寒空の下、時折吹く冷たい風を忌々しく思いながら、大量の人々を吐き出す駅の出入り口を見つめる。
気づけばもう2月。ハンター試験で年始に離れて以来、ジャポンに戻ってくるのも1ヶ月振りになる。
待ち合わせ場所にと決めた、私が以前住んでいた場所の最寄り駅から6つ離れた駅。その出入り口から少しだけ離れた所にある木の下。
ここで待つのは、私の”友達”である星野楓と山本椎菜の両名。共にこちらに向かっていて、もう直着く頃だろう。
私も彼女達も電車での移動だけれど、私は彼女達とは反対方向からここへ来たので、当然乗る電車も違う。
電車の到着時刻の都合上少しだけ早く到着した私は、僅かな時間とはいえこうして寒空の下で待つ羽目になるのならば待ち合わせを近くの屋内にすればよかった、と後悔しながら到着を待っているところだ。
2月のジャポンはとても寒い。数日前まで居たパドキア共和国など、ハンター試験中やそれ以降に訪れた場所では、特に着こむ必要の無い程度の気温だったため、その落差が尚更に辛い。
少し前までとは打って変わって大量に着こみ、寒さを凌いでいる。外から見える服装は、濃紺のデニムパンツにベージュのダッフルコート、黒いマフラーに白いニット帽。あとスニーカーと手袋。
念には念を入れて伊達眼鏡を掛けて変装しているが、それがなくともマフラーとニット帽のおかげで人相はわかりにくくなっているだろう。
ちなみにズボンの下にはタイツを履いているし、コートの中は4枚ほど着ている。これだけ着込んでもまだ寒い。
この点だけで言うならば流星街のほうがマシだ。あそこは季節ごとの気候の変化が比較的穏やかなのもあるが、常時変なガスが発生していて反応熱で嫌に暖かかったから、冬にあまり厚着しなくても凍えたりはしなかったし。
ポケットに手を突っ込み白い息を吐き出しながら、ただ駅の出入り口を見つめること数分。
吐き出される人混みの中から、漸くお目当ての人影が姿を表した。
ポケットに突っ込んでいた手を出して高く挙げ、外気に触れたせいでまたもや熱を奪われる事に耐えながら左右に振って合図を送る。
気づいた2人はこちらに駆け寄ってくる。着ているものの種類や配色に違いはあれど、皆似たような格好だ。彼女達もこんな寒い日にスカートを履くという愚行は犯さなかったらしい。
「お待たせーメリーさん! ごめんねー寒かったっしょ?」
「久し振りだねメリーさん。何で眼鏡かけてるの?」
朗らかに笑いながら挨拶する楓に次いで、わずかに息が上がっている椎菜。たかが数10メートル走っただけで疲れるなよ。
特に待ってない、久しぶりとこちらが返すと、楓が視力でも悪いのかと聞いてきた。
彼女達は真城芽衣の名前を使っていた頃の私と面識があるから、一応念を入れて掛けているのだ。特に手間でもないし。
ひょっとしたらこの辺りに私達3人を知っている人がいるかもしれない。ソイツに見られて、何か真城さん生きてたんだけどってなったら非常に困る。そのために人相をぼかしているのだ。以前クロロと居るところを見られたりもしたし。
1人の時ならそっくりさんで済ませられるけど、彼女達との組み合わせの際に見られると高確率で私が実は生きていると知られてしまう恐れがある。色々考えて行動していたのに、そうなってしまっては水の泡だ。
現状要望混じりだろうけど、実は真城さんは生きてるんだよ派がクラスの大半らしいが、それだけならまだいい。そこに実際に見た、と言う言葉が合わさるとマズいのだ。
まぁこの辺りのことは彼女達に言うことでもないので、伊達だよと短く答える。
再会に浸るのも束の間、早く屋内へと移動したい私は彼女達に声をかけて先導する。
「取り敢えず場所を移動しよう。近くにいい場所があるんだ」
金はこっちで持つから、と続けると彼女達は喜んで付いてきた。
移動しながら椎菜にどこに行くのかと聞かれて、ホテルと返すと2人は声を上げて喜んだ。そうかそうか嬉しいか、それは何よりだ。
それと、本名の愛称の方で呼ぶのはいいんだけど、さん付けがデフォルトだったりするんだろうか。
フロントでパネルから空いている部屋を選択し、興味津々といった様子の二人を連れてその部屋へと移動する。
部屋の扉を開ける前に、良いと言うまで声を出さないように言い含めてから部屋へと入り、暖房を入れる。
言われた通りに声を上げずに、しかし物珍しそうに部屋中を見回す椎菜、声は出さないが大きな足音を立てて浴室へと駆け込む楓。
2人を他所に私は神経を研ぎ澄ませ、更には部屋全体を覆い尽くすほどの”円”を発動し、室内を精査する。変なものまで感知しない様に、上下左右の部屋に範囲が及ばないように心がけて。
私が作業を終える頃には見るものも見終わったのか、2人はソファに腰を落ち着けていた。
その目の前に置かれたテーブルに、今の作業で集めたものを置くと、彼女達は顔をひきつらせた。
小さな隠しカメラが4台と、盗聴器が2台。部屋の隅からコンセントの裏側まで探って集めたものである。
それらを一つ一つ丁寧に握りつぶし、それが終わって漸くもういいよと声を掛ける。
「はぁー……。趣味の悪い奴らも居たもんだねぇ」
大きく息を吐いてからボヤく楓。全面的に私も同意だ。コレは明らかに防犯用ではないのだから。
破壊したものを部屋にあったゴミ箱へと捨てて私もソファに腰掛けると、今度は椎菜が声をかけてきた。
「これで全部なのかな? それにしても、よくこんなに見つけられたね」
「こういうの探すのは慣れてるからね。抜かりはないはず」
それにそう返して、これからの話見聞きされる訳にはいかないし、と続ける。
実際監視カメラは盗みの侵入の際に死角をついたり破壊したりするから、毎回意識して隠れたものまで見つけるし、慣れれば感覚で何となくこの方向にある、という風にある程度察知できるようになる。盗聴器も似たようなものだ。
私の言葉に、それもそうだと頷いた楓は、次いで薄笑いで虚空を見つめながらしみじみと言った。
「いやーしっかし、まさかラブホに連れ込まれるとはねー……」
「ラブホじゃねーし。看板見たでしょ、ここはレジャーホテルだよ」
私の言葉に、彼女達はもう一度部屋を見渡す。ベッドは大きいけれど、見た限りでは変なところはない。
一応、それなりに設備の整ったホテルの一室と言えるような部屋だ。そうでない部屋もこのホテル内にあったかもしれないが、選んだのはそんな部屋だ。
楓も彼女がイメージしている物とこことでは差があるようで、確かにと頷いて続ける。
「ここも一応そうだし、さっき見た風呂も見た目普通だったしねー。変な椅子もなかったし」
「まぁ名前こそ違うけど、利用者の主な目的自体はまるっきり同じなんですけどね」
「って、やっぱそうなのかよ!」
納得しかけたところで真実を突きつけると、すかさず彼女からツッコミが入った。
と言ってもまぁ、こっちは一応色々遊べる場所という名目で、あくまでラブホテルと類似しているホテルというものだが、結局ヤる事は同じである。
この事について特に気にしたり動揺した様子が見受けられない椎菜は、恐らく最初から確信していたから揺るがないのだろう。つまらん。彼女は普段の調子のまま質問してきた。
「でも何で態々ここに? ちょっと高いし、カラオケでも良かったんじゃない?」
「金はあるから問題ないし、カラオケは店が防犯用にカメラ置いてることもあるし。ここなら仕掛けるのは変態だけだから壊しても問題ないし、広いからくつろげるでしょ。それにフロントに人居ないから、誰が入ったかも分からないようになってる」
それにカラオケならここにもあるしね。そう言いながら、部屋が温まってきたのでコートやマフラーなどを外し、伊達眼鏡も今は必要ないので外す。
この部屋にはベッドのみならず、冷蔵庫や電子レンジ、そしてカラオケまで色々とある。トイレも1部屋ごとにあるので、他人と遭遇することがほぼ無いのがいい。
私の言葉に、そっかと返事した椎菜は、私が外して机においたメガネを見て問いかける。
「あれ、もう眼鏡取っちゃってもいいの?」
「部屋の中では必要ないからね」
もうちょっと見ていたかったな、とも言った椎菜にそう返答する。
普段は使っていないから、度が入っていないとはいえ、結構違和感があるので外しても問題ないなら外していたい。
私の置いた眼鏡をひょいと持ち上げ、自分でかけてみる楓。キリリと知的そうな表情を作りこちらを見るが、正直あまり似合わない。
正直にそう言ってやると、本人も分かっていたのか特に気にした様子もなく、今度はそれを椎菜に渡しながら口を開いた。
「眼鏡もだけど、徹底してるよねー。事情を知らないクラスメイトとか、利用された先生はちょっと可哀想だけどさー」
不敵に笑い、流し目で顎に手を当ててポーズを決める椎菜。妙にメガネの似合う彼女に、似合う似合うと拍手をしていると、話をスルーされた楓から、聞けよと軽くチョップが跳んできた。
まぁ、楓のいうことも分からんでもない。実は生きていると思っているとはいえ、実際にクラスメイト達は心のなかでは私は死んだことになっているだろう。
担任に関してもそうだ。あの時態々私が担任に進路調査やその後の電話でハンター試験を受けるといったのも、偏に私のため。
私が行方不明になった時、行き先の宛を言うのに大人と子供ではやはり信頼度が違う。クラスメイトがハンター試験を受けに行った、と言うよりも教師が言う方が説得力がある。その上で行方不明になったのであれば、普段の生活では一般の女子中学生だった私は、試験の荒波に呑まれ命を落としたと認知されるだろう。
この辺りのことは既に2人にも言ってある。その上での楓の発言だ。全ては、真城芽依は死んだのだと世間に確実に思わせるため。そのためだけにクラスメイトを悲しませるし、私を止めることが出来なかったと担任に自責の念を背負わせることも厭わない。
「それについては正直どうでもいいかな。2人に名前のこと黙ってたのはちょっとだけ悪かったかなーとは思うけど」
今私が言った通り、それらについて特に思うことは無い。自身の欲望のためであれば殺しだってする私にとって、興味のない人間がいくら悲しもうが本当にどうでもいいことなのだ。
そもそも、その程度のことを気にするような細い神経であるのならば、泥棒なんてやってないし。他人から奪うことを気にしない私が、その程度のことを気にするわけもない。
他人を気にする犯罪者なんて居るわけがない。気にするのは、自分と関わりがあり、少しでも大切だと思えるもののみだ。
「最初からそのつもりだったとは言っても、冷めてるねぇ。でも、今もこうして私達とあってくれるのは嬉しいかなー」
「私としては、本当はこんな風に学校終わってからも誰かと接点持つつもりは無かったんだけど」
楓の言葉に対して最初のうちは、と締めくくり、少し笑う。
本当に、最初はこんなつもりじゃなかった。ただちょっと学校に行って、満足行ったらハイさようなら。そのつもりで通った中学校だったけれど、私の本当の想いは違っていて。
結局リスクが有ると知りながらも、今こうしてこの2人と会っている。ただ、こういうのも悪くないなと思えるのは、それほどの存在ということだ。
「だけど今私達とこうしてるってことは、特別ってことだもんね?」
ふふっと笑いながら言う椎菜。今ちょうど似たようなことを考えていたので、少し照れる。
それを隠すように、眼鏡を奪い返しながら少しだけ悪態をついてみる。
「でも私が本名教えた時2人ともリアクション薄かったし、そっちとしてはそうでもないのかも?」
眼鏡を掛けて指でクイッと挙げながら、言外に実は私のことどうでもいいんじゃねーのというニュアンスを滲ませて問う。まぁこれも些細な冗談、違うのは分かっている。……、……違うよね?
電話で告げた時、えっマジで? なんて名前? より少し大げさな程度の反応しかどちらも返してくれなかったのだ。もっと大きい反応が帰ってくると思っていたのに、酷い。まぁどんな反応が理想的だったかと問われると上手く言えないのだけれど、もっとこう、なんか、うん。なんかあってもいいじゃない。
問われた椎菜は楓と目を合わせて、実はと前置きしてから言った。
「実は予想してた中で、割と早く名前の事が出てきててね。ジャポン人っぽくないのは予想外だったけど」
「え、初耳なんですけど。 予想?」
「予想っていうか、秘密ってなんだか2人で予想して遊ぼうぜー、みたいな」
私が聞き返すと、今度は楓が答えた。寝耳に水な発言だ。まさかそんなことをしていたとは。
つまるところ、私の持つ秘密に関して、いろんなものを想定して遊んでいたわけか。
そりゃまぁ、そんなことしてたら、荒唐無稽なとんでも予想に比べたら名前が違うなんてインパクト弱いし、霞んでしまうかもしれないけど。
「遊びって……くそぅ、私リアクション楽しみにしてたのにぃ……」
がっくりと項垂れながら呟く。まさか、まさかそんなくだらない事で私の楽しみを潰されるとは。
いやまぁ、本名告げた時の反応を楽しみにしてた私も意地が悪いかなと思わなくもないけれど、それにしたってあんまりだ。理由がしょぼすぎる。
「楽しみにしてたみたいなのに、何かごめんね?」
そう言って背を撫でる椎菜の腰に、邪魔な眼鏡をテーブルに投げてから抱きつき身を任せる。うむ、温かい。
この感触に免じてこの件は不問にしてあげよう。あぁ、私はなんて心が広いのだろうか。
しばしその感触を楽しんでいると、眼鏡を回収した楓が立ち上がり、腰に手を当て堂々と言い放った。
「予想なんてしなきゃ良かったねー。予想はよそう、なんちて!」
「椎菜、ルームサービスあるけど何か頼む?」
「いいの? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
「あ、ちょっと待って、なんか反応を……あの、蚊帳の外はやめて。私が悪かったから」
ぱっと体を離して、ルームサービスのメニューを覗く。色んな種類の食べ物があるようだ。まぁどうせ冷凍だろうけど。
謝る楓を2人でサクッと無視し、アレでもないコレでもないと選んでいく。寒いギャクを唱えた声を聞き流しながら。
蚊帳の外状態は、数十秒後に彼女が私の腰にタックルするまで続いた。
変わらないやり取りに、思わず笑みがこぼれた。
◯◯◯と変わらない場所、みたいな。
行ったこと無いんですけど中身は千差万別みたいですし、こんな部屋もあるんじゃないのって感じでいいですよね。
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