いたのを悟った彼は、その口元をニヤリと歪め、楽しそうな声音で正解を発表した。

 

「幻影旅団の仮アジトへようこそ、メリー。オレが幻影旅団団長、クロロ=ルシルフルだ」

 

 当たっていて欲しくなかった私の中の解答は、正解そのものだったようだ。幻影旅団として改めて自己紹介をしてきたクロロに対し、更に視線に込められた思いが強くなるのは仕方のない事だ。

 あぁ、私はなんてとんでもない奴と関わってしまったのだろうか。

 思えば、こんなとんでもなく強い奴がリーダーで、しかもその部下二人の実力も私は知っていたのだから、気づくのが遅すぎたのかもしれない。判断材料は既にあったのだ。

 2週間前の、そしてその更に2ヶ月前の私の選択は間違っていたのかもしれない、と本気で後悔をした。

 

 

 余談ではあるけれど、クロロが私を愛称で呼んだのはこの時が初めてだった。 




正体。

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