大泥棒の卵   作:あずきなこ

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12 Trade

 扉が複数あるどデカい部屋に、これまたどデカいテーブル、その端っこの高そうな椅子にちょこんと腰掛け、その斜め後ろには執事が一人。落ち着くことができずに意味もなく手足を動かしてしまう。

 周囲をぐるりと見渡せば、豪奢な調度品や美術品の数々。食器やテーブルクロス、何やら理解できない奇抜な色使いの絵や変な形のツボに至るまで全てが高価な物なのだろう。この家の住人の裕福さが伺える。私が今まで盗みに入ったところなどとは比較にもならない。

 まぁ、屋敷の内装を見るまでもなく、空から俯瞰した時点で大金持ちってレベルじゃない程の金を持っているであろうことは伺えたけど。家の大きさや敷地面積もさることながら、内部もかなり金が掛かっている。

 感嘆からか、それともこの状況に対してか判断の難しい溜息を吐いてしまったのと同時、扉の1つが開き、そこから新たな執事が現れた。先ほど紹介された人だ。

 確か、ゼノさん専属の執事のゴトーさんと言ったか。そのゴトーさんは配膳台を押しており、その上にはティーセットが置かれている。ゴトーさんは衣擦れの音さえさせずにこちらへ歩み寄り、私の目の前のテーブル上でそれらをセットし始めた。

 

「あ、いや、お構いなく」

「いえいえ、ご遠慮なさらずに」

 

 私の割とマジな発言をさらりと受け流し、カップに紅茶を注ぐゴトーさん。よくわからないけど高級且つ上品なデザインのコップに注がれる、きっとかなり値が張るのであろう紅茶。

 毒とか入ってそうだからできれば飲みたくないから遠慮してるのに。ちなみに毒が入っていると思っているのは彼らが私を毒殺しようとしているとか考えているのではなく、私とは無関係に元々この家の者が日常的に飲んでいるのかもしれないこの茶葉に毒が混ぜられている可能性を考えてのことだ。殺すつもりなら既に私は死んでいるだろうし。

 

 ゾルディックといえば世界最強にして最凶で最恐な暗殺一家、しかも実家の位置はかなり有名。怨みや賞金欲しさに彼らを狙うものも多いだろうから、外敵には外部のみならず内部にも気を配らなくてはならない。

 内部に入り込んだ外敵が彼らを害するにあたり、戦闘面に長ける彼らに対し奇襲等は効果が薄いため、必然的に毒殺が最も有効となる。単純に戦闘でも毒を利用して実力差を埋めるヤツもいるだろう。なのでそこを警戒して、日頃から日常的に毒を摂取することによって耐性をつけているはずだ。そう、例えば毎日何気なく飲む紅茶とか。

 私も毒に身体を慣らし始めたとはいえ、それも今はまだ一般人に毛が生えた程度である。これに毒がはいっていた場合、酷い目に合うのは確実だ。

 

 飲まずにやり過ごすことはできないものか、とゴトーさんの顔をちらりと見て、即座にそれを諦める。なんだろう、顔の表情筋は笑みを作っているのに、唯一瞳だけが全ッ然笑っていない。飲まねぇとか言わねぇよな、とでも言うかのように眼光のみが滅茶苦茶鋭い。このオジサマ、器用なことをなされる。

 ええいままよ、とカップを手に取り、香りを楽しむふりをして異物の匂いをチェックする。でもそもそもこの紅茶の本来の香りを知らないし、無臭の毒物だったらこの作業には何の意味もない。案の定毒がどうとかは何も分からず、精々超いい匂いがしたくらいである。

 取り敢えず一口飲めば文句はないだろう、とカップを口につけて少しだけ傾け、少量口の中に入れる。ここでも味から異物の存在を感じ取ることができなかったけれど、予想外の美味しさに少しだけ目を見開く。茶葉がいいのか淹れ方がいいのかはわからないけれど、偶に飲む安物のティーパックの物とは桁違いだ。

 カップを元の位置に戻し、美味いっすねコレと飲んだんでもういいっすかの2つの意味を込めた視線でゴトーさんを見ると、表情は変わらず笑顔だけど今度は瞳も穏やかだ。どうやらこれでいいようだ。

 

 この場は凌げたので、別のことに思考を巡らせる。いやまぁ、毒入ってたかもしれないから凌いだとは言い難いけれども。

 とにかく、私には考えるべきことがあるので、毒の件は後回しだ。そう、例えば私を招いておきながら今この場に居ないゼノさんのこととか、まぁ現状全般だ。

 

 私の現在地は、パドキア共和国はククルーマウンテンにあるゾルディックの屋敷内。ここはその中のダイニングルームだろうか。

 私を招き、何か用があればゴトーさんに頼め、と言い残してゼノさんは何処かへと行った。アイツを呼んでくる、とも言っていたので、その誰かを連れてまたここに戻ってくるのだろうけど、落ち着かないので早くして欲しい。

 そもそもなんでこんな所で茶をしばいてるんだ、とまだ少し水面が揺れている深い赤色の液体を見ながら、ここに来た経緯を思い出す。

 

 

 昨日の夜、対峙していた私とゾルディックのお二方。ついに私に暗殺者が差し向けられたか、と思ったけれど、実際は私にではなく他のものに用があったらしい。

 じゃあなんであの場で鉢合わせたのかと言うと、どうやら私が盗みにはいろうとした家で私より先にやらかしていたのが彼らだったらしく、仕事を終えて自家用の小型飛行船の元へ向かう途中だったようだ。あそこにパトカーとかが居たのは殺人事件が起きていたからか。

 とは言え、それだけだと色々おかしい。パトカーとかが居たことから、彼らの仕事終了から私との遭遇まで結構な時間差があるし、私はあの屋敷とは逆方向に進んでいたのに彼らはその反対側から歩いてきた。つまりは屋敷の方向へと。

 それを聞くと、仕事終わりにあの時間までやっているレストランを調べ、近くにあったのでそこで食事を取っていたらしい。態々屋敷を挟んで飛行船とは反対方向のそこへ行き、食事が終わって飛行船へと向かっていたのだ、と。

 

 つまり遭遇自体は偶然であり、危惧していたように私が狙われていたわけではない。

 このように裏の人間と仕事時に鉢合わせするのは、今回と蜘蛛以外にも例が無いわけではないが、基本は互いにノータッチなのだけれど。

 蜘蛛の場合は何故かノブナガが嬉々として攻撃してきたし、今回は彼らが用があるらしく接触があったというわけだ。

 

 その用が何なのかというと、ゼノさんが示した私の左胸、そのポケットから出ている携帯のストラップ。ゼノさんはコレがご所望らしかった。

 いや、ゼノさんが、というのは少し語弊がある。実際にコレが欲しいっぽいのはゼノさんの引きこもりの孫。とは言え、そのお孫さんが作成した欲しい物を纏めているリストに目を通した時にちらっと見ただけなので、少し曖昧らしいけれど。

 その欲しい物リストとやらは家族全員に見せて収集に協力してもらっているらしく、孫が望んでいるが故に不確かではあるけれど交渉を切り出したのだ。

 ただイルミさん曰く、コレに間違いはないらしい。彼はしっかり記憶していて、私が街路灯に照らされた際に見えたそれを貰おうとしたようだ。まぁ、確証も得ていないのに突然突っ込んできたのならぶん殴っているところだ。だとしても後が怖いからやらないだろうけど。

 

 私が身に着けているコレは、以前仕事ついでに遊びに行った田舎の、期間限定ご当地限定で少量が販売されていたもの。偶然居合わせた私はそれを買い、携帯のストラップとして使っていたのだ。

 田舎なので外部に情報がなかなか行かず、気づいた時にはネットで転売されていたものもコレクターの手にわたってしまい、もう出回っていないのだとか。

 あぁそういうことなのか、と彼ら側の事情を理解したが、欲しい物をまとめたリストを家族に見せて集めてもらっているとか、しかも引きこもりとか、ゾルディックのイメージではない。聞けば彼の収集品を収めるための部屋が複数あるとか。マニアにも程がある。

 

 まぁとにかく彼らが望むのは私の持つストラップ。レアらしいけど保管もせずに普通に使ってるから少しは傷があるけれどそれでもいいようなので、コレを渡せば何事も無く終了した。

 だがただ渡すのは癪である。私が狙われているわけではないので命の危機も去り少し安心し、さらにゼノさんが強奪ではなく交渉という手段を取ったため、私もそこに活路を見出した。つまりはそっちの条件飲むからこっちの条件も飲んでね、ということだ。怖かったけれど、この場合なら下手に出るのは対等になれないと理解してからでも遅くはない。

 断られたり怒らせたりしちゃったらすぐに撤回して、ストラップどっかブン投げてその隙に逃げようとも思っていたけれど、意外にも私の要求は通った。仕事以外では殺しはしない発言等、積極的に攻撃する性格ではないらしい。話のわかるお爺ちゃんのようで何よりだ。イルミさんの方も何も言わなかったので、了解なのだろう。

 そして私は何か珍しくて面白い本くれ、と要求し、ゼノさんがそれならば自分のを貸すからストラップの最終確認も兼ねて家に来て選べばいい、との要求をし、双方がそれを呑みこの条件でトレードは成立した。

 力尽くで奪うつもりなら交渉の余地など無いし、そのつもりならば二人がかりで本気で来れば、私がヤケクソになってそれを破壊する暇を与えずに仕留めるなんて造作も無いことなので、この時点で私の身の安全はほぼ保証されたわけだ。

 

 イルミさんはほぼ口を挟まず、私とゼノさんの間でなされた取引。ストラップの譲渡と本の貸与。

 貸与という時点で私は返却のため最低でも2回はゾルディックを訪問しなければいけないのだけれど、まぁ悪いようにはされないだろうし運さえ良ければコネもできるかもだし、何より歴史のあるゾルディック家の持つ本には興味がある。古書の類も豊富に有りそうだ。消すことのできない恐怖心や警戒心も、この溢れんばかりの好奇心には劣る。

 そんな訳で、私は彼らの飛行船で同行し、ゾルディック家の敷地内へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 パドキア共和国に近い国に居たこともあり、翌日の昼過ぎには到着。私を無視して二人は寝てしまったが手を出せば反撃で私が死ぬだろうし、かと言って流石に眠れるはずもなく、そこら辺に転がっている本をテキトウに読みながら移動時間を過ごしていた。

 使用人たちに出迎えられ、ゼノさんの客ということで特にチェックも無く、あちこちに罠が仕掛けられている廊下を他の人の動きを真似て通過し、イルミさんは私の件をゼノさんに任せておそらく自室に戻り、ゼノさんは私にゴトーさんを宛てがってマニアで引きこもりな孫を探しに行って、十数分経つが未だに戻ってこない。

 正直お腹すいたから早く帰りたい。ちなみにココで食事するという選択肢は存在しない。下手したら死ねる。

 

 他のゾルディックには未だ遭遇していないけれど、家にいるのだろうか。これだけ堂々とデカい家に住んでいて、顔写真すら出回っていない彼らの顔を見てみたいという気持ちもある。

 さすがに写真撮影したりそれを売って稼いだりしたらブチ殺されるだろうけれど、ここまで来たついでに見てみたいという気持ちと、やはり会うのが怖いという気持ちもある。

 今回は無理でも、今後の展開次第では何度か足を運ぶことになるだろうから自分から探す必要はないだろう。本の返却にココに来るのが確定している次回以降にココに来る機会がないのならば、それは縁がなかったということでスッパリ諦めよう。損するわけでもないし。

 

「すまんな、待たせたの」

 

 そうと決まれば長居は無用、用事を済ませて早く帰りたいとまた少しそわそわしだした頃、扉の一つが開いて声とともに待望の銀髪が姿を見せた。

 後ろに流された髪と細長い髭の老人、ゼノさんだ。ちなみに胸に書かれている文字は十人十殺と読むらしい。つまりは皆殺しである。

 しかし、部屋に入ってきたのはゼノさん唯一人。孫を呼びに行ったはずなのになぜ彼が一人でここに戻ってくるのだろうか、という私の疑問に対する答えを、私が聞くまでもなくゼノさんが口にした。

 

「で、更にすまんのじゃが、孫が部屋から出たがらんでの。お主の方から行ってくれんか」

「……まぁ、引きこもりらしいんでこうなるかもとは思ってましたけど」

 

 行きましょう、と言って席を立ち、ゼノさんの方へと歩み寄る。さらば恐ろしい紅茶。私にはキミのその鮮やかな赤が私の吐血を暗示しているようで恐怖でしかなかったよ。

 それにしても、まさかとは思っていたけれど私が出向くハメになるとは。私の待機時間を返してほしい。私は空腹なのである。

 まさか普段から部屋から一歩も出ずに、使用人に部屋まで食事を運ばせているのではあるまいな。ただ懶なだけだと信じたい。

 私が近くまで来るのを待ってから、ゼノさんが先導して歩き出したので私もそれに後ろからついていく。”凝”で見破れるモノ以外にも罠があるかもしれないから、後ろで動きをトレースして歩かないと不安なのだ。

 後ろを歩く私に対し、振り向かずにゼノさんが話しかけてきた。

 

「あぁ、それとミルキが欲しがっとったのはそれで間違いないようじゃ。これで完全に取引成立じゃな」

 

 これから会いに行くゼノさんの引きこもりな孫の名前はミルキというらしい。

 そしてどうやらイルミさんの言っていた通り、このストラップに間違いはないようだ。これがレアだという意識もあまりなく、思い入れもそんなに無いので、ゾルディックとのコネ作りの対価も兼ねると思えばこそ、手放すことも惜しくない。

 取引が成立した、と言うことはきちんと確認しておくべき事項があるので、それを改めて伝える。

 

「それは良かったです。じゃあ後で本見せてくださいね」

「うむ。取引を違えるような真似はせんから安心せい」

 

 返ってきた返事に了解の旨を伝える。やはりそこはプロ、取引である以上はそれを破るような真似はしないようだ。

 そのまま後は無言で部屋へ向かうのかとも思ったけれど、ゼノさんは後ろの私に更に話しかけてきた。

 

「ミルキものう、頭はいいんじゃよ。頭がいいのにバカなんじゃ。ワシらではできないようなこともやってのけるが、如何せん努力の方向性が間違ってるというかの」

 

 いや、話しかけると言うよりは愚痴ってきた。聞き役に徹するしか無い私はそれに相槌を返す。

 爺さんの戯言、と聞き流してもいいけれどこれも貴重な情報源、かもしれないので律儀に話を聞いて適当な相槌を返し続ける。

 ゼノさんは案外話すのが好きなのだろうか。まぁ、老人というものは得てして会話が好きなものらしいけれど、この人もその例に漏れないらしい。

 

 私がきちんと反応するのに気を良くしたのか、時折こちらを振り返りつつ行われるゼノさんの話は、結局目的の部屋に着くまで行われた。




遅くなって申し訳ありません!
お詫びに頑張って明日も更新します!(願望)

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