大泥棒の卵   作:あずきなこ

53 / 88
04 水底から

 菓子やおつまみ、ジュースや酒の散乱しているテーブルを囲んで、それらを口に入れながら話を進める。

 ヒソカへの対策を練るとは言え、先程クロロが言ったように、今はまだあまり多くのことを決めることは出来ない。多くを決めるには、不明瞭な点を明確にする必要がある。

 そう思ったのは当然私だけでは無いようで、シャルがそのことについて話しだした。

 

「対策を練る上でまず確認しておきたいのが、ヒソカがクラピカに渡した情報だよね。これについてはある程度予測できるけどさ」

「連絡先を交換して蜘蛛の次の出現地をリーク、後は団員の個人情報かな? 前者は確実だと思うけど、後者は多分まだだろうね」

 

 咀嚼していたチョコレートを飲み込んだ私がそれに答える。甘すぎて口の中がちょっとヤバい。甘けりゃイイって物じゃねえぞちくしょう。

 クラピカと協力するとしても、コマとして利用するとしても、少なくとも蜘蛛の居場所は絶対については絶対に教えるだろう。それはクラピカがおそらく最も欲している情報だろうし、それがないとどうにもならないからだ。

 ヒソカとしても彼自身が望むタイミングでクラピカが来てくれないと困るだろうから、この情報は必要不可欠。コレを出し惜しみして、クラピカが自分で蜘蛛の居場所を掴んだ挙句、潰されてしまっては元も子もない。

 外見、性格、能力等の個人情報については、おそらく最初には告げないだろう。協力を取り付けられると確信した段階で告げるのがタイミング的にはベスト。居場所の情報で興味を引き、協力を仰ぐ材料として個人情報を差し出す。彼らの関係はは利害関係の一致で成り立つため、こういった取引の駆け引きから推測できる。

 そう思っての発言に、頷いて肯定を示したクロロ。その直後に彼の口から出た言葉は、私にとっては意外なものだった。

 

「そうだな、オレも前者のみだと思う。更に言うならば、ヒソカは既に”何時、何処で”ということまで伝えているだろう。これも確実だろうな」

「え、マジで?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。それを伝えていることが分かるというのは、どういう事なのだろうか。

 考えられるのは、既に蜘蛛の仕事の予定が決まっている点。私には知らされていないのは単純にまだ知らせていないだけか、それとも本が絡まないと参加しようとしない私には伝えるだけ無駄だから何も言う気がないのか。

 どちらにせよ、既に蜘蛛の予定が決まっていることは確定。そして、クロロが確実とまで言い切ったからには、それを裏付けする明確な理由があるはず。

 私が思うに、ヒソカが”何時、何処で”を告げるために必要となるであろう条件は、ヒソカが蜘蛛の仕事の予定を知っていることと、もう一つ。

 

「9月1日、ヨークシン、か」

 

 そこまで考えが至った時点で、シャルが顎に握りこぶしを当てたままポツリと漏らした言葉。それによってクロロが確定と断言した理由もわかった。

 ヒソカの目的は蜘蛛を潰すことじゃない。これは確実だ。潰すつもりならば態々クラピカなんかに話を持ちかけず、ハンター協会に告げ口をすればよかったのだ。自分も蜘蛛掃討に参加するという条件で。

 それをしないのは彼がクロロと一対一で戦いたいから。それを実現するためには組織と手を組むよりも個人と手を組んだほうがいいと判断した。組織が絡むと、どうしても動きが大きくなる。しかし人数が少なければ、それだけ水面下で動きやすくなるというもの。

 その意味するところとは、ヒソカは大々的に暴れるのではなく、クロロが一人になる瞬間を静かにゆっくりと、虎視眈々と狙うということだ。

 9月1日、ヨークシン。その日、その場所では、裏世界にてある催し物が存在する。それは。

 

「……地下競売(アンダーグラウンドオークション)

 

 思わず声に出したそれにクロロが首肯する。

 マフィアン・コミュニティーが取り仕切る地下競売。6大陸10地区を縄張りとする筋モノの大組織の長達、十老頭と呼ばれる10人がその元締めだ。世界中のヤクザやマフィアが集まり、競りに興じる。

 シャルがあの流れで日付と場所を言ったことから、蜘蛛はこの地下競売を狙っているというのが分かる。

 そしてこの地下競売は、ヒソカがそれを告げるためのもう一つの条件を満たしている。

 

「なるほどね、事を起こすにはお誂え向きの舞台だ」

 

 その条件とは、今私が口にしたように、舞台。

 ヨークシンという都市。地下競売。ヒソカの目的。

 ヨークシンは大都会で、夜になっても大通りを綺羅びやかな光が照らし、行き交う多くの人々で賑わう場所。しかしその裏、光の届かない場所ではマフィアが蔓延る都市。

 地下競売はそんなマフィア達がこぞって参加する行事だ。そこで高い買い物をして望むものを手に入れると同時、自分の所属する組の力――この場合は財力を示すことで組の規模など――を誇示する。

 普段からヨークシンには多数のマフィアが存在しているけれど、地下競売の行われる時期は更に世界各地から集まってくるので、その数は常時の何倍にも膨れ上がる。

 これだけの舞台で蜘蛛が盗みを働けば、マフィアは必ず大騒ぎをするだろう。舐められたままでいられるか、とコミュニテイ総出で外敵を排除しようとする。

 騒がしくなる舞台。それが賑やかになればなるほど、小さなことを見落としやすくなり、舞台裏に潜む悪魔は活動を活性化できる。悪魔は蜘蛛の足を絡め取り、頭を舞台裏で嗤う死神へと差し出す一瞬の隙を作り出す。

 ヒソカにとっては願ってもないチャンス。すぐに大騒ぎしてくれるマフィアと、使えそうなコマが揃ったこの舞台。既に彼はハンター試験にて次の獲物の品定めも終えているだろうし、間違い無く動く。

 

「そこまではいいとして、具体的にどうすんの?」

 

 私が合点がいった事を察して、シャルが話を進める。

 ヒソカが仕掛けてくるであろう場所と日時は分かった。だけど、いつ、どのように動くのかは分からない。

 だからココでシャルが聞きたいのは、その日が来るまでに自分たちがすることについてだろう。クロロもそれを察して、これからのことについて話しだした。

 

「暫くは様子見しか無いだろうな。メリーの性格上オレ達にこの事を知らせるのは分かっているだろうから、監視をつけようにも警戒されて無駄足に終わるだろうな」

「何さそれ、私がチクリ魔的な性格だとでも言うの? まぁ実際チクったけどさぁ」

「チクリ魔って言うよりは慎重派ってことでしょ。少なくとも楽観的ではないからこうなるのは分かってるだろうね。だけどそれさえも楽しみそうなんだよなぁアイツ」

 

 クロロの言葉に少し眉をしかめて唇を尖らせたけれど、その後のシャルの発言で思い直す。そうか、慎重派か。なんだそういうことか。それならまぁ、思い当たるフシはありすぎて困るくらいだから納得である。

 それよりも、その後の発言だ。実際ヒソカは私がこうやって蜘蛛にあの事を言うのを分かっているのだろうか。

 きっと、分かっているのだろう。私がクラピカと接触したのは知っているだろうが、どんな会話をしたのかはヒソカにはわからない。だけどクラピカの服装は特徴的すぎて、完全に何処かの民族衣装だった。ヒソカにはあれがクルタの物だという知識があったからこそクラピカに接触したのだ。

 つまり知識がある者から見ればクラピカがクルタなのは一目瞭然。私が彼との会話でそれを知ったのを知らずとも、私がクラピカをクルタだと察しているのはヒソカも視野に入れているだろう。

 ということはやはり、私が今こうして蜘蛛とそのことについて話していることは彼も察しているということ。実際に動くかどうかは不明瞭だろうけど。

 

「実際私の目の前で堂々と接触したんだし、こうなるのを期待してたんじゃないかな」

 

 私のことを少しでも知っていれば、私が慎重に事を運ぶタイプだというのは分かるはず。まず仕事の時に顔を隠している時点で明白だし。

 ヒソカはそれを承知した上で、何もないならそれで良し、そして私たちが何をしようが自身の目的を遂げるつもりなのだろう。

 

「そのあたりのことに関しては、もう少し奴の動きが明確になってからでもいいだろう。幸い、ヒソカが動く兆候も見えることだしな」

 

 この話に関しては現段階では考えるだけ不毛、と判断したのであろうクロロがそう言った。確かに、今話してもしょうがないことだ。

 そして彼の言うヒソカが動く兆候。これはクラピカのことだ。

 どんな場合であろうと、クロロが一人になる時間はほぼ無いと言っても過言ではない。そのクロロの周囲の団員を遠ざけるには外的要因、つまりクラピカの攻撃は必要不可欠。

 どのような形であれ、必ずまず最初にクラピカが動き出す。そしてクラピカが作り出した隙を突く、或いはそれに隠れるようにヒソカが行動を開始する。

 ヒソカが動かない限りは、クロロも彼を敵とはしないだろう。そうでなければヒソカが今も蜘蛛にいる現状がありえない。それが団長としてのクロロだ。だから本命であるヒソカの出番は、おそらく王手がかかる数手前。最後の最後で、彼は蜘蛛ではなくなり、そしてクロロに勝負を挑むのだろう。だけど、なにか見落としている気がする。どうして彼は、態々私の前で――――。

 

「差し当たって、メリーにはヒソカがクラピカに話したことの内容、それに対する返答を調べて欲しい。出来れば間接的にな」

「え? あぁうん、オッケー。私もクラピカに接触するのは反対だし、他のクラピカと仲良かった奴から効き出すよ。期限は特にないでしょ?」

「遅すぎなければな。出来れば8月までには頼む」

 

 考え事をしていたせいで少しクロロに対する返答が遅れてしまったけれど、特に訝しまれる事もなかった。きっとこれも、今考えてもしょうがないことだ。

 クラピカに直接聞き出さないのは、そこから私達が何らかの動きを見せていることをヒソカに悟らせないため。相手に与える情報は少しでも少ないほうがイイ。だからこそクロロも間接的に、と言ったのだ。

 これは折を見てゴンかレオリオに接触してそれとなく聞き出すべきだろう。キルアは勘ぐりそうだからだめだ。

 

「っていうかメリーにも一枚噛んでもらうのは既に決定事項なんだね」

「今更すぎじゃね?」

 

 どのタイミングで接触しようか考えているところで聞こえたシャルの言葉に、思わず突っ込む。本当に今更すぎるだろ、それ。

 

「最初に話があるって言い出したのはコイツだ。ヤル気だったみたいだし、別にいいだろう」

「そういうこと。私もこの件に関して無関係って訳じゃないし、除け者にされるのは寂しいなぁ」

 

 私がニヤリと笑いながら言うと、シャルもそういう事ならいいか、と言って体を仰け反らせ、年季の入った椅子を軋ませた。

 クロロが言ったように、この件に参加する気がないのであれば報告という言い方をしてただろうし。話したいと言ったのはつまり参加の意志があるからだ。責任の一端もあるだろうし、ね。

 そこからまた少しの間、今決められることについて話を詰めた。相も変わらず飲み食いをしながらだけど。

 

「この事、他の奴らには?」

 

 粗方の話が終わったところで、シャルがそう切り出す。彼の手元には真っ赤なスナック菓子。すげぇ辛そうである。

 他の奴らとは、ここにいない蜘蛛の団員。これを告げるのか、告げるにしても誰にするか。

 事情を知っているものが多いほうが動きやすいけれど、下手な奴に教えてヒソカに気取られたら困る。そうなると思いつくのは。

 

「パクなら100パー問題ないんじゃない? 後は私的には微妙かなぁ」

「ああ、パクと……、……いや、パクだけにするか。ヒソカは勘がいいからな、気取られる可能性が高い」

 

 クロロとしてもパクのみに告げる方針ようだ。ヒソカの勘は侮れないから、やはり確実に大丈夫だと思えるのはパクくらいしかいない。

 パクノダ。彼女はは相手の記憶を探る念能力者として、情報収集時には非常に信頼されている。しかし、信頼の理由は何もそれだけではないのだ。

 パクは相手の一挙手一投足、表情や声の僅かな変化を読み取り、そこから相手の心理状態をほぼ性格に逆算するという技術に長けている、いわば心理戦のスペシャリストなのだ。

 彼女はほんの短い言葉の応酬でも相手の言葉の虚実を見破ることが出来る。彼女の能力はより正確な情報を引き出すことができるけれど、嘘を見破るくらいなら能力に頼らずとも造作も無いのだ。

 おそらく、クロロでさえも彼女にバレないように嘘をつくことはできないだろう。現に私はバレた。

 クロロが仕事終わりに楽しみにしていたプリンをこっそり食べた時、食った奴は名乗り上げろとクロロが言った際の僅かな違和感をパクは察知し、見事に私の犯行であると言い当てたのだ。ポーカーフェイスには自信があったのに。おかげでクロロにげんこつを落とされてしまった。

 そんな事ができるパクだからこそ、相手に自分の隠し事を気取られるような間抜けなことはしないだろう。シャルもその点信頼しているのか、パクに告げることに一切の反論はなかった。

 

「異議なーし。じゃあそんな感じでいいよね。オレそろそろ時間無くなりそうだから、もう行くね」

 

 またなんかあったら連絡頂戴、そう言ってシャルは席を立ち、ドアの方へと歩き出した。もう帰ってしまうのか。

 そういえば今回は用事がある中でなんとか都合をつけてきたんだっけ、とチョコレートを口に放り込みながら考えていると、ドアノブに手をかけたシャルがこちらを振り返って言った。

 

「ヒソカが何考えてるかよく分からない以上、メリーも油断はしないほうがいいよ。こんなふうに突然致命傷を受けるかもしんないし」

「うわ、あっぶな!」

 

 そう言いながらドアノブを持つ方と逆の手で何かを私目掛けて、正確には私の開いた口を目掛けて指で弾き飛ばしてきた。それが口に入る既の所で、声を上げつつ手で受け止める。

 掴んだそれを見てみると、先程までシャルが食べていたとても辛そうなスナック菓子。なるほど、確かにこれは渡しにとって致命傷に成りうる。辛いものは私にとって天敵である。シャルはそれを知っててやってるんだから質が悪い。

 一言、いや原稿用紙一枚分程の文句をぶつけてやろうとシャルを睨むも、彼は既にドアを開けていた。

 

「そんじゃまたね、おつかれー」

 

 シャルは笑顔でそう言い切ってすぐさまドアの向こうへと消えた。やり場をなくした怒りは、彼が閉めたドアに向かっておつかれ! と声をぶつけることでほんの少しだけ収める。

 全く以て、冗談じゃない。口の中に辛いものを突っ込まれるのも、致命傷を受けるのも御免蒙る。

 何時、どんな場所からどんな一手を指されようとも、その悉くを握りつぶしてやる。

 

 思わず拳に力を込めてしまい後悔したのは、そう思った直後のこと。

 スナック菓子を握り潰してしまったせいで赤色に脂ぎった手を見て、私は溜息を吐いた。




キルアを捕獲した時の様子からして、パクノダって念無しでも挙動から嘘を見破る能力に長けてると思うんですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。