大泥棒の卵   作:あずきなこ

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02 働く

 時刻は深夜、車でバウヒニア家の付近まで近づいてきた私達。

 これからやることは単純明快だ。侵入して、本を奪う。それだけ。特に警備も厳重というわけでもないし、私達にとっては有って無いようなものだから無視してもいい。少なくとも戦闘は視野に入れていないだろう。

 

「さて、どんな感じで行くか」

 

 大きな屋敷を見つめながら、クロロがボソリと呟く。今回の仕事はテキトウにやってもあまり問題はないから、作戦なんかも練っていないのだ。

 私は今回の参加者を見る。クロロとシャル。理性的な彼らのみであれば、暴れてブチ殺しまくるよりもコソコソと侵入していったほうがいいかもしれない。こちらは数が少ないので、殲滅戦は時間が掛かるから勘弁だ。

 

「じゃあさ、いつも私が盗むときにやってる感じとかはどう?」

 

 私が盗むときにやること、つまりは強盗的な感じではなくどちらかと言うとコソ泥っぽい感じだ。まぁ遭遇したらオネンネしてもらうわけだけども。

 クロロは少し考えるように顎に手を当てたが、すぐに頷いた。

 

「よし、じゃあ今回はそんな感じで行こう」

「おっけー、メリーの感じね。で、それはどんな感じなの?」

 

 続いてシャルも私の意見に賛同する。それにしてもこいつらさっきから感じ感じうるせぇな。いや私もこいつらのこと言えないけども。

 ともあれ、方針は決定した。私は荷物に入っていた予備のお面とタオル2枚を取り出す。

 

「まずはイイ感じに顔を隠します」

 

 そう言ってそれらを彼らに渡す。両者無言のまま、お面を受け取ったクロロはそれを装着する。渡したお面はひょっとこ。ヤバい笑いそうだ。私の着けてる天狗のお面を渡したほうが良かったかもしれない。

 タオル2枚を受け取ったシャルは1枚で目から下を覆い隠して頭の後ろで縛り、もう一枚で目から上の部分を隠し、方面や頭の後ろで縛る。即席の怪しい覆面男の完成だ。

 天狗のお面を着けた小さい奴と、ひょっとこのお面を着けた奴、覆面の奴。なんとも怪しい集団である。

 ともあれこれで準備は完了である。警備の穴や目的地までの複数のルートは把握しているし、顔を隠したので監視カメラも問題ない。後はコソコソと侵入するのみ。

 

「見つからなさそうな感じで移動して、見つかったらうまい感じに眠らせて、無いとは思うけど顔を見られたら虐殺コースな感じでよろしく」

 

 まずは監視を潰すよ、と締めくくった私の言葉に彼らは頷き、ひょっとこクロロ先導の下、音を殺して移動を始めた。

 上手く行けば今回は大きな騒ぎになることもなく終われそうである。しかも、今回の件で私に対する捜査を撹乱できるかもしれない。未だにB級首としての私のビジョンは不明瞭なままだから必要かどうかは微妙だが、やっておいて損はない。

 こうして、なんとも怪しい感じのお仕事が始まった。

 

 

 監視カメラの死角を縫ってモニター室まで移動し、室内に居た全員を眠らせる。個々の担当者が交代してまだ間もないため、これに気づくのは大分時間が経ってからになるだろう。

 その後薄暗い廊下をたどり、私達は目的の部屋の前まであっさりとたどり着いた。途中で警備員を二人見かけたが、彼らが大声を出す前にクロロとシャルの速攻によって気絶させられ、更に目立たないところに放置させられたので、未だに騒ぎにはなっていない。

 クロロとシャルは私がどうするのかを見守っている。蜘蛛に私の仕事を手伝ってもらったことはないから、普段どんな感じでやってるのか興味が有るのだろう。

 彼らの視線を感じつつもノブに手をかけ、ひねる。しかし扉は開かない。案の定鍵が掛かっているようだ。めんどくさいなぁ、もう。

 彼らの方へ向き直り、小声で説明を開始する。まぁせっかくだし、こういう場合どんな行動を取るのかを教えておこう。

 

「こんな感じで鍵がかかってる時の対応は、侵入がバレてる時は嫌がらせで扉を破壊するんだけど、今回はまだ騒ぎになってないから侵入も静かにやるよ」

 

 そう言ってからナイフを取り出し、”周”でオーラを纏わせる。切れ味の増したそれで鍵穴の近くを腕が入るくらいの大きさで綺麗に切り取り、そこから腕を通してサムターンをひねり内部から解錠して扉を開ける。

 なるほどと頷く彼らを促して室内に侵入し、扉を閉めて鍵をかけ、扉の切り取った部分をはめ込む。切った後が残るけれど、廊下は暗かったので気付けないだろう。

 

「目的の物が少なく且つ明確で場所もわかってれば、壁とかの障害物破壊しながら最短コースで進んでさっさと済ませたりもするんだけどね。まぁ今回は盗むものを選ぶ手間もあるし、これならだいぶ時間稼げるでしょ」

 

 そう言いながらも物色を開始する。この部屋は結構広く、床全体が赤い絨毯で覆われている。私たちが侵入したドア側から見て左の部屋の隅、全体の1割程度のスペースのそこにはおそらく読書用と思われる幾つかの机と椅子があり、残りのスペースは全て本棚が並べられている。

 これは結構時間が掛かりそうだ。それに本の数も予想よりも多い。ひょっとしたら一度で持ち出せないくらい、欲しい物が見つかるってこともあるかもだ。

 少なくとも調べた限りではこの時間帯なら交代時間以外ではモニター室には誰も来ない。ドアを切り取ったのは別として、足跡等の侵入の痕跡を残すようなヘマはしていないし、見回りで部屋の内部まで見るような警備員もいないはず。不測の事態が起こらない限りは最低後一回はここに来れるだろうね。

 

「随分とスマートだな。手法としてはありふれたものだが、やはりこれなら邪魔も入らず手間も少ないし、効率が良い。だがオレ達蜘蛛には無縁だな」

「確かにオレ等じゃ出来ないよね。こうやってコソコソするよりも大暴れしたいって奴らが大勢いるし」

 

 クロロも物色をしながら言い、シャルがそれに続いた。まぁ彼らの言わんとしていることは分かる。通常の泥棒がやるようなことを、それを遥かに凌駕する身体能力及び念を持つ私が実行することによって最低限の手間で最大限の成果を得られる。

 警備の規模にもよるけれど監視カメラだって”絶”をしながら死角を縫い、もし映ってもそれを報告される前に接近し、沈黙させる。警備員だって障害にはならないし、扉などの解錠にも手間取らない。その気になれば普通の建造物であれば壁とか簡単にぶち壊せるので障害物という概念さえ無いし、高所への移動も大抵はひとっ飛び。

 余計な手間を全て省けるので理想的ではある。けれどコレは蜘蛛には無理だろう。まず数が多いからどうしても目立つし、大人しくしてられない奴も多い。

 彼らの言葉に対し、笑いながらそうだろうねと言うと、クロロもまた手を休めること無く口許を笑みの形にしながら言った。

 

「オレ達は効率を求める必要はないさ。暴れたい奴がいるから暴れる舞台を用意する。どうせ結果は変わらないのならば、団員が求めているものを可能な範囲で提供するのが団長の勤めだ」

「さっすが団長、我らがリーダー」

 

 その声に答えるシャルも笑顔。今まさに盗みという下衆い行為をしているというのに、その現場で交わされる会話は和気藹々としたものだ。声量は絞ってあるが。

 まぁそれも当然。警備規模からしても私達が気を張る必要なんて無いし、何よりもこのような行為は私達にとっていつものことであり、つまりは日常とさして変わらない。今回は急ぐ必要もあまりないので、会話も普段の何気ないものとあまり変わらないのだ。

 その後も手と口を休めることはなく、私達の作業は続いた。

 

 

 結局欲しいと思った物を一度で運び出すのは困難だったので、もう一度侵入して全てを運び切った。二度目の侵入時にも騒ぎになることはなく、イレギュラーが行方不明のまま仕事が完了した。

 ほのぼのと犯罪行為を終え、今回の戦利品をすべて車に積み終わった私達は漸く隠していた顔を晒し、シャルの運転の下仮アジトを目指し車を発進させた。

 

「帰る前に食べ物とか調達する? それとも一旦荷物置いてからにする?」

「スペースは空いているし、帰りがてらに寄っていけばいいだろう」

 

 視線を前方に固定したままシャルが問いかけ、それに助手席に座ったクロロが答える。トランクで本は埋まってしまっているがこの車は二列シート車なので、私の座る後部座席の隣は十分のスペースがある。

 蜘蛛は仕事が終わった後は決まって打ち上げをする。そこにお疲れ様の意味は余り込められていないが。そもそも彼らがわずかでも疲労を感じるような骨のある相手がいる仕事、というものが少ないというわけではなく、元々労いを込めてやるものではないからだ。

 蜘蛛は基本的に普段は皆バラバラで生活している。現在地が近い、用事があるなどの理由で会うことはあるだろうけれど、やはり個人間の用事なので人数も多くはないだろう。

 言わばこの打ち上げは普段会わないからこそ、それを補うための交流の場としてあるわけだ。蜘蛛という自分の属する組織の人間と集まり、他愛のない会話、近況報告、情報交換などをするための場なのだと思う。そうだと言われたことはないので推測にすぎないけれど、当たらずとも遠からずだろう。

 皆で集まって、飲んで食って酔っ払って騒いで。終わったらまた自分勝手に生活して、また集まって。そうやって、彼らは細く、しかし強靭な糸で繋がっている。

 その糸の名は何なのかは私にはわからないけれど、その蜘蛛の糸に絡まっているのではなく繋がっているのなら嬉しいし、そうでありたいと思う。

 

「おっけー。来る時にスーパーとか有ったっけ?」

「確か無かったはずだ。と言うか、そもそもこんな時間じゃスーパーは閉店してるだろうな」

 

 前から聞こえてくるシャルとクロロの会話を聞きながら、トランクに入れずに後部座席へと置いておいた数冊の本の内の一つを手に取り、パラパラと捲る。

 車内は暗いけど夜目は利くので文字を読むのに支障はないが、少し流し読みした時点で眉間にシワが寄ってしまう。なんてこった、タイトルに惹かれて盗んだはいいけどあんま面白そうじゃない。

 実際はそんなに損してないけれど何となく損をした気分になりながら次の物を手にとった。今度はマシなものでありますように。

 

「となるとコンビニとかで惣菜買うしか無いのか。あーあ、せっかく人数少ないからメリーになんか作ってもらおうと思ったのに」

「スーパーで材料買うつもりだったのかよ。ヤだよ調理器具態々買って料理すんの。私の料理が食いたいなら家に来ればいいじゃん」

 

 しかしその時聞こえてきたシャルのため息混じりの声に思わず突っ込む。以前にも主に女性陣に対してなんか作ってという要請はあったが、私も含めてそれを承諾した前例はない。

 確か以前断った時の理由が、大人数だから面倒臭いだったっけ。正直人数が少なくなろうが、自宅以外でガスコンロとか使って料理するのは結局めんどくさいものなのだ。

 コンビニでいいだろう、コンビニで。この国にもコンビニはあったはずだし。って言うか来るときに見たし。

 

「そんな事言ったってメリー今家無いじゃん。最近誰かの手料理って食べてないからちょっと飢えてるんだよ」

 

 シャルにそう言われて、ああそういえばと気づく。ちょっと前まで使ってたマンションの部屋の住人――真城芽衣、つまり私の使っていた偽の戸籍の人物――は行方不明になっていてもらわなくては困るので、もうあそこは使えないんだった。今現在の私はホームレスである。

 私がいつ新しい住所を手に入れて、彼がいつ暇になって家に来るのかは不明だけれど、我慢してもらうしかない。確か最後に来たのは半年以上も前だったか。

 と言うかその辺で美人のねーちゃん引っ掛けてその人に作ってもらえばいいんじゃねーのと思わなくもない。顔はいいんだからイケるだろう。一夜限りのアバンチュールとかはヤッてるくせに、そういう付き合いはしないのだろうか。あぁでも確かに面倒臭いとか思って避けてそうだ。

 クロロとかも含めて店以外で誰かが作った料理を食べたいと思うのは、まぁ分からなくもない。知り合いの作ったものを提供してもらえると、何となく特別な感じがするし。

 

「また今度、住む場所が決まって落ち着いてからね。とりあえずほら、そこにコンビニあるからあそこ行こう」

 

 その私の言葉に、へーいとやる気無さ気な返事をしてコンビニの駐車場で車を停めるシャル。私は普段買い物はちゃんと金を払うが、今回の彼らはどうするのだろうか。盗むのか、とも一瞬思ったが、すぐにそれを否定する。

 ココでまた盗んで騒ぎになるのは避けたいし、そんなことをしたら落ち着いて飲み食い出来ないからしないだろう。そもそも盗む気ならば追跡される可能性のある車で、しかも仮アジトに向かう途中でするはずもない。トランクには盗んだ品も入っているのだから別の場所で乗り捨てるのも厳しいし。

 金もあるだろうし、盗むメリットよりもデメリットのほうが遥かに大きいし、理性的なこの二人ならばココで盗むことはしないはず。まぁ普段は食料を調達する人によっては店が尋常じゃない被害を被ることもあるようだけど。

 

「じゃあ罰としてメリーが買ってきてね。金は自前でよろしくー」

 

 私が罰を受けるような要素があったのかどうかは甚だ疑問ではあるけれど、シャルによって買い出し要因にされてしまった。まぁ欲しい物選べるからいいんだけど。

 とは言え、私一人では問題があるだろう。マルメロで定められている法律では、この国における成人である満18歳未満の飲酒と酒の購入は禁止されている。私は身長が150cm無いので、レジ係がよほど不真面目でない限りまず売ってもらえないだろう。伸びろよちくしょう。あれか、小さい頃の栄養失調が祟ったのか。

 まさか酒が要らないわけじゃないだろうし、忘れているのをこのまま何も言わずに本当に私一人で行ってしまえば可哀想だ。

 

「行くのはまぁ構わないんだけど罰を受ける意味がわからない。それに私一人じゃ十中八九アルコール飲料買えないと思うよ」

「げっ、そういやそうだった。それならクロロと一緒に行ってきてよ」

「おい団長のオレに雑用を押し付ける気か」

「今は仕事中じゃないし、職権濫用反対。それにオレ運転してるんだから、このぐらいやってくれてもいいんじゃないの?」

 

 シャルに言われ、結局クロロは舌打ちとともに渋々了承した。どうでも良いけど、いや良くないけど何故シャルの中にはクロロ一人で行くという選択肢が存在していないのか。しかも結局質問はスルーされるし。

 小憎たらしい笑顔でヒラヒラと手を振るシャルに見送られ、私とクロロは車を降りてコンビニへと歩き出した。


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