大泥棒の卵   作:あずきなこ

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08 蜘蛛

 幻影旅団。

 盗賊集団として盗みや殺しを主な活動としている、A級首の犯罪者。

 構成員自体は13人と小規模な集団ではあるけれど、そんな彼らをA級たらしめているのは構成員全員が念能力者であるということだ。

 念を扱えるものとそうでないものの差は絶大。通常の盗賊団ではありえないほどの武力が幻影旅団にはある。

 故に彼らはプロのハンターですら迂闊に手が出せないほどに危険な集団なのだ。各個撃破しようにも仕事を終えた後の個々の足取りは手がかりすら見つけるのが困難。まさに力に物を言わせてやりたい放題している。

 蜘蛛をシンボルとしており、団員にはもれなく12本足の蜘蛛の刺青が彫られている。故に”蜘蛛”と呼称されることもあるんだそうな。13人の内訳はリーダーである頭と、団員である足が12本の歪な蜘蛛。

 

 私が知り得ている情報はこんなところか。ちなみにこれらの情報はすべてクロロと再会したあの店の店主が喋ってくれたものだ。

 あの人も40代のオバ、……お姉さんなので、そういった年代の人として例に漏れずにお喋りが好きらしい。彼女はぼっちだけど職業柄裏の人間と接する機会は多いおかげで会話から情報も仕入れられるけれど、相手するのが大変なこともある。

 

 まぁ、今はそんな事は置いておいて。

 今まで私のことをメリッサってファーストネームで呼んでいたクロロが、このタイミングで愛称っぽいメリーで呼んだこととか、そもそも私もぼっちだったから誰かから愛称で呼ばれることさえ初めてだとかも今は脇に置いておいて。

 今重要なことは、ここに居るのがかの悪名高き幻影旅団だという事実だ。

 しかも、私はその団長と2ヶ月と少しの間同居していたということになる。

 まさに驚愕の事実だ。とんだサプライズだ。こういうのはマジで要らないからやめて欲しい。

 

 ポカンと口を開けたまま、おそらくアホ面を晒しているであろう私を見て、その笑みを満足気なものに変えたクロロ。

 イラッとしたので蹴りたくなってしまったが、流石に団員の前で団長に蹴り入れるのは不味いだろうと抑えていると、その団員の方から声がかかった。

 

「ようこそは別にいいんだけどよ、団長。そこにいるガキは一体何なんだ?」

 

 声の方向に顔を向けると、そこに居たのは凄まじい耳たぶな大男だ。漸く私の存在に触れてもらえた。ようこその部分はよろしくないと思うけれど、一応ナイスである。

 ナイスである、が、その言葉に少し引っかかるものを感じる。いや、少しどころではない。

 なぜ、私のことを何も知らないような発言をしているのだろう?

 

「念使えるみてーだし新入りかなんかじゃねーのか?」

「いや、でもそれだとおかしいよ。今は欠員なんていないだろ?」

 

 その言葉に答えたのはノブなんとかで、それに疑問を呈したのが金髪兄ちゃん。

 一応潜伏先ということで、蜘蛛の皆も私も”絶”状態なので、念が使えるのが分かるのは当然。彼らの実力からして、まさかだからこそ今までスルーされていたということはないだろうけれど、今はそれよりも会話内容が気になる。

 まただ。この二人も、まるで私のことなど何も聞かされていないかのような口ぶりだ。

 まさか、と思い隣のクロロに視線を戻す。私を見返すその瞳に、嫌な予感が膨らむ。

 いい加減学習できた。私の嫌な予感は、よく当たるのだ。

 だがしかし、もしかしたら杞憂という可能性もあるかも知れないので、一縷の望みをかけて聞いてみる。

 

「……もしかして、私のこと何も言ってないの?」

「ああ」

「言っといてよっ!」

 

 短く簡潔に返答したクロロに対し、お互い混乱するだろうがコノヤロウと憤りながらその脛に蹴りを放つ。狙いがそれることも、回避されることもなく綺麗に決まった。ザマァ見ろ!

 だが喜んだのも束の間、次の瞬間痛みに悶絶したのは私の方だった。私は”絶”状態のまま蹴ったのに対し、クロロは”凝”で防御しやがったのだ。彼はノーダメージだが、こちらはまるで金属でも蹴ったかのような衝撃が足に帰ってくる。

 痛い、超痛い。想定外のダメージに涙目になって、しゃがみ込んで患部を手で覆ってしまう。酷い、あんまりだ。

 蹴られた本人は涼しい顔して鼻で笑ってくるし、細目の小さい男の居た方向から殺気まで飛んでくるし、もう踏んだり蹴ったりである。

 その殺気をクロロが目で制し、悶絶している私を放置して話を続けた。

 

「ノブナガ、シャル。お前達は一度コイツに会っているはずなんだが、分からないか?」

 

 耳たぶ大男の発言に声を上げていた二人にそう問いかける。ああ、そうだそうだ、ノブなんとかはノブナガだったか。で、金髪兄ちゃんがシャル、と。

 問われたノブナガとシャルは、何かを思い出すような動作をしてから、同時に首をひねった。

 まぁ、そりゃわからないでしょうよ。確かに彼らと私は以前会っているし、戦闘も一応したけれど、その時私はお面を着けて顔を隠していたのだから。

 ちなみに今もお面は着けてはいないけど持ってきてはいる。仕事(わるいこと)をするにはコレがないと面倒な事になりかねないし。

 記憶に該当する人物がいなかった様子の二人を見て――そもそもそれを分かってて聞いたんだろうけど――クロロが解答を告げた。

 

「コイツの名前はメリッサ。以前お前達がバーベナで逃した泥棒だ。今回仕事を手伝ってもらうことになっている」

「……メリッサ=マジョラム、職業泥棒。よろしく」

 

 彼の言葉に続き、マシになってきた痛みに耐えながら軽く自己紹介をする。まだ屈んで足を抑えているままなので恰好がつかないが、取り敢えず敬語は下手に出たくないので使わないでおく。立場的に下に見られることを避けなければ、どんな要求をされるかわかったもんじゃない。

 バーベナで逃した泥棒、の部分で合点がいったようで、言われた二人はあの時のやつか! と声を上げた。

 

「んだよお前ら、こんなちっこいのに逃げられたのか!? ガッハッハッハッハ、だっせー!!」

「う、うっせーぞウボォー! そもそも団長だってコイツの事逃しちまっただろーが!!」

「あぁ、そういえば言ってたね。何やってんだいあんたら……」

 

 野生の大男ウボォーがゲラゲラと大声で笑い、それにノブナガが反論し、和服の美女が呆れたような声を出す。

 それを皮切りにその場に居た人間が思い思いに口を開く。やれダサいだの、情けないだのの声が多い。ノブナガとウボォーの二人にいたっては軽い小突き合いまでしていて、それを周りが囃し立てたりもしている。

 だけどその言葉の中に、私の参加に反対するようなものが出てこないのは何故なのだろうか。彼らからしても私が参加することは初耳なはずなのに。

 

 クロロが事態を放置しているので、これはいつものことなのかと思いつつ沈静化を待っていると、グラマラスな美女が歩み寄ってきて私に手を差し出してきた。

 握手を求められているようだったので思わずその手を取ると、彼女はニコリと笑って口を開いた。

 

「私はパクノダよ、よろしくね。どうかしら、ここの連中は?」

「あ、メリッサです。いや、なんというか、うん。賑やか?」

 

 その魅力に圧されて思わず部分的に敬語になってしまったが、取り敢えず思ったことを苦笑とともにオブラートに包んで言う。幻影旅団にはもっとギラギラしてて恐ろしそうなイメージを抱いていたけれど、こうやって仲間内で仲よさげに騒ぐこともあるようだ。まぁそりゃそうか、生き物だもの。それにしたって少々喧しいが。

 私がそう答えた時、何やら周囲の視線が一時的に私に集まったような気がした。いや、気がしたのではなく、実際そうだった。他の人達のしていることは先程までと変わらなかったが、意識は間違いなくこちらに向いていた。

 そのことに気づきはしたが何のことか分からなかったので首を少し傾げると、パクノダは一つ頷いてから微笑んで、元いた場所へと戻っていった。

 

 これは後から知ったことだけれど、この時私はパクの能力で心の中を読まれていたらしい。厳密には記憶なのだけれど、私が蜘蛛をどう思っているか聞くことによって、その記憶から害意の類があるのかを調べていたのだそうだ。

 頷いたのはそれらがないのを皆に知らせるため。もしパクがあそこで首を横に振っていたら、私は死んでいたらしい。それを教えてもらったときはゾッとしたものだ。

 

 とはいえそれを知らなかった当時の私は、それによって警戒が薄れるとともにこの場の雰囲気も険が少しとれて、少しは周囲が静かになったので隣にいるクロロに疑問に思っていることを聞いてみることにした。

 

「ねぇ、なんで事前に知らされてなかったのに私特に何も言われないの? 参加とかも反対意見無いっぽいし」

 

 彼らも組織として外敵には警戒しているはずだし、見たこと無い私に対してもっとキツい対応しそうなものだけど。いやされたら困るのは私なんだけどさ。

 事前に、のあたりで彼を少し責めたのだけれどどこ吹く風でクロロがそれに答えた。

 

「それはオレがお前を連れてきたからだ」

 

 これだけ聞くと理由としてはかなり弱いような気がしたけれど、続く説明を聞いて納得した。

 蜘蛛への入団条件は、現団員を倒してそれと入れ替わること。それともう一つ、欠員が出るとクロロがどこからともなく誰かを連れてきて蜘蛛へと入団させるらしい。確かにさっきシャルもそんな事を言っていた。

 彼らにとっては今までもクロロが誰かを連れてくることは何度かあったことで、故に見知らぬ私に対してもそんなに警戒心溢れる対応ではなかったのだ。当然、無警戒ということはないが。

 今回の私は欠員がいない状態だったという例外でもあったけれど、基本的に団長を信頼しているらしく、だからクロロと共に現れた私はこうも簡単に受け入れられたらしい。

 

 その他蜘蛛についての基本的な情報をクロロから教えてもらっていると、私に向かって声をかけてくる奴が居た。

 声を掛けたのは、今もウボォーとじゃれ合っているノブナガだ。

 

「くっそ、ウボォーうぜぇ! どうせお前だったとしても逃がしてたっつーの、このウスノロ!! おい、メリッサだったか!? お前仕事終わったらオレと勝負しろ! 汚名挽回してやる!!」

「ブフッ! おいノブナガ、汚名を挽回してどーすんだよ、そこは返上するとこだろーが!」

 

 しかし被り物の男が言葉の間違いを笑いながら指摘し、ノブナガがそれに言葉をつまらせた。ウスノロ呼ばわりされたウボォーは、勝負の部分に興味があるのかその発言に怒りもせずにこちらに目を向けた。いや、ウボォーだけではない。結構な数の視線がこちらに集まっている。

 だが私としてはそれは許可できない申し入れだ。自分の口から言うよりも団長から言ってもらうほうが効果的だろう、とクロロに視線を向けながら首を横に振る。やりたくありませんよ、という気持ちを込めて。

 それを見て、よしわかったと言わんばかりに微笑みながら頷いたクロロに安心したのも束の間、彼はとんでもない爆弾発言をしてくれた。

 

「死なれると困るから、やるなら死なない程度にな」

「なんで!? 私やりたくないんだけど!?」

 

 全然伝わってない! いや、こいつ絶対に嫌がってるの分かってて言ってる!

 ちょっとクロロふざけんなお前、あんな刃物振り回す危険人物の相手なんかしたくない!

 そう叫びながら今度はしっかり”硬”をして脛を蹴りまくる。痛がりながらもクロロは、これもいい戦闘経験になるだろうとかアホなことをぬかしやがった。そういう気遣いは要らない、マジで要らない。クロロを蹴りまくることで細目の男の目が怖くなったけれど無視。

 そして団長の許可が出たことで、ノブナガがうれしそうな表情をしている。いや、ノブナガだけじゃなく、他にも何人かそんな感じの反応で、女性陣だけは気の毒そうな目で見てくれたけれど、他は無反応。

 

「うっし、団長のお許しが出たぜ。っつーことで、後で付き合えよお前。帰ったら承知しねーぞ」

「んじゃ、そのあとはオレな!」

「いやいや、ヤだよ! しかも連戦とか無理に決まってるじゃん! ちょっと、助けてよクロロ!」

 

 ノブナガの脅迫混じりの宣言に、何故か連戦という形でウボォーが乗っかる。初戦だけでも死ねるのにふざけんな。

 手と首を大げさに振りながら拒絶し、クロロに助けを求める。クロロと呼んだことで細目の男の目が更に怖くなったけれど無視。

 その救助要請に、彼は私の左肩にポンと右手を置いて、見るものを安心させるような優しげな微笑みとともに死刑宣告をした。

 

「諦めろ。きっとお前のためにもなる」

 

 その言葉にガクッと肩を落とした。この悪魔め。

 確かに、死なないように強くなりたいとは言っていたけれど。確かに、そういった意味ではためになるかもしれないけれど。

 だからって、これはひどいだろう。嫌だって言ってるのに。強くなる以前に死んだらどうしてくれるんだ。

 

 肩を落としたまま顔だけを上げ、ジト目でクロロを睨む。

 なんともまぁ、楽しそうな笑顔しちゃって。そんなに私をいじめるのが楽しいかコンチクショウ。

 許せん。

 

 目には目を、歯には歯を、爆弾発言には爆弾発言を。

 声という名の空気の振動は、とんでもない効果がある。それを教えてくれた彼に、私も同様にお返しをしてあげよう。

 

 顔を俯かせて、溜息を一つ。いかにも私残念がってます、と言うかのように。

 そして、ポツリと零すように、しかしこの場にいる全員の耳に入るような声量で言った。

 

「……優しいのはベッドの中だけなんだね」

 

 ピシリ、と空気の固まる音が聞こえた。

 その場に居た皆が、緩慢な動作で私からクロロへと視線を動かす。言われたクロロは突然の発言に目を剥いていた。

 次いで、ヒソヒソと囁くような声が聞こえる。その中で、一つハッキリと聞こえたものがあった。

 

 ロリコン。

 

 それを聞いて、違う、オレは違うぞと狼狽え始めたクロロを見て、俯いたまま口元を歪める。

 季節は春、私は12歳にもなっていない少女。見た目もその年齢にしては少し小さいくらいで、そんな私が団長とベッドの中でのチョメチョメを示唆したのだ。これはもうエライコッチャだろう。

 もちろんそんな事実はない。だけど新しい団員でもないのにクロロと共に現れた私は、確かに唯の手伝いできたわけだけれども、団員からしてみたら私達がそういう関係である可能性も捨て切れないのだ。

 そこに付け入る。別に信じていなくても、こんなからかいやすいネタを投げ入れてやればそれに食いつくのは道理。

 ザマァ見ろ、と白い目を向けられつつ変態扱いされるクロロを見て溜飲を下げたのだった。

 

 

 

 暫くの間思う存分に状況を楽しんでから訂正を入れ、疲れきった表情のクロロを見て気分が良くなる。

 その後、何故か団員からの好感度が上がっており、彼らについての紹介を受けてから、仕事へと向かった。

 

 

 仕事自体は滞り無く終わったけれど、結局その後私は2回死にかけた。

 私の発言を恨んだクロロによって、ノブナガに敗北した私がウボォーと連戦するハメになったからだ。

 酷い目にあった私は、その後あのネタは封印することに決めた。




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