大泥棒の卵   作:あずきなこ

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06 蜘蛛と遊びと見送りと

 フィンクスの左フックを上体を反らして避ける。

 そのまま左足で彼の腹部を蹴りあげようとするも、開いていた右手で難なく受け止められる。

 その足が掴まれる前に軸にした足で地面を蹴って後ろに下がる。フィンクスは幻影旅団の団員、それも前衛を務めるバリバリの戦闘型。彫りの深い顔に金のオールバック、上下ジャージを着てさらに眉毛を全て剃っているという見るからに怖そうな風貌の持ち主。

 実際に高水準のパワーとスピードを兼ね備えたバランス型であり、強化系に属するかなり手ごわい恐ろしい相手だ。対する私はスピード型、速度で彼に勝るが力で数段劣る。おそらく今の条件下で私が勝てる可能性は1割もないだろう。

 その条件というのは念あり”発”なし武器なしの肉弾戦。蜘蛛が遊ぶときは大体コレだ。偶に武器も可になる。

 発を封じられた私はスピードであれば蜘蛛の戦闘要員とも張り合えるがパワーはそうもいかない。

 筋力や体重などの要因もあるけれど、特質系という系統がまず自身の強化に向いていない。系統図のヘキサゴンでは強化系と正反対に位置する。なので通常の打撃ではあまりダメージを与えられないのだ。

 しかも相手のフィンクスは、単純な殴り合いでは蜘蛛でもトップクラスの実力者だ。あれ、なにこのムリゲー。

 

 とは言え心中で嘆いてばかりもいられない。一旦距離をとったら姿勢を低くしてすぐさま走りだす。瞬時に自身の最高速度まで持って行きフィンクスに迫る。

 直前で右方向へのベクトルを加え、僅かに向きを右にずらすと同時に右回転も加えて体重を乗せたローリングソバットを顔面めがけて叩きこむ。

 スピードでは私が勝るがそれでかき回せるほどの差があるわけではない。コレもどうせ防がれるが、その後に隙が生まれれば御の字。駄目だったらまた距離をとる必要がある。

 接近戦を続ければフィンクスの攻撃は確実に私にダメージを与えてくるだろう。その距離でフィンクスの攻撃をいなし続けるのは私には無理だ。

 たとえ手数で勝ろうともパワーに差がありすぎるためやはりフィンクスに軍配が上がる。まぁどのみち殴り合いでフィンクスに勝てるとは思えないので、この場合は如何に効果的な打撃を打ち込み、如何に怪我をしないようにするかが重要である。

 

 効果的にダメージを与えるにはこうやってベクトルと体重を集約した威力の高い攻撃を叩き込みながらのヒットアンドアウェイしか無い。

 普通に攻撃してもダメージを蓄積させられないわけではないが、ダメージ覚悟のカウンターが怖い。基本は防御や回避の姿勢でいて、隙を見て叩きこむ反撃しにくい攻撃をする。

 パワーのない私のただのパンチやキックは彼にとって脅威ではないからさぞカウンターを打ち込みやすいだろう。一発でも当たれば大ダメージなのでその時点でかなり不利になる。

 だからこちらは踏み込ませないように牽制するか、決まらずとも回避か防御の選択肢を取らせる攻撃をするかしかないのである。

 

 放った右足は顔には当たらず彼の両腕に阻まれた。直前でわずかに進路を変えたので動きに対応できず咄嗟に防御したのだろう、おかげで体制が崩れている。

 が、私も顔を狙ったので身体が少し浮いていてまだ体制が整っていない。せっかくの好機、フィンクスよりも早く立てなおして追撃をしなければ。

 しかし立ち直る前に私は後ろから接近してくる気配を察して右へ跳んだ。転がるような形で不恰好だったが仕方ない。

 

 直後に私がさっきまでいた地面がドゴォ!! と物騒な破壊音を発した。原因はウボォーギンの全力のパンチだ。あっぶねぇ!

 あんなの食らったらひとたまりもない。上から下に振り下ろされたあのパンチは地面のせいで力の逃げ場がないから、当たったら多分死んでたぞ。

 念を盗んでオーラを強化していない私は、アレに耐えられるほど頑丈ではない。プチッと潰れてしまう。潰れたトマトは御免である。まぁ強化してても大ダメージですけどね。

 

 フィンクスの挙動を警戒しながらも、地面にクレーターを作った男を見る。

 ウボォーギン。硬質な灰色の長髪、ワイルドな顔立ちで筋骨隆々、身長は2mを軽く超える大男だ。黒い短パンに胸毛がはみ出す白のタンクトップと、服装もワイルド。

 正に筋肉の塊のような男で、強者揃いの幻影旅団においても、肉体の強靭さで言えばナンバーワン。更に強化系のため、念をまとった彼の攻防力は半端ではない。

 筋肉で膨れ上がったでかい図体だと動きの遅そうなイメージがあるかも知れないが、とんでもない。その巨体の重さ故に初動と加速は遅いが、強靭な筋肉が生み出す最高速度はかなりのもの。実は足とかめちゃくちゃ早いし、トップスピードに乗った拳とかに当たると、防御に失敗したら確実に骨を持っていかれるし、直撃したらマジで死ねる。

 圧倒的な攻撃力、そして防御力を誇る彼が相手だと、初動が遅い分フィンクスよりは攻撃を当てやすいが、通常のパンチやキックではダメージ余りが通らない。故に隙が大きく威力も大きい攻撃を撃つしか無いけど、そうなると当然手痛い反撃を受ける確率も高い。今の条件下では最悪の相性、と言うか彼が最強。

 ていうかちょっと待て、彼がこの場に単独で現れるのはおかしい。ウボォーさんノブナガさんはどうしたんすか。確かさっきまではノブナガと殴り合ってたはずだけれど、もしかしてもうやられちゃったんですかあの人。

 さっきまではノブナガという、ジャポンによくある着物に身を包み帯刀し、口髭と丁髷のタレ目サムライ野郎がウボォーギンの相手をしていたはず。強化系のノブナガにウボォーギンの相手を任せていたのに。

 

 この状況で私から仕掛けるのは得策じゃない。腰を深く落として相手の動きに対応できるようにし、不意打ちを仕掛けてきたウボォーを睨む。

 でもまぁ一応この”遊び”、別にタイマンなんていうルールがあるわけではない。今はウボォーギン・フィンクス組とノブナガ・私組で全力で遊んでいるところで、武器や念の制限以外は何したって自由。最初に2対1で片方潰すのだって勿論ありだし、不意打ちはむしろ食らうほうが悪い。

 その辺はまぁ理解も共感もできるけど、偶に乱入とか裏切りとかもあるのはどういうことなのか。味方だと思ってた奴に後ろから攻撃されるとか、実際にやられたけど酷いものだった。がら空きの背中だったから一撃で戦闘不能だったし、数日の間腰痛に悩まされるし。

 だから遊びと言うこの行為でも、私は命がけである。というか蜘蛛の皆でもウボォーと敵対した時点で命がけである。彼の馬鹿力は当たりどころが悪いとマジで死ねる。たとえ武器を禁止にしたとしても肉体そのものが凶器なこの男にはあまり意味が無い。

 

 しかしノブナガが既にやられてしまったのならばマズイと思い、ちらりとウボォーが来た方向に視線を向ける。どうやら最悪の事態にはなっていないようで、離れたところに少し汚れたノブナガがいた。

 大方ウボォーにぶん殴られて吹っ飛んでたのだろう、急いでこちらに向かってくるのが見える。まだやられてなくてよかった。

 急げノブナガ、取り返しの付かないことになる前に早く! と心のなかで叫ぶ。2対1とかマジで死ねる。

 本気で”堅”をしている今のウボォーにダメージを与えようとしたら素手の私は攻撃の際に”流”でかなりのオーラを集め無くてはならない。近くにフィンクスのいるこの状況でそれは自殺行為だ。

 かと言って防御や回避に徹すれば、2人掛かりの攻撃を避けきれるはずもなく、そのうち袋叩きになるという不幸な未来が待っている。

 

「ウオオオオオォォォオオオッ!!」

 

 ウボォーの突進、馬鹿でかい掛け声とともに放たれた右ストレートを避け、ウボォーの動きを発端に動き出したフィンの蹴りを間一髪で回避する。うるさい事この上ない。蜘蛛の皆は慣れたもんだが、私はまだ慣れきったわけじゃない。

 ウボォーもそれは重々承知だろう。それでもこの状況で雄叫びを上げるのはこの程度何とかしてみせろということなのだろう。彼の笑みはそう言っているように思える。面倒見の良い男だ。

 しかし今その面倒見の良さを発揮されても困る。非常に困る。

 ただでさえかなり切羽詰まってるのにコレ以上試練を与えないでください。

 

 どうやら相手の二人は私を先に潰すつもりのようだ。戦略としては有りだが、なんて酷いんだ。

 私がなにをしたっていうんだ。もしかしてさっき私がフィンのジャーキー盗んだことを根に持ってるのか?

 心の狭い男だ。眉毛の面積と心の広さはきっと比例するのだろう。ジャーキーくらいで大人気ない。

 まぁウボォーには何かした覚えがないからただ単に戦略的なことなのかもしれないけど。

 

 回避に徹していた私は、それでもフィンの攻撃を右腕で受けてしまった。なにこれメッチャ痛い、バックステップしながら受けて威力殺した上に”流”で防御したのにジンジンと重く響く。

 ただ、その衝撃で大きく後ろに下がり、彼らと距離を取ることに成功した。さらに、私が下がった方向は、ノブナガのいる方向。やばい状況は脱することができた。

 痛みに顔をしかめているところで、漸く戻ってきたノブナガが戦線に復帰した。

 

「ワリーワリー。流石にウボォーとの殴り合いはキツイぜ」

 

 私の横に並び、後頭部を掻いて困ったように笑いながらそう言うノブナガ。

 ですよねー。でも私じゃダメージ与えるの難しいんだからもうちょっと頑張って欲しいですぅ。

 

「しっかりしてよ。右腕メッチャ痛いんだけど」

 

 右腕をプラプラさせながら、避難めいた視線を浴びせる。

 この状況。

 肉弾戦では蜘蛛トップクラスの二人が相手。

 片やコチラは刀のないサムライと非力な泥棒。

 無理だろコレ。せめて武器使わせろよ。

 

 なんでこんなことになってしまったのか。

 話は少し前に遡る。

 

 

 

 

 

 28日。私は蜘蛛の仮宿に招待された。見送りパーティーだ。命を散らすパーティーは無いようなので安心である。

 いや、無いというには語弊があるか。今は無いだけなのだから。

 正確に言うと私が来る前に皆さんフィーバーしてきたようだ。コレはそのパーティーの打ち上げも兼ねている。

 

 アジトにつくと、もう宴の準備はできていた。床には弁当だの惣菜だのおつまみだのと大量の酒がある。特に酒の量が物凄い。私は飲めないのだから、ジュースももうちょっと揃えて欲しい。

 あの酒全部飲む気か。いや、でも今日のメンツならイケる気がする。ものっそい飲む奴らがいるから下手したら足りなくなるかもしれない。

 今日はクロロ、パク、マチ、シャル、フィン、ノブナガ、ウボォー、フランがいた。コルとフェイも居たそうだが打ち上げ不参加らしい。ほかはそもそも仕事にも来ていないらしい。

 

「こいつらはそもそも最初は仕事だとしか言ってない。メリーが来るのもついさっき告げたばかりだ。お前のために仕事まで入れたのに先に始める訳にはいかないからな」

 

 すぐにでも飲み始めそうだったが主役が来るまで待ってもらったんだ、とクロロは言った。どうやら気を使わせてしまったらしい。ちなみにメリーは私の愛称だ。

 なんだか最近のクロロは特に優しい、気がする。

 大体ハンター試験を受けることを告げた日からだろうか。彼の中でなにがあったのだろうか。

 それに、仕事の打ち上げを利用したのも彼なりの気遣いではないか、と思う。いや、深読みのし過ぎかもしれないけど。

 

 私はヒソカが苦手だ。常日頃からクロロと殺し合いをしたがっているのは他の皆からしても丸分かりだし、私も稀にそんな目線で見られることがある。

 何よりあの粘っこい視線が苦手だ。嫌いなわけではないのだが、なんか駄目なのである。身体の上を虫が這っているような錯覚がするのだ。

 なんだか狙われているようで会うたびデート――但し行き先はあの世――に誘われる。蜘蛛には団員同士のマジギレ禁止、と言う内戦防止用のルールが有るけれど、私は蜘蛛と仲がいいけど蜘蛛じゃないからそのルールの適応外だから少し怖い。

 まぁでも苦手って言うよりは、お近づきになりたくない相手という方がしっくり来るかな。戦闘狂(バトルジャンキー)なのは構わないけど、私を狙うなら話は別。いずれにせよ、できるならば見送り会で会いたい人物ではない。

 

 ヒソカの仕事の参加率は低い。でも私の見送り会をするといえば彼は来る、気がする。

 だって参加率低いって聞くけど私が呼ばれて参加すると高確率でいるのだ。

 

 だからクロロは仕事と言うことで皆を集めたのだろうか。ヒソカの参加率を下げるために。私が狩られそうだから。

 さっき彼は言っていた。お前のために仕事まで入れた、と。つまりメインはこちらで、仕事はおまけなのだ。

 もちろんこれは私の憶測とか願望とかが入り混じった結果の推察だ。でも、そう考えると説明がつく、気がする。打ち上げが始まりそうになるまで趣旨を説明してなかったり。

 クロロはこういったことで意味のないことはしない。

 不自然な点もこう考えれば納得できなくもない。

 ……考え過ぎかな。

 

 挨拶もそこそこにすぐにどんちゃん騒ぎが始まった。

 強化系三馬鹿――蜘蛛ではノブナガ、ウボォー、フィンの3名をまとめて呼称する際に用いられる――が我慢の限界を迎えていたようだ。ものっそい飲む奴らというのもコイツらである。あの3名を押えられるクロロはやはり凄い。

 今日のクロロは仕事の後なので団長ルックだ。ファー付きの黒いコートを着て髪を上げ、額の十字に似た刺青と背中の逆十字を惜しげも無く、誇らしげに見せている。

 団長としての彼はカリスマ性に満ちている。だからだろうか、そんな彼の指令に蜘蛛の構成員が逆らうことはない。

 

 既に各々過ごし始めている。三馬鹿は大騒ぎし、クロロとシャルとフランはトランプで遊び、私は女性陣とガールズトークに花を咲かせる。

 フランことフランクリンはウボォーギンを超える巨体に、顔に傷と縫い目、そして長い耳朶を持つ、青みがかった黒髪の男。蜘蛛では比較的温厚な気質だ。念の系統は彼の口から聞いたことはないが、手の十指からとんでもない威力の念弾を連発しまくっていたので、まず間違い無く放出系だろう。

 マチは紅紫の髪を頭頂部で無造作にポニーテールにした、ツリ目の女性。袖や裾の短いシンプルな和風の衣装に身を包んでいる。下はミニスカートクラスの短さだけれど、黒のレギンスを履いているため中が見えることはない。

 

 見送りといっても打ち上げにお呼ばれしただけという感じなのは理解しているし、することは普段と特に変わりはない。

 なのでいつも通り食べ物を貪りながら、マチやパクと会話を楽しむ。お、このビーフジャーキおいしいな。お酒は飲まずともおつまみは美味しい。

 しかし甘いモノが少ない。糖分が足りない。もうちょっとこう、普通のお菓子的なのも用意して欲しかった。チョコとか。

 甘いモノがないというしょっぱい現実に打ちひしがれつつ、腰を落ち着けてジャーキーを齧っていると、マチが試験の話題を振ってきた。

 

「メリー、アンタハンター試験受けるんだって? ヒソカいるけどいいのかい?」

 

 マチがセリフの後半部分で顔をしかめながら聞いてきた。片手にはビールの缶を持っており、言い終わるとそれを煽る。

 勿論私もヒソカが今回の試験に出るということは知っている。

 

「我慢するよ。いくらヒソカでも試験会場で暴れるような真似はしない、……しない? ……まぁ、大丈夫、多分、うん」

 

 そう返答した私は、去年の試験でヒソカがやらかしたこともちゃんと知っている。だからこそ、後半にかけて曖昧な表現になってしまった。

 そういえば試験官半殺しにしてんじゃんあのピエロ。ってことは暴れても何もおかしくないじゃん。

 マチはどうやらヒソカが嫌いなようだ。名前が出るたび嫌そうな顔をする。今は自分でその名前を出したのでかなり表情が歪んでいる。

 

「気をつけなさいね……。あら? そのアクセサリー、買ったの?」

「買ったのと、後は貰ったの。プレゼント交換でね」

「へぇ、高価なものじゃなさそうだけど綺麗じゃん。似合ってるよ」

 

 パクが私の手元や首元に気づいたようだ。マチもそこに視線を向け、嬉しいことを言ってくれた。こういうところ女性は特に敏感である。

 私がネックレス、楓がブレスレット、椎菜が指輪を用意した。ネックレスは服の中に収納しているので、紐しか見えていないけど。

 皆小さな色付きの小さな石が一つ付いているだけのものであるが、派手なのはあまり好きじゃないのでコレぐらいでちょうどいい。

 椎菜はそれぞれの人差し指に会うサイズのものを買ってきた。いつの間に測ったんだろう。

 右人差し指につけると集中力が上がると言われているらしく、これから種類は違えども試験に臨む私たちにはちょうどよかったので、皆その位置にお揃いでつけている。

 

「ありがと。宝物なんだ」

「そうね、色もデザインもあなたにぴったり。いい友達ができたのね」

 

 私の言葉にそう返してパクが微笑む。マチも微笑ましいような視線を向けてくる。なんだかこそばゆかった。

 なので話題を変え、何気ないような雑談をする。空気も柔らかく心地が良い。

 直接会話するのは、11月頃にこの2名にもう1名加えて我が家に遊びに来たとき以来だ。ちなみにそのもう一名はシズクと言う、黒髪ボブに眼鏡を掛けた少女だ。彼女は制限付きだが容量が無限の掃除機を具現化することができ、物資の運搬を主に担当する。ちょいちょい毒を吐く上、一度忘れたことは2度と思い出さないという厄介な性質も持つ。

 

「おい、メリー! 暴れっぞ、お前も来い!」

「体力有り余ってんだろ?」

「試験前にいっちょ景気づけと行こうぜぇ!」

 

 純粋に会話を楽しんでいたところ、フィンクス、ウボォーギン、ノブナガの声が順番にアジトに響き渡る。

 瓦礫の積まれた高い位置から、低く平たい位置にいる彼らと、その周りを見る。どうやら酒を飲んでテンションが上がってきたので遊ぶらしい。とはいっても、まだ各自缶2本くらいか。そこまで酔ってないのに絡んでくるとは、はた迷惑な連中である。

 さっきまで女性陣の間にあった穏やかな空気は爆散した。霧散なんてもんじゃなく、本当に一気に豹変した。

 二人は汚物でも見るような視線を向けている。なんとまぁデリカシーのない連中だ、と。が、彼らは気づかない。もう既に向こうでは小競り合いが始まっている。

 非力な私は彼らと遊ぶのも結構危険が伴う。いや、危機感があって修行にはいいかもしれないが。

 アレな目を向けていようとも、この場合彼女達は抑止力にはならない。あの目は単純に空気をぶち壊した馬鹿に向けているものであり、その後の遊びに関しては、彼女達はむしろ嬉々として観客になる。

 唯一止められそうなクロロは傍観モード、他の男どもも酒の肴にする気満々。女性陣は今は呆れ顔になっているが、いそいそと飲み食いするものを集め、観戦する準備をしている。小競り合いは激しさを増していく。

 

 私は、これでもそこそこ腕は立つ。

 修羅場もいくつか抜けてきた。

 そういう者にだけ働く勘がある。

 その勘が言ってる。

 私はアレに、巻き込まれる。      

 

 そんな確信がある。というかよくあるパターンであり、回避できた試しがない。

 だが諦める訳にはいかない、近々ハンター試験があるのに無茶は良くない。試験は私からしたらそんなに難しくはないだろうがそれでも怪我をするのはマズイ。断らねば。効果はないだろうけど。

 

「やだよ。怪我したくないもん」

 

 3人でやってなよ、という言葉を続けることはできなかった。フィンクスが急接近して私に攻撃を仕掛けてきたからである。私のいる位置まで一足で跳躍してのグーパン、回避せざるを得ない。

 山なりに上から振ってきた彼が振り下ろした拳を私が避けたせいで、私の椅子役を務めていた瓦礫さんが粉々に破壊されてしまった。フィンてめぇ。

 

「ヘイ。つれねーな、遊ぼうぜ」

 

 遊ぼうぜ、じゃないよ。お前ら一分もしないうちに手加減って言葉を忘れるじゃん。そもそも強化系の群れに特質系放り込むとかなに考えてんだ眉毛とともに常識もなくしたか。

 とは、言わなかった。言えなかった。フィンクスの目は私を逃がすつもりがないと告げている。やっぱ駄目ですか、そうですか。

 諦めて付き合うしかないようだ。

 

 

 

 

 

 私は人魚。可哀想な人魚。

 数多くの逸話がある人魚と比較しても、酒の肴にされたてしまった私は結構可哀想な部類だ。

 アホなことを考えている自分をしかるべきか、まだその余裕が有ることを褒めるべきか迷うところだ、うん。

 

 ただいま私は大絶賛後悔中である。景色が後ろから前にどんどん流れていく。下を見れば地面が遠い。

 酒の肴が空を飛んでおります。どうやら私は人魚ではなくハーピィだったようだ。……自力で飛行しているわけじゃないから違うか。

 こうなった理由は単純、超簡単。ウボォーに殴られた。それだけのことである。

 

 遊び始めて一時間が経過した頃、私とノブナガはかなり押されていた。無理もない、相手が強すぎたのだ。フィンクスの出が早く隙の小さい軽めのよけにくい攻撃でチクチクとダメージを浴び、結構きつい状態になっていた。せこい攻撃しやがってちくしょうめ。

 そんなときにノブナガがウボォーに殴り飛ばされ、フリーになったウボォーが私の方に向かってきたのだ。下から掬い上げるようなボディーブロー付きで。

 

 フィンとの攻防でいっぱいいっぱいだった私に、その攻撃を回避することはできなかった。

 瞬時に回避の選択肢を捨てる。無駄に避けようとすると余計危険だ。防御に全力を注いだほうがイイ。

 こんな時こそ、冷静に。対処を誤れば大ダメージは必至。

 

 まずは地面を蹴って後方に跳んで威力を殺す。”流”で腕にオーラをすべて集めて、身体より前に出して腕全体でまず拳を受け止める。

 もう拳が当たる直前、彼我の距離はかなり近い。オーラが触れ合った時点で念を発動。オーラを盗み、それを転用するべく貯める。

 腕が触れてからは全力でオーラを盗みながらも、私の腕が拳に押されて体に当たる前に盗んだオーラも使って体と腕を強化する。

 一時的に防御力をあげるこれは、私の切り札でもある。防御を上げる前段階で相手のオーラを奪い、僅かながら攻撃力も減らしている。接触した部分から奪うため、”堅”で常にオーラを発しているとはいえ、今彼の拳が纏うオーラは通常時より僅かに少ない。これは攻撃のときにも使えるので非常に使い勝手がよい。

 身体にまで衝撃が到達するまでに、足と腕で2度攻撃の威力を殺したおかげか、ギシギシ、メキメキと嫌な音を立てながらも骨と内臓は無事だった。

 ”発”禁止のルールだったけど死んだら元も子もないので使ってもいいよねマジで。出来れば見せたくなかったけど背に腹は代えられないし、見た目変化がないので誰も気づかないだろう。

 殴ったウボォーなら違和感に気づくかもだけど、殴った感触が軽いのは私が後ろに飛んだからだ、と解釈してくれるはず。あからさまなことをしない限り、最低数回はごまかせることは実戦で確認済み。あの時は十数回だったけど。

 

 自分自身のステップも相まって、百数十メートルをノーバウンドで吹っ飛ばさている。空中で体勢を立て直した私は何とか足で地面に着地できた。”流”で下半身にオーラを集め、靴に厚めの”周”をかけてブレーキをかける。靴が台無しになるのは避けたい。

 そこから10メートル程動き続けて漸く止まれた。しかし体中が軋んでかなり痛い。さすがにギブアップしよう。死ぬかと思った……。

 

 歩いてゆっくり元いた場所に戻ると、申し訳なさそうなウボォーと、心配そうな面々に迎えられた。

 流石にこの後ハンター試験を受ける相手を、名目上は一応その見送りになっている宴で怪我させるのは、彼らからしてもバツが悪いだろう。

 私が景気よく吹っ飛ばされたことで、上がりすぎたテンションも戻り、遊びも終了したようだ。

 観客席と言う名の瓦礫から腰を上げ、クロロが近づいて声をかけてきた。

 

「怪我はなかったか? 防御はできたようだが、綺麗に入っただろう」

「ワリィ、メリー。無事だったか?」

 

 それに続いて、顔の前で片手を立てにまっすぐ伸ばしながらウボォーが聞いてくる。特に怪我らしい怪我はしていない。骨は無事だし、身体のあちこちにある打撲や裂傷なんかは怪我のうちに入らない。

 骨の1本や2本は覚悟していたけれど、そこが無事だったのは僥倖である。

 

「ん、大丈夫だよ。それとウボォーが謝ることでもないよ」

 

 そう言うと一様に安心した表情を見せた。まぁ、別にハンター試験くらいなら、腕が一本くらい折れてても問題ないけどね。本当に、何らかのアクシデントがなければね。

 それに私にとっては遊びでも戦闘訓練でもある。訓練中に殴られたからといって謝られることはないし、またウボォーが謝る必要はない。本心からの発言だった。

 

「しっかし、よく耐え切ったなオメー」

「なんか走馬灯見えた。動きスローに感じたからしっかり対応できた感じかな」

 

 ノブナガの感心したような言葉にそう返す。非力そうな私が耐えたのが意外らしい。

 嘘は言ってない。マジで見えた。ちょっと笑えない。

 楓と椎菜の顔も浮かんでた。彼女たちも心配しているだろうに、試験前に遊んでたら死んじゃいました、なんてことになったら死んでも死にきれない。

 

 とりあえず満足したらしく、クロロが手を叩いて飲み直すぞ、と号令をかけると全員が素直に従った。

 そのあとは今度こそただ飲んだり食べたりするだけになった。

 

 

 

 朝方まで飲み明かし、酔いつぶれたものも数名。そんな邪魔な物体を廃墟の済に蹴飛ばし、翌日の夕方頃までアジトでまったりしていた私だったが、コレ以上長居するとマズいと思いそろそろ帰ることにした。帰って試験に持っていく荷物をまとめなきゃいけない。

 参加者が多いということは暇な時間も多いだろう。集団行動は得てして空き時間が増えるものである。

 メカ本は必須。あとは、まとまった時間に読む用のちゃんとした本がほしい。どれにしようか今から考えておくのもいいだろう。

 余った食品でめぼしいものをカバンに詰め、帰り支度をしているとクロロが何冊かの本を持ってきた。

 

「持っていけ」

「え……いいの?」

「よくなきゃ渡さないさ」

 

 聞き返せば軽く笑いながらの当たり前な回答。それもそうか。じゃあありがたく借りることにしよう。

 手渡されたそれはだいぶしっかりした本のようで、厚みもある。

 タイトルを見るにシリーズ物を揃えて持ってきてくれたようだけれど、ジャンルが伺えなかったので聞いてみる。

 

「これってどんな本なの?」

「あるミステリー物のシリーズ全巻だ。事件自体は解決させているが謎あかしをしていない部分が多く、読者に考えさせる本だ。おかげで何度か読み返せる。試験が終わったら答え合わせでもしよう。」

「へぇ、面白そう。わかったよ、私なりの答えを用意しておくね」

「ああ、期待しておこう」

 

 そう言って笑い合う。なるほど、随分といい本を用意してくれたようだ。これで懸念事項がひとつあっさりと片付いた。

 読み応えがある本は大好きだ。本をリュックに大事にしまい、背負う。読むのが楽しみだ。

 

「それじゃ、行ってきます」

「頑張ってこいよ」

 

 挨拶をして走りだす。なんだか身体が軽い。今なら自力でも空を飛べそうだ。

 あくまで自力である。昨日みたいなのは勘弁だ。身がもたない。

 空港でチケットを買い、飲み物を飲みながら飛行船を待つ。お金はフィンの財布からスってきた。

 これぐらいは許されるだろう。昨日酷い目にあったのも元をたどればフィンのせいだ。

 

 

 

 そして、ジャポンに帰り。

 新年を迎え、楓と椎菜にも見送り会をしてもらい。

 更に空港で二人に見送られ、私はジャポンを発った。

 

 ハンター試験が始まる。


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