先ほどの拷問部屋には今日はじめて行ったので、あそこからだと道順が分からない私の数歩前を先導して歩くキブシとポツポツと会話をしながら移動していると、やがていつもの見慣れた区画に辿り着いた。廊下の作りが先程までの石造りから洞窟のようになったここは、ミルキ君の私室がある辺である。
ミルキ君が外出しないせいで、彼の専属執事であるキブシの仕事は雑用ばかりで、しかも特に必要ないだろうということで専属はキブシのみ。
雑用頼まれてばかりで大変だねと言ったら、じゃあお前も頼むのやめてくれよ的なことを言われた。それはまた別の話だろうと一蹴しておいた。もうそういう立ち位置になってしまったのだから諦めてくれ。
専属らしく護衛とかしたい、と肩を落とし煤けるキブシをお座成りに宥めていると、ミルキ君の部屋の前へと辿り着いた。
キブシは佇まいを正して扉の前で立ち止まり、3度ノックしてから中に居るミルキ君に到着したことを告げる。
返事が帰ってくるとキブシが扉を開けて後ろに下がり、私は止めていた足を動かして開いた扉へと向かった。
「お待たせしましたクソ豚野郎!」
爽やかな笑顔とともに毒を吐きながらは入ったその部屋の内部は、いつもの見慣れた光景。
大きな棚に並べられた美少女やヒーロー、怪獣などのフィギュアが今では30畳ほどの部屋の2分の1程を占めている。人間大の物も複数あり、それが余計に場所を取っている。来るたびに物が増えて段々部屋の奥への道が狭くなってきている。
奥にあるパソコンはその半分程度の割合を占めており、いくつかのハードに大量のモニターが設置されている。こちらも偶に数が増える。
壁や天井には棚に並べてあるようなもののポスターが貼られていて、石造りのそれが露出している部分は少ない。更に他の部屋に続く扉にもびっしりだ。
床は何も貼られていなくてカーペット等も無いので露出しているけれど、お菓子の食べかすやゴミが散乱していて汚い。
「うるせード腐れ性悪女。ちゃんとやっといたか?」
こちらを振り向きながらそういうミルキ君。どうやら辛うじて綺麗な状態の机の上で、私が持ってきたものを並べて見ているところだった。
と言うか何故こいつら兄弟揃って私のことを性悪と言うのだ。ちょっと職業が泥棒なだけで、とってもいい子ちゃんなはずなのに。多分、きっと、うん。
やっといたか、というのはキルアに対してのことだろう。もちろんと答えると、ミルキ君は私の後ろへと視線を向け、キブシにも確認しているようだった。
キブシは首肯したのだろう。ミルキ君が納得した様子を見せると、後方で扉が閉まる音がした。
「あ、キブシぃお茶」
「おお、俺も俺も」
「……畏まりました」
閉まりきる直前に首を後ろに向けながらお茶を催促すると、ミルキ君もそれに乗っかった。
頼まれたところで淹れるのはキブシではなく、他の厨房を担当している者だ。本来であれば私かミルキ君が内線で頼めばいいものを、態々それをキブシにやらせているだけである。性悪? いいえ違います。
主人とその客の頼み故に断ることが出来ないキブシは、一旦動きを止めて返事をしてから今度こそ扉を閉めた。それを確認して私は部屋の奥のミルキ君の元へと向かう。
話しかけつつも途中においてある等身大美少女フィギュアの今日のパンツチェックは忘れない。
「どう? リストに合った奴以外ので気に入ったのあった? ……今日は黒のレースか、いいね」
「どれもいいんだが、これだって言うのはないな……あと、いい加減来る度パンツ見るのやめろ」
「そう言うなら毎日パンツ履き替えさせるのやめろ」
さながら痴女が履くようなに申し訳程度の短さのスカートを捲るとミルキ君に窘められたが、彼が毎日違うものを履かせているせいで気になるのだから、だったらそれをやめろと反論する。まぁどうせやめないだろうね。だから私も捲るのをやめない。
ミルキ君に渡された欲しい物リストに載っていない物も、あの呪われた……じゃなくって珍しそうな人形以外にもいくつか持ってきたけれど、特に気に入ったものはないようだ。まぁどれもある程度は気に入ったようだからいいや。
案の定露骨に視線を逸らしてごまかしたミルキ君は、その話は終わりだとばかりに別の話題を切り出した。こいつ絶対今日もあの人形のパンツ取り替えるよね。
「それはそうと、今回は期間がいつもより長かった割には数はあまり多くないんだな」
私は大体2、3ヶ月くらいに1回のペースでここに来ているのだけれど、確かに彼の言う通り今回はそれよりも少し間が空いている。
一度に持ってくる量も似通っている。その割には普段よりも心なしか少なめだったのが気になったらしい。
理由としては学校とかハンター試験とかでいろんな場所に行く機会が一時的に減ったからなのだけれど、それは大まかに言えばいいだろう。
「ちょっと事情があったからね、仕方ないんだよ」
「それとコレ、コイツ何なんだよ。何か禍々しいんだけど。っつーかコイツ髪伸びてんだけど」
そう言ってプラプラと振ったミルキ君の手が掴んでいるのは、私が持ってきた古い童人形。40cm程度の大きさのその少女は、先程よりも確かに少し髪が伸びている。
具体的には腰の辺りまであった黒い髪が、足の付根の辺りまで伸びている。
「ああ、その子オーラ垂れ流してるとそれ吸って髪伸びるから。”纏”してれば触っても吸われないよ」
「マジかよめんどくせぇ……。コイツ本体はあんま価値無さそうだけど、念のお陰でソッチ方面のやつは喜びそうだな」
試してみたので髪の伸びる理由は分かっている。どういう経緯でそんなことになったのかは知らないが、”纏”でオーラを留めていないとそれを吸収して髪が成長するのだ。
念能力者でなければオーラを体外へと放出する精孔がほぼ閉じている状態のため、吸われる量も微々たるものなのだろうけど、念能力者であるミルキ君であれば話は別だ。僅かな時間でも影響が出る。
キブシが持っていても大丈夫だったのに、今は髪が伸びてしまっている現状からわかるようにミルキ君は普段”纏”をしていない。そんなんだから念も扱えないキルアに腹刺されて大ダメージ受けるんだよ。めんどくせぇじゃないんだよ。”纏”ぐらい普段からしてなよ。
それにしても人形本体はあまり価値が有るものではなかったのか。つまりただ単に呪われた品だったわけだ。まぁそうだろうなぁとは思っていたけれど。
除念しても良かったんだけど価値も下がりそうだし、能力の特性上結構めんどくさそうだからと却下しておいて良かった。ゼノさん用の奴はよく分からないからノータッチだけど。
ちなみに持ったまま”練”で通常以上のオーラを練ると、すごい勢いで髪が伸びる。面白いぐらいにモッサァと伸びる。まぁコレは言わなくていいだろう。何となくやってみて驚くがいいさ、私のように。
手に持っていた人形をミルキ君はそっと机においた。扱いが丁寧なので捨てたりはしなさそうだ。ひょっとしたらこの部屋の棚に並ぶかもしれない。
そして彼は私に、何かあるかと聞いてきた。彼は私の持ってきたものを見終わってから、何か頼み事があるのかと聞いてくる。ここで私が首を横に振るのが大抵の流れだ。
しかし今日は違う。貸しも結構溜まっていることだし、タイミングもちょうどいいので少し貸しの精算をさせてもらおうと口を開く。
「まずはいい武器売ってる店に値引き込みで紹介お願い。ゾルディックならいいとこ利用してるでしょ」
「そのぐらいならお安いご用だな。でもよメリッサ、お前そこそこ質の良さそうなナイフ使ってなかったか?」
「ちょっと前に盗みに行った時、運悪く他の奴と鉢合わせしちゃって。勝ったけどそん時にダメになった」
まずは武器の調達である。ハンター試験の際には壊れていてまともな武器を持っていなかったが、まさかこれからも試験の時に使ったような折りたたみナイフを使うわけにも行かない。
ゾルディックといえば闇の世界の頂点。この世界は同じ辺りのレベルでの横の繋がりが強いから、ゾルディックならさぞかし良い店を知っているはずだ。値引き込みで承諾してもらえてよかった。良い物はそれだけ高いからなぁ。
ミルキ君の言う通り少し前まではそこそこのナイフを使っていたのだけれど、この間泥棒してる時に同じ家を狙った殺し屋っぽいのと遭遇して戦闘になって、相手もそれなりの腕だったので刃が欠けてしまったのだ。
デカい家は警備も厳重なので、下調べをしてからここぞというタイミングで決行するのだが、まぁ金持ってるとそれなりに恨みを買うようで、同じくここぞというタイミングで決行した雇われの殺し屋と鉢合わせることがあるのだ。蜘蛛やゾルディックの時も似たようなものだけれど、それを抜いても2回目である。
「イルミも言ってたな。決行した時に限ってイレギュラーが起こること結構あるって」
ミルキ君も納得したようにそう言って頷いている。あの人なら多少の想定外の事態は実力でゴリ押ししそうだから問題無さそうだ。
私も邪魔が入った2度はどちらも強行した。邪魔をした奴はどちらももうこの世には居ない。普段から雇われの念能力者の護衛を相手にすることも偶にあるのだから、ある程度行動には余裕をもたせているため、戦闘が長引きさえしなければ盗む事自体はわけないのだ。
「で、他には?」
先ほど私が武器のことを頼む前に、まずと前置きしたのだから当然他にも頼みはある。
それを聞いてきたミルキ君に、私は指でそれを示しながら2つ目の頼みを口にした。
「あとは、それ。できるだけ小さいのがいいな」
示した先にあるのは、パソコンのモニター。だけど要求しているのはそれそのものではなく、画面が示しているもの。
私が求めているものを把握したミルキ君は怪訝な表情をしたが、厄介事の気配を感じ取ったのか追求することはせず、ただ了解の返事をしてきた。
「それも問題無ぇ。どっちも今日中がいいか?」
「うん、それでお願い」
「オーケー。前者は今から先方に連絡入れるわ。多分本人照会の暗号出されるからそれは覚えとけよ。後者はすぐにでも渡せるけど、マジでかなり小さいから帰るときに渡すほうがいいな」
こんな感じでいいか? と言葉を締めくくったミルキ君に肯定を返し、ありがとうと言って近くの空いている椅子に腰掛ける。
こういう取引の話になるとミルキ君はデキる男っぽくなる。雰囲気だけで言えば結構イケメンだ。実際の見た目はちょっとアレだけれども。素材は良いんだから痩せればいいのに。
キーボードを高速で叩くミルキ君の手元をぼんやりと見つめる。指先だけは素早く華麗に動くのに他が愚鈍すぎる、だなんて今恐らく私のために先方に文面を送っている彼に対してめちゃくちゃ失礼なことを考えていると、扉がノックされた。
ミルキ君が手を休めずに声で入るように指示すると、ここまでお茶を持ってきた執事を廊下で待機させてキブシが室内へと茶を運ぶ。下っ端は基本的には部屋に入れないのだ。
受け取ったお茶を啜りながらミルキ君を見守る。あ、ちくしょうまたお茶に毒入れてやがる。……この量ならまぁ平気だろうか。多分。
「よし、後は向こうのリアクション待ちだな。お前今日この後どうする?」
「んー……。せっかくだし泊まっていこうかな」
作業を終わらせたミルキ君がこちらを向きながら質問してくる。少し考えた後に、泊まると返した。
ここには一度来ると次来るまで結構間が開くので、急ぎではない場合は泊まって遊んでいく。彼はマイナーだけど面白い漫画を多数所持しているからそれを読ませてもらったり、後はゲームしたりして過ごす。
期間はその時によってまちまち。最長で1週間くらい連続で泊まったこともあるけれど、今回はそんなに長居はしないだろう。
食事はゾルディック仕様のものを食べると割と深刻な被害を被るから、出された分の半分を食べて残りはミルキ君へ。足りなければ彼のお菓子を食わせてもらう。この辺りの流れも何度もやっていることなので、慣れたものだ。
私の答えを聞いたミルキ君は笑って、勢いよく両手の平を合わせて宣言した。
「よっし、そんじゃあゲームしようぜゲーム! 今日は徹夜な!」
「いいよー。でも対戦系はほとんどバランス悪いからメインは協力系ね」
今日はどうやらゲームをして過ごすらしい。いい加減対戦系は特定のジャンルを除いてバランスが悪くて勝負にならないので駄目だということも学習している。
意気揚々と、キャスター付きの椅子に乗ったまま地面を蹴って、部屋の奥にある別室への扉へと向かうミルキ君。あの奥にあるのは、絨毯やソファなどがきちんと備えられており、漫画やゲームが大量に置かれている、正に遊びのための部屋だ。
私も椅子から立ち上がって彼の後を追う。せっかく来たんだし、ジャポンに向かうのは明日でもいい。
今夜は長い夜になりそうだ。
「だあああぁぁっ!! クソ、全っ然勝てねぇ!! お前格ゲー強すぎんだよアホ!!」
「格ゲーはやめようって言ったのに。フレーム単位で見切って対応できる私にキミ風情が勝てるわけ無いじゃん。勝ちたきゃ現実で強くなりなよ」
「このジャンルはヤメだ! 次、このFPSガンシューティングで勝負だ!」
「だぁから学習しろってば!! それだと今度は私がボロ負けして勝負になんないっつーの!」
深夜、ゾルディック邸内の一室に私とミルキ君の大声が響く。
格闘ゲームのフレーム以下を争う戦闘をしている私からしてみれば、画面内の相手の初動から次どんな動きが来るのか、そしてそれへの対処も完璧。引きこもり故に一瞬を見抜く目がなく、技術のみのミルキ君の後の先を完全に取れる私が圧勝し続け、ミルキ君が吼えた。どうしてもと言うからやったけれど、結果は案の定である。
そして次にミルキ君が提示したジャンルは、完全に技術がモノを言うゲームであり、技術もやりこみ度も段違いな彼に私が完敗するのだ。故に声を荒げて却下した。
私達の実力が拮抗しているのは、パズル系のみ。技術と経験で勝るミルキ君に、彼以上の思考能力を持つ私が対抗する。次点がレーシングゲームで私が偶に勝てるくらいか。と言ってもやはり基本的に勝者はミルキ君で、実力差は大きい。
動きを見て反射で対応できるゲームでは私が圧勝し、単純な技術の勝負になるとミルキ君が圧勝する。勝負としてはほとんど成り立たない。故に対戦系はバランスが悪いのだ。
あぁもう。だから協力系にしようって言ったのに。
格闘ゲームのフレームとは、画面の動きを一つづつに分けた時のもので、ゲームによって違いますが1フレーム辺り30~60分の1秒です。
FPSは一人称視点のシューティングゲームみたいなものです。ミルキが提案したゲームは、頭や心臓を銃で撃たれると即死するようなものです。