大泥棒の卵   作:あずきなこ

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05 ひと足早い卒業

 あれから特に変わり映えのしない日常が過ぎ、今は12月。ジャポンはすっかり冬になってしまった。寒い。

 さらに今日は多くの生徒が待ちに待った終業式の日である。そのため明日から冬休みになるので皆嬉しそうだ。本日が最後の登校日の私としては若干の寂しさもあってか素直に喜べないけど。

 まぁその寂しさだって、この学校、このクラスと別れることに起因しているわけじゃない。楓と椎菜に会う頻度が下がるからってだけなのだ。頻度が下がるだけで会わなくなる訳でも無し、あまり気にすることでもない。

 そして今日の夜はクリスマスイヴだ。それにかこつけて色々する奴等も多く、それも相まって皆の興奮も一入だろう。

 それについては私だって例に漏れない。取り敢えずなんかしようぜ、という楓の提案のもと、椎菜と楓がうちに泊まりがけでパーティーをする予定になっている。

 

 終業式が終わり、帰りのHRも既に終わってはいるのだけれど、今日は皆なかなか帰ろうとしない。これから長期休業に入るのでしばらく会わないからなんとなく別れまでの時間を長引かせたいのだ。

 もちろん休み中に会う人もいるが、学校外で遊ぶほどの仲ではない友だちもいるし今日ぐらいは、というところだろうか。

 私にもわからなくもない。楓と椎菜以外とはこの先会うことは殆ど無いだろうから、この時間が少し惜しいような、そうでないような。いやどうでもいいかもしれない。特に誰かと会話を交わそうとも思わないし。

 

 束の間の別れを惜しむ生徒たちだってやっぱり遊びたい盛りだし、時期が迫ってきた受験に向けて勉強したい人もいるので、少しすると教室に残っている人もまばらになってきた。私たちもそろそろ帰ろう。

 数分前まで教室に残っていた担任も居ない。終業式後のHRだからなのか何なのか知らないけど普段よりも教室から出るのが遅かった。いつも通りにさっさと出ればいいものを。

 取り敢えず頃合いだろう、と教室に引き留めていた椎菜と楓を伴って教室に出て、伸びをしながら口を開く。

 

「さぁて、ちゃっちゃとやることやっちゃうとしますかね」

「芽衣、なにかあったっけ?」

「あー、あれっしょあれ。職員室で言い逃げするヤツ」

 

 それを聞いた椎菜から疑問の声が上がる。そう言えば、だらだらと教室に残って話してたけどその理由言ってなかったな。

 目的は楓の言うように職員室で言い逃げするやつである。ハンター試験受けますー、だなんて言ってまともにとり合ってくれるとも思えないので、言い逃げという形にさせてもらう。

 理想的な形としては、私のハンター受験を担任があっさり認めてくれるのが一番いいのだけれど。そうすれば学校の教師のうち最低一人は私の受験を知っているという事になる上、面倒な問答もない。

 さすがにそんな上手く行くはずもないので、言い逃げという形にしないと追求されて時間を取られてしまう。こんな些末事に時間かけたくない。その点からすれば、翌日以降登校日がしばらく無い終業式の日というの放課後はベストなタイミング。

 私の個人的な思惑はともかく、学校側と生徒側としても一応報告はするんだから問題ない、はず。多分。

 

「そう、それ。ちょっと行ってくるよ」

「待って私も付いて行きたい!」

「私も。なんか面白そうだね」

「悪趣味な」

 

 行くと言えば、楓と椎菜が揃って付いて来たがった。食いつきがいいなこの二人。多分この報告をしたら担任は変な顔をすると思うけれど、そんなにそれが見たいのだろうか?

 まぁ断る理由も特にないし、私も同じ立場だったら見たくなるだろうなとは思うので拒否はしないけれど。

 大変です先生、卒業も間近なのにひょっとしたらあなたは生徒にあまり好かれていないのかもしれません。

 ちなみに私はあんまり好きじゃないです。

 

 終業式の日は半ドンで終わるため、今は放課後とはいえ影の短い時間帯。通常通りの平日であれば昼休みで多くの生徒が行き交う頃だけれど、今日は既にその多くが帰宅してしまい人もまばらな放課後の廊下を移動して、職員室の前に辿り着く。

 扉に付けられた窓から中を覗き込めば、担任はどうやら自分の机に着いて何らかのプリントを眺めているところのようだ。

 2人をその場に残して、ひと声かけてから扉を開けてそこに歩み寄る。扉に背を向けている担任は側に立っている私に気づいていないようなので、取り敢えずこちらから話しかける。

 

「先生、今ちょっといいですか?」

「ん、なんだ? 早く帰って勉強しなくていいのか?」

 

 お前の第一志望難関校だろ、と手元に目線を落としたまま告げる先生。あの書類はどうやら生徒の受験関係のもののようだ。

 そう言えばテキトウに進学校の名前記入したな。一応私がどこを記入した内容は彼の頭に入っているようだ。

 真面目で仕事もキチンとこなせるけどイマイチ人気がないのは、きっと頭が固いせいだ。

 

「ちょっと進路のことで言っておかなくちゃならないことがありまして」

「……は? こんな時期にか」

 

 私の言葉に驚いた表情を見せ、そこで漸くこちらに顔を向ける担任。

 そして私の入ってきたドアから覗く2つの顔。凄くにやけている。大変です先生、あなたのあまり好かれていない説が事実である線が濃厚になって来ました。

 っていうか自重しろよあの2人。気づいた他の先生方が凄く変なものを見るような目をしてるから。

 もうさっさと言って退散したほうがいいな。扉のほうが気にかかりながらも、反論の隙を与えないように矢継ぎ早に告げる。

 

「私やっぱり最初の希望通りハンター試験受けることにしましたので、もう学校に来ません。合格したら報告に来ます」

 

 そのままポカンと口を開けたままフリーズしてしまった担任に向かって、それではお世話になりました、と簡単に別れの挨拶を告げてドアに向けて歩き出す。

 まぁ、もう来る気はないけどね。少なくとも会うことは2度と無い彼が最後に見せた表情は、なんともマヌケなものだった。

 いいもの見れたな。ふと向こうの反応が気になって目をやると、あの二人もニヤケ顔が笑いをこらえる顔になっている。どうやら彼女達にもご満足いただけたようだ。

 

「……、……はぁあ!?」

 

 漸く再起動し大きな声を出す担任。しかし既に私は踵を返し早足で移動しており、もう扉のすぐ側まで来ている。とりあえず、職員室ではお静かにっ!

 大声を出して注目がそちらに集まっているうちに、失礼しましたーと言ってドアを閉め、そのまま3人で昇降口に向かって走りながら笑う。

 あの間抜け面っ! とか、傑作だったねー! とか、ザマァ見さらせ! とかをクスクス笑って言い合いながら。

 ……ところでザマァは酷くないかい楓ちゃん。やっぱ嫌いなのか。

 

 

 

 その後誰かが私達を追いかけてくるでもなく、すぐさま学校を離れた。特にこの場所自体には思い入れがないので、感慨は特に湧いてこない。

 今夜のパーティーの前哨戦ということでカラオケに行き、思う存分歌ってから各自一旦家に帰る。彼女達はこの後自宅で泊りの準備をしてから我が家に集まることになっている。

 時間があるので、来る前に夕飯の準備をしてしまおう。今日のための材料は事前に買ってあるので、特に買い物の必要もない。

 帰宅すると、自宅の電話の留守番電話が来ていることを示すランプが点灯していた。発信元のチェックをしてみるとどうやら担任の仕業らしい。

 ちょっとげんなりしつつ溜息を吐くと、今度は私の目の前で電話が鳴る。発信元はさっきまでの留守電と同一人物。放っておいたらまたかかってきそうだし、煩かったので電話をとってみた。そうしたらなんか色々言われたけれど、正直聞いてなかったから何言われたのか覚えてない。

 何か話している途中だったみたいだけど、一言頑張りますと言って電話を切った。私はさっさと夕飯の準備に取り掛かりたいのである。邪魔すんじゃねぇ。

 ガチャ切りした以降はかかってこない。言うだけ無駄だと思ったか、あるいはただの冗談だと受け止めたか。おそらく後者だろう。

 彼は女子中学生がハンター試験を受けるということを現実と思うような人物ではない。今後の私の行動を考えると責任を感じさせてしまうかもしれないけれど、まぁあまり気にしないでくださいなと念じておく。私は全ッ然気にしないんで。

 

 私の方の準備が完了して完了してまもなく二人が来て、それからはクリスマスのスペシャル番組を見ながら普段より格段に豪華な夕飯を食べ、前日のうちに作って冷蔵庫に突っ込んでおいたホールケーキに舌鼓を打ち、買ってきたお菓子を食べながらゲームをして遅くまで遊んだ。

 近く高校受験を控えている受験生二人の頭からは、勉強の2文字は完全に消し去られているようだ。まぁ今日くらいはいいか。

 

 プレゼントも交換し合った。3人全員がそれぞれ色違いの指輪、ブレスレット、ネックレスを用意していてなんだかおかしくてしばらく笑っていた。

 しかも揃えた色まで一緒だった。青と、緑と、黄色。全員が抱いているそれぞれのイメージカラーまでも被っていた。椎菜が青、私は緑、楓が黄色。

 どうやら考えることはみんな一緒だったらしい。離れてしまうのだから身に着けていられるもののほうがイイ。物がかぶらなかったのは幸いだった。

 値段自体は中学生らしく大したことはないけれど、今までに盗んだどの装飾品よりも高価なものに思えた。と言うか盗んだ装飾品は即換金するから、私にとっての両者の価値というのは比べるまでもない。

 

 

 

 昼にカラオケ、夜もゲームしたりで騒いだため、流石に2人は疲れが出てきたようだ。日付が変わって少し経った頃には眠気眼になっていたので、布団を用意して寝ることにした。

 ちなみに泥棒は夜行性なので私はあまり眠くない。盗む機会を伺うために寝ずに見張るのだってよくある話だし。

 

「来年の3日ぐらいまでだっけ、芽衣がジャポンにいるのって」

 

 床に3つ並べた布団に各自が入ったら椎菜が話を切り出した。この時間は寝る準備ではなく話をする時間らしい。まぁ話している内に良い感じに眠気が来るだろう。ちなみに並び順は扉に近い側から楓、私、椎菜だ。

 室内を薄ぼんやりと照らす室内照明の弱い光を見ながら考える。ハンター試験の開始日、それとジャポンと受付会場までの距離を考えれば、彼女の言う日付よりは少し遅くても良いかな。

 

「試験が7日からだから……4日に出発かな」

「はー、まさか私の友達がハンターになる日が来るとはねぇ」

 

 うつ伏せになり、枕と頭の間で組んだ腕に顎を乗せ、溜息とともに漏らす楓。気が早いな、合格どころかまだ始まってすらいないのに。まぁ十中八九合格だろうけどね、何らかのアクシデントでもない限り。

 もうこの二人は私がハンター試験を受けるからって心配はしていない様子だ。私が自信満々でいるから問題なさそうな空気を感じ取ったのだろうか。

 それとも、受からなかった時の話をしたくないだけなのか。ハンター試験における不合格っていう言葉には、結構な確率で死が付き纏うし。

 確かに試験前にそんなケースの話をするべきではないのかもしれない。私の友達は、優しい。

 

「じゃああと2週間くらいで行っちゃうんだね」

「あ、28と29日もいないよ」

 

 椎菜の問いに視線だけを向けて答える。半月前にやってきたクロロによると、28の深夜から29の朝方まで打ち上げやる予定だから、私の見送りをそれに便乗させるらしい。近場だから移動の時間はそれほどかからないので、当日にジャポンを経てば十分だ。

 年末の近い時期に居なくなるのが気になるようで、楓は腕に乗せた顔を私に向けて聞いてきた。

 

「マジ? なんか用事なのー?」

「知り合いが見送り会的なことしてくれるみたいだから、それ行ってくる」

 

 終わったらまた準備のためにこっちに戻るけど、と締めくくる。見送り会してくれた後に一回自宅に戻るのもあれな気がするけど、まぁ問題無いだろう。

 蜘蛛の皆は何か理由をつけて騒げればそれでいいはずだ。見送る気持ちもそんなに無いだろうし。

 

「ハンターになったらいつ戻ってくるの?」

「わかんない。すぐ戻るかもしんないし、ちょっと寄り道とかするかもしれないし」

「自由気ままな感じ、いいなー」

 

 今度は試験後の予定が気になった椎菜に返した私の言葉に、楓が羨ましそうにぼやく。まぁ、確かに自由気ままだ。とはいっても学校に通う以前とあまり代わり映えしないけれど。

 ハンターは実力がないとライセンス狙いの小悪党を捌くのも命がけだが、実力さえあればかなりやりたい放題だ。殺しをしたって免責になる場合が多いし。

 もしかして快楽殺人ピエロはそれが狙いなのだろうか。いやでもアレはそんなことを気にするタマじゃ無い気がする。

 気にせずに殺しまくって、挙句追われることになって、それすらも楽しみそうだし。

 

「まぁ、ちゃんと会いに来るよ。おみやげ持ってね」

「生首は要らないからね」

 

 私がお土産の事を口にすると、楓が素早く反応した。そんなに嫌か生首。まぁ嫌だろうけど。

 しかし困った、ハンター試験のお土産っぽいものって全然ピンとこない。生首が駄目なら、何か別の首でもいいだろうか。

 

「えー……じゃあ足首欲しいの? 持ってくるのはいいけど、楓が足フェチだなんて知らなかったなぁ」

「足首もいらないからっ!」

 

 取り敢えず提案してみたが、それも楓に却下されてしまった。私としてはフェチの部分にもツッコミが欲しかったんだけれど。

 あぁ、もしかして足は臭そうだから嫌なのか、なら手の方にしようと言おうとしたが、それは椎菜の以外な言葉に阻まれる。

 

「じゃあ芽衣、お土産はチク」

「言わせねーよ!? そもそも体の一部とかいらないから! ってかなんでさっきから首つながりなのさ!」

「椎菜が下ネタ……だと……」

 

 しかし今度はそれを楓がギリギリのタイミングで阻む。ナイスインターセプトだ、よくやった。

 布団をかぶってのガールズトークって恐ろしい。普段下ネタを言わない椎菜がまさか、そんな。

 止めた楓は非常にいい仕事をした。お土産はちゃんとしたものを買ってあげよう。ちゃんとしたものが何なのか知らんけど。

 

「そうだ。帰ってきたら私の秘密を一個打ち明けてあげよう」

「なにそれ死亡フラグってやつ?」

「楓、メッ。秘密って、どんな?」

「それも言わなーい。でも、多分驚くよ」

 

 まともなお土産の代わりにはなるだろう。そんな思いも若干あっての私の言葉に、アレな反応をした楓を窘めつつ椎菜がどのようなものなのかを聞いてくる。

 前情報が少なければ少ないほど、きっと2人は良い反応を返してくれる。打ち明ける目的の大半はそれが楽しみだからだ。

 2人も追求することはせず、その後は少しだけ話してすぐに就寝した。彼女達が寝入ったのを確認し、私も目を閉じる。

 試験は本名で受ける。ハンターになってジャポンに来た時に、私の本当の名前を言おうと思う。

 彼女たちはどんな反応を見せるのか。もしかして怒るだろうか。いや、怒らないだろうな。

 

 それは予感や願望と言うよりも、確信に近かった。


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