石造りの廊下を歩き続け、長い螺旋階段を下り、そしてまるで洞窟のような土の廊下にある扉のうちの一つの前で、漸くゼノさんが立ち止まった。ここが目的地のようだ。
その扉を眺めつつ、ミルキ=ゾルディックとはどういう人物なのだろうかと考える。会いたくないのではなくて部屋から出たくないとゼノさんに言ったらしいから、おそらくコミュニケーション能力が欠如しているわけではないと思うけれど。
「ミル、ワシじゃ。連れてきたぞ」
しかし私がそれ以上のことを考える前に、ゼノさんが扉をノックして声をかけてしまったので、思考を中断せざるを得なくなった。
扉越しのくぐもった声で、どうぞーと間延びした返答が聞こえ、それを受けてゼノさんが扉を開いて室内へと入って行き、私を手招きしたので彼に続いて入室する。
「サンキューじいちゃん、さっきはちょっといいとこでさ。……で、客ってそいつ?」
キャスター付きの椅子に座りながら、くるりと椅子ごと身体を回転させてこちらを向きながら言葉を発した男性。彼がミルキなのだろう。あまり警戒心がないのは、ゼノさんが傍にいるからだろう。
服装は茶色のスラックスに白のシャツ、前髪を中央で分けてショートに切り揃えられた黒い髪と細い目の、年齢は見た感じ10代後半の少年。
この要素だけを切り取ってみれば爽やかな青年のようではあるが、実際にはそのような印象は受けない。むしろ暑苦しい感じだ。何故ならば彼はその体重が100kg以上もありそうなふくよかな体格をしているからだ。平たく言うとデブだ。デブなのに平たくとはこれ如何に。
そんなアホな事を考えてしまうほどに、ミルキ=ゾルディックの見た目は衝撃的だった。引きこもりということで一応想定はしていたけれど、実際に目の当たりにするとその衝撃は凄まじいものがある。
とは言え、いつまでも硬直しているわけにもいかない。内心の驚愕を表に出さないまま、彼の先ほどの問に趣向で返答する。
「へぇ……思ってたのより小さいのが来たな」
お前は思ってたよりデカいなって言って欲しいのだろうか。正直その体格で仕事は務まるのだろうか。あぁいや、引きこもってるんだったか。じゃあ無理だろうな。
まぁ突っ込むまい、と彼の身体については切り上げて、今度は室内に意識を向ける。
まず目についたのは、棚。サイズの大きなそれに、所狭しと沢山のフィギュアが並べられている。美少女のみならず、特撮ヒーローや怪獣や乗り物など、ジャンルも様々だ。
そしてパソコン。部屋に備え付けられたモニターの数は両手の指を使わないと数えきれないほどだ。パソコンのハード自体は1つか2つなのだろうけれど、とりあえず機会系統に強そうなことが伺える。
そして私たちの方へと振り向く前に向かい合っていた机。ミルキのデカイ図体が邪魔でよく見えないが、そこにも何らかの細かい機械部品や工具があり、いいところだったとはアレの作業について言っていたのだろう。
「メリッサじゃ。で、こっちは孫のミルキ。それにしても、いいところ、のぅ……。ミル、お前今度は何作ってるんじゃ?」
ゼノさんが私と美瑠喜をそれぞれ紹介し、私も興味を持っていた机の上の物についてもミルキに問いかけた。
言われた彼はあぁ、と言いながら笑顔で机の上のそれを手に取り、私たちにも見えるように差し出した。とは言え、そのサイズはかなり小さいもののようだ。
指で摘まれたそれは1辺が1mm程の黒い立方体のようなものであり、これだけを見ると机の上に散らばった機械類との関連性は見出だせない。
「コイツは超小型の爆弾の試作品さ! 虫かなんかにくっつけてターゲットの食い物の上に落として、これをターゲットが口に入れたらボカンッて寸法さ!」
威力はまだ低いし運ぶ方法も模索中だけどな、と得意げな顔でその超小型爆弾とやらの説明をした。が、私とゼノさんの反応は薄い。
だって仕方ないだろう。天下のゾルディックがなんか作ってたと思ったら、非常にチャチで突っ込みどころ満載な爆弾である。どうリアクションを取れと。
そこまで超小型化できた技術力は称賛に値するものだと思うが、それ以外の部分がもうダメダメである。
「お前……それをどうやってターゲットのとこまで運ぶんじゃ? 正直運んだついでにサクッと殺したほうが早かろうて」
「そもそも食べ物の上に落としたら気づかれて除けられるんじゃ……」
「え? ……あっ」
ゼノさんが指摘し、それに私が乗っかり、それらを聞いたミルキが間の抜けた顔を晒した後、漸くそれらの欠点に気がついたようにハッとして細い目を僅かに開き、口許を手で覆った。
部屋中に気まずい沈黙が訪れる。アナログの時計が存在しないこの部屋では秒針の動く音さえもなく、聞こえてくるのは精々パソコンの稼動音だけだ。
私とゼノさんは呆れ眼でミルキを見つめ、ミルキは冷や汗だか脂汗だか判断しかねる物を頬に伝わらせつつ、私たちとは目を合わせようとせず明後日の方向を向いている。なんか、ゼノさんが言っていた頭はいいけどバカの意味がわかった気がする。
やがてこの状況に耐え切れなくなったミルキがゴホンと一つ大きな咳払いをし、別の話題を切り出した。
「ま、まぁそれはともかくそこのお前、アレ持ってきたんだろ、アレ」
超わざとらしい話題転換ではあるが、彼が切り出したのは私たちにとっての本題。今のをからかえるような間柄でもないし、ここは素直にその流れに乗っておく。正直笑いそうではあるけれど。
胸元のポケットに入れていた携帯電話を取り出し、取り付けていたストラップを外す。手のひらに収まったそれを感慨深げに少し見つめる。
思えば、コイツのせいで私はここに居るわけだ。コイツのせいで私はイルミさんに攻撃され、ゼノさんに連行され、ミルキと対面しているのだ。いやまぁ、コイツのせいというよりは買った私のせいと言うべきなのかもしれないけれど。
奇妙な巡り合わせを運んだコイツを恨めばいいのか褒めればいいのか、少し複雑な心境になったがそれを振り払って足を動かし、ミルキの前まで行くとそれを差し出す。
「はい。これで合ってますよね?」
「おぉーこれこれ。すっげぇ、まさか手に入るとは思ってなかったぜ。多少の汚れや傷はあるけど、この程度なら全然許容範囲内だな」
私が差し出したそれを大事そうに両手で受け取り、一頻り感動してからしげしげと眺め、汚れや傷の程度を確認して満足気な笑みを浮かべる。
その姿は歳相応の普通の人間のようで、暗殺一家などといってもやってることがアレなだけで仕事以外ではあまり他と大差ないのでは、と思えてしまうほどに純粋な歓びに溢れていた。
私のその内心が少し表情に出てしまったのか、ミルキが少し少し頬を染めつつ怪訝な表情で問いかけてきた。
「な、なんだよその顔は。欲しいもの手に入ったんだからそりゃ喜ぶっつーの」
「あぁいや、なんか意外で。正直ゾルディックってもっと冷たい人形みたいな印象抱いてたんで。イルミさんの例もありますし」
「ワシだって十分その辺に入るお爺ちゃんっぽいじゃろうが」
それに素直に思ったことを返す。それについてゼノさんがなんか言ってきたけれど、あなたは第一印象が既に只者ではない感じなので除外です。
私の返事を聞いて、ミルキはあぁ~っと何やら納得したような反応である。彼からしたら実の兄弟なんだろうけれど、それでもやはり人形のような印象を抱いてしまっているようだ。
「イルミは確かになぁ。っつーかウチって子育てに関してはスゲー迷走してるから兄弟でかなり性格違うぜ。オレはめっちゃ甘やかされてる自覚あるしな」
「自覚有るんなら少しは痩せるなり外に出るなり頑張らんか。じゃが子育てに難儀してるのは事実じゃな。暗殺技術の面の教育は共通しとるが」
ミルキの発言にゼノさんが突っ込みつつ補足を加える。痛い所を突かれたミルキはそっぽを向いて口笛を吹いている。まぁこの家であの体格で甘やかされてる自覚がなかったら色々と末期な気もするけれど。
どうやらゾルディックもやはり個々人でそれぞれに個性というものが存在しているらしい。この二人相手ならもう少し緩めに会話しても問題無いだろう、と思いつつ口を開く。
「へぇー……。ぶっちゃけキリングマシーン量産してるようなイメージ持ってましたけど違うんですね」
「キリングは否定しねーけど、マシンってのは違うな。イルミがあんな風になったからやり方変えて、それでオレがこんな風になったから弟もまたやり方変わってるしな」
ミルキの発言に、我が息子ながら全く……と溜息をつきつつ嘆くゼノさんの姿は、なるほど確かにその辺にいる普通のお爺ちゃんっぽいかもしれない。
そしてミルキによって唐突に明かされたゾルディックの意外な事実。どうやら現ゾルディック当主は暗殺は得意だが子育てに関してはそうでもないらしい。
子どもたち全員が暗殺自体には何の抵抗も覚えてはいないようだが、それぞれの性格にはバラつきがあるようだ。その辺だけ見ると、ちょっと個性的な家族という捉え方も出来なくは無いのかもしれない。
「ま、その辺のことは他人様に話すことでもないじゃろ。行くぞメリッサ、本を貸しちゃる」
「やっとですか、超楽しみですね」
ゾルディックの知られざる内情についての話を打ち切り、ゼノさんが部屋から出ようとしながら私に退室を促す。まぁ確かに家庭の中のことをあまり他人に話すものではないのだろう。
漸く回ってきた私のお楽しみタイムに心躍らせながら扉をくぐって廊下に出ようとしたところで、ミルキから待ったがかけられた。
「ちょい待て。メリッサだったか、お前にオレからプレゼントをやる、ありがたく思えよ」
「え? ……、……うわぁ」
呼び止められ、振り向いて手渡されたそれを見てゲンナリとする。まぁ彼の口ぶりからして碌なもんじゃないだろうなとは思っていたけれど。
渡されたのはA4紙の束。100枚近くあるそれに、写真とそれについての名称や補足説明が無駄に綺麗に纏められている。これがアレか、欲しい物リストってやつか。
パラパラと捲って流し読みをしつつ、何のつもりだとか多すぎだろアホかとか様々な思いから眉間にシワが寄るのが分かる。
「おいそんなに露骨に嫌そうな反応すんな。安心しろよ、持ってきてくれたら礼としてそれ相応の対価は支払うぜ?」
フフン、と何故か威張りながらそう宣言するミルキ。家族に頼んでおいて、更に私にまで頼むのか。
とは言え、コレはいいかもしれない。ゾルディックとのコネにもなるし、ミルキにとってそれなりに価値のある人物であれば、ゾルディックも手心を加えてくれるようになるかもしれない。
それでなくとも彼の言う対価も魅力的だ。少なくともそこだけはきちんとしたものを確保しておきたい。
「……その対価、お金じゃなくて私の望むものを用意できます? 例えば便利な機械とか、裏商売への紹介とか」
「その程度ならお安いご用だ。機械系ならオレの得意分野だからお前の働き次第では高性能なものを自作してやるし、口利きくらいは問題ねぇ。出来る範囲ならやってやる」
「その話乗った。よろしくね、ミルキ君」
ミルキ君から帰ってきた気前のいい回答に、即座に了解の意を示す。私はニヤリと笑って右手を差し出し、ミルキがそれに答えて握手を交わす。多少手のベタつきはあったが、数年前を思えばこそ、この程度は気にならない。
例を挙げはしたが、私の要求は私の望むものを用意することであり、彼はそれを出来る範囲でならと了解した。
つまり私は彼の望むものを入手して届けさえすれば、どのようなことについても彼の出来る範囲で協力を仰げるというわけだ。要求次第では貸しの前借りも必要にはなるだろうけれど、この事が私にもたらす利点は大きい。特に機械系は嬉しい。シャルは情報機器系には強いが、それ以外の機械全般ならばおそらくミルキ君のほうが上だろう。
しかし、何故彼がそうまでして私にこのリストの物の蒐集を要請したのか。その疑問は解消しておくべきだろう。
「ところで、なんで態々そんな気前のいい対価を払ってまで私に?」
年も多分近いし、これからは取引の元に対等な立場でやって行きましょうね、と言う意味を込めて敬語を外して問いかける。まぁ多分私のほうが戦闘能力上だろうからあまり怖くないというのも理由の一つではあるけれど。
言われたミルキは気分を害したような素振りも、気にした素振りも見せないため、どうやらこの対応は問題ないらしい。
互いに利点のある、ある種のパートナーのようなもの。敬語を使わずに済むのであれば、こちらのほうが気楽なのでいい。
「ウチの奴らは仕事時以外じゃ滅多に外でないし、こういうのがある店に立ち寄ろうとはしないから、正直ネット以外じゃ集まんねーんだ。だから外で生活してて、こんな物買うようなお前は結構適任ってわけだ」
プラプラと私が渡したストラップの紐を持って左右に揺らしながらそう言うミルキ君。求めていたレア物をこんなもの呼ばわりするのはどうなのと思うけれど、いいんだろうか。
まぁ確かに、彼のリストに載っているのはフィギュアがほとんど。こういう物の掘り出し物が売っている場所にはゾルディックの皆さんはあまり近寄らないのだろう。そういうのは案外寂れた店にあるものらしいし。
私も普段そういう場所には行かないが、行く事に抵抗はないから問題ない。なるほどと頷いた私に対し、ミルキ君は携帯電話を差し出した。
「よし、お前のアドレス教えろ。来るときは前もって言えば執事に話しとしてやるし、リストへの追加とかがあったら連絡する」
「あ、ついでにワシのもよろしく。龍が好きなんじゃが、実物じゃなくてもそれっぽい生き物とか、何かよさそうな置物あったら買ってきとくれ。本も貸すし、依頼があったら安くしとくぞ」
「ちゃっかりしてますねゼノさん……まぁいいですけ、ど?」
ついでにとゼノさんが龍的な何かを要求してきたが、確かに面白そうな本があれば一度に借りるのは困難だし、ちゃんと強そうなゾルディックとのコネも出来るならお安いご用、と了解して携帯を取り出そうとしたところで、私の手がわずかに震えていることに気づく。手に力が入らず、携帯を床に落としてしまう
そして襲ってきたのは、寒気と手足のしびれ、そして痛み。最初に違和感に気づいてから間を置かずにそれらが一気に襲ってきた。たまらず膝を折って四つん這いになり、それらに耐える。
何だこれ、と苦しみつつも不調の原因について思考を巡らす。そして思い出したのは、あの紅茶。まさか。
「お? 何だ、どうかしたのか?」
「あー、アレじゃろアレ。ゴトーの紅茶飲んだんじゃろ。まぁ殆ど減ってなかったようじゃなら命に別状はないじゃろ、すぐに収まるじゃろうし安心せい」
頭上からミルキ君とゼノさんの呑気な声が聞こえる。死ぬことはないと聞いて一安心だけれど、痛いのには変わりない。
なんだよアレ飲んだのか、と呆れたようなミルキ君の声が聞こえる。だって目が怖かったんだもの、ゴトーさん。
ぐおおぉぉ、と呻きながら私が蹲っているというのに、彼らはそれを意に介さずに私の携帯を拾い上げてカチカチと操作し始めた。おい。
「……よし、オレのは登録完了。ほら、次はじいちゃんのもやってやるよ」
「すまんの、助かるわい」
「ちょ……た、助け……っ」
私を無視して私の携帯にそれぞれのアドレスと番号を登録するミルキ君。いや確かに了承したけども、勝手に操作するのはアレなんじゃないですかね。ゼノさんも止めてください。
毒の量が少なかったのが逆に災いしたのか、意識もハッキリとしており、その上で感覚が麻痺しないギリギリの痛みを味わう。
彼らは携帯の操作が終わってから、漸く私の方へと意識を向け、とは言えどうしたものか、と揃って首をひねった。せめて横になれる場所に運ぶか下に何か敷けバカヤロウ、と言う私の心の叫びは、うまく声を出すことができずに届かなかった。
その後すぐ、私が毒に苦しむのを予想していたゴトーさんの持ってきた解毒薬によって私は漸く回復した。悶え苦しむ私にミルキ君とゼノさんがしたことといえば、ドンマイと一言声をかけたくらいである。死ね。とは言え薬を持ってきたゴトーさんは元凶なので感謝はしない。死ね。
そしてゼノさんの書斎へ案内され、幾つかの本を自分で選ばせてもらい、それを抱えて漸くククルーマウンテンを後にし、帰路についた。
ちなみに私をぞんざいに扱った報復として、ゼノさんは怖いからミルキ君の左右の足に一回ずつローキックを放っておいた。
土曜の深夜に明日とか言っておいて、結局日曜日は1時間前に終了してしまいました。すいません。
ともあれ、過去編はコレにて終了です。長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。満足してもらえる出来かどうか、正直自信がないです。
次回からは時間軸が現在に戻ります。では、これからもよろしくおねがいします。