大泥棒の卵   作:あずきなこ

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07 呪いみたいな宝みたいな

 私の知っている限りでは、ゾルディックの屋敷に向かう際、道に迷うことはない。試しの門を開けさえすれば、その真正面に伸びている道に沿って進めばいいだけなのだから。

 この道は執事が管理していて、両側に生えている草木も歩行の邪魔にならない程度に切られている。

 侵入者に対しても親切設計だなと思えてしまうようなそれは、やはりというか当然裏がある。

 ある程度進むと罠が配置されるようになり、最初は侵入者に対して警告するかのようにあからさまなそれも、更に歩を進めるにつれ巧妙になり、殺傷能力も高まって本気で殺りにくる。仮に突破できたとしても確実に無事では済まないレベルらしい。しかも位置を常に特定されるというオマケ付きだ。

 かと言って道を外れて森の中を進めば、今度は獣や虫を相手にすることになる。人間相手ではないと侮る無かれ、強靭な牙や爪、更に猛毒のどれか、或いはその全てを兼ね備えたバケモノばかりである。代表的な例を言うならば、ミケと同じ犬種……、……犬種? も、数十匹放し飼いにされているらしい。

 その他も、先日のハンター試験でお世話になった詐欺師の塒が近所の雑木林に思えてくるようなヤバい生物の勢揃い。私がハンター試験前に蹴散らした狼の魔獣なんかは、ここの食物連鎖ヒエラルキーでは最下層に位置するんじゃなかろうか。あいつら糞弱かったし。

 ちなみにこの2重苦について、ミルキ君が”オレが表から徒歩で外出しようとしたら余裕で死ねる自信があるぜ! 行かないけどな!”と暑苦しい図体で爽やかに言ってのけたのは記憶に新しい。

 

 とは言えまぁ、外出するたびにこんな危なげな所を通るのも馬鹿げた話である。ミルキ君なんかは本人の言う通りガチで死ぬだろう。そのため、表だが徒歩ではないルートと、表ではないルートが有る。

 ゾルディックの外出時、表の場合は飛行船などを使って空を移動し、目的地が近所であれば車を置いてある執事邸の近くへ、そうでなければそのまま飛行船で移動となる。大金持ちだから自家用機がわんさか有るのだ。

 当然外敵がおなじようなルートで侵入することは出来ない。各地に配置された対空砲などの迎撃システムを駆使して撃ち落されるのがオチらしい。撃墜担当のミルキ君は、未だに1度も使ったことがなくてつまらない、とぶちぶち言っていた。

 撃墜したって下は山だから山火事の心配とかありそうだけれど、どうせ火とか水を操る系の能力を持った執事が何とかするんだろう。どこからあの大量の執事を仕入れているのか知らないけれど、アレだけいればどのような事態にも対処できる程に多彩な能力があるだろう。

 

 それと、もう一つのルート。それが今私の歩いている地下道だ。薄暗くて道幅は2メートル程度と狭く、また現在地は迷路のように入り組んでいる。まだ対侵入者用エリア内だからだ。

 執事だって所用で何処かへ出かけることも有るだろうし、そのたびに一々空路を使っていられないだろう。そのための地下道。

 ゾルディック本邸から各施設の全てを地下で繋げているこのルートは、外敵が使用するにはどこか一つでも施設を制圧する必要がある。

 それだけでもかなり難易度が高いというのに、いざこの道を使おうとしたら入り組んでいて分かりにくいし、遠隔操作で地下道を崩壊させて生き埋めエンドや普通に挟撃も出来るため、こちらも侵入者対策はバッチリ。

 正解の道を歩き続ければ、地下とはいえそれなりに明るくて幅の広い場所に出られ、そこからは車での移動が可能になる。

 

 現在、私の正面に執事が横並びに2人。そして後ろにも同じように2人いて、全員がオッサン。前後を2人ずつに挟まれ、気分はさながら連行される罪人のようだ。まぁ犯罪者ではあるけれども。

 案内と警備の意味で3人。そして検問用にもう1人。検問用の執事は毎回同じ人が来る。彼の質問に対して嘘を言うと、身体の何処かに激痛が走るようだ。その他条件に関しては不明だけれど、だいたいこんな感じの能力で毎回私の来訪の目的と荷物検査をしてくる。彼以外の人が担当に着かないのは、いないのではなく見せたくないためだろう。

 今日は既にチェックも完了しているのでこうして地下道を歩いているのだけれど、害意はないかの質問に対してないと答えたらお腹がめちゃくちゃ痛くなった。正直にイルミさん一発ぶん殴りたいと言ったら止んだ。アレで溜飲を完全に下げたと思ったら大間違いである。そしてコレを聞いておきながら”まぁそのぐらいなら……”と言わんばかりの反応で私を通した執事たちの対応もきっと間違いである。まぁいいけど。

 以前私がゴトーに毒を盛られたのは、この過程をすっ飛ばして入邸したからである。曰く、毒を盛る事で生殺与奪権を完全に握り、私が下手なことをしないよう牽制する目的だったとか。たしかにあの場面で遅効性の致死毒を盛られていたとしたら、解毒剤を貰わねば確実に死ねるので暴れたりは出来ないだろう。

 まぁゴトーも殺す気はなかったようで、本来は胃にショックを与えて吐き出させる程度の軽い毒だったらしいけれど、私の半端な毒への耐性、それと内臓が彼の想像以上に丈夫だったため、吐き出されること無く体内に留まり続けたせいであんなに苦しい思いをしたらしい。子供の頃は碌な物食ってなかったのが意外な場面で仇となってしまったようだ。

 解毒が遅くなったのは、あからさまな警告のためだったらしいけれど、それにしたってもう少し早く来て欲しかった。

 まぁそれはともかく、荷物の方は特に問題ない。この荷物はミルキ君が漁られるのを嫌うため、毎度私に対する危険なものはないか程度の簡単な質問のみで済ませる。なので問題はない、はずなのだが……。

 

「……毎度、思うのですが」

 

 そう正面を向いたまま切り出したのは、私の前を歩く右側の執事。毎度と言ったように、彼は私が来るたび毎回迎えに来る執事である。毎回固定なのは彼と検問用の執事のみで、後はランダムだ。

 ミルキ君の専属執事でキブシという名の、短く切りそろえられた茶髪に浅黒い肌をした三十路の彼は、私の持ってきた荷物に対して苦言を呈した。

 

「あまり禍々しい物を持ち込まれるのは困るのですが……」

「えぇー、元々いっぱいあるんだしいいじゃん。今更何個か増えたところで変わらないってば」

 

 どうもキブシは私が持ってきた荷物が気に入らないらしい。彼は割と小心者な部分があるから、曰くがありそうな品を持ち込まれるのは嫌なのだろうか。他の3人もチェックの時何も言わなかったというのに。

 私が持ち込まなくとも、ゾルディックの人間は趣味の悪い変なものをポンポン買って来るので本当に今更な話なのだけれど。少しでも増えてほしくないのだろうか。

 除念を齧っているからなのか、”モノに取り憑いた念”に対して私は知り合いの中ではトップクラスに敏感な方だ。ここに居る時点ですでに少し感じるが、本邸に入ると本当にすごい。いやまぁ、決して近くないこの距離でも少し感じる時点で相当アレなわけだけれども。

 壁越しだろうがなんだろうが問答無用で各方向から伝わってくる思念の波。まさにオールレンジで放たれる強弱性質様々それは、正直かなりうざったい。特に害があるわけではないけれど、気になってしまうのは仕方がない。

 まぁ物とかだけじゃなくて、外出先で殺した人が”憑いて”来てるっていうのもあるんだろうけど。一応増えすぎて大変なことにはなっていないようなので、定期的に誰かが掃除しているんだろうか。

 ちなみに今話しているように、私は執事に敬語を使うことはない。そもそもミルキ君とはタメ口なわけだし、そのミルキ君に仕えている彼らに敬語を使うのもおかしな話だからだ。ただ単に敬語めんどいっていうのもあるけれども。

 

「それにこういうの持ってきてるのだって、頼まれたからだし。文句は頼んだ人に言いなよキブシぃ」

 

 そう言いつつ、荷物から彼が嫌がっているもの、2つある内の1つを取り出して左右に振って見せつける。私の動きに気づいてこちらを振り向いたキブシは、それを見てあからさまに表情を歪めた。

 私の手にあるのは、ジャポンの古い人形。着物を着た少女の姿をした髪の長い童人形からは確かに思念を感じるものの、そこまで害意が有るわけでも無さそうだ。つまりは多少の害意は有るわけだけど。まぁ大したことはないだろうし、顔もよく見れば可愛いような気がしないでもないような感じだし。面白いギミックもあるし、こっちは人形が好きなミルキ君用だ。

 もう1つ、バッグに仕舞ったままの方はゼノさん用で、人の頭ほどの大きさの丸い透明な水晶の周りを蛇のような金色の龍がとぐろを巻いて包んでいる置物なのだけれど、その中心に小指の爪程度の大きさのドス黒い靄がかかっている。正直手元に置いておきたくないほど嫌な、怨嗟の塊とも言えそうな思念を感じる。

 持ち主に悪影響及ぼしそうだけれど、コレぐらいのレベルなら既にいくつか置いてあるはずだし、問題ないはずだ、多分。

 

「頼まれたものは貴重そうなものであって、不気味なものではなかったはずです」

「貴重そうって条件は満たしてるでしょ? 念がかかってるわけだし」

 

 何度かココを訪れている内に、ミルキ君とゼノさんは今キブシが言ったような頼みもしてきた。まぁこっちは買い物がてら集めるだけだし、少ないコストで結構なリターンがあって得だからいいんだけど。

 ものに対して貴重であるかどうか、知識がなければ中々分かりにくいものだけれど、物が念を纏っているかどうかは割りとわかりやすい指針になる。

 大体念を纏っているものっていうのは、熟練の作り手が精魂込めて作ったものか、ある用途のためだけに作られたワンオフ品、あとは価値とか関係なしに単純に呪われたものくらいである。

 今回持ってきた人形は高確率で呪われているだろう。大穴で職人技の一品。どちらかハッキリとはしていない以上、ギリギリで貴重そうなものと言えなくもないである。

 対してもう1つの置物は、ワンオフか呪われてるかどっこいどっこいといったところか。まぁワンオフにしてもどうせ呪いとかの用途だろうから碌な物じゃないけど、一応条件はクリアー。

 詰まるところ、私は悪くないのである。

 

「まぁアレだよね、大雑把な条件出してる依頼主が悪いわけで」

「う、それは……」

 

 私の言葉に、キブシは言葉を詰まらせた。結局私が変なものを持ち込もうとも、渡されてる彼らは喜んでいるので、使用人であるキブシが嫌がったところでどうしようもない。

 私としても、ただ単に念がかかってるものを持ってくればいいだけで集めるのが簡単なので、コレを持ってくるのはやめたくない。こういうのを渡すのも正当な取引の内、恩は売れる時に売っておくべきだ。

 呪いかお宝か、私とゾルディックの関係も似たようなものだ。超危ない集団というリスクの存在は理解しているが、高確率でそれに見合ったリターンだって見込める。

 

「安心しなよ、ゼノさん宛の荷物持ってくのはキブシの隣の人に頼むから」

「それでしたら、まぁ」

「え゛っ」

 

 そう言うと渋々ながらもキブシは受け入れ、話は終了したものとして前を向いて歩き出した。隣で絶句している同僚を無視して。今回ゼノさんは外出中らしいので、執事に頼んで部屋まで運んでもらうのだ。

 流石に嫌がっているキブシにこれ以上嫌な思いをさせるつもりはないので、やばそうな念を放っている物を運ぶよう頼むときは、大体キブシと検問の人以外に頼むようにしている。

 1名が重苦しい空気を纏いながらも、音が響くはずの地下道を無音のまま歩き続けた。

 

 

 

 10分ほど歩いて迷路のような区画を抜ければ大きな道に出たので、そこからは車での移動となった。

 乗り心地の良い高級車で地下道を走り、本邸近くになるとまた迷路のように入り組んだ狭い通路になるので車を降り、再び徒歩で移動する。

 またも10分ほど歩けば扉に行き着く。そこをくぐり、入ってすぐの場所にあるエレバーターで上へ向かい、漸くゾルディック家本邸へと入廷した。

 

 ここまで来てしまえば警備用の執事たちもお役御免となる。仮に私が暴れたところで、ココの主に危害を加える前に簡単に取り押さえることができるため、私の近くに複数人でいる必要はないのだ。異常な行動を察知するためには1人ついていれば十分だし。

 そのため案内に必要なキブシ以外の執事には、ミルキ君とゼノさんそれぞれの私室へ荷物を持って行ってもらう。本邸に入ってからバッグを1つ貸してもらい、持ってきたものと借りたものに渡す相手ごとに分けて荷物を詰め、それぞれ執事に手渡す。

 渡す際にどちらの執事にも嫌な顔はされなかった。流石はプロである。まぁどうせ内心では凄い嫌がってるんだろうけど。

 能力以外の情報を全く教えてくれないため、名前も分からない検問用の執事とも別れ、キブシの案内で本邸内を歩く。

 

「ミルキ様はこちらに居ます」

 

 やがて1つの扉の前にたどり着くと、キブシが扉の横で立ち止まってそう言った。廊下は長方形の石で上下左右が構成されている。光源としては窓と、今は点いていないけれど廊下の両側にランプがある。どうやら地下ではないようだ。

 それにしても、ここにいるのか。中からバッシンバッシン聞こえてくるってことは、今も拷問中なのだろう。

 キブシも扉の傍に控えているだけだし、入ってもいいのだろう。正直私のそれなりに優れた感覚器官が伝えてくる情報のせいで、全くといっていいほどいい予感がしないのだけれど。

 とは言え、このまま音が止むまで扉の前で待ちぼうけっていうのもつまらない。えぇいままよ、と覚悟を決めてノブに手をかける。

 

「ミルキ君おひさー……って、うわ、うっわ。やっぱちょっとコレは無いわぁ……」

「フゥーー、ブフーーー……! ……お? おぉ、やっときたのか」

 

 嫌な予感を吹き飛ばすように明るめの挨拶とともに扉を開けた先にあった光景に、流石の私もドン引きである。予想はしていてもちょっときつい。

 鼻息あらくこちらを振り向いたミルキ君の手には、鞭が握られている。その鞭でしばかれていたのも予想通りキルアである。しかも半裸である。彼は私がここに来るとは思ってなかったようで、こちらを向いたまま目を見開いて固まっている。

 キルアの身体は、手足が天井から伸びた鎖と背面の壁にある枷にそれぞれ繋がれており、さらに鞭で叩かれた跡が無数のミミズ腫れとしてあちこちにある。最後に見た時より少し痩せたようにみえるのは、あまり食事をもらえていないからか。そこだけは同情である。飢えは嫌いだ。

 ここまでちゃんと情報は入ってきていて、ただの拷問だと分かっていても、兄貴が半裸の弟を鞭で叩いてるっていう絵面がもうなんかキツイ。ミルキ君の鼻息が荒いのがなんか余計に嫌だ。なぜだろう、ミルキ君が常軌を逸した変態だと知っているからかな。

 

「あぁいや、うん、なんか部屋間違えたみたい。ごめん出直すね」

 

 ドン引きしているのを隠すこともなく、なんとも言えない表情のままそう言って扉を閉める。

 廊下で控えていたキブシと顔を合わせ、無言で部屋を指さすと、彼もまた無言で首を横に振った。なんだかなぁ。

 まぁアレだ、とりあえずどっかで時間潰そう。




超お待たせしました。
お待たせしすぎてむしろもう待ってないんじゃないかってくらい待たせてすいませんでした。

今度こそしばらくは本当にそれなりのペースで更新できそうです。

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